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国民の命は二の次か? 武漢パンデミックを後追いする日本

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
新型ウイルス肺炎が世界に拡大 感染対策告発の岩田氏が会見(写真:つのだよしお/アフロ)

 クルーズ船内の集団感染や下船者の陽性反応など日本国内の感染拡大は、「初期の武漢」を彷彿とさせる。世界を恐怖に追い込んだ真犯人が習近平なら、日本を恐怖に追い込んでいるの安倍政権だ。国民の命は二の次か?

◆初期状態の武漢

 初期と言っても、初めて原因不明の肺炎が発生した時ではなく、1月20日に習近平が「重要指示」を出して以降のことだ(これに関しては1月24日付のコラム「新型コロナウイルス肺炎、習近平の指示はなぜ遅れたのか?」を参照いただきたい)。

 重要指示が出ると武漢市民は怯(おび)えて、それらしき症状のある者は病院に殺到し、高熱が出ている老人は救急車を呼ぼうとした。しかしこのとき武漢市には救急車が50台ほどしかなくて、また病院も病室も少なく、患者と思われる人たちは寒空の中5時間以上も待たされ、交差感染が起きてパニックになっていた。

 当初は医者の数も足りなく、時間のかかるPCR(Polymerase Chain Reaction=ポリメラーゼ連鎖反応)検査(微量の検体を高感度で検出する検査方法)をしないと新型コロナウイルス肺炎だとは診断されなかったので、多くの患者は自宅隔離を余儀なくされた。

 しかし突貫工事で2月5日には最初の方艙(ほうそう)病院(野戦病院のような緊急治療用コンテナ隔離病院)が出来上がり、今では武漢市に13ものコンテナ病院があるだけでなく、人民解放軍の医療部隊をはじめ全国から3.2万人の医療スタッフを武漢に派遣している。

 また今ではPCR検査だけでなく、CT検査で肺に影があれば患者の中に入れるようになったので、患者の数は増えたものの、肺炎に罹っているか否かの診断をすぐに出してくれるようになっている。武漢にいる私の知人も、2,3日ほど前に心配なので病院に行ったら、すぐに診察してくれて、問題がないと言われたそうだ。

◆日本の場合

 これに比べて日本の場合はどうなっているかというと、2月16日に開催された専門家会議で新型コロナウイルスへの感染を疑われる人が帰国者・接触者相談センターに相談する目安について、「風邪の症状や37.5以上の発熱が4日以上(高齢者などハイリスク者は2日以上)とする」と決めたと、17日に厚労省が発表した。

 37.5度以上の熱がある状態で4日間も「自分はコロナ肺炎に罹っているかもしれない」という不安に耐えるというのは相当の心理的負担と体力の消耗があり、その間、日常生活や社会生活にも様々な悪影響が出て来る。専門家会議では「水際対策から重症化や感染拡大を防ぐ医療体制整備の構築へと舵を切った」とのことだが、2月20日付のコラム<習近平国賓訪日への忖度が招いた日本の「水際失敗」>で述べたように、水際で決定的な失敗をしているのに、さらに重篤化に関しても後手後手に回る危険性を秘めている。

 何よりも恐ろしいのはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」をウイルスの培養皿にしてしまっただけでなく、「陰性」と判断して下船させた人たちを一般公共交通機関で帰宅させたことだ。日本以外の国は全て下船後の自国の乗客たちをチャーター機で帰国させた後、14日間の隔離を強制している。

 一方、下船後にすぐさま「陰性」から「陽性」に転じた人が日本を含めた世界で複数名いるだけでなく、「下船時に陰性と判断した乗客」の一部は、「実は2月5日に検査した診断結果であって、下船時前には検査していない」人が23人もいることが下船後に判明した。

 このずさんさは、いったいどこから来るのか?

 日本政府には日本国民の命を守るという意識があるのかとさえ思ってしまう。

◆クルーズ船の内部を暴露した岩田医師

 中でもクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」における惨状には愕然とする。

 すでに多くの日本国民及び世界中の多くの人の知るところとなっているので余計なことは書かないが、2月18日午後9時頃、神戸大学感染症内科の岩田健太郎教授がYouTubeに日本語と英語で告発動画をアップした。船内は「どこがレッドゾーンでどこがグリーンゾーンか区別がつかない」ほどグチャグチャになっていて危険だということが主たる内容だ。すると直後から19日早朝にかけて 日本および世界(CNNやBBC)にこのYou Tubeが拡散し、大きな話題となった。

 その後、日本政府からの圧力を岩田教授が感じたものと「推測」されるが、乗船2時間で下船を命令された岩田教授は、その動画を自ら削除し、それがさらに大きな話題になって外国人記者クラブで記者会見も行っている。日本語ではこの動画や、こちらの報道<「声を上げられないスタッフを代弁してくれた」岩田健太郎氏の動画に、船内スタッフが沈黙破る>など、数多くの人が関連情報を大きく扱った。

 そこで2月19日午前10時、厚労省の橋本副大臣が岩田教授の告発に反論する形でツイートしたのだが、それがまた逆に岩田教授が言っていることが正しかったことを証明する結果になったことで、ネットは燃え上がった。

 すると橋本副大臣は慌てて自らアップした画像を含むツイートを削除。

 その画像はしかし、多くのネットユーザーにダウンロードされていて、今も見ることが可能だ。念のため以下に貼り付けよう。

 これは船内でゾー二ング(領域の区別)が成されている証拠として「右側のドアを通れば不潔(危険)領域」で「左手のドアを通れば清潔(安全)領域」として区別してありますよということを示した写真だ。誰がどう見てもずさん過ぎるのは一目瞭然なので、橋本氏が削除したものと考えていいだろう。

   

画像

 

 こちらはダイヤモンド・プリンセス船内のVRツアーを見ることができるページだ。これをクリックして、開始する地点から3回くらい矢印をクリックして前に進むと、橋本氏が貼り付けた写真の位置まで進むことができる。ここに「清潔」「不潔」と張り紙しただけで「船内のゾーニングが完備している」と胸を張ったのだから、海外がまた大騒動。

◆中国のネット:岩田医師は「武漢の李文亮医師」

 新型コロナウイルス肺炎の発生源である中国のネットで最も多いのは

    「岩田健太郎は中国の李文亮」

というコメントだ。李文亮は2月13日付けコラム<言論弾圧と忖度は人を殺す――習近平3回目のテレビ姿>で書いた武漢の医師である。12月30日の医者同士のグループチャットで「武漢の生鮮市場が危ない。肺炎患者が続出し、しかもSARSのコロナウイルスに似ている」と警鐘を鳴らしたために武漢の公安に摘発され2月7日に新型肺炎で死亡した医師だ。

    「岩田医師こそは英雄だ」

とした上で、中国のネットには

    ●日本は中国のイベントを復刻している。

    ●日本はなぜ武漢の失敗を学習しないのか?

    ●日本の官僚も湖北省の官僚と同じレベルじゃないか!

などの厳しい意見が溢れている。

◆なぜクルーズ船をウイルス培養皿にしたのか?

 日本が水際政策に失敗したのは、安倍政権の習近平国賓招聘に対する配慮であることは<習近平国賓訪日への忖度が招いた日本の「水際失敗」>で述べた。しかしなぜクルーズ船に関してまで、このようなずさんなことをしたのかに関して、「政府の無能」「官僚の不透明さ」あるいは「安倍政権が新型肺炎の悪影響を矮小化しようとしたから」以外に、何があるのだろうと考えあぐねていたところ、あるツイートにぶつかって、ハッとした。それは自民党の参議院議員「たけみ敬三」氏(厚生労働副大臣や外務政務次官等を歴任)のツイートで、そこには以下のようなことが書いてある。

 ――クルーズ船内の感染予防が不十分だったのではないかとの疑問が出されている。今回のオペレーションの最優先の目的は3700名の乗客乗員の中に何名いるかわからぬ保菌者が入国し国内で感染が広がることを阻止する事だ。これには成功した!(午後10:03  2020年2月20日)

 ここに日本政府の思惑が滲み出ているように思う。

 乗客の中には多くの日本人がいるが、それは「日本国民」の中に数えず、「日本政府の責任」で患者が増えなければいいという考え方は「人命軽視」以外の何ものでもない。

 ダイヤモンド・プリンセス号は長崎で建造され、日本発着のクルーズ旅行に就航している大型客船だ。イギリスP&O社が所有し、アメリカに本拠地を置くカーニバル・コーポレーションの傘下にある。カーニバル・コーポレーションは世界最大のクルーズ客船の運営会社で、2011年データでは市場占有率49.2%という圧倒的力を持っている。

 となると、責任の所在がどの国にあるのかという問題も出て来るだろう。

 クルーズ船が港で隔離されると、その分だけ関連会社は損をし続けることになる。しかし乗客を下船させてしまえば、客船関連会社の責任ではなくなるので、所有&運営会社はアメリカ政府を説得して、無為無策で不透明な日本政府に圧力をかけた可能性もなくはない。そこでクルーズ船内で集団感染させてしまった日本政府は慌てて乗客を下船させたのではないのか。

 ジャーナリストの田原総一朗氏は筆者との対談(『激突!遠藤vs.田原 日中と習近平国賓』所収)で、「日本はアメリカとも中国とも同じ距離を取って、その中間にいるから素晴らしいのだ」として「習近平の国賓来日は大賛成だ!」と強く主張なさった。それが今般の新型肺炎の水際対策失敗とクルーズ船の失策の両方と重なって見えてならないのである。

 田原氏は自民党の二階幹事長にも習近平の国賓招聘を推薦したのだという。

 自由ではあるかもしれないが、本来、政府に対して中立の立場にあるはずの「ジャーナリスト」が与党要人と親しくして政権礼賛の声しか発しないという「日本の民主主義とジャーナリストの在り方」を深く考えさせる発言だった。

 詳細はパトリオットTVでも論じた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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