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クレムリンに自分流儀で抵抗したラジオ・アナウンサー

小林恭子ジャーナリスト

急速に展開するウクライナ情勢。ウクライナ南部にあるクリミア自治共和国では11日、ウクライナからの独立を宣言する文書を議会が採択した。16日の住民投票後、クリミアが独立した主権国家になる可能性もあり、目が離せない状態となっている。

今月上旬、ロシアの英語ニュースのテレビ局「RT」(旧ロシア・トゥデー)のキャスターが、ロシアが親露武装集団をクリミアに配置させたことを番組内で「間違った行為だ」と発言し、大きな注目を集めた。(もしまだこのときの様子を画面で見ていない方は、ユーチューブで確認していただきたい。ほんの1分強の動画だが、また、細かい言葉がつかめなくても、その言いっぷりにはっとするはずである。)

その後、別のキャスターが今度はプーチン大統領を批判して番組中に辞任宣言。あっという間の展開となった。この二人のキャスターの発言については、「欧州メディアウオッチ」のコラムで書いたので、関心のある方はご覧いただきたい。

報道番組のオンエアーの時間を使って、ロシアがお金を出している放送局で、ロシア政府や大統領を批判を堂々と行うとは、驚きだ。私はこれはものすごいことではないかと思う。

英国のジャーナリストが、自分が働くメディアでもしスキャンダルが発生したら、これをきっちり書けるか・報道できるかといったらなかなか難しい。

ほぼ唯一、英国のメディアで自分の組織の上司やスキャンダルを堂々と報道し、これでもか!と言えるほどの厳しい質問を相手に浴びせられるのはBBCぐらいしかないと思う。

そのBBCでさえ、辞任覚悟でキャスターが本音を言うなんてリスキーなことはしない・・・。

といっても、今はウクライナ問題で大プロパガンダ合戦が起きている真っ最中であるので、「RTって、すごいね!」とほめる必要はない。先の二人のキャスターもそれぞれの陣営(ロシア・RT側と欧米側)のプロパガンダの一部になっているといえなくもないのだから(本人たちにはその気がなくても、である)。

この件で情報を探していたら、1980年代に政府に抵抗した旧ソ連のジャーナリストの話が出てきた。以下はBBCのニュースサイトからの紹介である。

ロシア人とブルガリア人の両親の下に生まれた、ウラジミール・ダンチェフ氏。出身は現在のウズベキスタンの首都タシュケントであった。「ラジオ・モスクワ・ワールド・サービス」というラジオ局の英語ニュースを読むアナウンサーだった。

彼の友人バシリー・シュトレコフ氏が2006年に語ったところによれば、ダンチェフ氏はソ連共産党のメンバーで、当時のソ連社会に住む、普通の若者と言った感じだった。

1983年、ソ連がアフガニスタンに軍事介入する事件が起きた。これにダンチェフ氏は義憤を感じたようである。

あるとき、原稿の文章の中に否定を意味する「not」が入っていないことがあったという。ミスプリントだったが、「ノット」を入れないことで文章の意味が変わることに気づいた。そこで、政府がある事実を否定する「ノット」を入れた原稿を渡されても、故意に「ノット」をいれず、事実を認めたという意味になるように読むようになったという。いつでもミスプリのせいにできるのだ。

シュトレコフ氏が台所を片付けていたとき、ダンチェフ氏がラジオでニュースを読み上げた。

「・・・ソ連の占領軍が村を焼き払った」-。シュトレコフ氏はこの部分を聞いて「信じられないほど、驚いた」。

当時、駐アフガニスタンのロシア軍は、政権のプロパガンダによれば「国際的兵士たち」の「限定的な集団」で、「アフガニスタンの友好的な人々」を助けるためにアフガンにいるはずだった。「占領軍」ではなかったはずだった。

翌日、シュトレコフ氏は職場でダンチェフ氏に会い、原稿を読み間違えたのかどうかをきいてみた。

「そんなことはないよ。書いてあるのを読んだだけだ」。これでシュトレコフ氏はダンチェフ氏が故意に「占領軍」と読んだことを確信した。

1983年5月23日、BBCの国際ニュースのラジオ放送「BBCワールドサービス」がダンチェフ氏の行為を暴露報道。

これを通信社電で知ったシュトレコフ氏はダンチェフ氏に教えようと、職場を探し回った。ダンチェフ氏はちょうど、生放送中だったー。

政府にたてをついた行為がばれて、ダンチェフ氏はタシュケントにある精神病院に送られたという。後、ラジオ局に戻ってきた。

シュトレコフ氏は先の2006年のインタビューの中で、ダンチェフ氏がその後どうなったかは分からないと答えている。

BBCワールドサービスがダンチェフ氏の行為をばらしたというくだりが、昔から続く情報戦の一端を垣間見せる。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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