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松居一代、市川海老蔵、『やすらぎの郷』の野際陽子…なぜ、俳優は、実人生と仕事を密接に結びつけるのか

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

帯ドラマ劇場『やすらぎの郷』(テレビ朝日 月〜金 ひる12時30分  再放送 BS朝日 朝7時40分〜)

第14週 7月3日(月)〜5日(水)放送  66〜68話より。 

脚本:倉本聰 演出:藤田明二

※これは、人気の昼の帯ドラマ『やすらぎの郷』を連続でレビューする企画です。

今回は、ドラマで描かれた女優たちの業の深さが、いかにリアルか、現実世界で起こっている出来事と並べて考えてみました。

倉本聰が描く、かつて、テレビ業界に多大なる貢献をした人物だけが入居できる老人ホーム〈やすらぎの郷 La strada〉で起こる悲喜劇は、倉本自身がテレビ業界や社会に抱く問題意識や、出演俳優のリアルな歴史と、ドラマで演じる役の設定のリンクなど、虚実皮膜のスリルが、エンターテインメントとして楽しまれている。

最初のうち、石坂浩二と浅丘ルリ子と加賀まりこの共演や、高倉健をモデルにしたようなクールなカリスマスターの登場などで視聴者が盛り上がっていたのだが、野際陽子が亡くなったことと、ドラマの進行が、偶然重なった6月末は、話は重みを増して、視聴率も上がったと言う。

その後は、戦争の記憶をどうドラマに遺すか、というシリアスな問題提議が成された。

そして、新たな週、また、新たなターンがはじまったのだが、またしても、現実とドラマが重なり合うような描写の数々に、ちょっと苦い痛みも伴いながら、楽しませてもらっている。

野際陽子が、茄子の呪い揚げの俎上に

菊村(石坂浩二)は、〈やすらぎの郷〉に入居したばかりの頃、三井路子(五月みどり)から舞台の台本を書いてほしいと頼まれたことがあった(7話)が、そのキャンセル料が、マヤ(加賀まりこ)経由で届けられた(66話)。

7話で、話を断った菊村に、「先生はまだ書く、顔に書いてある」「鼻の線に出てる」と霊感で見抜いたなどと言っていた路子。五月みどりのだだ漏れの色っぽさが、”霊感”という言葉と混ざり合って、へんな空気を作り出していた。

その後、路子の話をパクって書かれたとしか思えない、濃野佐志美(野際陽子)が書いた小説『流されて』が、舞台化することになり、お嬢(浅丘ルリ子)が主演することが決まった。今度はお嬢が、菊村に、その脚本を書いてほしいと迫る。

菊村がお嬢に感じた、”最後のチャンスに必死にすがろうとする女優というものの哀れさ”を、浅丘ルリ子が呪いをかける魔女のごとく、演じている(67話)。

自分に脚本を書いてもらおうと、菊村をグイグイ攻めていく女優たちの表情がおそろしい。

また、68話では、自殺した小春(冨士眞奈美)が、死ぬ直前に書いた手紙が送られてきたことから、最後に手紙を書く相手が自分にはいないと打ち震えるマヤ役の加賀まりこ。彼女の自信満々に美しく見えて、意外に脆い姿は、衝撃的だ。華やかに活躍していた若い頃から一転、晩年、おそろしいほどの孤独に苛まれることは、スターにしか味わえないものがありそうだ。

なんと言っても、66、67話の”なすの呪い揚げ”だ。第5週で描かれた、姫(八千草薫)が、憎い人物を呪う儀式を、三井路子が、パクリ疑惑の濃野佐志美に対して行う。

話を聞いた菊村は「そりゃまずいよちょっと」「もしほんとうに濃野さんが死んだらどうするの」とうろたえる。

これには視聴者もうろたえた。劇中でのそれは、正体がわからない濃野が、〈やすらぎの郷〉の仲間・井深凉子であるからという意味だが、

視聴者としては、6月末に、野際陽子が実際に亡くなっているので、どういう気持ちで観ていいか、戸惑いを隠せない。

このまま、呪い揚げで井深凉子が亡くなったら……と青ざめた。

結局のところ、井深凉子の顛末は深刻なものにならなかったので、胸をなでおろしたのだが……。

作家や俳優の、虚構を突き詰める力が強いあまり、ふいに現実と重なったり、時には現実を変えていくことがあるものだということは、過去の『やすらぎの郷』のレビュー亡くなった野際陽子さんが出演していた『やすらぎの郷』での台詞、「アグレッシブに生き抜かなきゃ」でも書いた。

つくづく、これは、作家や俳優の業のように思う。俳優の死と、ドラマを重ねて、ああだこうだと言うのが不謹慎だしナンセンスだという考えもあるだろう。当人がどう思っていたかもわからない。とはいえ、野際陽子がこうして、とことん、最後まで、視聴者の視線を釘付けにして、心を大きく揺さぶり続けたことは事実であり、凄いと思う。

現実対ドラマ どちらの俳優の業が深いか

ちょうど、この時期、現実でも、俳優の業を感じる出来事が多くあった。

まず直近は、夫を糾弾する映像をネット配信する松居一代

夫・船越英一郎との結婚生活の継続が困難な状況下で、彼のこれまでやって来たことを、YouTubeで暴露した。20分以上の一人語りは、女優だけに、感情がこもっていて、ぞっとするほど引き込まれる。

あまりに、映像の編集が手慣れていて、これは、こういう作品なんじゃないか、と思うほどだった。

自分と夫のプライバシーを、エンタメのようにまとめて、世の中に拡散する。怒りも悲しみも、すべて表現に転じることは、まさに俳優の業としか思えない。

次は、主演ドラマの会見にプライベートを重ねる南果歩

7月9日(日)から放送開始される主演ドラマ『定年女子』(NHK)の会見で、ドラマの内容と重ねるように、夫・渡辺謙の不倫報道に言及した。たまたま、夫の不倫が原因で離婚する役なのだとか。

果歩「心身とも落ち込んでいた」夫の不倫報道で初めて心境吐露…ドラマでは夫の浮気で離婚の役 スポーツ報知7月4日配信

転んでもただでは起きないというか、自分のドラマの宣伝に使う前向きさも、俳優の業だろう。

最後は、ブログを更新しながら、舞台に立ち続ける市川海老蔵

もともとブログを頻繁に更新していたが、妻・小林麻央を、6月22日に亡くした直後から、止めることなく、近況や心情をブログにアップし続けている。書くことが心の支えになっているというような意味の発言をしているし、沈黙してマスコミに好き勝手書かれるくらいなら、自ら正しい情報を発信したほうがストレスが多少は軽減されるともいえるだろう。

大事な人を亡くした心情、仕事のこと、子供とのプライベートのことを、ここまで世間に晒し、莫大な数の人たちがそれを知っていることは、極めて特殊なことだと思う。第一、すぐに仕事をしないといけない(子供も一緒に舞台に立っている)というのが、芸の世界に生きる人間の背負う厳しい宿命だ。一般人だってそれほど長く仕事を休んでいられないとはいえ、芸能の世界に生きる人たちは、”親の死に目に会えないと思え”と言い聞かせられている。まず、芸の道が優先なのだ。それはそれは過酷だと思う。

皆、同じ人間、分けて考えるものではないとはいえ、やはり、俳優や作家というのは、一般常識では測れないものをもっているように思う。

『やすらぎの郷』は、まさに、今、芸能界で起こっている、観客に見られることを生業とするゆえの凄まじい”生”と似たものを、往年の俳優や作家を主人公にして描いている。まったく、おそろしいほど、現実と、切り結んでいるドラマだ。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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