9・11から20年「新世代のジハードは道を踏み外した」と嘆いたビンラディンの誤算
無様なアフガン撤退は「過激派を勢い付けた」MI5長官
[ロンドン発]2001年の米中枢同時テロ(9・11)から11日で20年。英国内でテロ関連情報を収集している情報局保安部(MI5)のケン・マッカラム長官は10日、米軍のアフガニスタン撤退とアフガン政府の崩壊が招いた混乱が「過激派を鼓舞し、勢い付けたのは疑う余地がない」との見方を英BBCラジオ番組で示しました。
「アフガンでの出来事は、テロリストを直接、刺激するとともに、改めて集結させ、9.11とその後の数年直面したような十分に練られ、洗練された計画によってわれわれを再び脅かす危険性がある」と同長官は述べました。MI5は警察と協力し、過去4年間で準備段階のテロ計画31件を阻止しており、その多くはイスラム過激派関連でした。
マッカラム長官は「一夜にして国内外に散らばる過激派の士気を高めたのは間違いない。ここ5~10年、われわれは触発されたテロリズムの増加に対処しなければならなくなった。英国内でテロが起こらないと主張することは無謀だ」と警告しました。イスラム過激派のテロが起きるリスクはアメリカに比べて欧州の方が高いのが現実です。
イスラム教徒の人口割合は「ワールド・ポピュレーション・レビュー」というサイトによると、イギリス6.3%、ベルギー7.6%、フランス8.8%に比べ、アメリカは1.1%と少なくなっています。欧州各国に潜在する“一匹狼テロリスト”が、米軍を駆逐したイスラム原理主義武装勢力タリバンに触発されて暴発するシナリオはすぐそこにある危機です。
欧州では昨年、121件のテロ事案
欧州連合(EU)「テロリズム状況・動向報告書2021」によると、昨年、EU27カ国で57件(21人死亡)、イギリスで62件(3人死亡)、スイスで2件(1人死亡)の計121件のテロが報告されました。イスラム教預言者ムハンマドの風刺画を授業の教材にした仏教師を狙った事件以外は無差別テロ。18年の報告件数は129件、19年は119件でした。
一方、グローバル・テロリズム・インデックス(GTI)最新版によると、テロによる死者は2014年をピークに5年連続で減少して19年には1万3826人。GTIスコアが改善した国は103カ国、悪化した国は35カ国でした。アフガンはイラクを抜いて依然としてテロの影響を最も受けている国ですが、18年の死者は前年比22.4%減の1654人となっています。
紛争がテロの主要因で、テロによる死者の96%以上は紛争国で発生しています。タリバンがアフガンの内戦化を防ぐことができれば、死者はさらに減少する可能性があります。過激派組織「イスラム国」(IS)の影響力も引き続き低下し、ISに起因する死者は18年の1571人から19年には942人に減少しました。死者が1千人を下回ったのは初めてでした。
【GTIスコアのワースト5カ国】
(1)アフガン
(2)イラク
(3)ナイジェリア
(4)シリア
(5)ソマリア
【テロによる死者の原因になっている組織】
(1)タリバン
(2)ナイジェリア北、北東部を拠点とするイスラム教スンニ派過激組織ボコ・ハラム
(3)「イスラム国」(IS)
(4)ソマリアを拠点とするイスラム過激派組織アルシャバブ
米軍を中心とする北大西洋条約機構(NATO)軍が撤退したことでアフガンは再びテロリストの温床になるのでしょうか。それはひとえにタリバンが軍閥と協力して内戦化を防げるか否かにかかっています。これまでは米軍が中東に介入し、テロ対策の爆撃で一般市民の巻き添え被害を出すたびにテロリストを激増させてきたのが現実です。
アメリカでは「シェールガス革命」と地球温暖化対策で中東の石油・ガスへの依存度は著しく低下しました。インド太平洋で中国の横暴を抑えることが再優先課題となり、20年という歳月と2兆ドル(約220兆円)以上を浪費したアフガンではタリバンと取引して国際テロをアメリカに輸出するのさえ防げれば十分だという計算が働きました。
「ビンラディンの破滅的な成功」
米シンクタンク、ニュー・アメリカのネリー・ラホード上級研究員は米外交誌フォーリン・アフェアーズに「ビンラディンの破滅的な成功」と題し寄稿しています。ラホード氏は国際テロ組織アルカイダ指導者ウサマ・ビンラディン容疑者が保管していた00~11年の約6千ページの文書を含む9万6千個のファイルを精読し、3年間かけて分析しました。
ラホード氏によると、米中枢同時テロの首謀者であるビンラディン容疑者は「9・11でアメリカがイスラム教国家から軍を撤退させ、ジハード(聖戦)が独裁政権と互角に戦えるようになる。国民国家による世界秩序を破壊して、ウンマ(イスラム共同体)を再構築できる」と考えていましたが、アメリカは「撤退」ではなく「戦争」を選びました。
タリバン政権は呆気なく崩壊、アルカイダも追い込まれます。アメリカが突き進んだイラク戦争ではイスラム教スンニ派とシーア派の宗派対立が激化。アルカイダから「イラク・イスラム国」が分かれ、キリスト教徒とシーア派への攻撃を開始します。ビンラディン容疑者は「新世代のジハードは道を踏み外した」と嘆きますが、何の影響力もありませんでした。
昨年、トランプ前米政権と和平合意したタリバンは「アルカイダを含むいかなるグループや個人もアメリカとその同盟国の安全を脅かすためにアフガンの地を利用することを阻止する」と約束しました。タリバンが約束を守るかどうかは分かりません。しかし米軍の介入を招くのは懲り懲りのはずで、自分たちの国作りに専念するのではないでしょうか。
欧米で激増する極右テロ
テロの原因療法は「戦争」や「駐留」ではなく、アメリカがイスラム圏の独裁国家への支援を止め、中東和平に力を入れることに尽きます。欧米諸国の脅威はイスラム過激派より、白人至上主義の極右や、性的経験がないのは女性やモテる男性に原因があると攻撃する非モテ男子のオンライン・サブカルチャー「インセル」のテロに移ってきています。
前出のGTIによると、北米、西欧、オセアニアでは14年以降、極右テロが250%も増加し、死者も709%増えました。19年、極右テロリストに起因する死者はニュージーランド・クライストチャーチのモスク襲撃事件の51人を含む89人に達しました。欧米では直近の5年間、毎年35件以上の極右テロが起きています。
社会の二極化が進む中で、政治的暴力が容認される兆候が見られます。アメリカでは昨年の世論調査で、民主党と共和党それぞれの回答者の約40%が政治目的のための暴力は部分的には正当化されると感じていました。2年半前は10%未満に過ぎませんでした。爆弾を落とすお金があったら社会の格差や不公正の解消に使った方が賢明なのは言うまでもありません。
(おわり)