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メルケル独首相の「終わり」が始まった 連立支える姉妹政党の低迷 難民問題で右派と左派の二極化進む

木村正人在英国際ジャーナリスト
「終わり」が確実に始まったメルケル独首相(筆者撮影)

産業の集積地バイエルンに起きた異変

[独南部バイエルン州ミュンヘン]10月14日、ドイツ南部バイエルン州で投開票が行われる州議会選は、アンゲラ・メルケル独首相の信任を問うレファレンダム(住民投票)だと言われています。

最大の争点は、2015年の欧州難民危機で欧州連合(EU)域内になだれ込んだ100万人超の難民に門戸を開放したメルケル首相の判断が正しかったか否かです。

ミュンヘン市内の選挙ポスター(筆者が撮影した写真を合成)
ミュンヘン市内の選挙ポスター(筆者が撮影した写真を合成)

バイエルン州には、自動車メーカーのBMWやアウディ、グローバル複合企業シーメンス、自動車機器・産業機器メーカーのボッシュのほか、国際的に競争力の高い中小企業も集積しています。

ドイツの国内総生産(GDP)の18%を占め、州内総生産はスウェーデンを上回ります。この8年間に経済は18%も拡大、雇用率は国内最高レベルです。しかし、バイエルン州議会選で異変が起きているのです。

メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)の姉妹政党、キリスト教社会同盟(CSU)はバイエルン州の地域政党で戦後、長らく州議会で単独過半数を維持してきました。しかし50%前後あった支持率が世論調査でなんと30%台前半まで急落しているのです。

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独メディアは「CSUが過半数割れするようなことになれば、サッカーの強豪バイエルン・ミュンヘンがブンデスリーガ1部から降格するようなものだ」と報じています。

招かれたのはオーストリアの首相

12日、州都ミュンヘンのビアホールでCSUの選挙集会が開かれました。メルケル政権で内相を務めるホルスト・ゼーホーファー党首とマルクス・ゼーダー州首相がゲストとして招いたのは、メルケル首相ではなく、隣接するオーストリアのセバスティアン・クルツ首相でした。

オーストリアのクルツ首相(右)とゼーホーファー独内相(左)、ゼーダー州首相(中央、筆者撮影)
オーストリアのクルツ首相(右)とゼーホーファー独内相(左)、ゼーダー州首相(中央、筆者撮影)

クルツ首相は誕生時「世界最年少の首相」と騒がれたイケメン政治家です。

オーストリアとバイエルン州は歴史的にも文化的にもゆかりが深いとは言え、CSUがクルツ首相を呼んだのは、難民政策をめぐり、メルケル首相と激しく対立してきたからです。オーストリアからバイエルン州は、バルカン半島を経由した難民北上ルートの通り道になりました。

ビアホールで開かれた選挙集会(筆者撮影)
ビアホールで開かれた選挙集会(筆者撮影)

現実主義者の右派政治家、クルツ首相は欧州難民危機の際、オーストリアの外相として「EUの難民政策は密入国あっせん組織を増長させるだけだ」とEU域外国境の管理強化を唱え、メルケル首相の門戸開放政策と真っ向から対立しました。

クルツ首相はCSUの選挙集会で「2015年にはオーストリアの実施した政策は皆から非難されたが、今ではEUの常識になった」と胸を張りました。

そして「欧州の統合は、北欧(債権国)が南欧(債務国)に命じたり、西欧(自由主義諸国)が東欧(旧共産圏諸国)を指導したりするものであってはならない」と強調しました。

CSUの選挙集会で演説するオーストリアのクルツ首相(筆者撮影)
CSUの選挙集会で演説するオーストリアのクルツ首相(筆者撮影)

右派と左派の二極化

世界的に見て政治は右派と左派の二極化が進んでおり、中道政党は後退を強いられています。

連邦レベルで連立を組むCDUと社会民主党(SPD)は支持率低下を止めることができません。SPDの支持率はバイエルン州議会選でも10%台前半で、昨年秋の総選挙と同様、大敗を喫すればCDUとの「大連立」を見直す声が再び大きくなってくる可能性があります。

支持率を上げているのは反難民・移民の極右政党「ドイツのための選択肢」(以下、選択肢)と90年連合・緑の党(以下、緑の党)です。緑の党の支持率は20%近くまで急騰しています。

CSUは支持率回復のため、「選択肢」の主張や政策をコピペして難民受け入れ規制の強化を唱えましたが、反発した穏健派の支持者が緑の党に流れるという股裂き状態になっています。

このため選挙集会に先立って行われた記者会見で、クルツ首相はオーストリアで連立を組む極右政党・自由党と「選択肢」の違いを強調。CSUのゼーダー州首相も「バイエルン州議会に『選択肢』の居場所はない」と距離を置きました。

レームダック(死に体)化するメルケル首相

しかし今年4月、ゼーダー州首相は「十字架はバイエルン人のアイデンティティー」と全公共施設の入り口にキリスト教の十字架を掲げる政令を出して、物議を醸しました。ドイツ基本法は政教分離を定めています。

7月には、難民政策をめぐり、国境で一部の難民・移民を追い返すことを主張するゼーホーファー内相がメルケル首相と対立。一時、CSU党首と内相を辞任する意向を表明したため、メルケル政権は崩壊寸前の危機に陥りました。

国内情報機関、連邦憲法擁護庁のハンス=ゲオルク・マーセン長官の問題はもっと深刻です。ドイツ東部ケムニッツで難民申請者2人が若いドイツ人男性を殺害したとされる事件をめぐって極右勢力がデモを繰り広げました。

マーセン長官は、政界とメディアは過剰に反応しているとの見解を示しました。極右勢力が外国人に襲いかかる動画が存在するにもかかわらず、独大衆紙ビルトに「ケムニッツでは外国人狩りは起きていない」と発言。イスラム過激派などに関する公表前情報を「選択肢」に提供していました。

世論の厳しい批判を受け、マーセン長官は連邦憲法擁護庁長官の職を解かれますが、階級が上の内務省次官に「格上げ」されます。人権問題に厳しいSPDは更迭を主張したものの、難民・移民規制を強化したいゼーホーファー内相がマーセン氏擁護に回ったからです。

また、メルケル首相の側近が会派の下院院内総務選挙に敗れるなど、首相の求心力は著しく低下しています。

2週間後のヘッセン州議会選でもメルケル首相のCDUは苦戦を強いられており、リベラルの旗頭であるメルケル首相の「終わり」は確実に始まっています。ドイツ国内にとどまらず、欧州全体でもオルト・ライト(オルタナ右翼)が勢いを増す恐れが膨らんでいます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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