将棋史に刻まれた藤井聡太七冠と豊島将之九段の激闘の跡。幻の変化に隠された「4連続妙技」
8月4日(金)に第71期王座戦挑戦者決定戦が行われ、藤井聡太七冠(21)が豊島将之九段(33)に勝利し、挑戦権を獲得しました。
藤井七冠が王位を防衛した後に「王座」を獲得すれば、全タイトル八冠を保持することになります。
挑戦権決定戦は緊迫した戦いとなり、多くの将棋ファンが中継を見ながらドキドキしたことでしょう。
最終盤に生じた豊島九段の勝機は、「幻の変化」として消えていきました。
もし豊島九段がその手を指していたら、幻の変化には、「4連続妙技」という驚きの手順が待っていました。ここから解説していきます。
意外な正解手
第1図では、自玉の受けが難しくなった藤井七冠が王手を続けています。
この▲6七桂の王手に対して後手は△5四玉と逃げるのが正解でした。
実戦は△6五玉▲6六歩△7六玉▲9八角△8六玉▲7七銀と進展しました。
後手の玉は際どく詰みを逃れているのですが、最後の手である▲7七銀が攻防にきく絶品の一手で、相手の玉に王手をかけつつ、自分の玉の詰み(△6八金)を防いでいます。
以下、△8五玉に▲3四竜と香を取りながら詰めろをかけて、▲7七銀の効果で自玉が安全になった藤井七冠が勝利を収めました。
第1図で△5四玉と逃げる手は、▲3四竜と香を取られながら王手をかけられる手です。
しかも、詰みを逃れるためには▲3四竜に対して△4四銀と貴重な戦力を手放す必要があります。
他の手が明らかにダメ(詰みがあるなど)ではない限り、普通は選ばない手です。両対局者とも、△5四玉は視界に入っていなかったようです。
しかし意外にも△5四玉が正解であり、豊島九段に勝機があったかもしれない変化でした。
さて、△5四玉▲3四竜△4四銀と進行した場合、後手から△6八金の詰めろが残っており、後手玉に詰みはありません。そのため、先手は受けるか攻防の手段を模索する必要があります。
ここからが本題です。
4連続妙技
△4四銀に対しては、▲4五角△6五玉▲7七銀が先手の好手順です。
第2図の▲7七銀は、△6八金の詰みを防ぎながら、同時に▲6六香の詰みを見せる攻防の手です。前述した「▲7七銀」がこの将棋では鍵となる一手です。
先手の妙技で困ったようですが、△6六歩と詰みを防ぐのが後手の妙技です。▲6六香を阻止しつつ、先手玉を追い詰めています。
一方、先手も△6六歩に対して▲4四桂と銀を取るのが、戦力を補充しながら角の道を通して自玉の安全をはかる妙技です。
4四の銀は先ほど後手が泣く泣く打ったもの。この銀を取りながら攻防の手が指せれば勝ちとしたものですが、後手にさらなる妙技があります。
それが▲4四桂に対する△7八金です。
△7八金に代えて△3七馬だと、▲6六銀△同玉▲7七銀△6五玉▲6六香で後手玉は詰まされてしまいます(▲6六銀に△7六玉は▲7七銀△8七玉▲7六銀打△7八玉▲5五桂で詰み)。
△7八金は、前述した▲7七銀を△同金で取れるようにしながら、△6八金打▲同銀△同金の詰めろをかけた手です。
▲7七銀
△6六歩
▲4四桂
△7八金
すべての手が攻防手であり、一つの手をとっても一局の将棋に登場するかどうかというレベルのものです。
それが4連続で現れるというのは、奇跡と言っても過言ではありません。
将棋が決着を拒む?
大きな一番に相応しい手順で、神が用意したと言うのはさすがにおおげさでしょうか。
しかも、話はこれで終わりではありません。
第3図の△7八金に対して先手が最善を尽くすと、なんと互いの玉が逃げ出しあって入玉の展開に突入するのです!
「幻の変化」には多くの妙技が隠されているだけではなく、将棋が決着を迎えることを拒むかのような展開も待ち受けていたのです。
藤井七冠が八冠をかけて戦ったこの一戦は、後世に語り継がれるであろう重要な対局であり、内容もその重みに見合うものでした。
リアルタイムで観戦された方にとって、長年にわたり語り草となる一戦だったでしょう。
王座戦は8月31日に開幕
さて、藤井七冠は「王座」をかけて永瀬拓矢王座(31)と戦います。
永瀬王座は王座を4連覇しており、今回の防衛に成功すれば永世称号である「名誉王座」を手に入れることになります。
これ以上ない舞台が整ったと言えます。シリーズは8月31日(木)に開幕します。
筆者は藤井ー豊島戦と同日に、永瀬王座と公式戦で戦い、敗れました。
実際に盤を挟み、永瀬王座の充実ぶりを実感しました。間違いなく白熱したシリーズになるでしょう。