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新型コロナウイルス肺炎、習近平の指示はなぜ遅れたのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 昨年12月8日に最初の感染者が出た新型コロナウイルス肺炎に関して、習近平は1月20日になって初めて重要指示を出した。なぜ遅れたのか?「野生動物捕獲摂取」や地方議会「両会」などから意外な事実が見えてきた。

 感染人数の推移や場所などに関しては、すでに多くのメディアが時々刻々報道しているので、ここではストレートに隠蔽工作を「誰がやったのか」、そして「何のためにやったのか」に焦点を絞って考察したい。

◆地元政府の隠蔽工作:その1――野生動物保護法と食品安全法

 まず最も注目しなければならないのは、ウイルスの発生源が野生動物なども売っていた海鮮市場(華南海鮮卸売市場)だということである。

 今のところ感染源として注目されているのはタケネズミとか蛇などだが、この海鮮市場では100種類以上の野生動物を売っていて、1月22日の北京の地方紙「新京報」は、そのメニューと価格表一覧を掲載した

 以下に示すのは、そのメニューと価格表である。

 

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 メニューによれば、タケネズミや蛇だけでなく、アナグマ、ハクビシン、キツネ、コアラ、野ウサギ、クジャク、雁、サソリ、ワニ……など、野生の動物が「食品」として日常的に売られているようだ。

 それも調理して売るとは限らず、生のまま売ったり、目の前で殺したり、中には冷凍して宅配するというサービスもある。

 問題は、このような野生動物を食べ物として売ることが許可されているのか否かということだ。

 実は野生動物の捕獲や摂取を取締る法律はいくつもあり、特に2003年のSARS(サーズ)発生以来、さまざまな規制が試みられてきた。

 たとえば「野生動物保護法」(第二十九条、第三十条)や「陸生野生動物保護実施条例」という観点や「食品安全法」あるいは刑法(第三百四十一条)においてさえ、さまざまな規制を設けている。

 この野生動物メニューの中に、合法的なものもあるかもしれないが、100種類も供されていれば違法性のあるものも含まれているだろう。その入手方法となると、「養殖が許されている野生動物」もあれば「捕獲自身が禁止されている野生動物」もあり、ましていわんや「食べていい野生動物」となると数が限られる。

 このような野生動物を食していること自体に違法性もしくは犯罪性がある。

 そこで武漢政府の当局は、今回の新型コロナウイルスによる肺炎の発症を、できるだけ外部に漏らさないようにしたことが考えられる。特に中央政府に知られることを最も恐れたと考えていい。なぜなら以下に示す「全国両会」が間もなく開催されることになっていたからだ。

◆地方政府の隠蔽工作:その2――地方議会である「両会」が開催される

 中国では3月5日から日本の国会に近い機能を持つ全人代(全国人民代表大会)が始まるが、それと同時(一般に2日前から。会期は同じ)に開催される全国政治協商会議の二つを「全国両会」と称している。その前に各地方の全てのレベルにおける「両会」が開催され、おおむね春節前には終わるようになっている。

 武漢市は湖北省にあるが、省レベルの「両会」は今年1月12日から17日まで開催されることになっていた。この湖北省両会における審議結果は、3月6日以降の各省レベル分科会において、習近平国家主席も参加して北京の人民大会堂で報告されるのである。

 そのような「神聖な」湖北省両会を汚すわけにはいかない。

 そこで武漢市政府は湖北省政府にも北京の中央政府にも、知られないように画策したと考えていい。

 それを示す画像が中国のネットで出回っている。

 それを以下に示す。

 

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 この赤い線の所にご注目頂きたい。12日に湖北省両会が開幕し、17日に「勝利閉幕(勝利的に閉幕した)」と書いてあるが、なんとその間だけは「密接に接触した者同士による新しい感染者はゼロ」とあるではないか!

 つまり、この間だけは無事にすり抜けたかったのである。

 その証拠に、1月19日になると、患者数が突然「3倍以上に」増加していることが報告されている。

 6日間の間に発症した患者数を、19日に一気に発表したからだ。

 この「裏事情」を知らない人々は、「19日を境に一気に感染が広がった」と報道しているが、それは実は「真っ赤なウソ!」なのである。

 これが、北京、中央政府に感染の実態を報告しなかった本当の理由だ。

◆なぜ中央政府に情報が上がったのか?

 ではなぜ中央政府・北京の知るところとなったのか。第一段階は「上海」の働きにある。

 こちらの情報をご覧いただきたい。

 2019年12月26日、上海市公共衛生臨床センター科研プロジェクトが通常のサンプル収集として、プロジェクトの相手である武漢市中心医院と武漢市疾病制御センターから発熱患者のサンプルを入手し、精密に検査した。その結果、2020年1月5日に上海市のセンターは、この病原菌が未だかつて歴史上見たことのない「新型コロナウイルス」であることを突き止めた。

 それでも湖北省政府は両会を開催し、「たしかに病例はあったが、問題は解決していますので大丈夫ですから」という無言の偽装メッセージを北京に送った。しかしさすがに北京は疑わしいと思ったのだろう。第二段階として、1月19日に中国政府のシンクタンクの一つ中国工程院院士(博士の上のアカデミックな称号)である鐘南山氏率いる「国家ハイレベル専門家グループ」が武漢市の現状視察にやって来た。そこで現状を把握した一行は、その日の内に北京に引き返し、中央に報告したという。

 こうして習近平の知るところとなり、20日に習近平が「重要指示」をやっと発布することになったわけだ。それを境に中国国内はパニックに突入。

 1月21日になると、武漢市東西湖区市場監督管理局は「市場経営者に告ぐ」という通知を出したが、もう遅い。このページの「二」に書いてある漢字をご覧いただきたい。「食品安全法」とか「野生動物保護条例」などの文字があるのを確認することができるだろう。その項目にある「生きたまま殺す」などの文字を見ると、誠にゾッとする。

 もっとゾッとする話を最後に付け加えておこう。

 1月17日まで湖北省両会があったとはいえ、1月5日から19日までの空白期間がどうも気になったので、さらに詳細に調べたところ、1月21日に、武漢市で湖北省春節祝賀演芸会が開かれていたことを知った。湖北省政府や武漢市政府の上層部が全員参加したとのこと。おまけに舞台の出演者の中には新型コロナウイルス肺炎の疑いがある症状を来たしている者が数名いたという。それを押して、動きの激しい演技をさせたと中国のネットでは激しいバッシングが見られる。これだけ多くの人が武漢市の劇場に集まれば感染も広がるだろう。

 それでも強行したのは、又しても繰り返すが、「新型コロナウイルス肺炎だと判明はしたが、武漢市の肺炎はすでに解決し、コントロールされているので、問題はありません」と偽装したかったものと判断される。そのため湖北省政府や武漢市政府の指導層がずらりと顔をそろえた。

 しかしさすがに北京は今度は騙されず、1月23日に武漢市に対して封鎖令を発布した。武漢市民は一切武漢から外に出てはならないことになってしまったのだ。それを事前に察知した市民の中には封鎖令が発布される直前に上海などに脱出した者もいるという。その数、数千とも数万とも言われている。

 注意すべきは「封鎖令」を出せるのは中央政府だけだということである。

 どんなに武漢政府や湖北省政府が姑息な偽装工作を行っても、その運命は見えている。

 それにしても、「北京に対する保身のためなら全世界を恐怖に巻き込んでも平気」という考え方の恐ろしさと愚かさよ。一党支配体制でピラミッド型に命令系統が徹底されているように外からは見えるかもしれないが、中央と地方の連携が如何にお粗末かということの証しの一つでもある。14億人もいれば統率に漏れが出て来ることもあろうが、中国の病根を見る思いだ。

 中国のもろさは、実はこんなところにもあるのかもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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