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セゾン投信 カリスマとしての積立王子がその座を追われるとき 賛同した個人投資家は売った方がいいのか

山崎俊輔フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP
「積立王子」の愛称を持つ、セゾン投信の中野会長が退任するという。(提供:イメージマート)

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積立王子、会長の座を追われる

6月1日、ひとつのニュースが投資業界を揺るがせました。投資信託の運用会社であるセゾン投信が、2006年の創設時の社長であり、成長の立役者であった中野会長(2020年に会長になっていた)を退任させる人事を決めたというものです。6月28日の株主総会で決定、末日に退任と報じられてます。

共同通信 セゾン投信、中野晴啓会長が退任 経営路線の対立で更迭か

共同通信記事では「中野氏は「お客さまのために誠心誠意、職務を全うしてきたので不本意な退任だと思っている」と述べた。」としており、本人の意図する退任ではなかったことを示しています。親会社が販売拡大を主張したこととの衝突が影響したのではないか、との観測も記事では匂わせています。

セゾン投信は、セゾングループというユニークな位置から投資信託の運用業界に参入し、15万人約5000億円の資産を預かっている投資信託会社です。設定されている投資信託は「R&Iファンド大賞2023」の表彰常連でもあり、高い評価を受けています(セゾン資産形成の達人ファンドはなんと10年連続受賞)。

中野会長は個人の少額からの長期積立投資を啓発する取り組みで広く知られており、「積立王子」の異名を持ちます。彼のセミナーを受けて投資を始めた、と言う人も多いと思いますが、まさに「王子がその座を追われる」ということになるわけです。

共同通信報を受け、経済ニュース配信のブルームバーグがすぐに詳報を打ったほか、日経新聞、ロイターなども同日中にニュースを配信、注目度の高いことがうかがえます。

ブルームバーグ セゾン投信創業者の中野会長CEOが6月末に退任へ、更迭との報道も

セゾン投信、それでも運用理念は不変と表明す

報道を受けて、個人投資家のSNSでは大騒ぎとなりました。中野氏の理念に共鳴、賛同してセゾン投信を購入していた人たちの中には全額解約をする、と宣言する人も現れています(実際に、全額売却手続きをした画面を公開している人もいます)。

こうした反応を受けてか、共同通信記事やブルームバーグ記事にノーコメントとしていたセゾン投信は、同日中にホームページに2つのお知らせを掲載しています。

セゾン投信 一部報道について

ここでは新聞報道は事実であると認めつつ、株主総会後に正式発表されることを説明し、

セゾン投信 一部報道について-お客さまに向けたメッセージ-

こちらでは個人投資家に向けて、代表取締役社長COO園部氏が、

  • セゾン投信が創業来掲げている「お客さまを最優先とする「お客さま全部主義」」は今後も変わらないこと
  • ・退任する中野氏からは「しっかりと経営理念を学び、受け継いで」いること
  • ・投資信託の運用方針は、長期資産形成を念頭に置いており、今後も変わらないこと

等について説明し、

セゾン・グローバルバランスファンド・セゾン資産形成の達人ファンドのポートフォリオマネージャーである瀬下氏、セゾン共創日本ファンドのポートフォリオマネージャーである山本は、運用する投資信託については運用哲学や方針には変化がないことを宣言しています。

3名いずれも、中野氏との関わりの深いこと、彼の理念は引き継がれていることを強調しているところに問題の複雑さが垣間見えます。

個人投資家はセゾン投信、どうするべきか

さて、悩ましいのはセゾン投信の投資信託を保有している個人投資家です。

まず最初に指摘しておきたいのは、

  • 運用手数料が上がるような心配はまずない
  • 運用方針がいきなり変化することはない
  • 解約が相次いでもそれが原因で価格が大幅に下がるわけではない

の3点です。まず、運用手数料や運用方針を変更することは投資信託では容易ではありません。投資信託は購入時に目論見書(もくろみしょ)で運用の方針、リスク、手数料などを開示していますが、これを変更するのは一定の手続きを要します。自社の利益追求のために運用コストが来月アップするような心配は無用ですし、運用スタイルを一朝一夕に変えてくることもありません

特に運用手数料について引き上げをするのは非現実的です。つみたてNISAの創設以降、運用コストは低価格競争が激化しており、インデックス運用では年0.1%台での勝負に移行しています。ここで値上げすることは考えにくく、退任すなわち値上げだろうと考えるのは考えすぎでしょう。

また、仮に解約が殺到し、取り付け騒ぎのようなことが起きても、それ自体が投資信託の基準価額を下げる主要因とはなりません。解約をするとき、投資信託が保有する株式等を現金化するコストが生じ、これは通常の運用業務と異なる要素ですが、同社設定の3ファンドは売却時の手数料として信託財産留保額を0.1%設定しており、顧客が自ら解約コスト負担を担う仕組みとなっています。

個別株などはパニック売りが生じてストップ安のようなこともありますが、投資信託の基準価額の変動は主に市場の価格変動によります。株価水準が仮に横ばいだったとき、セゾン投信の投資信託だけが毎日5%下落し続け、投資信託の価値がほとんどなくなることはあり得ません

ですから、ニュースを見て、今日明日に焦って売る必要はないでしょう。

しかし、投資理念に納得できているかどうかは投資を行う要素のひとつではあるので、6月末の正式な報道を受けてから売却を判断するのはあるかもしれません(6月末に「会長の立場は引くが、相談役として今後も関わり続けます!」となるかもしれませんので今早まる必要はない)。

一方で、運用方針が変わらず引き継がれている投資信託を短期的に手放ししてしまうのは、中野氏が訴えてきた長期投資の重要性とは異なる価値観であることは一考してみてください。

それよりも、「個人の顔」を投資の理由の主要因にしてきたのであれば、その投資スタイルそのものを再考するタイミングだと思います。そもそもセゾン投信の投資信託は「中野氏が運用する投資信託」ではなかったからです。

私自身はむしろ、社長や運用担当者が誰であっても同等の運用能力が担保されるようにするのが組織であると思います。個人の顔によらず運用体制は維持されるようにするのが組織のマネジメントです。

そう考えたなら、中野氏の育ててきた投信会社とそのスタッフを信じて、保有し続けるのもまた選択肢だと思います。

本件は感情的になりがちなニュースですが、一度冷静に自分の投資のあり方を考えてみて、その後じっくり決断してほしいと思います。

(追記)セゾン投信にとって王子の追放はプラスかマイナスか

私自身は、個人向けにメッセージを発信できれば、コラムの目的は果たしたことになりますが、ビジネスとして考えたとき、セゾン投信という「会社」にとって、今回の人事がどう出るか、少しだけ追記してみたいと思います。

SNSの反応を見る限り、短期的にはマイナスのほうが大きいように思います。セゾン投信のホームページを見ると分かりますが、雑誌や新聞等のメディアへの登場報告のほとんどは中野氏で埋まっています。YouTube配信動画も中野氏が語るコンテンツが並んでいます。その価値は年数千万円どころではないはずで、創業者自ら広告塔となっていた意味、彼自身の人気による預かり資産の大きさを、親会社は過小評価していなかったでしょうか。

規模の拡大を目指すのは重要ですが、投資信託の運用方針は変わらないわけですから、販売チャネルの拡大や広告宣伝費用の投入などのアプローチが必要で、これまた広告塔の喪失はマイナスです。

もしも、ここから数カ月のあいだ解約が相次ぎ、また新規設定も減少したとすれば、規模拡大を目指すどころか、マイナスからの再出発となりかねません

中野氏の年齢を考えても、また社長から会長へすでに移っていたことを考えても、いつかは会社を離れることになるはずでした。会社として、もっとうまい「王子の引き際」を演出すべきではなかったでしょうか。

フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP

フィナンシャル・ウィズダム代表。お金と幸せについてまじめに考えるファイナンシャル・プランナー。「お金の知恵」を持つことが個人を守る力になると考え、投資教育家/年金教育家として執筆・講演を行っている。日経新聞電子版にて「人生を変えるマネーハック」を好評連載中のほかPRESIDENTオンライン、東洋経済オンラインなどWEB連載は14本。近著に「『もっと早く教えてくれよ』と叫ぶお金の増やし方」「共働き夫婦お金の教科書」がある。Youtube「シャープなこんにゃくチャンネル」 https://www.youtube.com/@FPyam

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