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小田和正 初のアナログレコードBOXが話題。10枚の“誠実な”オリジナルアルバムに感じる強さと優しさ

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックレーベルズ

オリジナルアルバム10作品をコンプリートした初のアナログレコードBOXが好調

『Kazumasa Oda Original Album Analog Complete Box』
『Kazumasa Oda Original Album Analog Complete Box』

小田和正のオリジナルアルバム10作品をコンプリートした、ソロ名義としては初のアナログレコードBOX『Kazumasa Oda Original Album Analog Complete Box』(¥44,000)が発売され、注目を集めている。オフコース解散前の1986年に発表した1stソロアルバム『K.ODA』(1986年)から、2022年発売の最新アルバム『early summer 2022』までの10作で、これまで『K.ODA』と『BETWEEN THE WORD & THE HEART』の2作品をアナログ盤としてリリースしているが、それ以外の作品は初のアナログ化となる。

常に音楽とストイックに向き合い続けてきた小田の、まさに汗の結晶であるオリジナルアルバムをアナログレコードで聴く

小田は1970年オフコースとしてデビュー。89年に解散後、本格的にソロ活動をスタートさせ、昭和~平成~令和と三つの時代の音楽シーンのトップランナーとして走り続けてきた。オフコース、そして小田和正の音楽は世代を超えて愛され、同時に多くのアーティストに影響を与えてきた。常に音楽とストイックに向き合い続けてきた小田の、まさに汗の結晶であるアルバムをアナログレコードの艶や温かみがある音で是非味わってみて欲しい。

『Kazumasa Oda Original Album Analog Complete Box』(9月18日発売) 完全生産限定アナログ10枚BOX¥40,000円(税抜)
『Kazumasa Oda Original Album Analog Complete Box』(9月18日発売) 完全生産限定アナログ10枚BOX¥40,000円(税抜)

長く聴かれ、歌われる曲を作り続ける――デビューから変わらない想い

小田が作る音楽の根底に流れているものは、デビューから変わっていない。それは長く聴かれ、歌われる曲を作ること。特にソロになってからの作品を聴いていると、ますますそんな思いが伝わってくる。情景描写にあまり流行や風俗的な要素は含ませず、「風」 や「空」「雨」「星」といった、誰もが一瞬でわかる自然界のものや季節的な要素を盛り込んでいる歌詞が多い。そして登場人物の年齢や世代、時代背景が特定されていないことで、一人ひとりどんな世代の人にも“当てはまり”、スムーズに感情移入できる。歌詞の行間に聴き手自身が身を置くことができ、浸透圧が高いあの唯一無二の美しい声を聴きながら、そこに流れる思いを掬いあげ、自身と思い出や経験と重ね、より深い世界に入ることができる。男女の恋愛はもちろん、友情、家族愛を連想させてくれる言葉を選び、大きな視点で包み込んでくれるような温もりを常に感じさせてくれる。だから小田が長年CMソングを手がけている明治安田生命のCMとの親和性は、時代を経ても変わらず、その楽曲は幅広い世代から支持され続けている。

今回アナログ化された10作品については、長年小田を取材してきた音楽評論家・小貫信昭氏によるライナーノーツに詳しく書かれている。制作時の小田のインタビューから伝わってくるその時の心模様を捉えながら、作品の背景やレコーディング秘話などが綴られており、作品が湛える“物語”を伝えてくれている。必読だ。

小田はオフコースの活動と並行してソロ活動を行ない、1986年にソロ第一弾シングル「1985」とアルバム『K.ODA』を発表。プロデューサー/エンジニアにビル・シュネーを迎え、TOTOのジェフ・ポーカロ(Dr)とデヴィッド・ハンゲイト(B)、そしてダン・ハフ(G)、レニー・カストロ(Per)等大物ミュージシャンが揃い、タイトな演奏を聴かせてくれる。プロデューサー・エンジニアはビル・シュネーを迎えて制作された。最先端の西海岸のサウンドと、美しい日本語とメロディがひとつになって、それまでの日本人アーティストの作品ではあまり感じたことがない“極上の哀愁”を連れてくるというか、どこまでも高い青空の下で、切ない曲を聴いて涙ぐんでしまう、そんなシチュエーションが浮かんでくる。西海岸のサウンドと、日本的な情緒を感じさせてくれるメロディが交差し生まれる洗練されたもの――それがシティポップの“流儀”のひとつと考えるならば、オフコース後期と、この時代の小田の音楽はまさにシティポップといえるのではないだろうか。

『BETWEEN THE WORD & THE HEART』(1988)では、オフコース初期の名曲「僕の贈りもの」や自身のルーツミュージックのひとつ「moon river」をカバー。「静かな夜」や「一枚の写真」では、盟友・山本潤子がコーラスで参加し、二人の美しい声が重なる瞬間も聴きどころのひとつだ。オフコースを解散後初のオリジナルアルバムが『Far East Café』(1990)だ。個人レーベル「Little Tokyo」を設立し、新たな“場所”からソロアーティストとしてスタートするんだという意志を感じるのは気のせいだろうか。AOR色が強かった前2作に比べるとポップになりサウンドの強度が増し、“勢い”を感じる一枚だ。翌年「ラブ・ストーリーは突然に」が大ヒットする。

「sometime somewhere」(1992年)は、小田自ら監督・脚本を手がけた映画『いつか どこかで』のサウンドトラックでもあり、上質なポップスが詰まった4thアルバムでもある。「ラブ・ストーリーは突然に」をオマージュしたようなメロディと構成の、長めのイントロが印象的な「君に届くまで」は、ファンならずともニヤリとするはずだ。『MY HOME TOWN』(1993年)のラストを飾るのは故郷・横浜のことを歌っている、ライヴには欠かせない代表曲のひとつ「my home town」だ。「そのままの君が好き」や「またたく星に願いを」もライヴでの定番曲になっている。『MY HOME TOWN』から次のオリジナルアルバム『個人主義』(2000年)までは、約6年半という空白の時間がある。この間にリリースしたベストアルバムやカバーアルバムがビッグヒットになり、毎年60本を超える全国ツアーを行なっていた。

『個人主義』に収録され今も大切に歌っている「the flag」では、2000年代という新たな世代に入っての心の持ち方を、まるで同世代に問い、喚起しているようなメッセージが込められ、「青い空」の歌詞にこんな一節がある。<捜してるものはきっと 最初から今もずっと いちばん近いところに 隠れてるんだ 自分の中に>――自身にも改めてメッセージを贈っているようで、内省的な歌詞が多い作品になっている。

次のオリジナルアルバムは、5年後の2005年発売の『そうかな 相対性の彼方』。11曲全てにタイアップが付いている豪華な内容で、それまで小田の音楽に触れてこなかった人も虜にした、明治安田生命のCMソング「たしかなこと」が収録されている。CMで流れたのは<時を越えて 君を愛せるか>というフレーズだったが、<いちばん大切なことは 特別なことではなく ありふれた日々の中に 君を 今の気持ちのまゝで 見つめていること>という歌詞が多くの人の心に刺さった。「風のようにうたが流れていた」は同名番組のテ-マソングで、小田の音楽との出会いや、どれだけ支えられたかが綴られている歌詞が印象的だ。昨年発売され話題になった、小田の音楽人生を描いた書籍『風と空と時と』(文藝春秋社刊)の帯に記された、小田直筆の<とにかく音楽が好きだったから>という言葉が、この曲を聴くと改めて強く伝わってくる。

『どーも』(2011年)は『そうかな 相対性の彼方』から5年11か月ぶりのオリジナルアルバム。ここにも代表曲のひとつ「今日も どこかで」が収録されている。63歳になった小田。どんなにキャリアを重ねても過去にこだわることなく、常に新しい曲で最高を更新しているその姿勢を強く感じる曲だ。後半のサビの“合唱”は、2008年9月の日本武道館ライヴでの観客の歌声を、オーバーダブしている。元気と切なさを感じさせてくれ、涙を連れてきてくれる名曲だ。

なおこのアルバムを引っさげてのツアー『どーも どーも その日が来るまで』は、5大ドーム公演を含む67万人もの観客動員を記録(東日本大震災で中止となった日程は、翌年開催)。アーティストとして更新し続けていることを印象付けたアルバムで、ちなみにアルバムタイトルの『どーも』は、小田がライヴのMCでよく口にする挨拶だ。

『小田日和』(2014年)は盟友の世界的ベーシスト、ネイザン・イーストへ提供した「Finally Home」の日本語詞カバーバージョン「mata-ne」が収録され、タイアップ曲がずらりと並んでいる。明治安田生命『クリスマスの約束編』のCMソング、『ワールドビジネスサテライト』(テレビ東京/2013年度上期テーマソング)、そして映画『救いたい』主題歌に起用された「その日が来るまで」は、東北大学に通っていた小田が、東日本大震災を受け東北への想いを綴った、2012年の東北ツアーで披露した楽曲だ。アルバムに流れるたおやかで柔らかな空気。リスナーはまさに小田のエバーグリーンな音楽を心地よく聴く“小田日和”の中にいるような感覚になるはずだ。アルバムを通じて、小田のボーカルの艶と瑞々しさが増している――そう感じたファンも多いのではないだろうか。進化を続け成熟していく音楽と声を実感できる一枚だ。

そして最新アルバムで10作目になる『early summer 2022』(2022年)は8年ぶりの作品。その一曲目は「風を待って」。コロナ禍から抜け、これまで多くの曲で登場し、大切にしている「風」という言葉を使った曲で、どこまでも優しい風と透明感を感じる。「so far so good」はNHKドラマ『正直不動産』(主演:山下智久)の主題歌で、アッパーなポップス。イントロも含めて美しいストリングスアレンジが、メロディに光を当てているようで切なさを増幅させてくれる。小田のボーカルと松たか子と和田唱(トライセラトップス)のコーラスが重なり、力強さといい“薫り”を加えている。一曲一曲微に入り細に入り、とにかく丁寧に紡いでいったことが伝わってくる、どこまでも誠実なアルバムだ。

松と和田は、7月7日に配信された、ドラマ『ブラックペアン シーズン2』の主題歌「その先にあるもの」にもコーラスとして参加している。ドラマの根底に流れるテーマと今、自身が伝えるべきことを<生きて行くことは 明日へ向かうこと>という言葉に込め、優しくも力強い歌に仕上げた。

小田の創作意欲は止まることなく、9月18日には「すべて去りがたき日々」を配信リリースした。明治安田企業のCMソングとして約4年ぶりに書き下ろした楽曲で、CMは「しあわせなとき」篇、「青春の輝き」篇、「小さな光」篇の3作品。装飾を削ぎ落したようなどこまでもシンプルな言葉。<どんな時も 一人ではなかった 時はやさしく やさしく流れた>と身近な人に感謝を伝える歌詞を切々と歌う温かな声。それを美しいストリングスが彩りさらに温もりを感じさせてくれる。大切な人の存在を改めて考え、感謝し、見直すことで共に明日へ向かい、共に生きる――前作「その先にあるもの」と繋がって、ひとつの物語になっているような感覚を覚えた。

小田和正の“すべて去りがたき日々”は、アナログBOXの10枚のオリジナルアルバムに克明に記録されている。そして“その先にあるもの”を求めて、稀代のシンガー・ソングライターは、今日も創作の現場で誠実に音楽と向き合っている。

ソニー・ミュージック 小田和正スペシャルサイト

小田和正オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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