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兵庫県知事選における斉藤知事のXにおける情報拡散戦略は効果的だったか

鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授
ChatGPT作成

11月17日に投開票が行われた兵庫県知事選は,斉藤前知事の再選で幕を閉じました.

この選挙,様々なメディアで「SNSの影響が大きかった」という声が聞かれました.NHKが投票する際に何を最も参考にしたか聞いた結果から「SNSや動画サイト」が30%とテレビや新聞よりも多くなったことが分かっており,また斉藤知事自身もSNSでの応援の力を感じていたとのコメントを残しています.

クラスタ分析

では,実際にSNS上ではどのような投稿があったのでしょうか.ここでは,Xのデータをベストエフォートで収集し,分析をしてみました.

収集したデータは「さいとう知事,斉藤知事,斎藤元彦,さいとう元彦」を含む2024年10月31日~11月16日までのX上での投稿データです.データには,オリジナル投稿が18,382,リポストが1,982,403,投稿またはリポストしたアカウントが148,562含まれています.

これらの投稿をリポストに基づくクラスタリング手法によって分類してみたところ,大きく支持投稿と不支持投稿に分かれることが分かりました.

投稿のクラスタリング結果.左上が不支持クラスタ,右下が支持クラスタ(筆者作成)
投稿のクラスタリング結果.左上が不支持クラスタ,右下が支持クラスタ(筆者作成)

それぞれのクラスタの投稿がどの程度あったのかを一日ごとに分析した結果がこちら.

一日後との拡散数(筆者作成)
一日後との拡散数(筆者作成)

ここから,公示日から支持の投稿が不支持の投稿を上回っていたことが分かります.その後11月10日に不支持の投稿が一気に増加しますが,支持の投稿が数を増やし投開票日の前日である11月16日には再び支持が不支持を上回りました.

ここから,選挙期間中は斉藤氏を支持する投稿が多く拡散していたということで,斉藤氏のSNS戦略がうまくいっていたことが分かります.一方,不支持側は11月10日前後に急激に拡散を伸ばしていますが,最終的には再び斉藤氏支持クラスタに抜かされています.

それぞれのクラスタの中身を見ると,斉藤氏支持クラスタは990,222回,不支持クラスタは1,008,072回の拡散があり,拡散数であれば斉藤氏不支持側の方が多かったものの,実際に拡散したアカウント数では,支持クラスタが84,385アカウント,不支持クラスタが78,539アカウントで,支持クラスタの方が多くのアカウントによって拡散されていたことが分かりました.

インフルエンサーの影響

さて,この斉藤氏支持の投稿の盛り上がりの要因はどこにあったのでしょうか.ここではインフルエンサー,すなわち情報の拡散源となったアカウントに注目してみたいと思います.

情報の拡散源,すなわち被リポスト数が多いアカウントの上位を見てみると,斉藤氏支持クラスタで最もリポストされたアカウントは【公式】さいとう元彦応援アカウント(@saito_ouen)で,92,637回リポストされていました.第2位は高須克弥氏(@katsuyatakasu)のアカウントで62,142回,第3位はNHK党党首の立花たかし氏(@tachibanat)のアカウントで59,292回リポストされていました.

これらベスト3のアカウントの影響力を合計すると,全体の21.6%の拡散がこの3アカウントが発信源となっていることが分かりました.

NHK党党首の立花たかし氏が斉藤氏を応援するために立候補したというのは大きな話題になりましたが,少なくともX上では立花氏や高須氏が拡散に与えた影響は一定量あったということができそうです.

党派性分析

ところで,選挙の際にはX上でも拡散には党派性が関連することが多くあります.そこで,斉藤氏支持クラスタ,不支持クラスタそれぞれについて,党派性がどの程度あったのかを調べました.なお,ここでは政党の公式アカウントをフォローしているアカウントを仮に当該政党の支持者とし,どの政党の公式アカウントもフォローしていないアカウントを無党派層として数えています.もちろん,政党公式アカウントをフォローしていても支持しているとは限らなかったり,フォローしていなくても支持したりしている可能性はあることにはご注意ください.

また,支持クラスタ,不支持クラスタ双方の投稿をリポストしているアカウントはどちらとも分からないため,今回の分析からは除外しており,支持クラスタまたは不支持クラスタのみをリポストしたアカウントのみを対象としています.

さて,支持,不支持クラスタの支持政党別アカウント数を数えたものがこちらになります.

斉藤氏支持不支持クラスタ別の政党フォロー数(筆者作成)
斉藤氏支持不支持クラスタ別の政党フォロー数(筆者作成)

こちらを見ると,斉藤氏支持クラスタでは,保守党のフォロワーが目立って多いことが分かります.立花氏の影響が大きかった割にはNHK党のフォロワーが目立たないのですが,これはNHK党の公式アカウントをフォローしているアカウントがそもそも少なかったためだと考えられます.

一方,斉藤氏不支持クラスタは,れいわ,共産,立憲民主のフォロワーが多いことが分かります.いわゆるリベラル系政党のフォロワーが主に斉藤氏不支持クラスタにいたといえそうです.

しかしながら,特筆すべきはどちらのクラスタも無党派層が最も多かったということでしょう.通常選挙など政治的な話題のデータを分析すると,党派性が色濃く出ることが多いのですが,今回はそれよりも党派性が強くないアカウントが多く拡散に関わっていたと言えそうです.そして,斉藤氏支持クラスタの方が無党派層の数も多かったということも言えます.その意味でも,斉藤氏支持クラスタは特定の政党の支持者によって作られたわけではなく,一般のアカウントまで広まっていた可能性があると言えるのではないでしょうか.

もっとも本分析でいう無党派層が本当に無党派層か正確には分からないため,今後の分析が待たれます.

まとめ

というわけで,兵庫県知事選に関して斉藤氏の支持不支持を中心にX上での拡散について分析してみました.

その結果,

・拡散数では不支持側が多かったものの,拡散したアカウント数は支持側が多かった

・インフルエンサーの影響が大きかった

・党派性が小さいアカウントの拡散が多かった

といったことが分かりました.

とはいえ,今回はX上の分析だけであり,おそらく今回の選挙の主戦場はYouTubeだったと考えられますので,今後はYouTubeのデータ分析なども行う必要があるかなと思います.

ところで,今回の選挙に関しては,いくつかのメディアから取材を受けました.どこのメディアも,斉藤氏が当選したのにはSNSが大きく影響しているのではないかと考えているようで,その要因やマスメディアの今後の在り方についての質問が多くありました.

SNSが決定的に影響したのかどうかはデータ分析だけからは分かりませんが,斉藤氏陣営がSNSを効果的に活用したことは間違いないでしょう.旧来のメディアでは,法律的な縛りや放送時間,紙面のスペースなどの制限から提供される情報には限りがあります.特に地方の首長選だった今回は,マスメディアが扱う情報量は視聴者を満足させるものではなかったのかもしれません.その点,ネット上では旧来メディアよりもはるかに大量の情報を提供することができるため,情報量という観点からは大きなメリットがありました.

一方で,ソーシャルメディア上ではフィルターバブルやエコーチェンバーの影響で偏った情報にしか接することができないというデメリットもあります.偏りをなくすように情報を見ることは理論上は可能かもしれませんが,全体像を見渡すことができない個人で行うのは難易度が高そうです.

また,当たり前ですが一定数の偽誤情報が含まれることが多いため,情報の真偽を見極める必要があるのもデメリットでしょう.これは,メディアが信頼できてもできなくても生じるデメリットであることには注意が必要です.とはいえ,すべての真偽を見極めるのは難しいので,騙されることがあるのを前提に,偽誤情報を信じていたことが分かったら情報をアップデートすることを心掛けるくらいが良いのかもしれません.

いずれにせよ今後は,今回の結果を踏まえて,今後の選挙などではこれまで以上にネットを活用した選挙運動が盛んになってくるでしょう.どのように情報を得るのかは,メリットとデメリットを考えて決めていく必要がありそうです.

一方で,日本ではメディアへの信頼度が他国と比べて高いことが知られています.この信頼を失うことが無いようにメディアにはぜひ頑張っていただきたいなと思います.メディアかソーシャルメディアか,ではなく,メディアもソーシャルメディアも両方を駆使して情報を吟味できることが理想的です.少なくとも「メディアもネットも信用できない」という状況にはなりたくないものです.

東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授,2021年より現職.計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事.計算社会科学会副会長,情報法制研究所理事,人工知能学会前編集委員長.人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員.「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」

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