崩御されたイギリスのエリザベス女王と世界の武豊騎手のエピソード
フランスで飛び込んだ訃報
イギリスでエリザベス女王の国葬が現地時間19日に行われた。
女王が崩御されたのは今月8日。私はこの訃報をフランスで聞いた。ニエル賞(GⅡ)に出走したドウデュースの取材をするために彼の地へ渡っていた。その時、一緒にいたのが同馬の主戦ジョッキーである武豊。日本だけでなく、世界でもその名を轟かせる天才騎手は、訃報を耳にして呟くように言った。
「一度、女王の勝負服を着てみたかったです」
過去最長となる女王の在位70周年を祝い「プラチナムジュビリーセントラルウィークエンド」として催された今年のイギリスのダービーウィーク(6月2日~5日)。残念ながら女王は臨場されなかったが、イベントの一環として、女王の所有馬に騎乗した事のあるジョッキー達が、その高貴さ漂う勝負服に身を包み、集結した。その数、実に40人。フランキー・デットーリや、短期免許での来日が決まったT・マーカンド、H・ドイル夫妻ら現役騎手だけでなく、K・ファロンやJ・ムルタといった往年の名騎手もヨーロッパ中から集まり、女王の長女であるアン王女ら王室関係者と交流した。
女王の誉れ高き勝負服
そんな誉れ高き勝負服と、日本のナンバー1ジョッキーが全く無縁だったわけではない。
毎年8月初旬に、アスコット競馬場で行われるシャーガーカップ。世界中から名手を招待して抽せんで決まった騎乗馬により覇を競うこのイベントに、武豊は日本人として最多の過去8度の招待を受けている。今でこそ、チーム別で勝負服が決められているこの開催だが、かつては普通に馬主服をまとって行われていた。エリザベス女王の馬がこの開催にエントリーする事もあり、抽せん次第では憧れの勝負服に誰もが袖を通すチャンスがあったわけだ。
「残念ながら当たる事はありませんでした」
微笑混じりにそう語る武豊だが、そんな機会を得られるだけでも彼が世界を舞台に戦う男である事がよく分かる。
そういえば、何年か前のロイヤルアスコット開催ではこんな事もあった。イギリス王室主催で、6月に5日間連続で行われるこのミーティング。女王も臨場される事で有名な開催で、勿論、武豊も何度も参戦した事があった。そんな開催のパドックでの出来事を、述懐する。
「アン王女に二度見されました」
王女がユタカタケを認識しており、故に視線を戻したという事だろう。
競馬に傾倒していた女王
「エリザベス女王が僕の事を認識していたかどうかは分かりません」
彼はそう続ける。しかし、19年には王室主催のロイヤルアスコット開催のアンバサダーに指名されているのだから、知らなかったという事はないだろう。また、女王は王室の中でも最も競馬に傾倒しており、例えばディープインパクトの曾祖母は自らが生産、所有していたハイクレアである事も熟知。日本競馬史上最強馬の話題もよく口にされていたと聞く。と、なればその主戦であるユタカタケの名は、確実にその耳には入っていたと思われる。
女王は崩御されたが、イギリス王室と競馬との良好な関係はこれからも継続され、いずれユタカタケが王室所有の馬で勝利し、女王に報告する。日本人ファンとして、そんなシーンに立ち会える日が来る事を願いたい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)