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ふくよかさで観客の共感をゲット!話題作『リチャード・ジュエル』の主演俳優に注目

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『リチャード・ジュエル』の主演、ポール・ウォルター・ハウザー(写真:REX/アフロ)

 アワード・シーズンが次第にヒートアップする中、注目を浴びているのが『リチャード・ジュエル』だ。『ハドソン川の奇跡』(16)『15時17分、パリ行き』(17)と、特にここ数年、実在する事件の真相を描いて高い評価を得てきた今年89歳の巨匠、クリント・イーストウッドが、またも取り組んだ実録ドラマである点。扱うテーマが、1996年にオリンピック開催中のアトランタで発生した爆破テロ事件である点。そして、物語の主人公が、誰よりも早くテロの可能性を察知し、被害を最小限に食い止めたにもかかわらず、FBIとメディアによって容疑者に仕立て上げられる人物である点。等々、オリンピック・イヤーの前年に、テロの恐怖と警備の重要性、そして、権力と個人の危険な関係を描いたタイムリーな作品として注目度は高い。

テロ現場のジュエルと警官たち
テロ現場のジュエルと警官たち

 賞レースに話題を絞ろう。『リチャード・ジュエル』はシーズンの先陣を切って発表された2019年度のナショナル・ボード・オブ・レビューの”トップ10”に、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』や『マリッジ・ストーリー』等、今年を代表する秀作と共にランクイン。アメリカ映画協会(AFI)は『アイリッシュマン』『ジョジョ・ラビット』と並んで”トップ10”に選出している。ちなみに、『フォードvsフェラーリ』や『スキャンダル』等の実録ドラマは選外となっている。

 作品以上に脚光を浴びているのが主演男優だ。テロを阻止した英雄から転じて容疑者となるリチャード・ジュエルを演じたポール・ウォルター・ハウザーは、その演技でナショナル・ボード・オブ・レビューのブレイクスルー賞に輝いている。かつて、ティモシー・シャラメが『君の名前で僕を呼んで』(17)で、その前年にはルーカス・ヘッジズが『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16)で受賞した、言わば新人賞だ。また、業界誌ハリウッド・リポーターはアカデミー主演男優賞候補入りが予想される5人の1人に、『ジョーカー』のホアキン・フェニックス、『マリッジ・ストーリー』のアダム・ドライバー、『ワンス・アポン~』のレオナルド・ディカプリオ、『2人のローマ教皇』のジョナサン・プライスと共に、ハウザーの名前を挙げている。もし予想が的中したら、彼が今年のオスカーレースのシンデレラボーイになるのは間違いない。

弁護士(サム・ロックウェル・左)とジュエル
弁護士(サム・ロックウェル・左)とジュエル

 そもそも、ポール・ウォルター・ハウザーって誰?という人のために、簡単にキャリアを説明しておこう。アメリカのミシガン州に生まれたハウザーは、高校時代から数多くの舞台に立ち、その後、俳優を目指してロサンゼルスへ。そこで、スタンダップ・コメディアンとしてクラブのステージに上がる一方で、何本か映画、TVシリーズ、ビデオ等に出演。そして、最初に巡ってきたビッグチャンスが、『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』(17)だった。ナンシー・ケリガン襲撃事件に関わった実在の人物、ショーン・エッカートに扮したハウザーの巨漢ぶりをご記憶のことと思う。彼は役作りのためにもともと118キロあった体重をさらに132キロまで増量。椅子からはみ出した贅肉がエッカート(体重は136キロだと言われる)の人物像を如実に物語る究極のメソッド演技で、ハウザーは観客の脳裏に強く刻まれることになる。続く『ブラック・クランズマン』(18)では、白人至上主義団体、クー・クラックス・クランに属するメンバーの1人、アイヴァンホーに扮して、前作に劣らない危険な存在感を発揮。それが『リチャード・ジュエル』へと繋がった。今年33歳。映画俳優としては遅咲きの部類に入ると思う。

撮影現場で歓談するハウザーとイーストウッド(右)
撮影現場で歓談するハウザーとイーストウッド(右)

 イーストウッドは、冷酷にもハウザーに再び増量を命じた。実物のジュエルに近づけるためだ。しかし、今回の場合は体型が役柄の負の側面を強調することはない。むしろ、その風貌がひたすら法制度を遵守し、自らを法執行人と呼んで警官を目指すものの願いは叶わず、それが周囲を遠ざけることはあっても、一度も認められることがなかったジュエルの居場所のなさと、同時に、独特のイノセンスを表現して、文字通りの適役なのだ。アトランタ市民を震撼させた爆破事件は、確証のないタレコミを信じて決着を急ぐFBIと、それに便乗するメディアが結託した結果、通報者であるジュエルが容疑者に仕立て上げられて落着しそうになる。通報者は容疑者である場合が多いとか、テロの犯人は社会から疎外された人間が多いとか、偏見に満ちた過去のデータにも裏打ちされて。その間、ジュエルの記録映像を役作りの手掛かりにしたというハウザーのゆったり、もったりした動きと演技になんら変化はない。すると、観客は思わず心の中でジュエルを応援してしまうのだ。「社会の陰謀に負けるな!怒れ!自分を信じろ!」と。

 メディアや権力に立ち向かう役、作品はオスカー好みだと言われる。反面、フェイクニュースの存在に言及した『リチャード・ジュエル』は、トランプ大統領の言動を認めることになるのではないかという見方もある。賞の行方はさておき、ハリウッドの映画スターに求められるルールに反し、むしろ、贅肉を武器にキャリア最高のシーズンに差し掛かったポール・ウォルター・ハウザーからは、しばらく目が離せない。『リチャード・ジュエル』に続く最新作は、『アイ、トーニャ』のクレイグ・ガレスピーが監督する『クルエラ』(21)。ディズニーが『101』に登場させたヴィランを主役に据えた話題のスピンオフで、ハウザーはエマ・ストーンが演じるヒロイン、クルエラの子分、ホレスを演じる。恐らく今後もダイエットの必要がないハウザーの快進撃は続く。

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『リチャード・ジュエル』

2020年1月17日(金)全国ロードショー

(C) 2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

公式ホームページ

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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