ダム湖の排水口に吸い込まれた作業員に何が起こったのか
11月14日に作業中ダム湖の排水口に吸い込まれた作業員が同17日にダム下流側の減勢池付近で発見され、その後死亡が確認されました。ダム湖作業中の人が何らかの原因によって命を落とす事故が毎年のように発生しています。
三条地域振興局地域整備部 大谷ダム堆積土砂除去工事の事故発生について(第3報)より
1 事故発生日時 11月14日(火)午前8時40分頃
2 事故発生場所 三条市(旧下田村)大谷地内 一級河川信濃川水系五十嵐川の大谷ダム
3 事故の概要 ダムの取水施設改修に伴う土砂掘削工事において、ダム湖からダム下流側へ工事用設備が流されるおそれがあったため、作業船で接近したところ、作業員1名(50代男性)を乗せた作業船がダム下流側へ流されたもの。
4 経過
11月14日(火) 8:40頃 事故発生、工事請負業者から警察へ通報。 9:00頃 警察・消防現地到着、捜索開始。 9:30頃 ダム下流で作業船を発見。引き続き作業員の捜索を継続。
11月17日(金) 14:38頃 ダム下流の減勢池の排水口付近で不明者を発見。 15:55 県警ヘリで収容したが、その場で死亡が確認された。
県第3報のうち事故の概要の部分について、現場にて簡易調査を行った結果をもとにして、以下に詳しく書いてみたいと思います。
どのような工事なのか
土砂掘削工事は、「ダムメンテナンス事業(補正)堆積土砂除去工事」が正式名称で、浚渫(しゅんせつ)工事とも呼ばれます。
どこを掘るかと言うと、図1のほぼ中央部に位置する「取水設備」の直下のダム湖(ひめさゆり湖)の底にたまった土砂を掘ります。どうやって掘るかと言うと、図1の右に位置する「中継空気圧送船」から水中に仮設管(送泥管)を垂らして、その管先端から土砂を吸い取ります。潜水士が水中に潜って、送泥管の先端の水中ポンプを操りながら、掃除機で掃除をするような感じで土砂を吸い取る作業です。水とともに吸い取られた土砂は、中継空気圧送船上に集められて、残りの水は「水上圧送管」を通じてダム堤体の際まで運ばれ、湖に戻されます。
今回の工事は、取水設備の取水口の付近に堆積した土砂の除去作業ですから、稼働中の取水設備の取水口に潜水士が吸い込まれないように万全の対策を行っていたと推測できます。なぜなら、ダム湖の取水口あるいは排水口に潜水作業員が吸い込まれる事故が後述するように全国で毎年のように発生しているからです。因みに、今回の作業では現場付近の水中で、取水設備の取水口へと吸い込まれる水の流れの速さは毎秒0.5 mを想定していました。
どのような事故が発生したのか(考えられること)
今回の事故で作業員が吸い込まれたのは取水口ではなくて、ダム堤体を通過してひめさゆり湖から下流に水を流す排水口でした。図1ではコンクリート製の排水口壁が写っていますが、写真を撮影している方向からだと排水口は右手の中継空気圧送船に向かって開いています。
つまり、作業員は作業船に乗って図1の右手から左手に向かって流されたことになります。水中での吸い込まれに対しては万全の対策で工事に臨んでいたのでしょうが、よもや表面流水にやられたとは。ダムでは、開いている口はすべて危険だという認識がなくてはなりません。
「ダム湖からダム下流側へ工事用設備が流されるおそれがあった」ということで、報道では「仮設管」が流されたとの記事が多く見受けられました。そうであるとすると、水上圧送管には目視で異常が見られないため、「送泥管」が流されそうになったのかもしれません。
作業員に何が起こったかを解析するために、ここを知ることがもっとも重要な点となります。水難事故が発生する直前にはなにかしら突然のことが発生しているものです。例えば川などで流れがある場所では、「救命胴衣を着た子どもが流された」という極めて重要な原因から「帽子が流された」という原因まで、流された人(モノ)を追って、追った人が往々にして命を落とします。自分の家族や持ち物が突如として流されれば、そこにある危険を忘れて反射的に行動に出てしまうのが人間というものです。
カバー写真に示されているように、水の吸い込みを示すさざ波の縞が目視にて明瞭にわかりますから、落ち着いていれば「ここに立ち入ったら危険だ」と当然のように判断できるのです。
排水口に吸い込まれた作業船はダム下流の減勢池に流されました。図2はその様子です。図2のほぼ中央に写っている、船底を上に向けたボートが作業船のようです。
図2では船底を見せているボートが、事故直後の報道動画によれば、ひっくり返っておらず、そこには船外機が写っていました。船外機の馬力は見ただけではよくはわからなかったのですが、中継空気圧送船に横付けされていた同様の作業船には40馬力の船外機がつけてあったので、それと同等の十分な馬力のあった船外機を積んでいたかもしれません。
作業船の船首にはオレンジ色の浮きと濃い色の管が見えます。これらは「流されそうになった」という工事用設備かもしれません。この物体は船首に固定されているようにも見えます。実際に事故の直後の上空からの複数の映像では水中にオレンジ色の物体が作業船の船首水中に写っていました。作業船が流される直前、特に作業員の身に何が起こったのかという本当のところは、こういった事実を一つ一つ丹念に確認していくことで明らかになっていくかと思われます。
作業船の船尾は減勢池の排水口を半ばふさぐような形でいました。排水口は減勢池の水底に近い所に位置しています。亡くなられた作業員はこの口から五十嵐川に流れ出たところを発見されたと思われます。
ダムでの作業中の事故は毎年のように繰り返されている
ダムを含めて河川などの人工構造物の周辺では、当たり前のように水難事故が多発します。構造物によって堰き止められた水はエネルギーを蓄積している状態だから、その水が流れ出ようとする口の周辺にはそのエネルギーがどうしても集中するからです。
潜水を伴う水中作業には極めて高度な安全管理が求められるので、事故発生の後にはその原因が徹底的に調査・解析されなければなりません。そしてその調査結果が次の事故を防ぐ知恵として社会に伝えられなければなりません。請負者ばかりでなく発注者にも相当な努力が求められますが、こういった事故に関する詳細な報告書が当事者などからインターネットで誰もが確認できるように公開されているとは限らないのが実態です。
おわりに
事故の後の調査・解析の結果は「人と水とが一体化している」というフィロソフィーのもとで原因究明が行われたのかと?印のつくものではいけません。「人は水と同じように流れていく」という原則に則った安全対策が出されれば、その後の同様な工事における安全管理はより強固なものになるはずです。
最後に、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方のお気持ちをお察しします。