Yahoo!ニュース

池上彰氏「専門職大学は増加」予測を検証~「定員割れ大学」批判も現実は専門職大学の7割が定員割れ

石渡嶺司大学ジャーナリスト
出版イベントに出席した池上彰氏。専門職大学の増加を予測も現実は…(写真:つのだよしお/アフロ)

ジャーナリストと言えば池上彰さんを思い浮かべる人も多いでしょう。

選挙特番だけでなく、レギュラーの冠番組(テレビ朝日系「池上彰のニュースそうだったのか!」)で司会進行を担当しています。

書店に行けば著作が複数置かれていて当たり前の状態。

ジャーナリストとして信頼されていることもあってか、Facebookの投資詐欺広告でもたびたび無断使用されています。

その結果、愛知県警は池上さんを啓発動画に起用、被害防止を訴える動画が県警SNSや商業施設などで放送されるようになっています(他の県警でも使用)。

愛知県警察公式チャンネルに公開された池上彰氏の詐欺防止動画

私個人も池上さんとは面識はないものの業界の大先輩として尊敬しています。著作も複数、読んでいますし、そのうちの何冊かは高校生向けの新刊『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』(星海社新書)でも紹介しています。

その池上さんが新刊『池上彰の未来予測 After2040』(主婦の友社)で、大学関連についても未来を予測しています。

その内容があまりにも雑と言うか、杜撰な内容である、と言わざるを得ません。

結論から言いますと、当たり2割・外れまたは誤解8割と言ったところでしょうか。

尊敬すべき大先輩がなぜ誤解に基づく内容を書いてしまうのか、残念です。

とは言え私としては、大学ジャーナリストを名乗る以上、この問題は看過できません。

以下、検証していきます。

◆教育編で大学業界の未来を予測

同書は仕事、教育、自然災害、暮らし、健康の5編に分かれて、それぞれの近未来を予測する内容になっています。

教育編では、50ページを割いて解説。このうち、大学については、まず、奨学金や学費の問題に触れ、国公立大学の無償化を提言しています。

その次に、「Fラン大学は淘汰され専門職大学は増える」との見出しで2ページにわたって、Fランク大学(=定員割れ大学)の淘汰と専門職大学の増加を近未来の予測として挙げています。

この項目、本とほぼ同じ内容がネット記事になっていました。

「池上彰が「国公立大学の無償化」を提言する理由 “Fラン”大学は『淘汰』されるが専門職大学は『増加』と予測」(2024年7月5日 東洋経済オンライン配信)

付言しておきますと、本とほぼ同じ内容をネット記事とする記事は本の宣伝にもつながる、として2020年以降、大幅に増加しています。

私も同様の記事が版元から出たことがありました。そのため、本とネット記事の内容が同じである点を問題視するものではありません。

◆池上予測の問題点

先に池上さんのこの予測について、外れている、または、問題点を先に列挙していきます。

問題点1:Fランク大学(=定員割れ大学)は淘汰すべき

→「Fランク大学=定員割れ大学」は雑過ぎるレッテル張り。

→昔から言われている割にFランク大学(=偏差値がBF状態または記載なし)も定員割れ大学も数は減っていない。

問題点2:専門学校がどんどん専門職大学になっている

→2024年現在、専門職大学は20校(専門職短大が3校)。「どんどん」と言えるほど専門職大学となっているわけではない。

問題点3:服飾や美容など専門学校の内容を専門職大学として教えている

→2024年現在、専門職大学は20校。服飾系が1校、美容系が1校。「教えている」ことは確かだが増えているとは言いがたい。

→他の18校は医療系やIT系、農業系など。いずれの分野も2000年代以降は大学での教育が主流

問題点4:Fラン大学で勉強もせず就きたい仕事も見つからず卒業する人が増えるよりは専門職大学の方が良い

→「勉強もせず」がそもそも誤解。2008年に大学設置基準の改正により、現在は勉強しないと卒業できない。

→偏差値の上ではFランク大学でも(あるいは定員割れ大学でも)しっかりと就職できる大学は地方中心に多数存在。就職観が古すぎる

問題点5:たとえば美容師になりたいと思って技術を学びつつ、大卒の肩書があればいざというときに全然違う仕事にも就きやすい、といったメリットがある

→それを言うなら、専門職大学ではなく一般の4年制大学でも同じ。

問題点6:Fランク大学(=定員割れ大学)を批判しつつ、専門職大学を賛美

→2024年の私立・専門職大学17校のうち、偏差値の最高値は37.5。12校はFランク大学の定義に当てはまるBFまたは該当なし。

→定員超過は2023年4校、2024年6校で過半数は定員割れ。特に、大学が廃校を決断する充足率70%未満は2023年7校、2024年10校(非公表3校含む)。

→専門職大学を賛美するのは自由としても、偏差値・充足率ともに過半数が批判しているはずの「Fランク大学(=定員割れ大学)」に当てはまっており、矛盾している

問題点7:特に地方の専門学校の理事長が、4年制の専門職大学、あるいは2年制の専門職短期大学への転換に熱心

→2024年の私立専門職大学の新設はゼロ。2025年設置認可分から大学設置認可の厳格化で相当厳しくなった。池上氏の記述は専門職大学の制度ができた2010年代の話であり古い

以下、この7点について、何が問題か(または誤解しているか)、まとめていきます。

◆Fランク大学についてもツッコミどころ満載

まず、問題点1・4について。

ネット記事では国公立大学の無償化と合わせた内容になっています。

ネット記事の3ページ目(本では124ページ)にはこうあります。

ただし、大学に勉強ではなく遊びに行くようなレベルの人がたくさんいたら、税金の投入に反対する人も増えてしまうでしょう。
入試問題が全然解けなくても受かるような低レベルの大学、定員割れ状態の大学は「Fランク(Fラン)大学」などと揶揄されています。少子化で18歳人口がどんどん減っている中、こうした定員割れの大学は淘汰して、そこに支払っていた私学助成金などの分を確保していかないと、大学無償化のための税金の投入は国民の理解を得られないでしょう。

定員割れ大学とFランク大学を同一視するのは、あまりにも雑な内容です。

ただ、この点を解説していくと、長くなります。

実は近日中にまとめる予定だったこともあり、本稿では措くとします。

簡単にまとめますと、「定員割れの大学=Fランク大学」とするのは無理があります。ニアリーイコールではありますが。

それと、地方の私立大学を中心に、総合型選抜・学校推薦型選抜で学生がある程度、確保できてしまう大学が増えています。大学受験予備校が発表する偏差値は一般選抜(入試)の志望者の志向や過去の志望者データから算出するものです。当然ながら総合型選抜・学校推薦型選抜である程度学生が集まる地方私大は一般選抜の志願者が少なく偏差値が低い、または算出できない(ボーダーフリー/BF)ことになります。

そのため、Fランク大学ながら定員充足する私大が存在します。それと大学経営の特殊性から定員割れ状態ながら経営自体は安定している大学(正確には学校法人)も存在します。

そのため、「Fランク大学=定員割れ大学」ではありませんし、淘汰されるどころか、今後、増加していく見込みです。

付言しますと、池上さんのような「Fランク大学は淘汰される(されるべき)」との論は今に始まったことではありません。10年前、20年前からあります。

2012年には田中真紀子・文部科学大臣(当時)が「大学が多すぎて教育の質が低下している」として新設3校の設置認可を不認可とすることを発表し話題となりました(後に撤回)。

国会で答弁する田中真紀子・文部科学大臣(2012年当時)。
国会で答弁する田中真紀子・文部科学大臣(2012年当時)。写真:Natsuki Sakai/アフロ

これも一種の「Fランク大学は淘汰されるべき」論と言えます。

2012年当時、入学定員充足率が70%未満だった私立大学は62校。

この62校がその後どうなったか。4校が募集停止となっただけで、残りは存続しています。

詳しくは「募集停止ドミノが続く大学・短大・2~2012年の危険62校のその後とは」(2023年5月28日公開)をどうぞ。

※記事公開時の募集停止校数は3校。その後、2024年に高岡法科大学が募集停止を発表。

それと、問題点4「勉強もせず卒業して~」ですが、2008年に大学設置基準が改正されました。

これにより、大学の授業はきちんと出席して、定期試験でも一定スコアを取らないと単位認定がされず、卒業できません。

2007年以前に大学を卒業した社会人は「テストのとき、名前だけ書けば卒業できた」などの経験があり、それを今の学生にも当てはめようとします。

そうした時代があったことは事実ですが、今の大学が過去ほど簡単に卒業できるわけではありません。

◆専門職大学とは?

Fランク大学については別稿で改めるとします。

さて、専門職大学については次のような記載があります。

一方で今、専門学校が「専門職大学」としてどんどん大学化されています。服飾や美容など、専門学校で学ぶことをそのまま教えるのですが、卒業したら大学卒としての学位をあげるという学校です。
勉強が苦手であっても、美的センスがあったり手先が器用だったり、そうした長所を生かした専門職を目指す人たちに、学位を取るという選択肢が増えているのです。
Fラン大学で勉強もせず就きたい仕事も見つからず卒業する人が増えるよりも、専門職に就いて活躍する人が増えるほうが、社会にとってもいいはずです。今後も専門職大学は増えていくと思います。
また専門職大学に入る生徒にとっては、たとえば美容師になりたいと思って技術を学びつつ、大卒の肩書があればいざというときに全然違う仕事にも就きやすい、といったメリットがあります。
それと同時に専門学校側のメリットとしては、理事長の「大学の理事長になりたい」という憧れを叶えることができるというわけです。
東京にいるとなかなかわかりませんが、特に地方の専門学校の理事長が、4年制の専門職大学、あるいは2年制の専門職短期大学への転換に熱心です。
※東洋経済オンライン配信記事4ページ目/書籍124ページ~125ページ

ここで専門職大学についてご説明します。

専門職大学とは2017年の学校教育法改正で誕生した学校の種類です(入学は2019年以降)。

短期大学制度が1964年に導入されて以来、55年ぶりに大学の種類が増えることとなりました。

学校教育法では「深く専門の学芸を教授研究し、専門性が求められる職業を担うための実践的かつ応用的な能力を展開させることを目的とするもの」(第83条の2)と定義しています。

要するに専門学校と似た目的であり、池上さんの「専門学校で学ぶことをそのまま教える」はほぼその通りです。

学位は「●●学士(専門職)」と通常の学士と区別するための「(専門職)」が付くことになります。

◆「どんどん大学化」→実際は6年で20校

池上さんの記載では、

専門学校が「専門職大学」としてどんどん大学化されています。
※東洋経済オンライン配信記事4ページ目/書籍124ページ~125ページ

としています。

ここが問題点2であり、これは事実とは異なります。

専門職大学は、2019年に国際ファッション専門職大学(東京都)、高知リハビリテーション専門職大学(高知県)の2校、ヤマザキ動物看護専門職短期大学(東京都/3年制)の1校、合計3校が開校しました。

文部科学省サイトの専門職大学等一覧には2024年現在、専門職大学20校、専門職短期大学3校、専門職学科1校、合計24校とあります。

そして、2024年の開校は東北農林専門職大学(公立)の1校だけでした。

池上さんの『予測』本には、具体的な校数が出ていないので「どんどん大学化」が大間違いとまでは言いません。解釈は人それぞれでしょうし。

ただ、制度開始から6年で24校、専門職大学のみだと20校。年平均の開設で4校未満です。しかも、2024年は公立の新設校が1校のみ。池上さんの言われる「専門学校がどんどん大学化」となる私立の専門職大学は新設がゼロ校でした。

これで、「どんどん大学化」はちょっと無理があるのではないでしょうか。

ついでながら申し上げると、専門学校のうち専修学校は2019年→2023年で117校減、各種学校は104校の減少です。

一方、大学は同時期に24校が増加しています。

これは池上さんの記載にある「どんどん大学化」というよりも、専門学校進学者が減少。その減少分は大学がカバーしており、専門職大学はそこまででもないことを示しています。

それと、問題点3についても、次の項目で掲載する一覧表から明らかです。

2024年現在、専門職大学は20校。服飾系が1校、美容系が1校となっています。

池上さんは、

今、専門学校が「専門職大学」としてどんどん大学化されています。服飾や美容など、専門学校で学ぶことをそのまま教えるのですが、卒業したら大学卒としての学位をあげるという学校です。
※東洋経済オンライン配信記事4ページ目/書籍124ページ~125ページ

としていますが、20校中、わずか2校で用例として出すのは無理があるのではないでしょうか。

付言しますと、スタディサプリ進学(旧・リクナビ進学)で検索すると、服飾関連の大学・短大(専門職大学を含む)での検索数は122校、専門学校は150校。

美容関連では大学・短大(専門職大学)は95校、専門学校は212校でした(正確には、美容・理容・ヘアメイク)。

他の進学情報サイトではこの検索数が前後します。ただ、服飾・美容のどちらも専門学校が大学を上回っています。

問題点5にも触れますと、なぜ、大学だと進路変更が悪いかのような書き方をしておいて、専門職大学だと長所のように扱うのでしょうか。

ここの部分は、どのような発想をお持ちになろうとそれは個人の自由です。

ただ、客観的には矛盾しているように思えてなりません。

◆先行する専門職大学の入学実績を公開

続いて、問題点6(Fランク大学(=定員割れ大学)を批判しつつ、専門職大学を賛美)について解説していきます。

もちろん、池上さんが特定の大学ないし、専門職大学を応援したり、賛美するのは勝手です。

しかし、「Fランク大学(=定員割れ大学)を批判しつつ、専門職大学を賛美」という主張は無理があります。

偏差値という点においても、定員割れ(充足率)という点においても、専門職大学は苦しいところが過半数以上あるからです。

偏差値の低さや定員割れ(充足率)について4年制大学は批判しておいて専門職大学については批判しない、というのは筋が通らないでしょう。

池上さんの主張が無理ある理由として、次のデータをご覧ください。

2023年・2024年の専門職大学20校について、入学定員と入学者・充足率・偏差値のデータをまとめたのがこちらの表です。

※2023年は19校

専門職大学の入学者数・充足率の経年変化1

各専門職大学の公表データなどを元に筆者作成
各専門職大学の公表データなどを元に筆者作成

専門職大学の入学者数・充足率の経年変化2

各専門職大学公表のデータなどを元に筆者作成
各専門職大学公表のデータなどを元に筆者作成

表注釈

・各大学公表の数値を元に筆者作成

・東北農林専門職大学は2024年開学のため、2023年の各数値は無し(※表示)
・偏差値は河合塾データで最高値と最低値の両方を記載。なお、入試形式により異なる場合がある

・偏差値で「BF」はボーダーフリーの状態を指す/「-」は記載なし

・充足率は入学定員充足率(入学者数÷入学定員)

・入学者・充足率について「-」は大学側が非公表(2024年9月1日現在)。

・入学者・充足率に非公表だった4校のうち2校(和歌山リハビリテーション専門職大学、電動モビリティシステム専門職大学)はメディア記事記載の数値、かなざわ食マネジメント専門職大学は同大学サイトの入学式レポート記載の数値、ビューティ&ウェルネス専門職大学は大学公表の在学者数からの推定値をそれぞれ掲載。
・ビューティ&ウェルネス専門職大学の2024年合格者数は138人であり、辞退者ゼロだった場合の入学定員充足率は59.0%。

・大学の並び順は2023年の充足率を使用

2023年時点で定員超過となったのは19校中4校、2024年(20校)でも6校と半数を大幅に下回っています。7割は定員割れとなっています。

池上さんの「予測」本では4年制大学のFランク大学=定員割れ大学は批判しておいて、専門職大学は「増えていく」と予測しています。

文脈からは、専門職大学だと定員割れにはならない、とも読めるのですが、明らかに矛盾しています。

なお、定員割れ=即廃校ではありません。

※これについては説明しだすと長くなるので本項では省略します。

それでも、大学存続が危ぶまれるラインとしては過去の廃校事例から入学定員充足率70%未満が一つの目安となります。

専門職大学だと2023年は7校、2024年は10校あります。さらに、2024年は8月になっても情報公開をしていない専門職大学が7校もあります。

大学は文部科学省が2011年に入学者数や卒業者数などを公表することを義務化としています。専門職大学も例外ではありません。

入学者数などの教育情報は5月から公開する大学が出て、どんなに遅い大学でも7月には公開していきます。

それが8月の、それも下旬になってもまだ公開できていないのはどうしてでしょうか?

よっぽど入学者数が酷くて隠したいか、大学職員の数が少ないことを示しています。いずれにしても、文部科学省の定める情報公開の義務化に反していることになります。

7校のうち、3校は、関連情報が見当たらず不明(アール医療専門職大学、開

志専門職大学、グローバルBiz専門職大学)。

2校は地元メディアの入学式記事に入学者数の記載がありました(和歌山リハビリテーション専門職大学電動モビリティ専門職大学)。

わかやま新報サイト・2024年4月6日公開記事より。入学者は39人と明記。
わかやま新報サイト・2024年4月6日公開記事より。入学者は39人と明記。

NHKサイト・2024年4月8日公開記事より。入学者2人と明記。
NHKサイト・2024年4月8日公開記事より。入学者2人と明記。

教育情報には記載がなくても入学式レポートに記載(かなざわ食マネジメント専門職大学)。

かなざわ食マネジメント専門職大学・2024年4月16日公開のお知らせより。入学者11人と明記。
かなざわ食マネジメント専門職大学・2024年4月16日公開のお知らせより。入学者11人と明記。

教育情報には在学者数のみで入学者数の記載なし(ビューティ&ウェルネス専門職大学/前年入学者が全員在籍していると仮定して算出)を掲載した大学もあります。

ビューティ&ウェルネス専門職大学サイトより(2024年9月1日・最終確認)。在学者数と入試結果により合格者数は出していても入学者数は不明。本稿掲載の表は在学者数から前年入学者数を差し引いた推定値。
ビューティ&ウェルネス専門職大学サイトより(2024年9月1日・最終確認)。在学者数と入試結果により合格者数は出していても入学者数は不明。本稿掲載の表は在学者数から前年入学者数を差し引いた推定値。

偏差値についても、2024年の河合塾偏差値では最高が37.5の2校。しかも、うち1校(開志専門職大学)はBFの学科も含みます。

BF表示が出ている、または、偏差値の記載のない専門職大学は私立で12校。

つまり、池上さんが4年制大学について、偏差値(Fランク)や定員割れ(充足率)を問題視している割に、専門職大学は偏差値・定員割れ、ともに過半数が該当しています。

◆開校即危険ラインの専門職大学も

私が注目したいのは山形県にある電動モビリティシステム専門職大学です。2023年に開学も初年度から定員40人のところ、入学者数3人・入学定員充足率7.5%という惨敗となったことが注目されました。

2024年は入学者数2人・入学定員充足率5.0%と2年連続一桁を記録。

開学2年目の現在も学生数より教職員数の方が上、という惨状となっています。

はっきり申し上げると、もう、どのタイミングで募集停止を決断してもおかしくはない、それくらい危ない水準に到達している、と言えるでしょう。

電動モビリティシステム専門職大学は校名通り、自動車関連業界で電動モビリティシステムの人材を養成する専門職大学です。

趣旨としては悪くなく、都市部の中堅私大が開設していれば、人気学部・学科となっていそうです。

では、なぜ、2年連続で入学者数が一桁の惨敗となったのでしょうか?

一番の理由は立地にあります。

トヨタ自動車など大手自動車メーカーの工場のすぐ隣にあるとか、あるいは同じ山形県でも県庁所在地の山形市、あるいは米沢市(山形大学工学部の所在地)ならまだ学生は集まったでしょう。

実際の立地は、と言えば、山形県南部の西置賜郡飯豊町です。

この時点で山形県の事情に詳しい読者なら「それは無理だろう」と考えるはず。

ご説明しますと、山形県飯豊町(「いいとよ」ではなく「いいで」)は人口約6000人、高校はなく中学校は飯豊中学校1校のみです。

周辺の大都市は米沢市(人口は約8.1万人)、米沢駅からは米坂線で約40分の萩生駅で下車。そこから車で5分。

飯豊町周辺には自動車関連の企業があるわけでもなく、進学者が見込める大都市も米沢市くらいです。

では、なぜこんな過疎の町にできたか、と言えば、飯豊町が山形大学・山形銀行と連携した飯豊電池バレー構想にあります。

2014年から飯豊町は飯豊電池バレー構想に総額41.4億円を投じました。この一環で2016年に「山形大学×EV飯豊研究センター」が開設します。しかし、所長のパワハラ問題などで揺れ動き、2021年に事実上の撤退となります。

専門職大学は飯豊町が誘致し、2018年ごろから開設に向け動き出します。ところが、当初は短大の予定だったところ、申請を断念。

4年制の専門職大学として2021年開学を目指すも、2019年10月申請→2020年夏・申請取り下げ→2020年10月・再申請→2021年7月・申請取り下げ→2021年秋・再申請、と申請と取り下げを繰り返します。

2022年9月に2023年開学の設置認可申請が通りました。

あまりにも、申請・取り下げを繰り返したことは教育関係者の不評を招きます。

同町の支援を受ける私立大で3回目の申請で認可を受けたが、高校教師から「今年も開学しない可能性があり、生徒に勧められなかった」と言われたという。
※読売新聞2023年7月16日朝刊「[あすへの考]少子化 大学の設置審査厳格に 編集委員 古沢由紀子」

◆ウソではないけどホントでもない申請書類

電動モビリティシステム専門職大学の大惨敗を私がX(旧Twitter)で出したところ、こんなコメントが。

事前調査が義務づけられていたはずだが、(入学定員充足率)70%未満の大学は書類を偽造したと思われても仕方ないだろう。
※X投稿より

これ、池上さん風に言えば、いい着眼点です。

「書類を偽造したと思われても仕方ない」は、当たらずと言えども遠からず、なのです。

その理由は設置認可書類の「学生の確保の見通し等を記載した書類」にあります。

高校生を対象としたアンケート調査で、山形県にある電動モビリティシステム専門職大学は、どの地域の高校を対象としたのか、明記しています。

なお、大学・専門職大学とも、2020年申請分(2021年開学)から、高等教育局大学教育・入試課大学設置室の「大学等の設置認可申請書類等の公表ページ」で全て確認することができます。

電動モビリティシステム専門職大学は、「学生の確保の見通し等を記載した書類・1」の10ページに、どの高校に依頼したのか、明記しています。

電動モビリティ専門職大学の設置認可書類(学生の確保の見通し等を記載した書類1の10ページ)より。山形県所在なのに東北の他県や新潟県や東京都など首都圏の高校にも依頼。
電動モビリティ専門職大学の設置認可書類(学生の確保の見通し等を記載した書類1の10ページ)より。山形県所在なのに東北の他県や新潟県や東京都など首都圏の高校にも依頼。

繰り返しますが、電動モビリティシステム専門職大学は山形県にあります。それが東北6県に加えて、新潟や関東7都県も対象としています。

いくら新設校とは言え、アンケート調査の対象としてはあまりにも広すぎます。

どう考えても、首都圏の高校生は既設の工学部を選択するに決まっています。

電動モビリティシステム専門職大学の高校生アンケートでは、高校2年生77人が「入学したい」、527人が「併願先の結果によっては入学したい」と回答。高校1年生は88人が「入学したい」、707人が「併願先の結果によっては入学したい」と回答。

この結果から「十分に学生確保の見通しがあると考えられる」と同大は主張しています。しかし、入学者は2023年3人、2024人2人とアンケート調査が的外れだったことを示しています。

一応、電動モビリティシステム専門職大学を擁護すると、このアンケート対象を広く取る手法は同大だけではありません。1990年代から私立大学は増加していきます。当時からアンケート調査は必要でしたが、その手法は大学の良心任せでだったのです。

すなわち、アンケート調査の集まりが悪ければ、対象を地元だけでなく、広く取っても問題はなかったのです。

極端な話、地元だけでなく、北海道から沖縄まで全国に広げても文句は言われませんでした。

アンケートの調査対象を広く取る手法は電動モビリティシステム専門職大学だけではありません。2010年代以前に設置認可を申請した私立大学の一部(または多数)でも使っていた手法なのです。

それではさすがに新設に歯止めがかからないとして問題視され、2025年設置認可分からこのアンケート調査は厳しく見られるようになりました。

具体的には大学設置地域の近隣の高校など、アンケート調査をかける合理的な理由がないと、設置認可を認めないように変化したのです。

さらに、アンケート調査では第一志望の高校生をクロス集計し、その数が予定する定員数を超えていないと認めないなど、かなり厳しくなりました。

このアンケート調査は厳格化前の2024年開学分(認可は2023年)も影響を受けています。

一方、電動モビリティシステム専門職大学は2023年開学で認可は2022年でした。厳格化の影響をかろうじて受けずに済んだ、と言えます。仮に厳格化以降の審査であれば、「山形の大学なのに、なぜ東京の高校にアンケートをかけているのか?合理的な理由は?」などと問われてアウトだったでしょう。

◆サンプル調査と言い張って通したところも

厳格化の影響を受けずに済んだのは他の専門職大学も同じです。

2023年開学で同年、入学定員充足率3.1%と専門職大学19校中最下位となったのがグローバルBiz専門職大学です。

同大はアンケート調査を地元神奈川県や東京都、埼玉県、静岡県の高校36校に送付、うち30校(神奈川県29校、静岡県1校)から回答を得ています(他に留学生のいる日本語学校13校に送付、10校から回答)。

日本人高校生3135人、留学生313人から回答を得て、「本学を受験したいと思う」かつ入学意向を示したのは53人。入学定員は98人ですからこれでは足りません。

この不足に対して、グローバルBiz専門職大学は、

「この数字は限定的なサンプルからの数値である。他方アンケートの統計数値を使い、神奈川県における入学希望者数を算出することが可能である」
※「学生の確保の見通し等を記載した書類1」12ページより

と主張。アンケート調査時の神奈川県の高校2年生総数を考えれば999人と定員の10倍以上の志願者がいる、としています。

これはかなり無理ある主張で実際に審査意見でも2度にわたって、物言いが付いています。それでもアンケート調査の正しさを主張し、認可されました。

「入学したいと思う」53人はサンプルからの数値だから実際はもっといるはず、との主張は、ちょっと考えれば無理があります。

まず、アンケートを送付して回答を得た高校は専門職大学に興味をもった高校がほとんどでしょう。

では、そうした高校の進学動向がアンケートに回答していない高校全てと同じ、とは到底言えません。国公立進学や私立大学難関校が進路の大半を占める進学校はアンケート依頼が来ても回答しないはずです。

仮にアンケートに回答しても「私立の専門職大学には興味がない」と回答して終わりでしょう。

工業高校だと、進学するとしても理工系学部や情報系学部希望者が多く、設置予定のグローバルビジネス学部には興味を示さない高校生が多いはず。

こうした事情を考えれば、「アンケート結果はサンプルからの数値であり、実際はもっと多い」との主張はかなり無理があります。

実際に、同大の入学定員充足率は2023年は3.1%で最下位、2024年は非公表(2024年8月8日現在)とするほど、惨敗となりました。

要するに、設置認可の厳格化前、しかも、新しい学校ということもあり、設置認可の書類審査は大甘だった、と言わざるを得ません。

その結果が、入学者・定員充足率ともに一桁、という惨敗です。

この惨状が判明して、設置認可が厳格化した以上、いくら新しい学校とは言え、無理に通せるわけがありません。

その結果、2024年新設は公立1校のみとなりました。

◆ハードルの高さで断念続出

問題点7に移ります。

池上さんは「専門学校側のメリットとしては、理事長の『大学の理事長になりたい』という憧れを叶えることができるというわけです」と記載しています。

これはその通りでした。

いや、正確には「その通りです」。

専門学校を擁する学校法人の理事長は潜在的には、大学の理事長に、との思いは昔も今も変わりません。

ただ、解せないのは、池上さんがこういう事情をご存じであれば、専門学校が専門職大学に転換しづらい事情をなぜご存じないのか、という点です。

専門学校の経営者でなくても、大学や専門学校などの設置認可事情に詳しい関係者に聞けば、この事情は明らかです。

前記のように、先行の専門職大学が設置認可書類で色々と無理を通してしまいました。そこに設置認可の厳格化もあり、専門職大学の設置認可申請は相当、ハードルが上がっています。

さらに、専門職大学特有の難しさとして挙げられるのが、社会人教員の多さです。

専門職大学は、卒業に必要な単位のうち3割~4割を実習とすることが定められています。しかも、その実習は企業などの現場での実施が必要です。

合わせて、教員の4割以上を実務家教員とする必要があります。

大卒採用市場における半日~1日程度のインターンシップならまだしも、単位認定が必要な実習となると長期間であることが前提となります。当然ながら実習先の企業などとは細かい打ち合わせが必要です。

実務家教員も同様です。

専門職大学設置基準(平成29年文部科学省令第33号)(抄)

(実務の経験等を有する専任教員)
第三十六条 前条の規定による専任教員の数のおおむね四割以上は、専攻分野におけるおおむね五年以上の実務の経験を有し、かつ、高度の実務の能力を有する者(次項において「実務の経験等を有する専任教員」という。)とする。

認可する側の文部科学省としては当然の規定ですし、実務家教員が多いことは確かに魅力です。

しかし、言うのは簡単でも、実務家教員を揃える専門職大学(または開設を目指す専門学校の経営陣)側は大変です。

各分野での実務経験が5年以上、かつ、「高度の実務の能力を有する者」で30代・40代だと、油が乗り切っている時期です。

大学教員志望者はともかく、目の前の仕事を放り投げてまで大学教員になりたい人はそう多くありません。

しかも、単に実務を知っているだけでなく、大学教員としての本務以外の仕事(たとえば入試広報など)も入ります。当然ながら、授業でも体系だって教える能力や知識が必要です。そのための研修会参加など勉強も欠かせません。

そこまでして、大学教員にキャリアを変えたい人はごくわずかです。

あえて言えば、一度、リタイアした人が改めて働くことはあるでしょう。その際に大学を新たなキャリアとして検討する人は一定数います。

文部科学省もそうした事情を理解しており、実務家教員について、こんな公布をしています。

○専門職大学及び専門職短期大学の制度化等に係る学校教育法の一部を改正する法律等の公布について(通知)

(29文科高第542号)
3 留意事項
(10)実務の経験等を有する専任教員について
① 略
② 実務家教員の「実務の能力」については、保有資格、実務の業績、実務を離れた後の年数等により、その適格を判断されるものであること。実務を離れた後の年数については、おおよその目安として、実務を離れてから5年から10年以内であることが望ましく、実務を離れる前の実務経験の長さも考慮されること。

ある意味、抜け道ではありますが、ぎりぎり許容範囲と言えなくもありません。

こうした抜け道があってもなお、実務家教員を必要な数、集めるのは大変なのです。

推測ですが、池上さんが「専門学校のメリット」を知ったのは専門職大学ができる前の2018年以前のことだったのではないでしょうか。

その時期であれば、専門学校関係者の間では池上さんの『予測』本にあるような話は確かに出ていました。

ただ、上記のように実務家教員を揃えるのが想像以上に大変であること、設置認可が厳しくなっていった2020年ごろからは、「専門学校のメリット」は相当に薄れていきました。私が取材した限りでは、専門学校関係者の間では「専門職大学」熱が引いていった印象があります。

◆専門職大学を運営する学校法人、大学へ転換も

開志専門職大学を擁する学校法人は新潟総合学園(NSGグループ)です。

新潟県内に専門学校を27校も擁しており、関連の学校法人を合わせると在籍の学生・生徒数は1.7万人(2022年現在)となっています。

新潟県内ではJリーグのアルビレックス新潟などのスポンサーであることでも有名です。

さて、このNSGグループですが、専門学校だけでなく、2001年に新潟医療福祉大学、2018年に新潟食料農業大学をそれぞれ開学しています。

開志専門職大学は2020年の開学です。

池上さんの「どんどん専門職大学に」の記載が正しければ、このNSGグループは傘下の専門学校や大学を専門職大学に変えているはずです。

ところが、そんな様子は全くありません。

一方で、2026年には開志創造大学を開設予定です。既設の事業創造大学院大学を改称し、大学院とは別に、通信制の教育課程となる情報デザイン学部(仮称)を設置予定とのこと。

開志創造大学サイトより。現存の事業創造大学院大学を2026年4月に開志創造大学に改称するとも。
開志創造大学サイトより。現存の事業創造大学院大学を2026年4月に開志創造大学に改称するとも。

仮にですが、専門職大学が順調であれば、情報デザイン学部は専門職大学に設置するはずなのですが。

もちろん、NSGグループだけで他の専門学校の動向全てに当てはめるつもりはありません。

しかし、NSGグループ以外でも専門職大学を新設する動きは見えないところをみるとどうでしょうか。

池上さんが主張されるほど専門職大学の開設熱は強くはない、と見る方が自然かと考えます。

◆どっちに転ぶか、先行き不透明な専門職大学

ここまで、専門職大学について、電動モビリティシステム専門職大学などの事例を中心にネガティブな内容を紹介してきました。

ただ、私は専門職大学全てが問題あり、と断じるものではありません。

2024年は定員超過が6校、入学定員充足率90%超えが2校で学生集めが順調なところもあります。

特に公立の芸術文化観光専門職大学(芸術文化・観光学部)は専門職大学の成功例と言っていいでしょう。

芸術文化観光専門職大学サイトより。
芸術文化観光専門職大学サイトより。

同大は劇作家の平田オリザを学長として招聘。

立地は兵庫県但馬地域の豊岡市であまりいい、とは言えません。

にもかかわらず、2021年の開学以来、定員超過が続いています。

勝因は、公立である点、舞台芸術・演劇や観光について専門的に学べる点(学士は「芸術文化学士(専門職)」か「観光学士(専門職)」のどちらか)、豊岡市が演劇に力を入れており専門職大学の教育内容とマッチングできている点、などが挙げられます。

私立でも東京国際工科専門職大学、名古屋国際工科専門職大学は2年連続で定員超過していますし、大阪国際工科専門職大学、国際ファッション専門職大学、びわこリハビリテーション専門職大学、情報経営イノベーション専門職大学などは堅調に推移しています。

まだ、できたばかりのところも多く、専門職大学だから一概にいいとも悪いとも断定できないところが多くあります。

◆「専門職大学は増える」論は無理がある

以上、池上さんの専門職大学についての記載を検証してきました。

まとめますと、問題点7点のうち、Fランク大学(=定員割れ大学)についての2点はともかくとしても、です。

専門職大学に関する5点はいずれも、現在の入学定員充足率や偏差値などを見る限り、間違った記載、と言わざるを得ません。

もちろん、池上さんは私の取材していない部分で、今後、専門職大学に対する設置認可が甘くなる、あるいは、今後は大幅に志願者が増えていく、という情報をつかんでいるのかもしれません。

ただ、現状の充足率データなどを見る限り、池上さんの専門職大学に関する記述については、無理があるように思います。

なお、私は専門職大学の関係者でもなく、大学業界の教職員でもなく、出版社の編集者でもありません。

そのため、「予測」本の絶版ないし修正を要求するものではありません。

ただ、大学問題を取材してきた身としては、この専門職大学に対するスタンスは適当なところで修正した方が池上さんのブランドを守れるのではないかな、と思う次第です。

繰り返しますが、私は池上さんの著作のファンですし、池上さんを不当に貶めることを目的とするものではありません。

頼まれもしないのに(何なら面識すらない)、勝手に著作を高校生に勧めるほど、私は池上さんを尊敬しております。

その尊敬すべきジャーナリストが、なぜ、大学・専門職大学について誤解してしまったのか、残念でなりません。

大先輩に言うべき話ではありませんが、ちょっとしたデータを確認していれば、避けられた誤解、と考える次第です。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

教育・人事関係者が知っておきたい関連記事スクラップ帳

税込550円/月初月無料投稿頻度:月10回程度(不定期)

この有料記事は2つのコンテンツに分かれます。【関連記事スクラップ】全国紙6紙朝刊から、関連記事をスクラップ。日によって解説を加筆します。更新は休刊日以外毎日を予定。【お題だけ勝手に貰って解説】新聞等の就活相談・教育相談記事などからお題をそれぞれ人事担当者向け・教育担当者向けに背景などを解説していきます。月2~4回程度を予定。それぞれ、大学・教育・就活・キャリア取材歴19年の著者がお届けします。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

石渡嶺司の最近の記事