仕事抜きで夢中になる中から見出した仕事のコツ。「ロッチ」コカドケンタロウがミシンから学んだこと
40歳から夢中になれるものを探し続けてきたお笑いコンビ「ロッチ」のコカドケンタロウさん(46)。ゴルフや料理などにも取り組んできましたが、辿り着いたのがミシンでした。初の著書「コカドとミシン」(ワニブックス)を11月27日に上梓。ミシンを使っての制作過程を発信するインスタグラムも話題になるなど、新たな領域に進むことにもなりました。夢中になれる趣味を持つ意味。そして、本業であるお笑いにも表れた相乗効果とは。
夢中になるものがない
40歳を前にした頃、自分は全く趣味のない人間だなと思ったんです。
というのも、30代後半でアイドルグループ「NGT48」の番組を担当することになって、そこで握手会やイベントに通うファンの皆さんの姿を見て「うらやましい」と純粋に思ったんです。何かに夢中になる。この時間がものすごく豊かだなと。
ここから先、歳を取っていく中で、それがないのはすごくさびしい気がしたんです。本来、趣味というのは好きで好きで知らない間に夢中になっているものなんでしょうけど、とにかく一回強引にでも探してみようと思って。
40歳になる年の元日から、この一年間はとにかく興味を持ったものをしっかりとやりきる。それを決めたんです。まずは多くのおじさんたちが夢中になっているゴルフ。自分も始めたら、子どもの頃の野球のように夢中になるかもしれない。そう思ってスタートしました。
やってみると楽しいし、ありがたいことにその年の秋からゴルフ関連の番組もさせてもらうようになりました。確かに楽しい。うまくなろうともする。でも、アイドルを追いかけているファンの皆さんのような夢中さは自分に感じなかった。それが正直なところだったんです。
他にも料理とかギターも試してみたんですけど、どちらも楽しい。楽しいけど、こちらも夢中とまではいかない。なぜ夢中になれないのか。自分のことながらそこを考えた時に、好きなことを選ぶ際に“邪念”が入っているなと思ったんです。
「これをやることで、どこかで仕事につながるんじゃないか」。そこを丸出しでゴルフや料理に取り組んでいたわけではないんですけど、奥底にその思いもなかったわけではない。そこが完全に夢中になることから遠ざけてしまった要因なのかなと思ったんです。
初日から鳥肌
じゃあ、何をすれば夢中になるのか。それを見出すのも本当に難しかったんですけど、もともと洋服は好き。何かを作るのにも没頭しやすい。友達の服屋さんに遊びに行って作るところを見せてもらうことにも面白さを感じていた。そんなところから、ふと「ミシンを買ってみようか」となったんです。
ミシンを始めたのが2022年の元日から。ただ、本当にミシンをやり続けるか。面白さを感じるかも分からない中でのことだったので、安いミシンを買って、布も試験的に縫うような端切れだけを用意して最初はスタートしたんです。
ただ、これが初日から鳥肌が立ったんです。楽しい。たまらない。機械が動いているメカの感じにも心が躍りましたし、布を縫っていくこと自体にもワクワクを感じた。言葉にしにくいんですけど、ミシン周りの全てに「オーッ!」という感動を覚えたんです。
もっとやりたい。でも、手元には最初に買った端切れしかない。端切れで小さな小さなバッグみたいなものを作ってみたんですけど、もちろん初めて作ったものなので形も不細工ではあるものの、小さいながらに中にものが入るし、ただの端切れが機能のあるものに生まれ変わった。この感覚もうれしくて。気づいたら夢中になっていたんです。
半年ほどあらゆるバッグを作り続けて、そこから洋服作りにも乗り出しました。そうなってくると、今まで使っていた一通り何でもできるけど何かに特化はしていない家庭用のミシンではなく、ロックミシンという専門的なミシンが必要になってくるんです。
それ相応の値段もこちらはするんですけど、そこは迷いなく購入してもっとミシンの世界にのめりこんでいきました。ロックミシンを買ったことで、少しずつ周りの人の中にも「こいつ、本気や」と思ってくださる人が出てきて(笑)、メーカーさんに使い方を習いに行かせてもらったり、アドバイスをくださるということも出てきまして。そうなると、技術が進歩するのでまたさらにのめりこむ。そんなサイクルに入っていったんです。
だんだんスキルがついてくると、相方の中岡君が足を骨折した時につけていたサポーターをオシャレに覆うカバーとか、中岡君の結婚指輪ホルダーとか、実用性もあるけど遊び心のあるものも作るようになっていきました。
“夢中”がもたらしたもの
夢中になる効能みたいなところもたくさん感じていて、無心でやることによって無駄なことを考えず、瞑想的な脳になってるんですかね。作業をすると肩はこるんですけど、心はスッキリするんです。
あと、本当に好きなものに打ち込むということが笑いにも良い影響をもたらしてくれている。それもすごく感じるんです。
ミシンはただただ好きでやっているので、ミシンの話をする時にはボケようとは思っていないというか、感じていることをそのまま言うことになるんです。誰が何と言おうが、自分はこういう思いでやっている。こういう時に喜びを感じる。そこって心底思っていることを言っているだけなんですけど、本当に熱を持って話していることなので、皆さんが興味を持ってくださる。聞いてくださる回路が違うというか、すごく真剣に聞いてくださる。
そういう領域があることは分かっていたつもりなんですけど、そこに一本筋が通った。そんな感覚かもしれません。もともとはミシンによって再確認した感覚だったんですけど、他のことを話すときも変に笑わせようとするのではなく、熱を持って本気で話す。そのほうが皆さんに届く。
仕事にすることを全く考えなかったからこそ夢中になれたんですけど、夢中になっている中から仕事につながるエッセンスを学べた。不思議でもあるし、こういうものなのかと感じる部分でもありました。
オンとオフの切り替えみたいなこともよく言う言葉ですけど、ミシンを始めるまで、自分の中ではそこもあまり理解できてなかったと思います。休みの日でも自ずとお笑いのことを考えますし、それ自体は悪いことではないんでしょうけど、今は時間があったらミシンに没頭する。そうすると、頭がクリアになって、いざ笑いのことを考える、仕事をするとなった時に今までよりグッとそこに入っていける。この感覚もミシンあってのことだなと思います。
2022年元日の自分、よくミシンを始めてくれた。よくミシンを試してみようと思ってくれた。本当にそう思いますし、できることなら何かしらミシンで作って当時の自分にプレゼントしてあげたい(笑)。そんなことを思うくらい、良い出合いをもらったと思っています。
(撮影・中西正男)
■コカドケンタロウ
1978年8月8日生まれ。大阪府出身。本名・小門建太郎。吉本興業の養成所・NSC大阪校出身で、当時は別々のコンビで活動していたが、05年に中岡創一とお笑いコンビ「ロッチ」を結成。後に、ワタナベエンターテインメント所属となる。「キングオブコント」ではコンビとして09年、10年、15年に決勝に進出。11月27日に著書「コカドとミシン」(ワニブックス)を上梓した。