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今さら聞けない労務管理のキホン教えちゃいます 最終回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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日本は、少子高齢化により、生産年齢人口がどんどん減少しています。働き手の不足を補うためには、これまで育児や介護で仕事をやめざるをえなかった人たちへの両立支援が欠かせません。多様な人材にとって、意欲・能力を発揮できる環境を作ることが、今求められる重要な課題になっています。そのニーズを受けて、会社や人事労務の担当者はどんなことをすべきでしょうか?

<ポイント>

・同一労働同一賃金はどこから手をつけるべきか

・人事の力を引き出した会社は強い

・お金だけが解決手段ではなくなってきた

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■同一労働同一賃金は進んでいるのか?

倉重:同一労働同一賃金の話も伺えますか?

佐藤:逆に取り組みはどの程度進んでいるのでしょうか。コロナで「これに集中して取り組んでいます」という感じではないとは思うのですけれども。手当てを見直すことはあると思うのですが、どうですか。逆に聞いてしまうのですけれども。

倉重:「絶対にこれは直しておく」という手当は、やはり通勤手当でしょうか。会社に通勤している場合、正社員と非正規に違いを設けるのは基本的に難しいでしょう(パートは近所からしか採用していない場合や長距離通勤の議論は別)。要するに、誰が見ても不公平というところから変えていく。「隣で働く正社員となぜ私は待遇が違うのか」という素朴な感覚が一番の課題なのです。今日の話は何が公平なのかというような話が全体的にありました。例えば育休の話でもそうですが、同一労働同一賃金でも「隣の正社員と比べてここが違うから、手当も違うのだ」と説明がつけば納得感があります。でも「それは建前だよね」という感じの説明だと、納得がいかないのではないでしょうか。最低限どこまで対応するのかは、会社によって結構異なります。

佐藤:やはりコミュニケーションが前提で、隣に座っている人と多少差があったとしてもここで働きたいと思っていて調和が取れていれば問題にならないことはあります。そこに私が入ってきて、「はい、同一労働同一賃金です」と言うことは、寝た子を起こすようなケースもあるのです。必要な施策はやはり気持ちよく働けるという前提あってのことだと思います。

そういう意味でも「法律だから」で全部対処するのではなくて、納得感を持って働けるという優先順位付けで取り組んでいけばいいのかなと思います。ただ、賃金のことなので問題になったら怖いから、倉重先生に、「ここはちょっと見ておいてほうがいいよ」ということは聞いておきたいと思います。

倉重:例えば「基本給や賞与、退職金をいじった会社がほとんどですか」と言うと、そうではありません。法律上も業務内容や責任、人材活用の仕組み、配置変更範囲がどのように異なるのかをちゃんと整理して、「今までは正社員だから高かった、非正規雇用だから低かった」という理由だと、納得いかないという話なのです。それでは身分制のような話ではありませんか。そうではなくて、「正社員はこういう仕事をしていて、この範囲の責任を負っていて、地方転勤、海外異動もあるから、こういう給与体系です」というふうにちゃんとつながっていくところが大事です。

例えばスーパーの会社に入社した新入社員はレジ打ちをします。レジ打ちの仕事のために正社員として入ったわけではなくて、現場を知るために入ったのですよね。ひいては現場を知った上で管理職や経営幹部になっていく育成の途中ですという位置づけをします。そういう説明をちゃんとできるようにする。これが人事に求められることです。だから、ストーリーを語れることが非常に大事になってきますよね。「なんとなく昔正社員の賃金規定を作ったからこうなのです」では絶対に納得しないですから。漆原先生には、そういった相談はありますか?

漆原:人事担当の方から不満を聞くことがあります。

倉重:最初は大企業からのご相談が、私のところでも多かったのですけれども、だんだん中小や地方の企業も少しずつ気にし出してきたのではないのかなと思います。お二人は相談されたら最低限何をやれと言いますか。

漆原:各種手当の合理性の有無の整理から始めていきます。ここがわからなくて、不満をもたれている方が結構多いです。「この場合は差があってもオッケーなのだ」ということを伝えることによって、納得したり安心したりされるケースもあります。

倉重:確かにそれはいえますね。今日の全編を通じたテーマですが、公平とは何でしょうか。同じ額を出すことが公平ではないですから。責任や仕事に応じて処遇するということが基本的なスタンスだと思いますし、それをどうリデザインして説得的に語っていくか、というのが人事の仕事かなと思います。

佐藤:納得感ですね。あとは、将来的に生活設計が成立しなくなるケースは問題になってくると思います。今までは会社に真面目に勤めていれば退職金と年金で生活ができたから、あえて会社に物申すということはなかったかもしれません。

しかし今は、テレワークも両立支援も物申さないと立ち行かない世代になってきているので、やはりお互いがルールを知って、「このままではまずい、これでは生活できない」という場合は、「テレワークをしたい」「長く働けるようにしてほしい」という交渉が必要です。この交渉がもう少し身近になっていったらうまくいくのではないでしょうか。

倉重:上の立場の人も、「あと3年で定年だから私はこれでいいのだ」ではないのですよね。改正で70歳まで雇用する努力義務があるわけですから、60歳で定年を迎えて、70歳まで働くと考えたら10年間もあります。そこを無為に過ごすのか、ちゃんとした情報にキャッチアップして働いていけるのか。特に今時の60歳、65歳の方は若いです。体力的にもそうだし、気の持ちようも違います。ちゃんとキャッチアップしようとしている人は何歳になっても新しいことを覚えたりしますよね。

一方で、「もう俺はいいや」という人は、会議やzoomの設定もできなくて、入室することも部下にしてもらっている人もいます。「どちらの働き方がいいのか」ということを、一人ひとりの働く人も考えていかなければいけないし、人事も後押ししていかないといけないですよね。

漆原:そうですね。人事総務の担当者は、経営者側も従業員側も気持ちよく働くための交通整理をする役目だと思っています。幸せに働くためのルールや環境をつくるために、労務管理の本を役立てていただけたらと思います。経営者の方に人事が活躍する会社は強いことを理解していただき、頭を固くしないで耳を傾けてほしいなと思います。

倉重:まさに今日ずっと話に出ていたのは、結局労働時間でも、ハラスメントでも、育休でも、テレワークでも、同一労働同一賃金でも、何が公平なのかということです。それは時代によっても、仕事によっても変わってきます。それをちゃんと説明して、かつコミュニケーションを取って制度に落とし込んで運用するということですね。これが人事の役割で、経営そのものです。コロナもあって、経営の方向性が変わるのだったら、人事施策も採用する人も変わってきますよね。

やはり企業も人事の重要性を理解して、単に手続きだけをしているわけではないと分かってほしいし、逆に人事に配属されて「何だよこの部署は」と思っている人も、「いや、本当はとてもクリエイティブな部署なのですよ」と伝えたいです。人事の力を引き出してもらえれば会社は本当に変わります。

佐藤:本当にそうだなと思います。私の尊敬する社長の方が「労務管理というのは制度を作って管理をするものから、心理学やマーケティングの範疇になってきている」という話をしたのがすごく印象的でした。ニーズを汲み取って引きつけるような、必要な施策を前もって打ち出すような、そういう力が求められるように感じています。

倉重:本当ですね。やはり人事にとって、ある意味お客さんは社員なわけですし、現場で何に困っているのかをマーケティングしなければいけません。かつこれはどういう施策かと、コミュニケーションを通して的確に伝えていかなければいけないですよね。いかにパフォーマンスとして働きやすい職場にしていくかという役割もあります。

■リスナーからの質問コーナー

倉重:では、観覧の方からご質問コーナーにいきたいと思います。Aさんお願いします。

A:いろいろなテーマがあった中で、男性の育休については関心があるお客さんが増えてきているのではないかなと思います。またテレワークも含めて、評価と金銭をどう絡めるのか、あるいは絡めないのかということが気になります。さっき柔軟に、個別にという話が出てきましたが、制度と柔軟、個別という考え方はとても相性が悪いですよね。制度というのはみんな一律にやることが前提なので。その辺については自分も悩んでいるし、ほかの皆さんもどうなのかなと興味があります。

漆原:会社の規模や体制、お仕事の内容にもよってくるのかなとは思うのですけれども、人事評価制度を構築するのは時間も手間もかかります。さらに、一度構築した制度にずっと満足している会社というのもやはりあまり聞きません。試行錯誤しながら改善をしていくのか、それとも会社の体質によってはそういったものを取り入れないことも選択の一つになります。

A:ありがとうございます。

倉重:少しずつ試しながら改善することは、人事の人に意識をしてほしいところです。「一度こうと決めたからこれでいきます」という会社も結構あるのだけれども、やってみないと分からないし、どんどん直していってほしいと思います。特に最近は何が正解か本当に分かりづらいので、駄目だったら変えればいいのではないでしょうか。もちろん大変ですし、変更する際には苦労もあるけれども、だんだんよくなっていくという意識を持ってほしいなと思いますが。まいこ先生、いかがですか。

佐藤:ニーズが多様化しているので、お金だけが解決策という時代でもないと感じます。就業時間を減らしてほしいとか、パートでも在宅勤務をしたいという個別のニーズがあって、その人が満足する方法をとっていれば、同一労働同一賃金とはいえなくても、もめないという調和の中で成り立てばいいのではないかと思うときがあります。裁判で争ったら負けてしまうのでしょうけれども。

倉重:「優しい世界」ですね。最終的な納得感さえあれば、そもそも訴えようとも思わないわけなのですけれども。

佐藤:そうですよね。それが一番いいのかもしれません。

倉重:多様化しているニーズをくむのも人事の仕事だし、現場ともどんどん対話していく必要がありまうね。昔だったら現場で飲みに行っていたかもしれませんが、今は意識して現場を見に行かないといけません。コロナになってから就職した人がどんどん増えていくわけです。テレワークしか知らない世代も増えて、感覚が加速度的に変わっていくと思います。人事は昔の感覚だけではなくて常にアップデートし続けなければいけないといけません。手続きだけをしている部署ではなく、クリエイティブな仕事なんですよね。

佐藤:そうですね。

倉重:今人事をされている皆さん、絶望しないで、楽しいなと思われるところまでくると、本当にいろいろなクリエイティブさを発揮できて面白い仕事なのではないかなと思います。全国の人事パーソンの皆さん、我々が応援していますので共に頑張りましょう。

(おわり)

【対談協力】

漆原香奈恵(うるしばらかなえ)

特定社会保険労務士・キャリアコンサルタント・アンガーマネジメントファシリテーター

平成22年に仕業事務所や人事・総務での勤務経験を生かして、かなえ社会保険労務士事務所を20代で開業。平成30年、合同会社かなえ労働法務を設立。二児の母。

企業向けには、バランスのいい人事・労務サービスを提供している。柔軟な働き方、育児・介護・傷病と仕事の両立支援や労務監査実績は250社以上になる。

年金事務所などの相談員を経て、障害年金請求代理業務にも注力し、請求手続きのみならず不服申立てまでサポートしている。

著書に、「人事労務・総務担当者の人へ 労務管理の基本的なところ教えちゃいます(共著)/ソシム」「障害年金の手続きから社会復帰まで(単著)/秀和システム」「知りたいことが全部わかる!障害年金の教科書(共著)/ソーテック社」がある。

佐藤麻衣子(さとう まいこ)

株式会社ウェルスプラン 代表取締役、ウェルス労務管理事務所 代表

社会保険労務士/CFP

信託銀行勤務を経て2015年独立。会社員時代、仕事と育児の両立や生活設計に悩んだ経験から「企業も人も豊かになれる、時代に合った職場づくり」をコンセプトにテレワーク導入、就業規則の見直し、人事評価制度の構築など多様な働き方を実現する人事労務コンサルティングを提供。2019年に株式会社ウェルスプランを設立し従業員の将来設計を支援する確定拠出年金の導入、投資教育・ライフプラン研修にも注力している。著書『30代のための年金とお金のことがすごくよくわかって不安がなくなる本』(日本実業出版社)『人事労務・総務担当者の人へ 労務管理の基本的なところ全部教えちゃいます』(ソシム)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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