自動車は手が届きにくい存在になっているのか・初任給と可処分所得で比較してみる
初任給と自動車価格の比較
「若者の自動車離れ」の理由の一つとして、自動車価格が上昇する一方で若年層の所得が追いついていないからとの説が挙げられている。その実態を初任給や可処分所得との比較で検証する。
まずは初任給との比較だが、この初任給の値に関しては厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」から取得する。その上で、総務省統計局の「小売物価統計調査」で長期経年データが確認可能な「小型乗用車・国産・排気量1500cc超~2000cc以下」の車種の価格と比較する。この2つの値を元に、初任給何か月分で、この乗用車が購入できるかを算出したのが次のグラフ。なお、消費者物価指数周りの二次的値は、今件が初任給取得時とその時の自動車価格で計算されているので、意味を成さないことから省略する。
1970年においては、男性大卒初任給の18倍で自動車が購入できた。これが急速に値を減らす、つまり初任給ベースで自動車が手に届く距離が短くなり、バブル末期あたりには最低値の8倍位にまで低下する。この時代、大卒男性では仮に手取りをすべて自動車向け貯金に回せていれば、8か月で新車が購入できた計算になる。
その後値はじわりと上昇し、今世紀に入ってからはやや横ばい(2002年の特異値は車種変更によるもの)、この数年では少しずつ上昇に転じている。つまり若年層の手から自動車は離れつつある。バブル時代のピーク時と比べれば、大よそ4割ほどの増加=手に届きにくさが生じている。
値が下降する前と比較すると、男女・学歴属性に関わらず、直近の2014年の値は、大よそ1973年~1974年と同じとなる。つまり初任給だけで考えれば、現在における自動車の取得のし易さは1973年~1974年と同等という次第。
可処分所得で比較すると
続いて可処分所得との比較。こちらは同じく総務省統計局の「家計調査」の家計支出編から取得する。ただし取得可能な値は「二人以上世帯のうち勤労者世帯かつ農林漁家世帯を除く世帯」に限定されるため、その条件に該当する世帯の可処分所得での比較となる。
なお可処分所得とは、家計の収入(月収や臨時収入、配偶者の収入など)から、非消費支出(税金や社会保険料)を引いた値。要は自由に使えるお金と考えれば良い。
次に示すのは「自動車価格はその年の可処分所得の何か月分か」、つまり「月次可処分所得・自動車購入係数」。例えばこの値が10ならば、その年の二人以上世帯・勤労者世帯・農林魚家世帯の可処分所得10か月分で自動車が買える計算になる。この値が小さいほど、自動車は手に届きやすい。
バブル崩壊後の上昇度合いがやや大きな勾配ではあるものの、初任給との比較グラフとほぼ同じ結果が出た。そして奇しくもピーク時は同じ1990年の2.94。大よそ3か月分で自動車が買えた計算になる。
直近の2014年では5.29。バブル時と比べれば約1.8倍ほど自動車は手が届きにくい存在と考えられる。バブル前の値と比較すると、もっとも近いのは1972年の5.12。今の二人以上世帯において、自動車の価格面における購入のし易さはおよそ1972年と同じとなる。
自動車の所有・維持には本体代金以外にも多種多様なコストが発生する。しかしそれらは本体の代金と比べれば単価は安く、また例えばガソリン代は「レギュラーガソリン価格と灯油価格をグラフ化してみる」にある通り、1980年代以降は大よそボックス圏内で推移しており、さらに自動車の高性能化に伴う燃費の向上などを考慮すれば、コスト上昇分は本体価格ほどには取得ハードルとはなり得ない。
無論、毎月の維持費をそろばん勘定した上で、その維持費と所有・利用によって得られる便益を天秤にかけ、購入しない・手放した方が良いと計算できる事例もあるだろうが、その度合いを中長期的に推し量ることは難しい。
ともあれ、大勢としては初任給・可処分所得双方との比較で、同じような傾向が確認された。つまり高度成長期にかけて自動車には手が届きやすくなり、バブル期がピーク、その後は少しずつ距離が大きくなりつつあるというものである。
一方、費用対効果で考えると、今件数字には表れない部分がある。生活の上で自動車が欠かせない環境、家族構成や居住環境にある人はともかく、大都市圏に居住し自動車の必要性が低下している人には、自動車の取得・利用の優先順位が大きく下がっている。価格面で手が届きにくくなっている状況に加え、自動車の取得・利用による便益が減っているのでは、取得優先順位が下がっても当然の話といえよう。
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