劣勢で最高に輝く36歳。男子バレー米山裕太が見せた、誰よりも熱く、勝利を求め「戦う」姿
「流れ」を引き寄せる選手
流れを変えるプレー、流れを変える選手。
時間で区切られるわけではなく、25点を3セット、先に取れば勝ちというバレーボールにおいて「流れ」は勝敗を左右する大きな要素でもある。
とはいえ、流れとは何か。
ばーっと勢いを出して行けばいいか、と言えばそうではなく、1点1点的確に積み重ねても、互いが同じように堅実な1点ずつを積み重ねているうちは、2点差をつけることができない。そこで抜け出し、走るための何か。
言葉ではうまく表すことのできない、その「流れ」を、こうして引き寄せるんだ、とまるでそう教えるかのごとく、コートでのプレー、振る舞いでみせつけた選手がいた。
東レアローズ、米山裕太。
2007年に東レアローズに入り、09年には日本代表へ選出された。世界選手権、ワールドカップ、五輪最終予選など数多くの国際大会にも出場し、世界で見れば決して恵まれた体格とは言えない米山のプレーに、何度も魅了された。レセプション、ディグなどもともと守備力には定評があるが、それだけではない。相手のブロックをうまく利用して当てて出したり、弾き飛ばしたり、裏をかいて空いたスペースに落としたり。1つ1つの技術もさることながら、劣勢で、どれだけ点数を離されようと「最後の1点を取るまでは終わらない」とばかりに食らいつく。
何度も見て来た、勝つためにがむしゃらに戦う。そんな米山の姿を久しぶりに見たのが、10月31日と11月1日に愛知・豊田合成記念体育館で行われたJTサンダーズ広島との試合だった。
不安を自信に変えるために何が必要か
開幕から4連敗。JTサンダーズとの第1戦、31日の試合は、開幕から好調を維持し連勝を重ねるJT広島とはまさに対照的な、お世辞にも見所があるとは言い難い試合だった。
そして、それは見る者だけでなく、スタートはベンチにいた米山も同様だった。
「ベンチから見ていて、自信なさそうにプレーしていると感じていました。リベロの山口(拓海)がベンチに戻って来た時に『今、チームどう?』と声をかけると、セット間やタイム明け、コートに戻る時に『(コート内の)6人で出す声さえ、合っていないです』と。まずチームとして戦うには、そういうところが大事で、まずは呼吸を合わせること。それさえ噛み合えば、何か変えられるんじゃないかと思っていました」
第2セット、13-17と4点差をつけられたところで星野秀知に代わり、米山がコートへ。堅実なディフェンスと、相手ブロックが手薄になった時を逃がさず決める攻撃だけでなく、誰がどんな形で1点取っても声をかけ、時には大げさなぐらい喜び、背を叩く。23-25で第2セットを失い、第3セットは21-25、ストレートで敗れ開幕5連敗を喫した。
これ以上負けられない。だが、そんな悲壮感すら漂う中、米山が感じたのは「不安」ではなくむしろ「自信」だったと振り返る。
「途中から入って、周りの若い選手に対しても声を出して『戦うんだぞ』という気持ちを伝えて、一緒に巻き込むことだけを意識していたんです。だから、結果的に(試合で)負けはしたけれど、“行ける”という気持ちのほうが強くありました」
悪循環を断ち切る“気合”のスパイク
開幕5連敗。米山が自身の長いキャリアを振り返っても「経験したことがない」と言うように、スタートから1つも勝てず、試合ばかりが続けば自信よりも不安が上回るのも無理はない。しかも今季は1年目の山口、富田将馬、小澤宙輝がスタメンで出場する試合も多く、若い選手にとって勝てないダメージはなおさら大きく、共にコートへ入る選手も、若手を引っ張り勝たせてあげられないことで、さらにその倍以上のダメージが残る。
何をすれば流れが変わるのか。それすら見えない連敗が続いて来たが、自らコートに立ち、すべきことを確認したことで米山が「行ける」と実感していたように、東レ・篠田歩監督も米山の姿を見て新たな学び、気づきがあったと言う。
「ここまで戦術面はしっかりつくってきたつもりでした。ある程度、スタートは苦戦するかもしれないと思ってはいたけれど、あまりに負けがこんでくると、間違っていたかもしれない、と思うこともありました。でも米山がコートに入って、1人で声を出して、何とかチームを1つにしようという行動、声かけ。スパイクを1本打つのにしてもそう。“オラー”とか、1本1本に感情を乗せているのを見た時に、今のチームに足りないのはこれだ、と感じました。自分自身も選手の時は『気合だ』と言いすぎて、空回りして負けが重なったこともあったし、気合だけじゃダメだと思っていたから、ある程度つくりこまなきゃいけないとも思った。でも、それでもやっぱり気合も必要だと(31日の)米山の姿を見て学ばせてもらいました」
まずは1つ勝って、悪循環と不安を断ち切ること。翌日のJT戦、篠田監督は米山と富松崇彰、2人の経験豊富な選手をスタメン起用。第1セットは20-25でJT広島が先取したが、第2セット以降もブロックされてもフォローしてつなぎ、1点獲ればひたすら喜ぶ。米山と富松が先頭に立ち、コート内を盛り上げ、盛り立てた結果、今季から新加入のパダル・クリスティアンが覚醒。レシーブでつないだラリーを制するスパイクや、3連続サービスエースを含む6本のサーブポイントで得点を叩き出し、逆転の末、セットカウント3-1で東レが今季初勝利を挙げた。
ただ、勝利のために
長いトンネルをようやく抜けた。だが、今季はレギュラーラウンド上位3チームまでしかファイナルラウンドへ進むことができないため、まだ序盤とはいえレギュラーラウンドの1試合1試合の勝敗が例年以上に重くのしかかるシーズンでもある。実際に米山も「結果がすべてであり、もう厳しい状況に来ているかもしれない、とは思う」と厳しい現状も受け止める。
だが、連敗が止まった1勝。そこで見せた米山のプレーや振る舞い、さらに言うならば米山と共に、自らブロックポイントを量産してチームを盛り立てた富松の姿は、ただ「勝った」というだけでなく、これからにつながる大きなヒント、チームにとって大切な「戦う姿勢」を示した試合でもあった。そう言うのは、ルーキーの山口だ。
「初戦から厳しい状況が続く中、何とか盛り上げようとしてもうまくいきませんでした。なかなか勝てなくて、練習でギクシャクした時も、自分がなかなか思っていることを伝えられずにいたら、ヨネ(米山)さんが来て、話を聞いてくれたおかげで気持ちがそれずにチームの中に向かうことができた。試合でも米山さんや富松さんが大事なところで入って、落ち着くところは落ち着く、盛り上げるところは盛り上げる。場面場面での使い分けや切り替え、改めてすごさを感じさせられたし、これ以上ないお手本を見せてもらいました」
リオデジャネイロ五輪を逃がした16年の五輪最終予選。大会中もケガ人が相次ぐ苦しい状況下、最後の最後まで奮闘したのが米山だった。五輪出場の可能性が潰え、訪れた多くの取材陣が若い選手たちに「4年後の東京五輪は?」と尋ねる中、米山には「これからを担う後輩たちに何かメッセージがあれば」と心無い言葉も向けられた。
悪気はないのはわかっているけど、と静かに笑い、その記者が立ち去った後、米山はこう言った。
「オリンピックに出場することはできないし、僕には4年後があるかなんてわからない。でも、最後の最後までただ勝ちたい。僕はそう思って戦いました」
あれから少し年齢は重ねたけれど、あの頃と同じだ。勝つために、今何をすべきか。それを探し、全力で体現する。
劣勢でこそ、米山が輝きを増す理由。これ以上ないお手本が、ここからどう活かされているのか。まだまだ、楽しみは尽きない。