早起きできれば豊洲へ 午後でもゆっくりお買い物なら築地へ
・築地は無くなっちゃうの?
豊洲市場が2018年10月11日に開業した。ここに至るまでの紆余曲折は、多くの対立や課題を生み、政治問題としても大きな課題を残したままの開業である。
10月に入り、築地市場には最後の姿を写真に収めるなど、名残を惜しむ多くの人が訪れていた。今回、閉鎖、移転するのは、東京都卸売市場築地市場であり、都の施設である。1935年(昭和10年)に現在地に東京市中央卸売市場として開設された。豊洲への施設移設により、築地での83年の歴史に幕を降ろした。
一方、この卸売市場の周辺に、多くの商店が集積した地域が、築地場外市場と称されるものである。一般の観光客は、見学コースを除いて中に入ることが許可されないのが卸売市場であるが、場外市場は商店街であり、自由に買い物や散策を楽しめる。この築地場外市場は、移転も閉鎖もしない。中央区が新たな施設を建設し、一部の仲卸と呼ばれるプロ向けの商店が築地での営業を継続し、そのほかも従来通りの営業を続ける。
「築地市場が無くなるなんて、毎日、宣伝されるものだから、心配していたが、人出はそんなに変わらず、少し安心した。これからどうなるかわからないが。」豊洲市場の一般見学者の受け入れが始まった11月13日に、場外市場の海産物店の従業員はそう話した。
「市場に来る人たちがお客さんなので、早朝開店だっけど、豊洲に移転することで確実に減るでしょうねえ。でも、仲卸は場外に残るところもあり、これからも来るよという人たちもいて、私たちもどうなるかよくわからないんですよ。」そう話すのは、喫茶店のマスターである。
・銀座から歩いて行けるメリット
築地というと、海産品の商店が軒を連ね、寿司屋が集まっているところという認識が一般的である。銀座の交差点から歩いても10分程度であり、通りにも様々な店舗が続いているために、多くの人が歩いている。この地の利は、築地ならではある。
築地場外市場のある一角は、ちょうど築地本願寺に通りを挟んだ位置である。築地本願寺は、本堂が建築家伊藤忠太による古代インド様式をモチーフにしており、特異な外観は多くの観光客に人気だ。さらに西に少し歩くと勝鬨橋が隅田川に掛かっている。隅田川の景色も良く、銀座からほど近いので散策したり、自転車で回る観光客も多い。
「もともと早起きしてマグロのセリなどを見に行きたいという人を除けば、多くの観光客が築地と言って楽しみにしてきたのは、場外市場で立ち食いしたり、お土産を買ったり、周辺にある寿司屋で食べるということで、卸売市場が無くなっても、あまり影響しないのではないかな」と、ツアーガイドのアルバイトをする中国人留学生は話す。また、有楽町に事務所のある会社員の一人は、「海外からの顧客が来ても、場外市場に連れて行くと喜ぶ。その流れで、築地の寿司店でも、銀座に戻ってもということができる。豊洲では、近いと言っても、そういう発想が出てこない」と言う。
・460軒が集積する築地場外市場
築地場外市場には、中央区が『食のプロに支持され、一般客・観光客にも親しまれる、食のまち「築地」のにぎわいの拠点となる施設』として「築地魚河岸」を2018年10月1日にグランドオープンさせた。閉鎖された築地市場に代わる拠点施設として位置づけられている。ここには、今まで築地市場で営業していた一般客と料理店などプロ客を対象にした水産物、青果物の仲卸と呼ばれる商店など合計約60店舗が出店しているほか、イベントスペースなどが設けられている。施設の営業時間は午前5時から午後3時となっているが、午前7時から午後2時までは全店が営業し、それ以外は店舗に任されている。
築地場外市場には、約460軒の店舗が集積し、そのうち鮮魚やその加工品を扱う店が118軒となっている。「遠くなって面倒だけど、豊洲まで通うことになるだろう」と言う料理店の経営者もいる一方、「取引している仲卸が場外に残留するため、事足りるので豊洲には行かない」と言う別の店の経営者もおり、いずれも様子見だ。築地場外市場側も、観光客向けではなく、プロ向けも充実しているということを広告などで訴えている。
「上野のアメ横と築地は、ごちゃごちゃしていて日本らしい雰囲気。高級店が並んでいる銀座に近くて、築地はおもしろい」とニュージーランドから来たという女性二人は話してくれた。「京都の錦市場は、20年ほど前まではプロ向けの店ばかりで、午後に行くとがらんとしていたが、今ではすっかり観光客向けに代わって、夕方まで賑わっている。プロは梅小路にある市場に行くようなった。同じようになるのではないか。」都内の料理店経営者の女性は、そう指摘する。
・豊洲市場の観光施設は2023年春の開業予定
本来、豊洲市場には、築地市場に代わる観光施設としての位置づけが期待されてきた。
2011年、江東区議会は東京都に対して、土壌汚染対策の実施と集客施設「千客万来施設」の整備を条件として、市場受け入れを認めた。その後、2014年にはその開発業者として「すしざんまい」を経営する喜代村と大和ハウス工業が決まった。ところが、2015年になると両社ともが撤退を発表した。都は改めて事業者を募集し、2016年に温浴施設を経営する万葉倶楽部に決まった。
しかし、さらにトラブルが続く。2016年になると、小池都知事が築地からの移転延期を発表し、混迷が深まる。2017年になると、今度は都知事が築地と豊洲の両立と、築地地域の再開発を発表する。万葉倶楽部側は、2018年から段階的に整備する予定だった千客施設の着工延期を決め、オリンピック・パラリンピック後の着工を発表した。計画では、2023年に商業棟と温泉・ホテル棟を同時開業させる予定だ。
このため、東京都は江東区に対して、これら集客施設の開業までの間、2020年1月から暫定施設を建設予定地などに設け、集客力を高めることを発表している。
・しばらくは一般の観光客向けではない豊洲
要するに豊洲に、今回、開業したのはプロ向けの施設であり、観光客向けの施設はほとんどない。この点では、13日の一般公開日初日のマスコミの報道は、多少、観光施設として絶賛していた点でミスリードだったのではないだろうか。
13日の午前中は、一般公開を待つ長蛇の列が、豊洲市場に出来た。東京都によると、午前10時の開始から終了1時間前の午後4時までに、家族連れや外国人観光客ら約4万人が来場した。これだけの人出がありながら、「この対応か?」と疑問を持たざるを得ない対応だった。
午後になっても、豊洲市場に向かう人たちで、ゆりかもめや都バスは満員となり、見学者コースに人が溢れた。しかし、飲食店でも閉店している店が多く、気軽にコーヒーなどを飲める店舗もない。さらに商業棟の店舗はほとんどが閉店しており、行き場を失った観光客がただ通路を歩きまわるという奇妙な光景だった。
さらに「見せる市場」という触れ込みながら、狭いガラス窓からは階下の廊下が見えるだけだ。開場時間ではないのは仕方ないにしても、映像を放映するなど、もう少し工夫の仕方があったのではないだろうか。見学者用通路におかれている記念撮影用のターレ(小型運搬車)は、人気で人だかりが絶えなかったが、逆を言えば、それ以外にはなにもない。
もちろん「豊洲市場はプロ向けで、観光客を想定してのものではない」という意見もあるだろう。ならば、大々的にマスコミなどを呼び、観光施設のようなPRを行ったのは、失敗だろう。
「なんにもないんだな。」、「休憩するところもない。」、「これなら築地の方がいいねえ。」というがっかりした声が館内を歩く人たちから多く聞こえた。駅からの案内板も不親切で、警備のスタッフが懸命に案内をしていた。パンフレットなども整備されていない。東京都の腕章の職員も目にしたが、マスコミ対応に追われている様子で、観光施設としては「おもてなし」に欠けたお粗末な印象しか残らなかった。
口コミは、観光関連での集客を左右する重要なものになっている。4万人もの観光客を集めておきながら、こうした対応では、マイナス要因にしかならない。東京都は、豊洲に観光集客施設が完成するまでは、午前中の市場見学コースの参加者だけに限定した公開にした方が良かったのではなかったか。
・早起きできれば豊洲へ 午後でもゆっくりお買い物なら築地へ
都バスを使えば、築地場外市場から豊洲市場までは10分ほど、ICカードならば片道206円だ。非常に近いので、両方を一日に往復することも充分可能だ。「とりあえず話題になっているところだから、行っておこう」という場合は、東京駅から有楽町、銀座、築地を経由して新豊洲駅に行く都バスのビックサイト行き(都05-2)がお薦めだ。
一般の観光客としては、あまり難しいことは考えず、あと5年間ほどは、早起きをして、午前中の見学コースに参加して、仲卸で買い物して帰ってくるならば豊洲市場に行けば良い。休日におっとり刀で銀座に出かけて、散策ついでに市場の雰囲気を味わって、買い物して、帰りに寿司でも食べて帰るかというならば築地場外市場に出かけるというので良いのではないか。