効率化とコミュニケーション活性化を両立するビジネスチャット。導入のポイントは?
今、多くの日本企業が、一見相反するような以下2つの課題に取り組もうとしています。
(1)労働時間の短縮やコストダウンを目的とした業務の効率化
(2)新しい商品やビジネスモデルを創出できるクリエイティブな組織への転換
2つとも大きなテーマですが、この両方に大きく関係するのが、社外も含めた関係者とのコミュニケーションのとり方。今あるコミュニケーション上のムダを削減することで業務の効率化が進みますし、より良いコミュニケーションを促進することは新しいことにチャレンジしやすい組織風土の醸成につながるからです。
コミュニケーション改善のために有効な施策のひとつが、チャットツールの利用です。そのため、最近では様々なビジネス専用のチャットツールが出てきています。ここでは、ビジネスでのチャット活用シーンとそのメリット、ツールの選び方や導入事例などをご紹介します。
実は幅広い、ビジネスチャットの用途とメリット
「ビジネスチャットツールの導入でメールのやり取りが減った」という効果が取り上げられることが多いため、チャットを「メールを代替するもの」としてイメージされる方も多いでしょう。
しかし、ビジネスチャットがカバーする領域はそれ以上に大きなものです。ここでは、チャットツールの導入でコミュニケーションがどのように変わるのか、用途やシーン別にご紹介します。
(1)メールの代替
社内外との連絡、報告、相談等、これまでメールで行っていたやり取りの多くは、チャットツールに移行できます。
相手も同じツールを使う必要があるため、チーム内、事業部内、会社内など、小さな範囲からの方が導入はしやすいでしょう。社外の人でも、相手のメールアドレスさえ教えてもらえればアカウントを発行できるツールが多いので、常にやり取りが発生する社外の関係者も利用できるようにすれば、さらに効果的な活用ができます。
メールでのコミュニケーションをチャットに置き換えると、以下のようなメリットが期待できます。
<手間や時間の削減>
チャットは形式的な挨拶文や署名などが不要で単刀直入に用件が伝えられるので、発信者側の手間はもちろん、読み手が内容を理解する時間も節約できます。
<必要な情報を把握しやすい>
メールはひとつの受信ボックスに様々な種類のメールが届きます。件名や送信者名を見るだけで不要と判断して削除できるものもありますが、そうでない場合はひとつずつ開いて確認が必要です。最後まで読まないと趣旨が分かりづらいものもあります。
チャットの場合、余計な挨拶文などがなく時系列でやり取りが表示されるというシンプルな構造に加え、メンバーやテーマでグループ(チャットツールによっては「チャンネル」などとも言う)が作れるので、何についてのやり取りなのか把握が容易です。
グループでやり取りしていると自分に不要な情報も流れてきますが、全体をざっと確認しつつ、自分がメンション(ツールにより@やToで伝えたい相手を指定すること)されている投稿は注意して確認するという方法で、チェックに費やす時間を短縮しながら重要な連絡を見落とす危険を少なくできます。
(2)ミーティングの代替
ミーティングも、どうしても対面で行う必要があるもの以外はチャットで済ませることが可能です。
その際、決まった時間に参加者全員がチャットにログインし、リアルタイムでやり取りすることもできますが、おすすめしたいのは2つの締め切りを設け、各自が都合の良いときに投稿する方法です。2つの締め切りとは、報告資料や議論したいテーマなどを投稿する最初の期限と、それに対して質問や意見があればこの日時までに投稿するという2つ目の期限です。
もし同じ時間に集まってディスカッションした方が良いテーマがある場合は、あらためて時間を決めてビデオ会議や対面で話し合うのが効率的でしょう。
ミーティングをチャットに置き換えると、以下のようなメリットが期待できます。
<リソースの節約につながる>
上に説明した通り、締め切りを設けてそれまでに報告や意見を出し合うという形にすれば、参加者のスケジュール調整が不要ですし、各自の拘束時間が減ります。不足しがちな会議室の解放にもつながります。
<適切なタイミングで「報・連・相」やフィードバックができる>
上司や関係者に報告や相談したいことがあるとき、「次回の会議の時間まで置いておこう」と考えることはないでしょうか? いわゆる「報・連・相」をミーティングのタイミングで行おうとすると、時機を逃してしまったり、限られたミーティングの時間内ではじっくり話し合えなかったりします。チャットであれば、いつでも必要なときに投稿でき、報告や相談を受けた側も都合の良いタイミングできちんと検討して対応できるため、質の高い「報・連・相」が可能になります。
また、上司の立場で部下の行動について何か気づいたことがあるときも、即時にフィードバックを送ることができます。面談の機会にまとめて指摘するよりも、部下も納得しやすく、成長につながります。
(3)リモートワーカーや時差勤務者とのコミュニケーション
在宅勤務やフレックスタイムを導入した結果、「チームメンバーが直接顔を合わせる機会が減り、コミュニケーション量も減ってしまった……」ということはないでしょうか?
リモートワーカーや時差勤務者がいる職場でチャットツールを導入すると、以下のようなメリットが期待できます。
<顔を合わせなくてもコミュニケーションを維持できる>
すれ違いがちなメンバーとのコミュニケーションを維持するために、チャットツールは非常に役に立ちます。電話やメールよりもスムーズに会話のキャッチボールができますし、ほとんどのツールにはスマートフォンアプリがあるので、どこにいても必要なときにすぐ利用できます。
<雑談ができる>
顔を合わせないでいると、特に減っていくのが雑談の機会です。雑談には、チーム内の協力し合う雰囲気づくりや、有用な情報の共有、新しいアイデアにつながる刺激を得る、といった大事な役割があります。「雑談専用」やちょっとした気付きを書き込むためのグループを作り、かつ盛り上げ役を任命するなどして気軽に書き込みができるような雰囲気作りをすることをおすすめします。
(4)社内広報やサポートデスクのツールとして
「組織内のメンバーに一斉に伝えたい情報を社内報や社内ポータルサイトなどに掲載しているけれど気づいてもらいにくい……」そんなときはチャットツール内に「社内ルールについて」とか「総務部からの連絡」といった全社員宛の連絡用グループを作ると良いでしょう。
「◯◯の申請書はどこにありますか?」のような社員からの質問を受け付けるグループを作れば、「ここからダウンロードしてください」といった分かりやすいリンク付きの回答ができますし、他の人も過去のQAの蓄積を見て解決することができるようになります。
ダイバーシティの実現やシャドーIT・情報漏えい防止のためにもビジネスチャットツール導入を
ここまで見てきたとおり、チャットツールは従来のコミュニケーションの効率化だけでなく、コミュニケーションの質の向上や組織の活性化にも役立つものです。さらに、人材の多様性の向上、テクノロジーの発展といった時代の変化も、ビジネスチャットツールを導入するべき理由になります。以下、具体的に解説します。
柔軟な働き方を実現する上でのインフラに
組織のダイバーシティを実現する上では、多様な働き方を許容する必要があります。普段からチャットをよく利用し、やり取りをテキストで残すようにしておくと、場所や時間にとらわれない働き方、組織の枠組みにとらわれない働き方を取り入れやすくなります。
先に挙げたリモートワークやフレックスタイムはその一例ですが、例えば育児休業中の社員や業務の一部を担ってくれるフリーランス人材、アルバイト・パート社員など、社内のイントラネットを利用できない環境にある相手との情報共有にも、クラウドサービスのビジネスチャットツールが便利です。
シャドーITや情報漏えいを防止するためにも
IT部門などの管理下にないIT機器やサービスを業務利用することを、「シャドーIT」と言います。例えば、部門内の連絡にプライベートで使っているLINEやFacebookメッセンジャーを使うといったケースもシャドーITに当たります。
利用者にとっては便利でも、機密情報を社外の人に誤送信してしまうといったリスクが高いですし、社内で使われているツールがバラバラだと全体最適につながりません。
そういったことを防止するには、会社として公式に認めたビジネスチャットツールを導入し、仕事の連絡にはそれを使うように徹底すべきでしょう。(参考:「禁止」より「管理」が重要!シャドーITを防ぐ4つの対策)
ビジネスチャットツールの選び方
ビジネス向けチャットツールには様々なものがありますので、選定の際には以下のような点に考慮すると良いでしょう。
すでに導入済みのシステムの機能が使えるか?
最近は、企業向けのグループウェアや業務システムにチャットやそれに近い機能を備えるものも増えています。
例えば、Microsoft Office 365を導入しているならSkype for BusinessやMicrosoft Teams、Yammerなどでチャットができます。GoogleのG SuiteにはHangouts Chatというチャットツールが含まれています。
自社に導入されているシステム内にすでに使える機能がある場合は、まずはそれを試験的に使ってみて、必要性を満たすかどうか確認してみてはいかがでしょうか。
利用者の規模、範囲、利用環境
何名くらいが利用するのか、利用者は社外の人も含むのか……といった規模と範囲の想定に合ったツールを選びましょう。
利用者の登録方法や権限設定、ユーザー認証の方法によっては、一度に多数のメンバーが利用開始するための作業が煩雑だったり、社内外のメンバーで利用するのが難しかったりする場合があります。
店舗のアルバイト・パート社員が使うなど、使い方のサポートに時間をかけられない、利用者のITリテラシーがあまり高くない、といった場合には、LINE WORKSやWorkplace(それぞれ、LINE、Facebookのビジネス版)など、利用者が慣れているデザインや機能を備えたツールを選択するのも一案です。
また、社外からスマートフォンなどで利用することが多い場合は、スマートフォン向けアプリの機能がどれだけ充実しているかもチェックしましょう。
チャットの機能
1対1、あるいはグループでやり取りした内容が時系列で表示される、という基本的な部分はどのツールも似ていますが、以下のような細かい点で差があります。想定している使い方に合っているかどうか確認しましょう。
- 未読・既読の表示の有無
- 通知の種類(デスクトップ通知、スマホでの通知やメール通知など)
- 通知対象や時間帯などの設定可否
- メンション機能の使い方
- スタンプや「いいね!」ボタンなどの有無
- 文書ファイル、画像、動画、音声などの投稿可否
- 途中から参加したメンバーが、それ以前のやり取りを閲覧可能か
- 履歴の検索機能
- 過去の履歴の保存範囲
など
付随する機能
基本的なチャット機能の他に、カレンダー、タスク管理、ファイル共有、ビデオ会議など、SNSやグループウェアに近い機能が付いているものもあります。そういった機能を使うかどうかも検討が必要です。
他システム連携
チャットシステムをとことん活用したい場合には、他システムとの連携機能にも注目しましょう。
連携機能の豊富さに関しては、Slackが圧倒的に優勢です。例えば、他のシステムからの通知をSlackで受け取れる他、boxやDropbox やGoogle ドライブといったファイルストレージサービスと連携することでSlack上でファイルの検索や閲覧や共有ができたり、カスタマーサービスのシステムと連携してSlack上で問い合わせの内容を確認して返信したりと、システム連携によってSlack上で様々なことができるようになります。
最近ではChatWorkも連携できるシステムが増えていますし、他のツールも連携用のAPIが公開されているものがあります。
ビジネスチャットツールの導入と活用時のポイント
まずはテスト導入
ビジネスチャットツールを導入するに当たっては、上で述べた通り、活用の仕方に合ったツールを選ぶことが何よりも大切です。
ただ、実際に利用してみないことには分からない点も多く、使ってみて初めて「こんな使い方もしたい」という要望が出てくることも多いでしょう。そのため、まずは無料版などで使い勝手を試してみることが重要です。可能な限り想定される利用者の属性に近い人に使ってみてもらい、使いづらい点や困ったことがないかどうか、ヒアリングしましょう。
利用ルールを決め、わかりやすく周知する
テスト導入の際に出てきた懸念点や疑問点などを整理し、事前に利用ルールをまとめておきましょう。
新たに登録者を追加したいときの承認方法、勤務時間外のやり取りのマナーや通知の設定については最低限考えておく必要があります。社外の人も参加する場合は、情報セキュリティを守るためのルールも決めておきます。
本格的に使い始めると、社員が使い方に迷ったり、トラブルが起きたりすることもあります。状況に合わせてルールを更新していけるよう、質問や意見を受け付ける窓口を作っておくと良いでしょう。
常に利用されるようにする
ビジネスチャットツールを導入したのに、相変わらずメールや個人のLINE等を使い続けている――ということになると、せっかくのツールの価値が発揮されません。
社員にとって必要または有用な情報をチャットツールにログインしないと得られないようにする、雑談用のグループが盛り上がるような投稿をする、利用ログを確認して極端に利用の少ないメンバーに理由を聞いて対策を考える……など、利用促進の活動が重要です。
ビジネスチャットツールの活用事例
最後に、ビジネスチャットツールをうまく活用している事例をいくつかご紹介します。
メルカリ
全社的にSlackを導入し、それをとことん使いこなしている企業として有名なのがメルカリです。
グローバルで1,000人を超える規模の組織になっても組織の文化を保ち、経営陣と社員の距離を生じさせないためにSlackで活発にコミュニケーションを行うほか、会社の様々な情報にSlack経由でアクセスできるようになっています。
「個人間でのダイレクトメッセージは極力使わない」、「どのチャンネルに入るかどうか、すべて個人に任せている」、多すぎる情報に翻弄されないように不必要なチャンネルから去ることを奨励する「Leave Day」を設けるなど、明確な目的をベースにポリシーをもって運用されています。(Slackの導入事例より)
株式会社ニット
在宅で仕事をする「オンラインアシスタント」が企業の様々な業務を代行するサービス「HELP YOU」を運営するニットは、約400名いるオンラインアシスタントとのコミュニケーションにChatWorkを利用しています。
「HELP YOU」では顧客に対して複数の担当者が対応するチーム制を取っています。そのため、オンラインアシスタントたちはチームや案件ごとにChatWorkのグループを作り、それぞれが別の場所にいながらも協力しあって業務を進めます。アイデアの共有や相互理解のために「雑談ルーム」も設けています。
筆者もウェブメディアの編集業務で「HELP YOU」のアシスタントの方々に業務をお願いしたことがありますが、以下のような様々な工夫をし、チャットツールを上手く使いこなしていました。
- グループのアイコンにチーム名を入れてひと目でわかりやすいものにする
- 各自のアカウント名に稼働する曜日や時間帯を入れ、応答可能なタイミングを示す
- チャット上で受けた依頼や質問は「タスク化」し、「対応中」であることを明示する
- プロジェクト開始時の顔合わせや、込み入った話をするときは音声チャットやビデオチャットを使う
- フィードバックや失敗談などもあえてオープンに投稿することで、風通しの良いチームをつくる
オンラインアシスタントは日本国内の各地のほか、海外にもいます。オンラインでのやり取りのみで採用、研修、業務開始というケースも多く、チャットツールなしには成り立たないサービスだと言えるでしょう。
ゼネラル・エレクトリック(GE)
世界30万人以上というグローバルの単位で、人材育成に自社開発のチャットツールを活用しているのがGEです。
GEといえば、それぞれ3段階にレベル分けしたパフォーマンス(業績)とグロースバリュー(価値観)の掛け合わせでできる9つのブロックに社員を位置づけて評価する「9ブロックス」という手法が有名で、同社の方法を参考にしてきた企業も多いことでしょう。しかし同社はこれを過去のものとして廃止し、「パフォーマンス・デベロップメント(P.D.)」という仕組みを導入しました。
P.D.においては、上司と部下のコミュニケーションは評価を決めるためというよりは成長とより良い行動を促進するためと位置づけられ、そのためには半期ごとの面談に限らずできるだけ頻繁に対話をすることが必要と考えられました。そのために「PD@GE」というパソコンとスマートフォン向けのアプリを開発し、全社員に対し、その上司、同僚、部下が気づいたことを即時にコメントとして送ることができるようにしたのです。
「PD@GE」は日本支社のGEジャパンでも導入されています。当初は戸惑いが大きく、誰も使おうとしなかったそうですが、HR部門が中心となって使用を推奨した結果、現在では大いに活用されているようです。(ダイヤモンド・オンラインのインタビュー記事より)
働き方改革にはコミュニケーションのあり方の見直しが不可欠
企業の導入事例からは、目的や利用シーンにより、チャットツールの使い方も様々であることがわかっていただけたかと思います。
どんな方法が良いかは、それぞれの組織や事業内容にもよりますが、組織で仕事をする限り、コミュニケーションのあり方はパフォーマンスに大きく影響します。働き方改革を進めるにも、今のコミュニケーションのあり方を見直し、ビジネスチャットツールを始めとする最新のテクノロジーの活用を検討することは不可欠です。
(本記事は、2018年11月に『Work × IT』に掲載した内容を、一部編集の上で投稿しています)