Yahoo!ニュース

パワー全盛時代のMLBで最遅スイングスピードのルイス・アライズが安打製造機として光り輝ける秘密とは?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
今シーズンも大谷翔平選手と激しい首位打者争いを続けるルイス・アライズ選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【MLBが新たに公開した打撃データ】

 MLBが追尾システム「STATCAST」を導入し様々なプレーをデータ化するようになり、我々の観戦スタイルは大きな変化を遂げている。今ではMLBが提供するデータ専門サイト「savant」を活用するMLBファンも多いはずだ。

 そしてMLBは今シーズン途中から、新たな打撃データを公開し始めたのをご存じだろうか。それはスイングスピードをはじめとするスイングに関するデータで、さらに打者の特徴を確認できるようになっている。

 例えば平均スイングスピードを見てみると、MLB上位にはジャンカルロ・スタントン選手(80.6mph)、オネル・クルーズ選手(77.7mph)、カイル・シュワバー選手(76.9mph)、ロナルド・アクーニャJr.選手(76.7mph)、アーロン・ジャッジ選手(76.6mph)──と、MLBで長距離打者といわれる選手たちが名を連ねており、見事に現在のパワー全盛時代を反映している。

 ちなみにMLBでトップクラスの打球速度を生み出している大谷翔平選手も、平均スイングスピードは75.4mphでMLB16位(5月31日時点)にランクしている。

【最遅スイングスピード選手はまさかの安打製造機】

 パワー全盛時代は打者に限ったことではなく、投手もすっかり高速化が進んでおり、毎年のようにフォーシームを中心に平均球速が上昇している。そうした背景があるだけに、打者のスイングスピードは高速ボールを攻略する大きなカギになると考えられる。

 ところが今回公開されている新データをチェックしてみると、とんでもない事実が明らかになっている。

 実は現時点でMLB最遅のスイングスピード(62.5マイル)にランクしている打者こそ、2022年、2023年と2年連続で両リーグの首位打者タイトルを獲得し、今シーズンも大谷翔平選手やムーキー・ベッツ選手らと熾烈な首位打者争いを演じているルイス・アライズ選手なのだ。

 2020年代の安打製造機と呼ぶに相応しいアライズ選手の個人打撃データをチェックしてみると、スイングスピードのみならず、平均打球速度、バレル率(理想的な速度と角度を備えた打球の割合)、ハードヒット率(速度が95mph以上の打球の割合)など、パワーに関するデータはすべてMLB最低レベルだ。

 その一方で、xBA(予測打率)、スイートスポット率、空振り率、三振率はMLBトップクラスにランクするという両極端なデータとなっている。

【最遅スイングスピードながらスイング幅はMLBトップ】

 中でもアライズ選手の打撃データで特筆すべき点は、MLB最遅スイングスピードでありながら、球種別成績では圧倒的に速球を得意にしている点だ。つまり高速ボールにまったく負けていないのだ。

 例えば今シーズンの球種別成績を見てみると、「速球(フォーシーム、ツーシーム、カッター、シンカー)」、「ブレイキング(カーブ、スライダー、ナックル、スイーパー、スラーブ等)」、「オフスピード(スプリット、チェンジアップ、フォーク、スクリュー)」の分類では、速球のみが打率が3割を超え(.387)、長打率(.465)、空振り率(7.0%)も他の2球種を圧倒している。

 なぜ最遅スイングスピードのアライズ選手がこれだけ高速ボールに強いのかといえば、実はスイング幅(ボールがバットに到達するまでの距離もしくは長さ)が5.9フィートでMLBトップの短さなのだ。

 つまりMLB最遅スイングスピードをMLB最短のバット幅で補っているのが、アライズ選手のバッティングの真骨頂といえるのだ。

 ちなみにMLBで最もスイング幅が大きい選手はハビー・バエス選手の8.6フィートなので、その差は歴然としているのが分かるだろう。

 一方バエス選手の平均スイングスピードは75.3mphで、大谷選手とほとんど変わらない。ただ大谷選手のスイング幅は7.6フィートで、平均スイングスピード上位選手の中ではかなり小さい方になっている。この辺りが両選手に違いをもたらしているように思う。

【アライズ選手は日本人選手のお手本になれる?】

 今回新たに公開された打撃データには「Squared-Up率」という項目が含まれているのだが、これは球速とスイングスピードから計算上導き出せる打球速度を100%とし、実際の打球速度が80%以上だったものの割合を示したものだ。

 この項目でアライズ選手は46.0%を計測しており、これはMLBでダントツの1位だ。同2位のムーキー・ベッツ選手でも39.0%なので、その凄さが理解してもらえるかと思う。

 アライズ選手の打撃データを見る限り、彼がまさに天才肌の打者であることは間違いなさそうだ。

 ただMLB選手と比較すれば明らかに非力な日本人選手たちが今後MLBに挑戦する場合、大谷選手や鈴木誠也選手のように肉体改造をするのも一つの手段だと思うが、アライズ選手の打撃フォームを参考にしながら技術を突き詰めていくのも新しい道が開けていくように思う。

 パワー全盛時代のMLBの中で、アライズ選手のような打者が見事な光彩を放っているのも実に痛快ではないだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

菊地慶剛のスポーツメディア・リテラシー

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3、4回程度(不定期)

22年間のMLB取材に携わってきたスポーツライターが、今年から本格的に取材開始した日本プロ野球の実情をMLBと比較検討しながらレポートします。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

菊地慶剛の最近の記事