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競泳 古賀淳也が「ドーピング検査に感謝です」と語る理由

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
ドーピング検査についての考えを語った古賀淳也(撮影:矢内由美子)

 12月3日から東京アクアティクスセンター(東京都江東区)で開催される第96回日本競泳選手権。2018年のドーピング違反で受けた2年間の資格停止処分を終え、今年8月に競技に復帰した男子100m背泳ぎの古賀淳也(スウィンSS)にとっては、2年ぶりの本大会出場となる。

 多くの困難を乗り越え、晴れてプールに戻ってきた33歳の古賀。たとえようのない苦労を味わうことにつながった「ドーピング検査」に対して今、どのような思いを持っているのだろうか。

■「僕はクリーン。どうぞ調べてください」

 朝、インターホンが鳴る。

「おはようございます。どうぞ入ってください」

 眠い目をこすりながら招き入れる訪問客は抜き打ちドーピング検査の検査官だ。

 国際水泳連盟から受けた2年間の資格停止処分が明けた今年の5月以降、古賀はこの抜き打ち検査を2度受けた。トップレベルの選手ならば普通の回数だという。

 WADA(世界ドーピング防止機構)や各競技団体から指定を受けた選手は、3カ月単位であらかじめ滞在場所や対応可能な時間を登録しておかなければならない。

 “対応可能な時間”と書いたが、詳しく言うと朝5時から23時までの間で“絶対に対応できる1時間”である。指定した時間、指定した場所に検査員が来て選手が不在だった場合は検査未了とされ、これが12カ月間に3回累積すると意図的に検査を逃れたとみなされて、アンチ・ドーピング規則違反となる。

 古賀は、“対応可能な1時間”を早朝に設定している。とはいえ、予告なしに朝早く突然家のインターホンが鳴れば、誰だっていい気持ちはしないだろう。それに古賀の場合は、身に覚えのないところで禁止薬物の陽性反応が出た経験があり、ドーピング検査そのものに恐怖感があっても不思議はないのではないか。

 そんな疑問をストレートに投げかけてみると、古賀は「まったくありません」と穏やかな笑みを交えながら言った。

「なぜなら、検査を受けてクリーンであることを証明するのはアスリートの義務ですから。それが朝6時だとしても、自分が指定している時間。恐怖感はまったくなく、むしろ感謝です。僕はクリーンですから、どうぞ調べてくださいというスタンスです」

■莫大な費用が掛かることを知り、思いはさらに強まった

 古賀は早稲田大学を卒業した後、製薬会社の第一三共株式会社に入って競技を続けた。当然ながらアンチ・ドーピングに対する意識は高く、若いころから検査には協力的だった。

「自分がクリーンである証明をするために、検査員の人が朝早くから来たり、夜遅くまで待っていたりしてくれる。文句など言えるわけがありません」

 今は以前にも増してこの思いが強まっている。というのは、2018年3月に受けたドーピング検査で陽性反応が出たことにより、当初4年間の資格停止処分を科された古賀は、意図的な摂取でなかったことを証明するためにとてつもない労力を払った経験があるからだ。

 古賀が証明しようとしたのは、サプリメントに成分表示のない禁止薬物が混入していたということだった。そのために必要だったのが、使用していたサプリメントを検査機関に調べてもらうこと。ところがいざ個人でやろうとすると、数グラムでも多額の費用がかかることが分かった。

 新型コロナウイルス感染を調べるために自費でPCR検査をした場合に数万円かかるという問題があることを思い浮かべるとわかりやすいが、サプリメントの錠剤の成分を調べるのにもそれこそ多額のコストがかかる。

 さらに、抜き打ちドーピング検査の場合は選手が指定した場所に検査員を派遣する費用も掛かるのだから、とんでもない金額になる。

「それを個人の持ち出しではなく、競技団体や関係機関の資金で行い、クリーンであることを証明してくれるのだから、普通の感覚なら文句を言うことにはなりませんよね。僕は『ありがとうございます。感謝の気持ちです』という思いです。検査員にストレスを感じさせたくないし、自分も感じたくありません」(古賀)

 選手は自分が今までに受けてきたドーピング検査の結果を一覧で見ることができる。大学4年生だった2009年世界選手権の男子100m背泳ぎで金メダルに輝いてから10年あまり。長きにわたって国際大会で活躍し続けてきた古賀の検査リストは膨大だ。そして、ずっとずっと、検査結果は「陰性」だった。しかし、たった一度「陽性」が出たことが運命を狂わせた。それも、意図のない摂取だったどころか、成分表示されていない禁止物質の混入が原因だった。

 成分検査の結果により、意図せぬ摂取であることが認められたことで資格停止期間が2年に短縮されたとはいえ、この間の労力や犠牲、苦痛は計り知れない。

■水泳への情熱、真摯な姿勢を証明する舞台

 かつて日本にはドーピング検査で陽性反応が出た選手はほぼいなかった。だが、近年は古賀のように、何らかの原因で成分表示以外の禁止薬物が混入している汚染食品を、意図することなく摂取してしまったケース、あるいはどこから摂取したのか原因が不明なケースが明らかに増えている。メキシコなどでは牛肉などの肥育目的で禁止薬物が使用されており、それに汚染された食肉を摂取したことが原因で、禁止物質が検出された事例もある。

 古賀は「ドーピングが悪だというのはアスリートなら前提として認識しているべきことです。選手に対してはそれだけではなく、気を付ける方法を具体的に指導してほしい」と言う。自分のように苦しむ選手が出てきてほしくないという思いがある。

 ドーピング違反による処分を乗り越えて第一線に復帰したケースは、日本では極めて稀だ。しかも古賀は世界選手権金メダリストにして五輪入賞経験もあるトップスイマーである。

 その彼が「再び泳ぐことで示したい」と考えているのは、自身の水泳に対するクリーンな情熱だ。創意工夫や努力でタイムを縮めてきた真摯な姿勢。世界の舞台で戦うようになった10代のころから常に持ち続けている姿にいっさいの偽りがないことを証明するための舞台が、目の前にある。

2年間の資格停止処分を終えてレースに復帰。古賀の第2の水泳人生が始まった

復帰戦でいきなり優勝し、周囲を驚かせた古賀。劇的な復活までの取り組み

2020年11月、インタビューに応じた古賀淳也(撮影:矢内由美子)
2020年11月、インタビューに応じた古賀淳也(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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