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ノート(84) 単なる「差し替え」は改ざんではないという悪しき慣習

前田恒彦元特捜部主任検事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

~回顧編(9)

勾留28日目(続)

供述調書に違和感

 東京地検特捜部が立件した防衛汚職事件で、「身柄班」として贈賄業者を担当していた時のことだ。

――なんだ、これは!?

 取調べに先立ち、いつもどおり東京拘置所の検事調べ室で配布された事件記録のコピーに目を通していたところ、明らかにおかしな供述調書があった。

 東拘は地検本庁から離れているため、本庁との間に「東拘便(とうこうびん)」と呼ばれる連絡便がある。毎日午後、本庁の事務官が「在宅班」による供述調書や捜査報告書などのコピーを車で持ってきて、逆に身柄班が作成した供述調書の原本などを本庁に持ち帰る、というものだ。

 供述調書は2ページ分を1枚の用紙に縮小してコピーされているが、大規模な事件になると捜査員や捜査対象者の数も多くなるので、配布されるコピーも1回当たり平積みで数十センチ超に上ることもある。検事調べ室のロッカーに入りきらなくなると、机上やテーブル、床などに直置きするようになる。

 取調べを受ける被疑者も、日ごと取調べ室に事件記録のコピーが積み上がっていくのを見て、特捜部の人海戦術による捜査が思った以上に進んでいると認識するわけだ。

 他方で、身柄班の検事は、東拘でこうした大量のコピーを読み込み、最新の情報を把握した上で、担当する被疑者の取調べを行わなければならない。そこで、特捜部では、供述調書を作成した検事が自ら付せんにその要旨や供述人の立場などを簡潔に記載し、1ページ目の右下隅に貼り付けるという慣例になっていた。

 供述調書は付せんごとコピーされているので、要旨などを見て、自分の担当分野に関係するものか否か、優先的に読むべきものか否かといった判断を短時間で下すことができるわけだ。

 違和感を覚えたのは、ある関係者の供述調書だった。ワープロで入力、印字されていたが、あるページを最後まで読み、次のページをめくると、冒頭の1行が前のページの末尾の1行と重複していたのだ。完成版からオリジナルのページを抜き取り、1行ほど文章を削った新たなページと差し替えたことにより、そうしたズレが生じたものと思われた。

 最終ページまでめくり、そこに署名している取調べ担当検事の氏名を見ると、法務省での勤務経験もある在宅班の若手だった。

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元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

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