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【荻野勝彦×倉重公太朗】「日本型雇用はどこへ行く」最終回(若者と高齢者と日本型雇用)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

倉重:では、最後のテーマとして、今後、人生100年時代の働き方という意味で高年齢者雇用と、若者へのキャリアアドバイスというものを最後に2点、聞きたいんですけれども、やはり定年延長、あるいは定年後の再雇用、年金制度に合わせて70歳にする。最初は努力義務に入れて、そのうち措置義務になるんでしょうけれども、それでかつ、その後もどんどん後ろ倒しになっていくんだろうと。これは、どうあるべきでしょうか。実際、高年齢者雇用というものはどうあるべきなのかと。

荻野:それがまさに拙速ということなんです。高年齢者雇用についていえば、2006年に65歳の継続雇用が施行されたわけですね。それまでは努力義務だった。

倉重:継続再雇用ですね。

荻野:2006年当初は基準制度があって、それを外す改正法が2013年の施行かな。

倉重:ぐらいでしたかね。

荻野:それから今まで、結構時間がたっているので、確かに労使でもうちょっと進めていてもよかったんじゃないかと言われれば、そうかもしれない。ただね、これまでのプロセスを振り返ってみると、法律で60歳未満の定年が禁止されたのは、たしか1994年の法改正ですね。

倉重:55歳制がですね。

荻野:55歳定年を60歳に延長しようという話は、1970年代の前半にはすでに労働省の重要な政策課題とされていたんです。当然、労組はもっと前から要求していた。それ以降、政労使で努力して、まずは55歳定年後再雇用からはじめて、個別労使でだいたい全員再雇用されますねという実態になれば定年延長する。それが社会的に十分広がって、もう法律で義務にしてもいいだろうということで、労使で合意したのが1994年。20年以上かけているわけですよ。

 週休2日制だって、ものすごく時間をかけてやっているわけです。 

倉重:そうですね。本当ですね。10年スパンで考えて。

荻野:こちらも1970年代には政策課題になっていて、実態も徐々に拡大していましたが、法律にするというのは大変なことだったのですね。労基法の本則が週40時間になったのは1984年の改正ですが、完全移行したのは1993年の改正、しかも2年間の指導期間付きです。この間、規模別、業種別にマトリックスを作って、実施状況を確認しながら、46時間、44時間と、細かく、小刻みに進めています。高年齢者雇用に戻りますと、65歳継続雇用の努力義務が1990年改正、60歳未満定年の禁止が1994年改正で、現状でも定年制のない企業と65歳以上定年の企業をあわせると2割を上回ってきているようなので、たしかにそろそろ65歳定年の議論はあっていいのかもしれませんが、まずはそこでしょう。それをやらずに70歳の議論をするのはいかにも拙速です。60歳定年のままで70歳までの継続雇用ということになると、10年間の再雇用になるわけですよ。

倉重:10年と。

荻野:ちょっと長いよねと。

倉重:10年は長いですね。

荻野:しかも、かなりの企業で、60歳で大きく賃金が下がるわけですね。それで10年は、さすがに難しいのではないか。となると、やはり65歳定年にして、賃金制度も、まあ60歳で下がるにしても下がり方を緩やかにする。となると、当然その前の上がり方も緩やかになるでしょうが、まず労使で取り組むのはそこでしょう。

倉重:全体のカーブを見直しつつ、若干、着地を後ろ倒しするというイメージですね。

荻野:労使の取り組みを促して、実績を積み上げてから、その先の議論というのが手順  と思うのですが。

倉重:来年、70歳までの再雇用に関して法制化をするというんですよね。

荻野:やるなら、努力義務みたいな形で、労使の漸進的な努力を促すことから始めないと。

倉重:最初は努力義務でしょうね。

荻野:努力義務からはじめて、義務化の際にも例外措置や経過措置を設けるとか、これまでソフトローを使って上手にやってきたと思うのです。実際、定年延長というとまずは中小企業ですが、大企業でもいくつか事例は出てきてはいますが。

倉重:ありますけれども。

荻野:全体的に見れば、もう一段、ソフトローを使って背中を押してあげる必要はあるのかなとは思います。

倉重:業種によっても、全く高年齢者の活用状況というものは違うでしょうからね。

荻野:最近、JILPTの調査による業種別のデータを見ましたが、やはり、なじみやすい所は進んでいる印象ですね。

倉重:ビル管理とか駐車場とか。

荻野:医療・福祉とか、教育・学習支援とかもそうですね。塾講師とかでしょうか。あとは運輸業とか、たぶん人手が足りないからでしょう。逆に、明らかに体力的に問題が出そうな製造業などは進んでいない。65歳以降となると、いろいろな面で一段と多様性が高くなりますから、いろいろな方法を考えて選択肢を増やすことも大事でしょう。同じ企業で雇い続ける以外の方法というのもあっていい。例えば、雇い続けなくても、一定のつなぎ年金を支払えばいいという考え方もあると思います。

倉重:そういうオプションということですよね。

荻野:アルバイト的な就労と、つなぎ年金を合わせて一定の収入を確保しながら、本格的な年金受給につないでいく、といったようなオプションがあってもいいのかなという気はします。

倉重:そうですね。その発想は面白いですね。

荻野:フリーランスでもいいとか。

倉重:さっきのフリーランスの議論とつながりますね。

荻野:一定量の仕事の発注を要件にするとか、考えられると思います。

倉重:なるほど。65を過ぎたら、もう業務委託的に使うのもOKとか。

荻野:それなりにきちんとしたルールやガイドラインを作って、その人のペースに合わせて発注することができるように。

倉重:確かに高年齢者の派遣は特殊なルールがあるわけですから、派遣だって特殊な法制ができるんだから、じゃあ業務委託だって、60歳以降の業務委託はちょっと別で考えますよと。

荻野:あっていいと思います。

倉重:大いにありですね。

荻野:60歳や、65歳までと較べると、65歳以降は一段と個人差が大きくなってきますから、いろいろな方法を考えてやっていかなくちゃいけないのかなとは思います。

倉重:それは面白いですね。なるほど。ありがとうございます。じゃあ最後に、大学でも教えてらっしゃるということですんで、これから世に出ていく、あるいは社会人キャリアが浅くてこれから日本型雇用を進んでいく若者に向けて、キャリア的な観点で、ぜひ思ってらっしゃることがあったらお願いしたいんですけれども。

荻野:ビジネススクールなので、大学では若い人にアドバイスをするという立場ではないんです。ただ時々、大学のキャリア教育の一環ということで、頼まれて学生さんとお話しさせていただくようなチャンスはあります。

 就職活動の前に、仕事とか会社とか、働くことのイメージをつかみたいということだと思いますので、日本的雇用もいろいろ課題はあるわけですが、今から就活しますという学生さんにどうなるかもわからない10年後、20年後の話をしても仕方ないですから、足元の、正味の現実ベースで、多少は体験も交えて、とりあえず今はこうなっているんだから、それならこうしたほうがいいよという話をしています。そのほうが多分親切だし、向こうもそれを求めていると思いますし。

倉重:具体的に、どういうことを言っているんですか?

荻野:相手にもよりますが、今の日本の、雇用の安定した職に就いたら仕事は選べない。もちろん希望を聞いてくれる会社はたくさんありますが、希望どおりになるということはたぶん多くないし、ある程度近ければ満足しておいたほうがいいことも多い。長い間には思いどおりの仕事にならないこともきっとある。ぜひ伝えたいのは、そういうときこそ勉強しようということです。思いどおりでない、あまりやりたくない仕事をやらなければいけないときこそ、その仕事の勉強を。

倉重:その仕事をということですね。

荻野:そうです。最初は興味ない、面白くないかもしれませんが、それでも勉強していると、この仕事にどういう意味があるのかとか、なにが面白いところなのかというが、だんだんわかってくるんです。

倉重:確かに。その仕事なりの、やっぱり意味があるから、そういう仕事があるわけだし。

荻野:そこは強調しますね。個人的な経験からも、それは言えますから。

倉重:そうなんですか。それは最初に人事に就いたときですか。

荻野:どれとは言いにくいですが、長い間にはちょっと気が進まないな、という仕事も何度かありました。まあでもせっかくやるんなら楽しくやらないとつまんないよねと思って、現場に足を運んだりして勉強をしている間に、だんだん面白くなってきて。それがキャリア的に有利だったかというと、まあそうでもなかったわけですが、でもそのほうが幸せに過ごせますよね。これは学生さんとかにはよくお話しします。

倉重:でも、それは結構、キャリアの本質的な話だと思うんですよね。やっぱりキャリアって、私のように結果的にできているものなので、例えば配属になった時点で、俺はこういうキャリアを歩んでいくんだ!なんて分からないじゃないですか。

荻野:分かんないですね。

倉重:そこでちゃんと、やっぱりとことん勉強をして真正面から仕事をやった人と、なおかつ嫌な仕事だなというふうにだらだらやっていた人では、当然、キャリアのでき方に違いというものが出てくると思うんです。

荻野:特に日本企業は、仕事は会社が決めるし、転職をすると賃金が下がることが多いし。これもどうしようもないことなんです。それだけ賃金が高いんだと考えなくちゃいけない。

倉重:その仕事を選べない代わりの対価として。

荻野:仕事を選べない代わりに。仕事を選べないし、会社の外に出ていたらそのままでは通用しないような能力をたくさん蓄えているわけですから。

倉重:社内スキルが。

荻野:社内スキルが。でも、それに対しても給料を払われているから、転職をすると給料が下がるんだと思えばいいんです。そういった中で、自分で選択をするわけではない形で担当業務が変わることも多いですね。それにいかに柔軟に適合していくかというアダプタビリティーというものはすごく大事なんでしょう。

倉重:かなり偶然に左右されますからね。

荻野:いい偶然に左右された人というのはいいキャリアになるというのが、これがさっきも出たクランボルツのいうプランドハプンスタンス、計画的偶発性ですよね。変化を嫌うな。むしろ求めていけと。変化があったら、それに対応するように頑張れと。そうしていると、ある日突然、いい出会いがあって。

倉重:いいですね。

荻野:いいことが起こるかもしれない。

倉重:いいですね。

荻野:そういう話。さっきもAIの話が出ましたが、新しい仕事、新しく求められる技能というものもいろいろ出てくるでしょう。いつ、なにが起こるかはわかりませんが、必ず変化は起きる。それに対応するノウハウが、小池和男先生が提唱された知的熟練ですね。これはもう古い概念ですが、今でも通用すると思います。つい先日も、佐藤博樹先生が、電機連合の調査をもとに変化対応能力の大切さを指摘しておられるのを拝見しました。

倉重:ちょうどこの対談の第2回は森本千賀子で、リクルートの営業のナンバーワン女子だった方なんですけれども、やっぱり学生に向けたアドバイスは変化対応力である最後におっしゃっていたことを思い出しました。ちょっと表現は違いますけれども全く同じ趣旨のことをおっしゃって、やはり分野は違っても根本の部分ではつながるなと思って聞いていました。

荻野:長期雇用の日本企業ではそういった変化対応能力が身に付きにくい、みたいな言い方をする人というのがいると思いますが、決してそんなことはないと思います。たとえば今50代なかばくらいの人が大卒で就職した頃だと、まだ職場のパソコンが珍しい時代で、日本語ワードプロセッサーが100人くらいの職場に3台ぐらいあって、それを、使用時間帯を予約して使うという状況だったわけですね。現在のように、いつでもどこでも、タブレット端末でネットワークにつないで仕事ができるようになるなんて、たぶん夢にも思わなかったような変化だと思うのですが、でもそれなりに対応しているじゃないですか。

倉重:変化を楽しんで対応せよと。

荻野:もちろん、早く対応できる人は有利でしょう。逆に、しょうがねえなと思って諦めたっていいんですよ。いまの日本の正社員なら、それで失うのは将来のキャリアだけ。それにどれだけ価値があると思うかですね。それは案外、あまり意識されていない、日本の人事管理のいい面かもしれないんですよ。

倉重:ということですよ。結局、その会社での出世争いが全てじゃなくて、自分が納得する人生を送れるかですから。

荻野:まあそうなんでしょうね。日本の正社員は全員社長候補かもしれないけれど、実際に全員が社長になるわけじゃない。海老原嗣生さんの本によれば、ある企業に入社すれば、まあ2割か3割は部長クラスになれるそうですが、まあ、どこかでは天井を打つんです。そのときにどうするかですよね。そこから、仕事も大事だけれど、もっと家庭を大事にしようとか、地域とつながってみようとか、仕事以外のことに目を向け始めても、たぶん遅くはないと思うんです。

倉重:だから、そういうやっぱり仕事の外のつながりとか関係性というものは。

荻野:それはとても大事だと思います。

倉重:ありがとうございます。ちょうどお時間が、ちょっと少し過ぎてしまいましたが、いろいろお話を伺ってまいりました。若い人に向けても、高年齢者に向けても、これからの日本型雇用に向けてもと、さまざまな角度からお話をいただきました。どうもありがとうございました。

荻野:こちらこそ、ありがとうございました。

     

                                                   (おわり)

【対談協力】荻野勝彦氏

東京大学経済学部卒

現在は中央大学客員講師。民間企業勤務。

日本キャリアデザイン学会副会長。

個人ウェブサイトhttp://www.roumuya.net/。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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