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「アフターコロナの観光業」に賭ける金正恩のささやかな野望

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 コロナ前の北朝鮮は、中国東北の内陸部からの観光客を中心に、オーバーツーリズムの様相を呈していた。外国人観光客は原則として、朝鮮国際旅行社などのガイドに従い、ホテルも自分では選べず、決められたコースを回ることになっているが、ガイドも交通手段も宿泊施設も不足し、一時的に受け入れ制限を行うほどの盛況ぶりだった。

 ところが2020年1月、新型コロナウイルスの全世界的流行に伴い、北朝鮮は国境を封鎖し、ヒトとモノの出入りを一切禁じた。それ以降、外国人観光客はゼロとなっている。

 そして世界は日常を取り戻しつつあり、中国もゼロコロナ政策を終了した。北朝鮮も、観光客の受け入れ再開に向けて準備を進めているもようだ。

(参考記事:金正恩の「温泉リゾート」で男女26人が禁断の行為

 咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、北東部の経済特区である羅先(ラソン)市人民委員会(市役所)に対して、次のような指示が下されたと伝えた。

「あちこちから見える農村の風景をなくし、都市化して、全般的に観光地区の面貌を備えよ」

 羅先は、羅津(ラジン)と先鋒(ソンボン)の2つの自治体が合併してできた市で、人口は約20万人。衛星写真で確認した限りは、外国人観光客が訪れる地域には、さほど田畑は多くない。それでも首都・平壌や第2の都市、咸興(ハムン)、貿易都市の新義州(シニジュ)などと比べると、都会っぽい雰囲気はない。

 そんな羅先を立派に作り変えて、市民が誰も羨むことなく暮らしている様子を外国人観光客や投資家にアピールしようというのだ。「社会主義朝鮮の気概」を見せて、対外的なイメージを刷新しなければならないというのが、指示の骨子だ。今までは許されなかった、外国人がガイドなしで市内を歩き回ることを許可する可能性も考えられる。

 こうした取り組みに必要な資材は、海外から取り寄せる方針だ。

「現在、羅先市で行われている住宅建設に不足しているセメント、鉄筋などの資材を優先して保証し、住宅内の収納スペースも、他の地域のような『押入れ』ではなく、家具にせよとの指示があった」(情報筋)

 資材の2割を国が負担するから朝鮮労働党の配慮としてありがたく受け取り、都市化を進めよとも指示している。

 このように北朝鮮が作業を急がせているのは、羅先を大々的な国際貿易観光地区として全面開放し、稼いだ外貨の半分以上を吸い上げることに目的があると、情報筋が説明した。計画分(ノルマ)は米ドルで納めるようにも指示した。

 このやり方が上手くいけば、国境に接した複数の都市に応用できるだろうと、党は大きく期待しているとのことだ。

 しかし、地元の反応は今ひとつだ。羅先市のイルクン(幹部)たちは「国の投資などと聞こえのいい話をしているが、高利貸しをしようとしているのではないか」と不満の声を上げている。資材を保証してやると持ち掛けておいて、後で過大なノルマを押し付けて回収しようという目論見が丸見えだということだろう。

 さて、羅先の観光業がうまくいくかは、国境を接する中国の意向次第だ。かつて、羅先と言えばカジノが有名で、一時期は延辺朝鮮族自治州から博打目当てでやってくる中国人で溢れていた。しかし、中国の地方政府職員が公金を横領してカジノにつぎ込んでいた事件が発覚。中国政府は羅先観光を禁止したことから、寂れてしまった。

 それ以外の目玉は新鮮な海産物だが、国連安全保障理事会は2017年8月、北朝鮮からの海産物の輸入を全面的に禁止する対北朝鮮制裁決議2371号を採択。中国もそれに従った。つまり、現地では食べられても、お土産にはできないということだ。

 ただ、中国は北朝鮮労働者の受け入れなど、制裁破りを黙認している状態だ。海産物のお土産くらならとやかく言わない可能性も充分にある。

 観光業は制裁に抵触せず、手っ取り早く外貨が稼げる、北朝鮮に残された数少ないオプションのひとつだ。金正恩総書記がかける期待は、非常に大きいだろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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