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緊急事態宣言下の外出自粛 在宅勤務の夫と子育て中の母親のメンタルヘルス,そして子どものストレス

中塚幹也岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長

 政府は,新型コロナウイルス感染の急速な拡大に対して,東京と埼玉,千葉,神奈川の1都3県に再び「緊急事態宣言」を発令した.午後8時までの飲食店への営業時間短縮とそれ以降の不要不急の外出自粛を呼びかけた.今回の宣言では,保育園の休園は要請されず,日中の外出自粛や県をまたぐ移動などは強く要請されなかったが,今後の状況によっては,前回(2020年4月)の「緊急事態宣言」に近い外出自粛となるような強いメッセージに変更せざるを得なくなると考えられる.

 このような状況で,妊娠,出産,子育てをする女性の不安は大きい.コロナ禍の中,約4割の妊婦が「新型コロナのことで精神的に不安定になった」と回答しており,「妊婦のうつ」も増加している(注1).妊娠中のうつは産後も続き,子育てにも影響を及ぼす.

 今回の新たな「緊急事態宣言」発令に臨み,昨年の宣言後の「新しい生活様式」の中で子育て家庭に何が起こっていたかを見てみる.

新型コロナウイルス感染拡大下で子育て中の母親の気持ち

 新型コロナウイルス感染第2波の中の2020年8~9月,保育園8施設において私たちが実施した未就学児の保護者357名への調査を見てみると,「子どもが感染しないか心配」は約8割,「経済的に心配」も約3割に見られていた(図1).また,約6割が「(ママ友も含め)友人と会えない」と回答し,気分転換や情報交換ができないままの母親も多いと思われる.さらに,「家事の負担が増大」「子どもと過ごす時間が増えている」という状況で「自分の時間がない」と感じ,「不安やイライラ」「気分が沈む」,そして「子どものことでイライラする」という精神状態になっていると考えられる.就労女性の中には,仕事を休んだり,退職したりして子どもの世話をしている場合もあり,仕事への思いや経済的な心配も精神状態に影響している可能性がある.

図1.新型コロナウイルス感染拡大下で子育て中の母親の気持ち(筆者作成)
図1.新型コロナウイルス感染拡大下で子育て中の母親の気持ち(筆者作成)

 この未就学児の母親に,「子育てへの不安」を100点満点で自己評価してもらったところ,「感染拡大前」の平均34.7点から「感染拡大後」は平均68.5点に上昇していた.また,このスコアは「経済的に心配」「子どものストレスが増加した」「パートナーの行動・態度に不満」「一人親」などと回答した母親では高得点になっていた.

 ベネッセ教育総合研究所が,2020年5月に実施した1~6歳の未就学児を持つ母親への調査では,コロナ禍の悩みや気がかりとして,母親の53.9%が「子どもが友達と会えない」,19.7%が「自身が保育園や地域とつながりが持てない」と回答したとされる(注2).

 緊急事態宣言下では,外出自粛により,友人との情報交換もSNS上の文字に頼りがちだが,メンタル面を考えると,電話で声を聞いたり,オンラインで顔を見ながら話したりすることは有用である.

緊急事態宣言下,子どものストレスはどうなる?

 前回の緊急事態宣言下での保育園の休園,外出自粛などによる子どもへの影響として「わがままになる」20.7%,「落ち着きがない」8.8%,「眠りにくい」8.0%,「よく泣く」7.7%,「おもらしが増える」4.3%などが見られていた.他にも,「爪を噛む」「髪を抜く」「かんしゃくを起こす」などが挙げられた.

 新型コロナウイルス感染拡大前と比較した「子どものストレス」については,約45%の母親が「増加した」と回答(図2)し,その背景として「子どもの遊び場がない」「きょうだいの数が多い」「(母親の)不安・イライラ」などが高率に見られていた.

図2.新型コロナウイルス感染拡大で子どものストレスは変化したか(筆者作成)
図2.新型コロナウイルス感染拡大で子どものストレスは変化したか(筆者作成)

父親の育児と母親のイライラ

 父親・パートナーの育児への関与は母親の育児負担感に影響することはよく知られている.特に,新型コロナウイルス感染拡大下ではテレワークも増え,私たちの調査でも,40.5%の母親が「パートナーと過ごす時間が増えた」と回答していた.しかし,約2割の母親は,そのことを「うれしくない」とし,「食事を作らないといけない」「部屋が散らかる」「一人になる時間が欲しい」という意見が見られた.パートナーの在宅勤務で「家族の時間が増えてよかった」と感じる母親もいるが,「家事の負担が増大した」と感じる母親もいることがわかる.

 家庭内でのパートナーの行動への評価として「不満足」との回答は,家事(食事を作る,食事の片づけ,日用品の買い物,掃除など)に対しては46.6%,育児(食事,おむつ,着替え,入浴,寝かしつけなどの世話)に対しては46.0%,自身との関わり(話を聞く,一緒に喜ぶ,相談に乗る,励ますなど)に対しては45.3%であった.このように,多くの母親から見たパートナーへの評価は必ずしも高くない.特に「非協力的に見える」パートナーに対しては,いら立つ母親が多かった.

子育て中の母親が「うれしい」と感じる在宅勤務の夫

 子育て中の母親が「パートナーとの時間が増えてうれしい」と感じたのはどのような行動や態度であろうか.「家事に協力的」「子どもの面倒を見てくれる」「ゆっくり話を聞いてくれる」「子どものことなど,共通の話題について話ができる」など,新型コロナウイルス感染拡大とは関係なく,元来,父親に求められている内容が挙がっていた.

 すなわち,在宅勤務となり,会社で行っている仕事をそのまま自宅で行っているだけでは,子育て中の母親からの評価は高くない.通勤時間がなくなり,疲労の心配もなくなった分だけでも,家族のために時間を使うことができるかどうかが問われている.

相談者や支援者は他にも必要

 子育て中の母親への支援のためのキーパーソンは「夫」と「実母」とされる.この2人と母親との関係性が良好であることは重要であるが,母親のメンタルヘルスや赤ちゃんへの愛着形成(ボンディング)には,3人目,4人目の相談相手がいる方がよいことも知られている.しかし,核家族で,家族内に支援者を見つけることは困難な場合も多い.また,緊急事態宣言で,子育て広場にも行きにくくなり,広場のスタッフやママ友にも会えない母親も増えると考えられる.

 また,今回の調査でも,11.9%の母親が,新型コロナウイルス感染拡大下でパートナーの「暴言」「暴力」「生活費を渡さない」のいずれかを経験したと回答していた.また,「自身が家族に対して傷つく言葉を言った」との回答は9.3%,「自身が家族に暴力を振るった」は2.6%に及んでいた.このような夫婦・パートナー間の暴力は,その家庭で育つ子どもにとっては「心理的虐待」であると定義されている(面前DV).家族のみでは解決が難しい場合も多く,誰かに相談することが重要である.

 このため,自治体や民間団体の相談窓口の重要性は増している.厚生労働省は「都道府県及び一部の指定都市・中核市において,新型コロナウイルス感染症に対して不安を抱える妊婦の方々への相談窓口の設置を求める」とし,相談窓口名を公開している(注3).岡山県のおかやま妊娠・出産サポートセンター(注4)もその1つであり,助産師,心理士,社会福祉士,医師などが相談を受けている.前回の全国緊急事態宣言で,来所での相談を受けにくくなったことから,オンラインでの相談も開始している.家庭という閉じ込められた空間で発生する様々な問題をそのままにせず,誰かに相談したり助けを求めたりしてほしい.

【参考】

(注1)新型コロナ感染拡大で妊婦のうつが増加 感染の不安に加え経済的不安が関与か. https://news.yahoo.co.jp/byline/mikiyanakatsuka/20201019-00203469/

(注2)ベネッセ教育総合研究所:幼児・小学生の生活に対する新型コロナウイルス感染症の影響調査.https://berd.benesse.jp/up_images/research/COVID19_research_201208.pdf

(注3)厚生労働省:都道府県等における妊婦の方々への新型コロナウイルスに関する相談窓口.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11296.html

(注4)おかやま妊娠・出産サポートセンター

http://www.okayama-u.ac.jp/user/ninshin/

タイトル写真 imagenavi

岡山大学教授 産婦人科医 日本GI(性別不合)学会理事長

産婦人科医(岡山大学病院不妊・不育外来,ジェンダークリニックで診療).岡山大学大学院保健学研究科・生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授(助産師,胚培養士(エンブリオロジスト)等の養成・リカレント教育).日本GI(性別不合)学会理事長(LGBTQ+,特に「性同一性障害・トランスジェンダー」の医学的・社会的課題の解決に向けて活動).岡山県不妊専門相談センター,おかやま妊娠・出産サポートセンターセンター長.妊娠中からの切れ目ない虐待防止「岡山モデル」の創始,LGBTQ+支援,思春期~妊娠・出産~子育てまでリプロダクションに関する研究・教育・実践活動中.インスタ #中塚教授のひとりごと

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