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水道民営化になぜ世界は反対するのか 「黄色ベスト運動」は反資本主義の雄叫びだった

木村正人在英国際ジャーナリスト
跪かされたポーズを取り、官憲の弾圧に抗議する「黄色ベスト運動」参加者(筆者撮影)

デモ参加者は最初の4分の1未満に

[パリ発]燃料税引き上げを発端に毎週土曜日にフランス全土で吹き荒れた「黄色ベスト(ジレ・ジョーヌ)運動」は5週目の12月15日、ようやく沈静化し始めました。デモ参加者数の推移とエマニュエル・マクロン仏大統領の対策を見ておきましょう。

11月17日 28万2000人

11月24日 16万6000人

12月1日 13万6000人

12月4日 エドアール・フィリップ仏首相は燃料税引き上げを6カ月間凍結すると発表

12月5日 環境移行・連帯相が引き上げ見送りの大統領決定を発表

12月8日 12万5000人

12月10日 マクロン大統領が国民向けTV演説。最低賃金引き上げや税・社会保険料の軽減を発表

12月15日 6万6000人

フランスは地球温暖化対策を進めるため2030年までに二酸化炭素1トン当たりの課税を100ユーロまで引き上げる目標を掲げています。マクロン大統領は任期の22年までに1トン当たり86.2ユーロまで引き上げる方針でした。

そのため今年、ディーゼル車燃料の軽油の燃料税を1リットル当たり7.6セント、ガソリン燃料は3.9セント引き上げました。来年1月から軽油を6.5セント、ガソリン燃料を2.9セントさらに引き上げる政策を打ち出しました。

黄色ベスト運動の参加者(筆者撮影)
黄色ベスト運動の参加者(筆者撮影)

これが引き金となり、黄色ベスト運動がフランス全土だけでなくブリュッセルやオランダ、イタリアまで燎原の火のごとく広がりました。燃料税引き上げの見送りで、マクロン大統領が掲げる「脱炭素」経済、「脱炭素」社会の実現は遠のいてしまいました。

大統領1人に集中した権力を取り戻せ

しかしフランス国民の怒りは燃料税引き上げだけにとどまりません。12月15日、凍てつくような雨が降るパリのサン・ラザール駅やオペラ座でデモ参加者の声に耳を傾けました。

機動隊と対峙する黄色ベスト運動の参加者(パリで筆者撮影)
機動隊と対峙する黄色ベスト運動の参加者(パリで筆者撮影)

ノルマンディーからやって来た元エンジニアの年金生活者ミッシェル・ダブリュ氏(74)は「権力が政府、マクロン大統領1人に集中し過ぎています。マクロンは外交のことばかり気にして、国民のことは二の次です。国民に権力を取り戻すため、黄色ベスト運動に参加しました」と話しました。

「マクロンは1%の富裕層、エリート層のことしか見ていません。約8割の国民が黄色ベスト運動を支持したことからも分かるように誰も政府のことなんか信用していないのです。私は貧しい人々と凍えるような寒さにふるえるホームレスのために戦います」

黄色ベスト運動の参加者(パリで筆者撮影)
黄色ベスト運動の参加者(パリで筆者撮影)

フランス国内のホームレスは14万1500人とされ、14年以降、毎年500人以上が死亡していると報じられています。黄色ベスト運動に5回とも参加した元電気技師のリュク・ロンサン氏(62)はこう訴えます。

「最初はマクロンに期待する声もありましたが、大統領は誰の声も聞こうとしませんでした。それが裏目に出ました。シャルル・ドゴール大統領がアルジェリア戦争に対応するため大統領に権限を集中させた第5共和制は時代にそぐわなくなりました。もっと国民に権力を与えるべきです」

マクロン大統領の辞任を求めてデモ行進する参加者(パリで筆者撮影)
マクロン大統領の辞任を求めてデモ行進する参加者(パリで筆者撮影)

抗議デモで参加者は「マクロンの家をぶち壊せ」「マクロンも第五共和制も死んだ」「マクロンは退陣せよ」と口々に叫んでいました。

「反資本主義」「水道民営化に反対」

来年度から欧州連合(EU)域外の留学生の大学登録料が現在の10倍に引き上げられることに反対する抗議デモもフランス全土に広がりました。デモ参加者が地面に跪かされる姿は世界中に波紋を広げ、高校生や大学生は「反資本主義」「警察なんて大嫌い」と声を上げています。

デモ隊の行方を阻む騎馬警官隊(パリで筆者撮影)
デモ隊の行方を阻む騎馬警官隊(パリで筆者撮影)

黄色ベスト運動の参加者は、国民投票で国の未来を決めるスイスのような直接民主主義を目指し「市民主導の国民投票(RIC)」を求めています。そして1980年後半から国有企業の赤字を解消し、財政危機を克服するため実施された国有企業の民営化にも異議を唱えています。

日本では水道事業の基盤強化を目的に改正水道法が臨時国会で成立しました。

市町村単位の水道事業を広域連携させることや、水道施設の所有権を自治体が保持したまま運営権を民間に売却すること(水道民営化)が可能になりました。がしかし、これまでタダ同然だった水道料金の値上げにつながると一部の野党や市民団体が猛反発しています。

フランスの水道事業は地方公共団体に責任がありますが、運営者は官民いずれでも構いません。水道料金はEUの環境規制が強化されたため消費者物価指数よりも高いペースで上昇しました。

民営化された英国の水道料金は1989年から2011年まで実に約45%も上昇しました。先送りされていたインフラ投資やフランスと同様に新たな環境規制への対応を迫られたためです。

英最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は「配当として180億ポンド(約2兆5700億円)が外資系企業などに支払われた。水道会社を消費者、労働者、自治体とともに公有化する。今の経営陣は解雇し、高額報酬は減額する」と訴えています。

黄色ベスト運動の参加者(パリで筆者撮影)
黄色ベスト運動の参加者(パリで筆者撮影)

民営化反対の論理への違和感

日本の国鉄改革を見てきた筆者はコービン党首のような強硬左派や急進左派が展開する民営化反対の論理には強い違和感を覚えます。民営化された水道事業を再公有化すれば労働組合が強くなり、税金の垂れ流しになって、状況は今より悪化してしまうはずです。

日本でもう一度、ストに明け暮れた国鉄時代に戻った方が良いと考える人がどれほどいるのでしょうか。しかし左派の主張にも一理あります。

鉄道や水道のようにインフラの維持・管理に膨大なカネを要する事業で営利を最優先にすると投資が疎かになり、大きな事故や値上げにつながる恐れがあるからです。しかしインフラの維持・管理費は税金か、利用料金かの違いこそあれ、結局は消費者が負担することになるのです。

ロンドンの自治体を見ていると、「小さな政府」によってビジネスを促進しようとする保守党が運営する自治体は効率が良く、コービン党首のように「大きな政府」を目指す労働党の自治体は税金ばかりが高くなり、非常に非効率です。

民営化の成功モデルであるJR各社の中でも不採算に陥っている会社があるように、不採算の公共事業を維持するためにはどうしても重い負担が発生してしまいます。

こうしたことを慎重に考えた上で、民営化で効率化できるところは効率化し、足りない部分は税金で補ってやる必要があります。

壁にぶち当たるマクロン改革

デモ隊の行方を阻む騎馬警官隊(パリで筆者撮影)
デモ隊の行方を阻む騎馬警官隊(パリで筆者撮影)

マクロン大統領が「黄色ベスト運動」を沈静化するため19年1月から実施すると打ち出した政策は次の通りです。

・月額1498ユーロ(約19万2000円)の最低賃金で働く労働者の給与を使用者に負担をかけずに100ユーロ(約1万2800円)引き上げる

・残業手当にかかる税・社会保険料を軽減

・年末ボーナスにかかる使用者の税・社会保険負担を軽減

・受給額が月2000ユーロ(約25万6600円)に満たない年金生活者への一般社会税の引き上げを廃止

マクロン大統領はオランド前政権下で経済・産業・デジタル相を務め、15年に夜間・日曜営業の拡大、長距離バス路線の自由化を盛り込んだ「マクロン法」を成立させた構造改革派の旗手です。しかし事実上の社会主義国家フランスで構造改革は非常に不人気です。

大統領になって初めての18年予算で投資促進策として130 万ユーロ(約1億6700万円)超の純資産保有者に課されていた 0.5~1.5%の連帯富裕税を廃止し、その代わり富裕不動産税を導入しました。しかし多額の金融資産を有する富裕層への優遇措置だと批判されました。

33.33%だった法人税についても22年までに25%に引き下げる方針が定められました。

フランスが必要としているのは水道事業や民間企業の再国有化ではなく、マクロン大統領が唱える構造改革です。国際競争力を回復しない限り、フランスに仕事が戻ってくることはないでしょう。

しかし悲しいかな、「マクロンは1%の富裕層の代弁者」と有権者がみなした今、マクロン大統領の構造改革は挫折するのがほぼ確実な情勢となっています。

(おわり)

取材協力:西川彩奈(にしかわ・あやな)

1988年、大阪生まれ。2014年よりパリを拠点に、欧州社会やインタビュー記事の執筆活動に携わる。ドバイ、ローマに在住したことがあり、中東、欧州の各都市を旅して現地社会への知見を深めている。現在は、パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、欧州の難民問題に関する取材プロジェクトも行っている。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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