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言論弾圧と忖度は人を殺す――習近平3回目のテレビ姿

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
新型コロナウイルス肺炎を世界に拡大させた習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 新型肺炎以降、2月10日に習近平はテレビに3回目の姿を現したが、彼をそこに追い込んだのは李文亮医師の死であり「言論弾圧と地方役人の北京への忖度」が新型肺炎パンデミックを起こしたことに対する人民の激しい怒りだ。

◆説得力を失っている習近平の北京視察の姿

 2月10日午後、習近平国家主席が、初めて公けの場に姿を現した。

 2月10日13:57のコラム「新型肺炎以来、なぜ李克強が習近平より目立つのか?」では、「習近平は新型コロナウイルス肺炎以来、2回しかテレビに出ていない」と書いたが、コラムを公開した「13:57(北京時間12:57)」の時点では、たしかに習近平はまだ3回目のテレビ露出をしていない。コラムを公開してから、かなり時間が経った後に、「初めて公けの場に姿を現した映像」が公開されたのである。

 しかも「その姿」のなんと説得力のないことか。

 形ばかりのマスクを付けて白衣などを着ているが、毅然とした勢いもなければ、日々3000人もの患者が増えている国家のトップリーダーの危機感など微塵もない。拳を振り上げているが、力など全くこもっていない。

 どんなに演技をして見せたところで、庶民に「にこやかに」手を振ったりなどする姿は逆に、新型肺炎「重要指示」を出しているはずなのに、実は雲南巡りで春節のお祝いをしている姿を思い起こさせるだけだ。

 事実、2月10日付の中国共産党機関紙「人民日報」が報道した習近平北京視察のすぐ下に、別の内容の記事で「到武漢去!(武漢へ行け!)」という見出しがあったために、人民日報の通信アプリにある「習近平の北京視察」と「武漢へ行け!」を結び付けた画像がネットに拡散し、人民の不満を巧妙な形で表すことにつながってしまった。

◆コロナを警告して摘発された李文亮の死に人民の怒りが爆発

 これまでに何度か書いてきたが、武漢中心医院眼科の李文亮医師が昨年12月30日に「今回の肺炎はSARSに類似したウイルスが原因」と強い伝染性を警告したのに対して、武漢警察は李文亮を「デマを流して社会秩序を乱した」として1月1日に摘発した。二度とこのようなデマは流しませんという誓約書にも署名捺印させられた。その李文亮が2月7日未明にまさに新型コロナウイルス肺炎で亡くなったのを受けて、中国のネットでは怒りが爆発し、多くのネットユーザーが悲しみを表した。と同時に李文亮に対する当局の「言論封殺」を激しく非難した。

 人民日報の姉妹版「環球時報」の編集長・胡錫進氏さえ、「武漢政府は李文亮医師に謝罪をすべきで、湖北政府は全国の人民に謝罪すべきだ」と書いている。原文そのものは既に削除されているが、この事実をウェブサイト「観察者」が書いている。

 ただ、中国共産党系メディアがこのようなことを書いた事実は非常に慎重に、深く考察する必要がある。

 たしかに胡錫進は割合にリベラルなことを書くことで知られているが、しかし、これはある意味で北京政府のガス抜きの偽装工作なのかもしれない。

 李文亮の死でネットが燃え上がると、北京は直ちに中共中央から監察委員会代表を武漢に派遣し、「中央は重視しています」というポーズを取って見せた。そうでもしなければ人民の怒りが収まらなかったからだ。

 環球時報の胡錫進が表した「李文亮への哀悼と湖北および武漢政府への怒り」は、その「ポーズ」の一つであったかもしれず、胡錫進が「人民の声を代弁してくれた」と思うのは早計かもしれない。そして逆に「悪いのは湖北政府と武漢政府であって、習近平ではない」という「中央の声」をほのめかしてあげたのかもしれないということにも、注意を向けておく必要があるだろう。

 いずれにせよ、そんなことまで仕組まなければならないほど、人民の怒りが強く、習近平を、公けの場に姿を現さざるを得ないところに追い込んだのだけは確かだ。

◆言論弾圧と忖度は「殺人行為」

 李文亮の死と新型コロナウイルス肺炎の流行が意味するのは、「言論弾圧と忖度政治は人を殺す」という事実である。

 1月24日のコラム「新型コロナウイルス肺炎、習近平の指示はなぜ遅れたのか?」で書いたように、もし武漢政府の「北京に対する忖度」による偽装行為がなかったら、李文亮の死もなくて済んだし、そもそも新型肺炎のパンデミックと言っていいほどの猛威もなかったはずだ。

 ならば武漢や湖北などの地方政府だけが悪いのかと言ったら、もちろん彼らは大罪人だが、しかしそればかりではなく、元をただせば地方役人の精神構造をそこに持って行った中国共産党による独裁政治が悪いのであり、「一党支配体制による言論弾圧とそれが生んだ忖度精神」が「人間を殺す行為」と直結しているということに私たちは注目しなければならない。

 これは日本の政治の現状にも一脈通じるものがあり、深層に流れるこの「殺人行為」に、人類は目を向けなければならないと思う。

 このような中で、習近平を国賓として日本に招聘することなど「論外!」だと言っていいだろう。

 新型肺炎の問題がなくとも、習近平を国賓として日本に招く行為が、どれだけの災禍をもたらすかに関しては拙著『激突!遠藤vs.田原 日中と習近平国賓』で思いのたけを述べた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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