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「実は一番の努力家」ばいきんまんが大活躍の映画『アンパンマン』に脚本家が込めた思い

田幸和歌子エンタメライター/編集者
『それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン』メインビジュアル

映画『それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン』(6月28日公開)では、劇場版アンパンマンシリーズ35本目にして初の試みが取り入れられている。それは、ばいきんまんが大活躍するということ。アンパンマンは後半まで登場しないこと。

なぜこうした異色の作品が誕生したのか。『それいけ!アンパンマン』シリーズに33年間関わってきた脚本家の米村正二さんに聞いた。

「ばいきんまんほど失敗を重ねて努力し続けている人っていないなと思うんですよ」

「プロデューサー陣や川越(淳)監督と打ち合わせする中で、いろんな案が出て、それをまとめるということで僕が1回引き取ったんですね。でも、考えているうちに、その中では出ていなかった案『ばいきんまんをメインにお話を作ってみたらどうか』を思いついて。というのも、映画では毎回ゲストが登場し、その子が何か問題を抱えていて、アンパンマンとの出会いによって問題を解決するという大まかなストーリーがあるので、それをばいきんまんメインにした方が新鮮で面白いんじゃないかと思ったんです。そもそもばいきんまんはいつもアンパンマンを倒すためにメカを設計し、開発して、戦うけど、負けて、それでも明確な思いを持って頑張り続けている。ばいきんまんほど失敗を重ねて努力し続けている人っていないなと思うんですよ。だったら、今回はゲストを励ます役としてばいきんまんが最適じゃないか。そう考えているうちに、アンパンマン映画35本目ということもあって、僕の中で『今回は俺様が大活躍するぞ』というコピーが勝手に出てきちゃったんですね(笑)。それでプレゼンしたら、面白がってもらい、ばいきんまんメインとの方向で進んでいきました」(米村正二さん 以下同)

ばいきんまんとルルン 
ばいきんまんとルルン 

ゲストのキャラクターは「イヤイヤ期」のわが子がヒントに

1冊の絵本を見つけたばいきんまんは、絵本から「愛と勇気の戦士ばいきんまん、助けに来て!」という声に誘われ、絵本の中に吸い込まれてしまう。そこで森の妖精・ルルンと出会い、森で大暴れする“すいとるゾウ”をやっつけてほしいと相談を受けるというストーリー。

ルルンの声は上戸彩、すいとるゾウの声は岡村隆史が務めているが、それぞれのキャラクターはどのように作られたのか。

「ばいきんまんがゲストキャラを励ますストーリーにすることが決まった段階で、失敗を繰り返してもめげずに頑張るばいきんまんの対岸にいる人というキャラクターが浮かんできました。そこで参考にしたのが、実は僕がいま3歳の子どもの育児中で(笑)。脚本作りをしたときはまだ2歳で、何でもすぐに『お父さん、やって』とか『僕できない』とか弱音を吐くイヤイヤ期で、それをどう励ましたらいいのか悪戦苦闘する過程がキャラクターに投影されていった部分もあります」

また、上戸彩の印象についてはこう語る。

「上戸さん、すごくお上手ですよね。映画『あずみ』や『3年B組金八先生』第6シリーズなどの印象からジェンダーレスなイメージを持っていましたが、今回のルルンももともと萩尾望都さんの『11人いる!』の中に出てくる女性視されることを嫌うキャラ(フロルベリチェリ・フロル)をヒントとして森の妖精として書いていたので、偶然にも演じてくれる上戸さんとイメージが重なりました」

「すいとるゾウ」 
「すいとるゾウ」 

一方、すいとるゾウのキャラクターは「ばいきんまんが戦う相手で、1回やられて、悔しい思いをしても諦めずに『もう1回あいつと戦いたい』と思うようなキャラクター」として作った、はずだった。

「意外と見た目が怖かったですけど(笑)。小さな子の場合、あまりに怖い敵が出てくると怖がって観られなくなるというのは、アンパンマンの映画ではよくあることで、そこは注意したいところでした。だから、『悪』というよりも、ダジャレにのせて『すいとるゾウ』というユーモアのあるキャラクターにしようと思ったんです。ロボになったときのひょうきんな見た目が、もともとのイメージに近いですね。それにしても、岡村さんも出演して下さるとは。とてもビックリしています」

アンパンマンが後半まで登場しない理由

ところで、アンパンマンが後半まで登場しないことに対して、反対意見はなかったのかと聞くと……。

「真ん中くらいで出せないかといった意見は、正直ありましたね。もちろんそれは脚本のテクニックとしてはできるんです。例えば、アンパンマンをところどころに出すことで、ばいきんまんが行った絵本の世界とアンパンマンワールドという2つの世界を並行して見せる方法もあったんですが、アンパンマンの対象年齢は3歳くらいなので、映画で言うカットバックみたいなものが苦手と言いますか。1つのお話がまっすぐ進んでいくならどうにか集中力を保って観てもらえるけど、2つの世界を行き来するのは3歳児には厳しいなと思い、それをお伝えしました」

これは、「3歳児の父」というより、33年間『アンパンマン』に関わってきた経験値からくる知見だと言う。

「少なくとも映画は全部劇場に行ってお客さんの反応を直に見ていますから。自分の作品の場合、試写を除いて一般客として劇場に3、4回は観に行くんですね。後方の席に座って客席を見ることも多いですが、小さな子たちはやっぱり飽きちゃうし、トイレが近いから、50分でも厳しいんだろうなと思います。昔は短編が20分あって、本編50分という枠組みでしたので、その頃に比べると今は基本的に60分1本で多少短くなっているんですね。それでも60分というのは、小さな子がじっと観ていられる最長時間だと思います」

3歳児の小さな子でも60分観られるようにするための工夫

小さな子に飽きさせないための工夫としては、以下の点を挙げている。

「話を複雑にせず、展開の面白さで見せること。子どもはテンポが良く、思いがけない展開になったときに食いつく印象がありますので、そこは心がけています。今回でいうと、絵本の世界に入り、入ってからは砂漠、大きな森、さらにルルンたちが暮らしていたお城に移動し、ばいきんまんのウッドだだんだん(ルルンとばいきんまんが作ったメカ)作りが始まるといった具合に、展開がどんどん変わっていくんですね。例えば大きな森に行ったら巨大な木が生えているし、巨大なばいきんまん像もあるし、お城の上には廃虚の城があって、そこからばいきんまんがメカの材料作りから始めるという絵的な変化というか。1シーンどのくらいの時間にすれば小さな子が飽きないかなども、体感的になんとなくわかっているつもりです」

大人にもグッとくる、DIY好きの監督の手掛ける本格的なメカ

実は本作の大きな見どころの一つが、ばいきんまんの本格的な木製のメカ作り。ディティールまで細かく作り込まれた工程は、ワクワク感があり、大人もハマりそうだ。

「監督自身もDIYがお好きなので、木製で実際に作れるんじゃないかぐらいのクオリティで作っていましたね。実は監督が川越さんだとわかったところから、ウッドだだんだんを作るアイデアを出したところもあるんです。これは川越さんならきっと面白くしてくれるだろうなという計算があったというか。例えば、ウッドだだんだんがどんどん変形していくところなど、川越さんは好きな演出を思う存分楽しんでやって下さったのではないかと思います」

本作ではばいきんまんの器用さや、シャイで優しいところ、可愛らしいところなどがたっぷり楽しめる。ばいきんまんの内面の掘り下げも、当然ながら力を入れたポイントだ。

「失敗を繰り返しながらもめげずに頑張っていることや、悪いことばかりするけど、ドキンちゃんには弱く優しいところ、他の人にも意外と優しいところなどは、もともとばいきんまんが持っているものなですが、テレビアニメで『アンパンマン』を観ている子どもたちは気づかないかもしれないですよね。でも、みんなも実はそうしたばいきんまんの良さを少し知っていると思うんですよ。ばいきんまんは意外と人気もあるし、それを表面に出したのが今回の映画です」

米村正二さん/撮影 田幸和歌子
米村正二さん/撮影 田幸和歌子

終盤になってようやくアンパンマンが登場するきっかけは、他でもない、ばいきんまんの一言からというのも、熱い展開だ。米村さんはこんな思いを語ってくれた。

「ばいきんまんがやられてしまい、どうしてもルルンだけでも助けたいと思ったとき、『この状況を打開してくれるヤツは憎たらしいけどアンパンマンしかいない』と思うだろうと思ったんですね。原作者のやなせ(たかし)先生もおっしゃっていますが、アンパンマンが主役であると同時に、もう1人の主役はばいきんまん。アンパンマンとばいきんまんは、陰と陽のような存在で、両者あってこそ成り立つ2人の世界観だと思うので、ばいきんまんに光を当ててあげたいという思いはずっとありました。それが今回叶った形なんです」

33年間、『アンパンマン』を書いてきた米村さんにとって、特別な愛着をもつばいきんまん。そんな積年の思いが込められた熱い映画なのだ。

画像 (c)やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV (c)やなせたかし/アンパンマン製作委員会 2024

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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