グルメが運転代行を使ってでも通う東北の名店!焼鳥は頑固一徹、でも客には愛嬌【やきとり熊田】
今回、冒険するのは福島県郡山市菜根屋敷の焼鳥屋「やきとり熊田」。郡山駅から歩いたとしたら、なんと店まで約60分。この地域は菜根(さいこん)屋敷と呼ばれているようで、その名前からすると田畑が広がっているように思えるけれど、いわゆる住宅街だ。そこに郡山界隈のグルメが度々訪れるという「やきとり熊田」がポツンと佇んでいる。
住宅街のなかに〝ひっそり〟がそそる
郡山駅から歩いたなら約60分。県営住宅やマンション、一戸建てが建ち並ぶなか、ポツンと佇む「やきとり熊田」は異質な存在に見えるかもしれない。
店先には「やきとり」と書かれた赤提灯にのれん。そばに置かれた日本酒の通い箱。もう、この時点で呑兵衛の心がくすぐられてしまうなぁ。
質素ながら温かみのあるL字カウンター。その奥に雑多に並ぶ酒瓶。大将が炭火の世話をしながら声をかけてきた。
「うちは初めてですよね? メニューってものがないから、串は適当に出すんだけど大丈夫ですか?」
お。こちとら生粋の焼鳥好き。食べられないネタはないと伝えると、大将がニカッと笑った。そう。「やきとり熊田」にはメニューがないんだ。あるのは「やきとりコース」だけ。大将がその日出したいものを8本ほど焼いたら、それで終い。焼きおにぎりだとかお茶漬けだとか、そういう〆が出ることもないのだという。うーん。これは潔い。
1本目はまさかの豚ロースから
早速、大将が1本目の串を焼き台の鉄棒に渡した。見るからにでっぷりと大きく、赤く染まった肉塊は明らかに鶏肉じゃない。
これは……そう、豚肉だ。てっきり鶏肉の焼鳥が出てくるものと思い込んでいたから、驚いた。聞いてみれば、昔から鶏も豚のどちらも使う「やきとり」。このあたりではそういう焼鳥屋は不思議ではないそう。
ただ静かに丁寧に。何度か返しながらじわり、じわりと火を入れていく。「ロースです」と差し出された肉塊は、噛めばしっとりやわらかく、じんわりとうまみが広がっていくよう。
シンプルにうまいなぁ。家で豚ロース肉をフライパンで焼いたところでこうはいかない。焼くのではなく、火を通す感覚に近い火入れ。うーん。1本目にして、なんというかクライマックスを迎えた感覚。
たん1本のなかにもグラデーション
続いては豚のたん。「頭からたん先、たん中、たん元を打っています」と大将。食べてみれば、たん先のサクッとした食感に始まり、だんだんとやわらかく、濃さが増していくようなグラデーション! たんというネタ一つとっても、こういうアプローチができるんだなぁ。
そして、砂肝。お、ここにきてようやく鶏のネタが登場だ。砂肝のかたいところを少し残したトリミング。このザックザクとした歯触りは、きっと吞兵衛好み。
大きすぎる鶏レバーはインパクト大
焼き台に置かれたのは、目を見張るほど特大のレバー! 指にずっしりとかかる重み。串を2本打たなければ形を保てないほどのボリューム感だ。丁寧に返しながら火入れしたレバーは見た目に反して、しっとり、とろりと。東京でも昔ながらの焼鳥屋で特大レバーを出す店はあるけれど、それとも負けず劣らずのポーションだと思う。
そういえば、席に座ったときに大将が「串を適当に出す」と言っていたけど、もし苦手なネタがあるのなら、その時に言えば代わりのネタを用意してくれるかもしれないな。
食感で魅せるもつ焼の世界
再び、豚のもつ焼のターン。しろ(大腸)は均整のとれた串打ち。時折タレをくぐらせながら、しっとり焼き上げていく。いいなぁ。炭火で焼かれているところを見ているだけでも喉が鳴りそうになる。
表面はほどよいかたさを保ちつつ、くにょっとやわらかな弾力を兼ね備えたしろは酒のつまみにうってつけ。これは、日本酒がはかどるというもの。
そして、豚ののど軟骨。もう、強烈なほどにコリッコリだ。もつ焼を食べ慣れている人にしか、このおいしさは分からないかもしれないなぁ。
ネタは鶏と豚だけかと思ったら……
大将がやたら〝細い〟ネタを取り出して焼き台に置いた。ふだん焼鳥屋でもつ焼屋でも見かけないネタ……。よくよく見てみれば、たこだ。てっきり鶏と豚だけが出てくると思っていたので意外な展開。さすがは「やきとり」。もう、串に打ってしまえばなんでも「やきとり」だ。
「その時々にもよるけど、たこじゃなくて、いかやほたてを使ったこともあるよ」と大将。
ちなみに鶏や豚に使うたれは使わない。この魚介ネタ専用のたれにくぐらせて仕上げるのも特徴的だ。噛めばたこの弾力を追いかけるように、しょうゆだれの複雑なうまみ。これがまた、うまいのなんの!
「これまで使ったいかやほたてのエキスもたれに溶け込んでいるからね」
マカロニサラダはまさに「おふくろの味」
「せっかく予約してくれたからね。これも食べてください」と大将のお母さんが出してくれたのは、マカロニサラダ。あぁ、こういう気遣いも町焼鳥の温かみ。まさに「おふくろの味」だ。
手作りのマカロニサラダをつまみながら、東北の日本酒をまったり味わい、串を待つ……。なんて、いい時間だろう。
「やきとり熊田」を貫いて27年
ひと通りやきとりコースを食べ終えて、まったりと日本酒タイム。2軒目を考えていなかったから、ちょうどいい。聞けば、大将の名前は本田さんという。てっきり熊田さんだと思い込んでいたのだけど……
「修業先が『やきとり熊田』で、その暖簾分けなんですよ。もう27年になるのかな」
まさか30年近くの歴史がある店だとは思いもしなかったなぁ。ただ、本田さんが暖簾分けの許しを得て独立した当初は、相当苦労したよう。
「ほら、うちはおまかせのやきとりコースしかないでしょう? だから『好きなもん食わせろ!』って文句は何度も聞きましたから(苦笑)」
仕込みも串打ちも焼きも「やきとり熊田」を貫いて27年。徐々に店のポリシーを理解する客も増え、今では飲みたいがために運転代行を使って訪れるグルメ客も多いのだとか。そりゃそうだ、郡山駅から徒歩60分近くかかるのだから。
一見、頑固そうで敷居は高く感じるものの、本田さんのほがらかな人柄もあって初見だというのに馴染みの店に来たかのような居心地のよさ。そう、腹がいっぱいになるような店じゃない。心がじんわりと満たされる、そんな店だ、ここは。
▼冒険のおさらい
①メニューがないのでネタはおまかせ
②鶏と豚の両方を使う〝やきとり〟
③郡山駅から徒歩約60分!
店舗情報
【店名】やきとり熊田
【最寄り駅】郡山駅、安積永盛駅
【住所】福島県郡山市菜根屋敷418-28
【予約】024-933-9062
【定休日】不定休
【串のアラカルト】なし
【コース(セット)】コースのみ