世田谷の保育園の「自主営業」が2週目に 資金不足、法制度を乗り越えモデルケースへ
先月29日(金)夜に、東京都世田谷区の認可外保育園で、経営者が突然倒産と即日閉園を宣言し、翌週月曜日から労働組合・介護保育ユニオンに所属する保育スタッフらが「自主営業」を始めている。
保育士の「一斉退職」が問題となる中、この保育園では賃金不払いなどがある中で、保育士たちは懸命に保育の場を支えてきた。そして、園側が倒産を宣告した後も、子どもや保護者たちのために、自主的に営業を続けているのだ。
このような取り組みを紹介した上記の記事への反響は大きく、東京新聞では1面で報じられるなど、各メディアでも取り上げられるところとなった。
下記は、この事件について最初に報じた筆者の記事である。
世田谷の保育園が「即日閉鎖」から「自主営業」へ 「一斉退職」しなかった保育士たち
この報道からおよそ一週間がたったが、12月2日(月)から今日現在まで、保育園の「自主営業」は無事に実施できているという。
続報となる本記事では、「突然閉園」からの「自主営業」という前代未聞の挑戦の今日までの経過をたどりつつ、保育士やユニオンが「自主営業」の中で、どのような課題や法的問題に直面し、それらをどのように乗り越えてきたかを紹介したい。
自主営業まで
まず、簡単に自主営業に至るまでの経過を振り返っておこう。
事の発端は、先月11月29日金曜日の18時に、園の経営者が突然、倒産を告げる書類を園に張り出そうとしたことにある。
それまでも園の経営は行き詰まっており、保育士への賃金の遅配や設備の問題などが山積していたが、保育士たちの努力でなんとか営業していた。ところが、園側はその努力も無視し、保護者の電話連絡さえもないままに、一方的に倒産を宣言したのだ。
このままでは、月曜日に子どもを預けにした保護者たちが突然預けられないという事態におちいってしまう。
そこで、保育士たちは加入する介護保育ユニオンの助けを借りて、月曜日(12月1日)以降の自主営業を決めたのである。
転園先を探す時間をつくり出した「自主営業」
閉園宣言の翌々日である12月1日(日)、現場の保育スタッフと彼女らが所属する労働組合・介護保育ユニオンは、急遽保護者説明会を開催した。
ユニオンにとっても「自主営業」は初めての取り組みであり、法制度上の位置づけや保障が模索中であることを説明したうえで、保育の切実なニーズに応じて「自主営業」を実施する旨を伝えたという。
当初は保護者も保育スタッフもみな不安を感じていた。保護者説明会でも不安の声が相次ぎ、子どもを園に預けない決断をした保護者も一定数いたという。
他方で、どうしても保育園に子どもを預けないといけない状態にある保護者も少なくなかった。「自主営業」開始直後の1~2日こそ親族に子どもを預かってもらったり、有給休暇を連続で取得したりなど、応急措置でなんとかしようとしたものの、それだけで2週間を乗り切ることはさすがに負担が大きく、「自主営業」が利用できて助かったという声もあるそうだ。
そして、「自主営業」を行った一週間で、多くの保護者が子どもの転園先を見つけることができた。たしかに、転園先は今と比べて家から遠くなったり、保育料が高くなったりするなど、不利益は小さくないが、「自主営業」によって「突然閉園」が与える保護者や園児への不利益が緩和されたことは確かだろう。
「自主営業」の法的な課題はどのようにクリアできるのか
ところで、保護者説明会での質問からは、こうした「自主営業」は法律に照らして問題はないのかという不安も聞かれたという。この点は多くの読者にとっても疑問が多かったところだろう。今回のケースでは、法律上の問題は次のように考えることができる。
まず、法律上は、園の施設の管理権は当然園側にあり、保育士たちが自主営業することは、園の施設管理権の侵害に当たる恐れがある。だがこれは民事上の権利関係であり、あくまでも園側が「権利侵害」を裁判所に訴えた場合に問題となる。
実際には、「突然閉園」が通告された先月29日夜の時点で、労働組合側は、保育園の占有と「自主営業」を宣言したのに対し、経営者側はそれを事実上黙認したため、法的な係争にはならなかった。
また、労働組合法上の権利を行使すれば、たとえ経営者側が施設管理権を根拠に占拠や使用を拒否したとしても、園の「占拠」は認められることになる。
保育スタッフには多額の未払賃金があったため、倒産時に職場を「占拠」して賃金債権を確保する(債権者が自らの資産を守ること)ことが正当だとされるからだ。
さらにその後、大家は経営者との賃貸契約を解除する意向を示しているが、労働組合は不動産管理会社を通じて大家とも協議し、子どもが保育園を利用している限りは、退去を求めるようなことはしないと約束してもらえたという。
このように、保育施設の所有者であり賃貸契約解除後は管理権を持つ存在である大家も保育園の「自主営業」を認めているため、やはり「不法占拠」や「不退去」には当たらず、法律上の問題は回避されていた。
このように、身勝手な経営者が保育園を「突然閉園」させた場合に、労働組合の力を借りて現場の保育士が「自主営業」を行うことは、ただちに違法とはいえない。
それどころか、経営者を含めた関係者との交渉次第ではより安定した関係の下に運営することもできる。今回はそのような協力が取り付けられたことが、非常によい前例となったといえるだろう。
「自主営業」が直面した課題と沢山の支援の存在
とはいえ、実際の「自主営業」には多くの困難もつきまとったという。
まず、「自主営業」は資金不足という課題に直面した。保育スタッフは以前から賃金不払いの状態にあって、ただでさえ生活が苦しい中で、「自主営業」中の労働に対しては支払いをできるかどうかも定かではなかった。
保育の備品・消耗品にも不足があり、買い足しが必要だったが、そのための資金もなかった。
こうした課題を乗り越えるため、介護保育ユニオンは、SNSや新聞を通じて、「自主営業」中の人件費や備品・消耗品費を賄うための支援を呼び掛けた。そうしたところ、多くの人が呼びかけに応えて寄付をしてくれて、当面の間の人件費等を支払えるだけの資金が集まったという。
同時に、保育園の利用者である保護者からも「自主営業」を支えようとカンパを申し出る声があるという。実は、園の経営者が、閉園直前に保護者から12月分の月謝を集金していたため、保護者にとっては事実上「二重払い」になってしまうのだが、それでも多くの保護者が支援してくれているそうだ。
他方で、安全で平穏な保育サービスを提供できるかどうかについても、当初は懸念があった。
そもそも、自首営業の以前から、保育施設の環境については、以前の経営者が運営している時から再三にわたって行政の指導を受けていた。それにもかかわらず、経営者の意向により改善は進められておらず、「自主営業」開始直後は課題も多かったことは事実である。
しかし、現在は都や区と頻繁に情報交換しながら、労働組合と現場の保育スタッフが自主的に取り組みを行い、積極的に改善していった。
また、先ほど述べた通り、大家から退去を迫られる懸念もあったが、大家が保育園の「自主営業」の趣旨を理解してくれたため、大きなトラブルなく施設の使用を継続することができた。
さらに、テレビ局からの取材が殺到し、一部のメディアが保育園前で保護者に突撃取材を試みるといった問題が起きたが、これについては保育園に泊まり込んで警備にあたっていた労働組合のメンバーが間に入って自粛を要請し、その後は保育園周辺での取材や撮影は無くなったという。
このように、保育園の「自主営業」にあたって、現場の保育スタッフの努力はもちろん、保護者や大家、そして保育園の「自主営業」に共感した多くの市民の協力・支援がとても大きな役割を果たしていた。
保育園の「自主営業」というモデルと労働組合
報道されているだけでも、日本国内では年間に数件、無責任な経営者によって保育園の「突然閉園」が引き起こされている。その度に、現場の保育スタッフや利用者である保護者は、仕事に不利益が生じ、パニックになったり途方に暮れたりしてきただろう。
今回、こうした「突然閉園」の危機に際して、現場の保育スタッフと保護者が協力して保育園の「自主営業」を行うという道を切り開いたことには大きな意義があると思われる。
特に、今回のように保育スタッフ、利用者、行政、そして社会的な支援を繋ぎ合わせた背景には、労働組合の支援が欠かせなかった。個々の労働者が経営に疑問を感じていたり、突然の閉園を止めようとしても、どうにもならないことがほとんどだからだ。
労働組合はそうした状況に対し、制度の利用や手続き、関係者との調整に加え、具体的な人員の支援を通じて現場の労働者たちが組織的に状況に立ち向かうことを応援することができる。
今回の世田谷の保育園でも「突然閉園」の2週間ほど前に、保育スタッフ2名が「介護保育ユニオン」に加入していたために、円滑に介護・保育ユニオンの支援を受けて、「自主営業」へと移行することができた。
そして、さまざまな調整を実際にうまく行うことができれば、「一斉退職」や「突然の閉鎖」を回避して、被害を最小限にとどめることもできるということが、今回のケースから証明されつつある。
倒産には必ず予兆がある。賃金の遅配や不払い、税金・家賃・光熱費等の支払いの遅れやそれによる督促の連絡などがあることが多い。
保育園で働く方たちには、倒産や「突然閉園」などの可能性を感じた場合や、園の経営者に少しでも不安があれば、できる限り早いうちに労働組合に相談することをお勧めしたい。
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