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メルカリのグローバル人事改革【CHRO木下達夫インタビュー】(第4回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
メルカリ本社内の風景 理念が至る所に掲げられている(著者撮影)

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通勤費月15万。チームビルディングのための予算のつけ方

メルカリは2021年9月1日から、ワークスタイルを自ら選択できる「YOUR CHOICE」という仕組みを導入しています。「YOUR CHOICE」の導入により、現在メルカリの日本オフィスを拠点とする社員の9割がリモートワーク勤務を活用しているそうです。この仕組みを活用しながらチームビルディングをしていく秘訣について教えていただきました。

・退職者のエンゲージメントが高い理由

・「YOUR CHOICE」の特長とは?

・社員が出社する「仕掛け」をつくる

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■「退職者の出戻り歓迎」の理由

倉重:新たなスキルを勉強したい時には、それを後押しする仕組みもあるのですよね。

木下:そうです。社内公募の仕組みを去年入れました。メルカリ社員は成長意欲が高い人が多いのですが、メルカリの中に様々な新しい機会があることに気づかずに外に出てしまうケースが多いことに対する課題感があり、異動の機会を増やすことで、社内における成長機会を増やしたいと考えています。

 メルカリの特徴だと思いますが、退職される方にアンケートを取ると、エンゲージメントが高いのです。メルカリの環境は気に入っているが、新たに挑戦したいことが社外に見つかったので辞めますというケースが多いです。

倉重:「メルカリは好きだけど辞めます」ということですか。

木下:「メルカリが大好きで、すごく楽しく仕事をさせてもらっています。前から温めていた事業を形にするために起業します」というような感じです。「メルカリもすごく楽しいし、やりがいも感じているけれども、違う形で社会貢献するのも面白そうだと思ったので卒業します」という方もいました。

 メルカリでは「メルカリでの成長体験を糧に新たな挑戦(退職)を決めた仲間を快く見送るとともに、退職後もメルカリのファンでいてもらい、再雇用も積極的に行う」と書いてあります。

メルカリが面白いと思える機会があったら、ぜひ戻ってきてほしいと伝えることを大事にしています。

 実際に退職してから再雇用された方が数人います。大体新しいことをやりたくて外に出る人なので、一昨年に立ち上げたメルカリShopsのようにメルカリで新規事業が立ち上がると、ぜひそこに関わりたいと戻ってくる卒業生が多くいました。

■多様な働き方が選べるメルカリの「YOUR CHOICE」

倉重:ワークスタイルのYOUR CHOICEについても少し伺いたいです。かなり自由な働き方で、出社するかしないかも選べるのですよね。

木下:これは経営陣、マネジメント、人事でかなり多くの議論を重ねた結果です。カルチャードックに明確に書いてあるのですが、私達が一番気にしているのはパフォーマンスとバリューです。パフォーマンスとバリューが最大限に発揮されることを前提に、パフォーマンスとバリューを出している人が評価される、報われる、チャンスをもらえるところにシンプルに特化すれば、働き方は個人の裁量に任せていくのが一番いいのではないかという考えです。

 国籍、勤続年数、年齢、男女などは関係ありません。実際にコロナのタイミングでいろいろ試してみました。元々コロナの前は原則対面で出社が前提でした。

 「わいわい感を大事にしよう」と考えて、全てペーパーレスで、いつでもオンラインで働ける環境だったにもかかわらず、皆さん出社していたのです。全員分の固定席も用意していました。

コロナ中の2年間のリモートワークで最初は不具合も出たけれども、それを克服して適応できているとの認識がありました。適応力が高いのです。リモートワークで一般的に言われるマイナス要素は一体感を持ちにくいということです。コミュニケーションが疎遠になったり、イノベーションのアイデアが生まれにくかったり、調整が難しいなどということが出てきます。

それに対して、メルカリではチームや部署単位で気軽に相談しやすくするチャットコーナーを作ったり、朝会や夕会、お茶会などをしたり、「この時間はみんなでテレビ電話会議に入って雑談しよう」といった工夫をしました。

倉重:チームごとなのですね。

木下:大体チーム単位です。最初は「ホワイトボードでポストイットを貼ることもできない」という意見があったのですが、全部オンラインでできますし、みんな慣れました。

倉重:通勤手当が月15万まで出るので、かなり移住者も増えたそうですね。

木下:移住者は全体の10%ぐらいです。この数年で事業もすごく成長しているし、新規事業もどんどん立ち上がっています。もちろんオフィス出社派もいます。

オフィスに強制されて来るのではなくて、「個人の事情に合った働き方にしてください」と言っています。

属性のダイバーシティにばかり目が行くけれども、実はライフスタイルのダイバーシティのほうが日々の業務への影響は大きいと思っています。

倉重:家庭環境も違いますからね。

木下:そこにどれだけ会社が向き合ってインクルージョンをするのかが大事です。その人たちのベストなセッティングを信頼して任せるのがいいだろうというのが今のポリシーに至った背景です。

倉重:Be a Proですからね。パフォーマンスやバリューを発揮してくれれば、時間や場所は何でもいいと。

木下:同時に、「対面でワイワイする」という出社を前提にしていた考え方もあるので、通勤費を実費精算で最大15万出すという合せ技でチームビルディングしています。

 例えば月1回でも、週1回でも、四半期に1回でもいいので、チームで箱根に合宿に行ったりオフィスに来たりしています。大阪や北海道などにいる人は、東京のオフィスに行くこと自体が非日常です。

オフィスに来て2日ぐらい振り返りをしたり、お互いを知り合うようなチームビルディングの活動をワイワイして、一緒にご飯を食べに行ったりする楽しい時間を持つことは非常に大事だと言っています。

 今、実験的な試みとして出社する機会を仕掛けているのです。ご家庭の事情などもいろいろあるので強制はしないスタンスです。

 例えば先日は金融事業にいる人を対象に「この週にみんなでオフィスに集まろう」というオフィスウイークを実施しました。

 遠方地にいる人も飛行機やホテルなどを手配して、ランチを用意したり、夜にイベントをしたりするなど仕掛けをしているので、お祭りやフェスに行くような感じで出社できます。

倉重:またそこで新しいコミュニケーションが生まれるのですね。労働時間管理はどうしているのですか?

木下:KING OF TIMEというサービスを使って実働時間を付けてもらっています。仕事は絶対に波があります。プロダクトのリリース前は当然大変ではないですか。そこは集中して働いて、その後必ず休む。メリハリを付けるという考え方を大事にしています。 

 総労働時間をきちんと見ているので、36協定の上限を超えそうな人たちがいたら、マネージャーの方にアラートが行くような仕組みになっています。

倉重:グローバルに事業展開されている中で、日本の労働法制はどうですか?

木下:英語話者の人たちからは「なぜ自分は新人1年目のような感じで、毎日自分の仕事した時間を申告しなければいけないのですか?」と聞かれます。高度人材の労働時間の記録は世界的な常識からいうとおかしなことで、子ども扱いされているような感覚になるのです。

「時間単位で働く作業員などは労働時間を記録しなければ時給の計算ができませんが、エンジニアはそういう仕事ではありません。やる意味がないので、やめていいですか?」と聞かれます。

倉重:どう説明するのですか?

木下:「日本の法律で求められていることなので、協力して欲しい」とお願いしています。

■CHROを増やすにはどうすればいいのか?

倉重:非常にグローバルな合理的な人事制度で、いろいろな仕組みを考えられている木下さんのようなCHROが、日本企業で増えてほしいと思います。こういう人が増えるにはどうしたらいいですか。

木下:最近よく聞かれるので、明らかに需要が上がっていると思っています。

今多くの組織が変革しなければいけないと感じているようです。大きな組織アジェンダが来ている中で、経営戦略と人事戦略がうまく接続できる人材が不足しています。

倉重:CHRO人材が本気で足りないとすごく思うのです。CHROの教科書のような本を書いてください。あとは、この原稿を読む人事パーソンに向けてアドバイスをお願いしたいです。

木下:今メルカリのミッションの後半で「あらゆる人の可能性を広げる unleash the potential in all people」を掲げています。これはHRのミッションでもあると思っています。人事で働いている人たちはみんな一緒になって仕掛けてほしいですし、それだけの影響力がある役割だと思います。HRの仕事は本当に面白いですし、CHROを目指す方が増えてほしいです。

倉重:人事戦略は事業戦略そのものですから。最後に、木下さん個人の夢をお伺いしたいと思います。

木下:マレーシアにいた当時、GEでは70カ国の社員がそこで働いていました。私はOil & Gasという事業部の経営メンバーの一人で人事の責任者だったのです。その時の経営メンバーは、CEOがパキスタン人、サービス系はオーストラリア人で、営業系はイタリア人、技術系は中国人、CFOはマレーシア人といった多国籍軍で本当に面白くすごく強いチームでした。

 日本の企業で、こういう多国籍チームをフォーメーションできる会社はまだ少ないと思っています。でも、世界で戦っていくためには、ある意味大リーガーのようなことをやってのける組織が必要です。自分はその力になりたいと思っています。

 メルカリは「グローバルテックカンパニーに匹敵する存在になる」というビジョンを掲げています。すごくやりがいがあることだと思いますし、単に日本市場の中で成功した企業では終わりたくないです。日本人も含めて、いろいろな国の人たちが活躍できる場をつくることが、「世界でも勝てる組織づくり」につながると思います。

倉重:今、まさに夢の途中という感じですね。素晴らしいお話をうかがいました。

■パートタイマーやアルバイトにも情報が共有される仕組み

倉重:リスナーからのご質問を承りたいと思いますが、いかがですか。

A:メルカリには個を大事にして育てていくカルチャーがあると思います。これだけ手厚い対応をされているのは正社員さんだけなのですか。派遣さんやアルバイトさんなどの職制の方々は、また別のフォローの体制があるのですか。

木下:間接雇用はまた評価の仕組みなども違うので、当然差はあると思うのですが、情報共有などは、先ほどのTrust & Opennessという考え方でオープンになっています。例えばSlackなどは、鍵のかかっていないオープンなチャンネルも本当に多いのです。

 基本的には業務委託であっても、間接雇用の派遣社員の方などであっても、メルカリで働いている一員であればSlackの中では一アカウントとして扱われるので、情報共有度はかなり高い会社です。面白いのが、お互いにSlack名で呼び合う文化です。

倉重:それは自分で付けるのですか?

木下:自分で付けます。「本当に面白いSlack名シリーズ」という記事になるぐらいファンが多いのです。例えば食べ物シリーズでosushiさん、potatoさん、tomatoさんなどがあります。

Slack名で呼び合っているので、その人がどんな役割かなどは全く分かりません。tomatoさんが、先ほど言った派遣社員の方なのか業務委託なのかも全く分からないです。そこはすごくインクルージョンがありますし、フラット感があります。

倉重:すごく面白い仕組みですね。ありがとうございます。次にBさんお願いいたします

B:マインド的なところをお伺いしたかったのですが、新しい施策や革新的なことに取り組もうとすると、どうしてもネガティブな意見が届いて、心が落ち込んでしまいます。そういう時のモチベーションというか、どういう心持ちでいればいいのかをお伺いしたいです。

木下:いろいろなことを言う人がいたほうが健全ではないですか。逆に言われなくなったら危ないと思うのです。先ほどのダイバーシティ・インクルージョンで言うと、多様な意見が出るほうが自然だと思っています。みんなにまず意見を出し切ってもらうことは大事な要素です。

B:あえて聞きに行くのですね。

木下:時間軸などはある程度フレキシビリティを持たせたほうがいいと思っています。すぐに乗ってくれる人と、今は乗れないけれども1年後には乗ってくれるかもしれないという人がいます。

人によって対応スピードも状況も違います。最初はアーリー・アダプターで成功例を作ると残りの人たちも前向きになってもらいやすいです。ですから協力的な人たちからアプローチしていくことが有効です。

 メルカリの中でも人事施策を始める時に、パイロットすることを大事にしています。パイロットとは実験的な試みをすることです。働くポリシーやフルフレックスやコアタイムなどもパイロットしました。パイロットなら協力してくれる人たちは一定いると思います。

 例えば社内公募の仕組みを全社に展開したのですが、

エンジニアの部門で一番社内公募のニーズが高かったので、部門長やマネージャーに協力してもらって試験的に実施しました。

実際に試験的に導入してみると手を挙げてもらう文化のほうがメルカリらしいし、大胆な新しいことへの挑戦を促す仕組みとして有意義であるという共通認識ができました。

次にプロダクトに展開して、昨年後半に全社に展開しました。そういったステップが大事かと思っています。

B:まずはパイロットで成功例を作って説得するのですね。ありがとうございます。

倉重:メルカリらしさのある組織づくりがとてもいいと感じました。これからも応援しています。今日はありがとうございました。

(おわり)

対談協力:木下 達夫(きのした たつお)

メルカリ 執行役員CHRO

P&Gジャパンで採用・HRBPを経験後、2001年日本GEに入社。GEジャパン人事部長、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を経て、2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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