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阿部寛出演のマレーシア映画。世界の映画人の心をひとつに第二次世界大戦下の悲恋を描く

水上賢治映画ライター
「夕霧花園」より

 第二次世界大戦下のマレーシアの歴史を背景に、一組の男女の切ない愛情物語の真相が明かされていく映画「夕霧花園」。

 製作国はマレーシアながら、世界の映画人がひとつになって作り上げた多国籍な本作について、手掛けた台湾の気鋭、トム・リン監督に訊くインタビューの後編へ。

インタビューに応じてくれたトム・リン監督 提供:太秦
インタビューに応じてくれたトム・リン監督 提供:太秦

感情を伝えるリー・シンジエさんと阿部さんの目の演技

 前編のインタビューでは、主に監督を務めることになった経緯について訊いたが、後編は、ワールドワイドなキャストのことなどに話が及んだ。

 作品は、当時、歪んだ主従関係にあったマレーシアと日本という国の因縁を超え、互いに惹かれあいながらも結ばれることのなかったユンリンと中村が辿る運命と、中村が遺した庭園に込められた真実が明かされる。

 この物語について監督はこう言葉を寄せる。

「原作としても脚本でもすばらしい物語だと確信していたのですが、ユンリンと中村をはじめとした登場人物の感情を、各俳優たちがほんとうに見事に表現してくれて、そのことでより伝わるものになったと思っています。

 監督を務めたわたしが言うのはおかしいことかもしれないのですが、映画完成後、スクリーンでみたときリー・シンジエさんと阿部さんの目の演技がすばらしくて、その眼差しから二人の気持ちがひしひしと伝わってくる。

 わたし自身、ひとりの観客となって深く感動してしまいました。

 役者のみなさんがほんとうにすばらしくて、わたしが描きたかった感情をリアルにつたえてくれている。

 ほんとうに役者のみなさんには感謝しています」

「夕霧花園」より
「夕霧花園」より

これだけのキャストを揃えられた理由は?

 日本の阿部寛をはじめ、リー・シンジエ、シルヴィア・チャンら実に豪華なキャスティングをどうやって実現したのだろう?

「これも縁といいますか、わたしの強運ですね(笑)。

 一番大きかったのはオファーをして、いずれの俳優もこの企画にたいへん興味をもってくれた。

 あとはタイミングだったと思います。

 たとえば阿部さんに打診したときは、チェン・カイコー監督の『空海』の撮影を終えたときで、ちょうど海外での仕事に興味をもっていたときでした。

 そういうときでタイミングもよかったんだと思います」

「夕霧花園」より
「夕霧花園」より

 とはいえ、これだけの俳優が集まるというのは、トム・リン監督ならではのマジックも入っているような気がするが?

「いえいえ、特別なことはしていないんです。ほんとうに縁とタイミングなんですよ。

 ただ、ほかの監督さんはわからないのですが、わたしはキャスティングに関しては『当たって砕けろ』と思っているといいますか。

 断られるだろうと諦めずに、まずは面の皮を厚くしてとにもかくにもお願いしてみるといったところがあります。

 だいたい、わたしがキャスティングをするときは、ひとりの映画の観客になりすまして、この役柄は誰にやってほしいかということを考えます。

 たとえば、中村有朋の役だったら、年齢は40~50代の男性となったとき、制作会社が提示してくる人選はある程度決まってきてしまう。

 あまり選択肢の幅が広くなくて、決まった人の顔が並びがちなんです。

 わたしはそれは面白くなくて、自分の考える役者さんにやってもらいたいと思っている。

 今回、中村有朋役を考えたとき、わたしの中に浮かんできたのは大ファンの阿部寛さんでした。

 その時点では、阿部さんが引き受けてくれるかはまったく自信がありませんでした。

 でも、さっき言ったように面の皮を厚くして(苦笑)、断られてもいい、『興味があります』といわれたラッキーぐらいでまずは打診してみました。

 それとともに、手紙を出したりしてコミュニケーションをはかって、なぜこの役をやってほしいのか、といったことを正直に伝えました。

 なぜなら、自分が役者の立場になって考えたら、自分にこの役をまかせたいのか知りたい。

 ですから、自分の気持ちを正直に阿部さんに伝えました。ほかのキャストのみなさんも同じです」

「夕霧花園」より
「夕霧花園」より

わたし自身が信じられないものは、

観客のみなさんにおみせすることはできない

 今回の「夕霧花園」もそうだが、トム・リン監督の作品はいずれも、人と人の心のやりとりが丹念に紡がれる。

 人間の感情がリアルに伝わってくる。物語を描く上で大切にしていることはあるのだろうか?

「わたしには、ラッキーなことがひとつあります。

 どの映画も脚本に関しては、わたしが書いた脚本にしても、ほかのライターが書いたものにしても、ある程度、変えていいことを許されている。

 ようするに、常に変化する余地が残されている。このことはわたしの映画作りにおいてひじょうに重要です。

 わたしはわたし自身が信じられないものは、(観客のみなさんに)おみせすることはできないと常に考えています。

 脚本だけではなくて、物語の内容や、ストーリーの展開、前後のエピソードのつながりなど、どれも信じられるものでなければならない。

 だから、このつながりがおかしいとか、この内容は信じられない感じたら、すぐに修正します。

 それがいわゆる作品のリアリティにつながっているのかもしれません。

 また、わたしは人間と人間の出会いはどれひとつとして同じものはないと考えます。

 ですから、ひとつの出会いにしても、そのことをつぶさにみつめ、ほかとの違いを見極めて、そこにある人の想いや感情を丁寧にすくい取ってみせる。

 そのことを大切にしています」

「夕霧花園」より
「夕霧花園」より

「夕霧花園」

監督:トム・リン

脚本:リチャード・スミス

出演:リー・シンジエ、阿部寛、シルビア・チャン、ジョン・ハナー、ジュリアン・サンズほか

全国順次公開中

場面写真はすべて(C)2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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