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人吉温泉に見たインバウンド観光における外国人人材の可能性

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
人吉温泉の女将の会である「さくら会」メンバーがSLを迎える

 筆者は、現在所属する大学の教員メンバーと共に研究チームをつくり(注1)、インバウンド観光における外国人人材の活用に関する研究を行っている(注2)。その一環として、8月31日および9月1日に、インバウンド観光を以前から積極的に進めてきた熊本県の人吉温泉をフィールド研究に訪問した。

 現地では、同地区にある旅館(鍋屋本館あゆの里人吉旅館)の女将・若女将の方々(うち一人は海外出身)や外国人スタッフら多くの方々にヒアリング調査をさせていただいた(注3)。

 本現地調査では、現地を訪れてみないとわからない、さまざまな発見や気づきをいただいた。本記事では、そのうちのいくつかについて報告しておきたい。

〇労働力不足

 日本全体において労働力不足が言われている。その中でも特に観光業におけるその不足をよく耳にするが、人吉温泉でも、日本人の労働力の確保が難しくなってきているそうだ。その点からも、外国人人材が頼りにされるようになってきている現状が生まれている。またインタビューした女将・若女将の方々が異口同音に、外国人人材への強い期待を表明していた。

鍋屋本館の女将・富田峰子さん
鍋屋本館の女将・富田峰子さん

〇インバウンド観光

 日本人の人口が減少化の一途にあり、また従来型のグループ観光などが急激に減少し、日本国内の多くの観光地が打撃を受けている。他方、海外からのインバウンド観光に対する日本政府による振興、各国の経済状況や個人所得の上昇、LCCなどの発達なども含めた人の人的移動の容易化、さらにビザ取得の緩和などが相まって、日本を訪れる観光客が近年急増している。特に人吉温泉全体やその旅館のいくつかは、日本政府がインバウンド観光に力を入れる前から、海外にてプロモーション活動を行ってきており、近年その成果が生まれてきている。

あゆの里の若女将・有村友美さんと外国人スタッフ
あゆの里の若女将・有村友美さんと外国人スタッフ

〇外国人人材の現状

 今回の現地調査では、現地旅館にスタッフあるいはインターンとして勤務する台湾人、ベトナム人、ロシア人の方々にインタビューをさせていただいた。またそれらの方々を雇用する旅館の女将・若女将の方々にもインタビューをさせていただいた。そのインタビューでのいくつかのポイントは、次のとおりである。

・観光業で人材確保が難しくなるなか、外国人人材が貴重な戦力になってきており、各旅館は、外国人人材の雇用や活用を積極的に進めるようになってきている。言葉の問題や適性などの問題はあるが、日本人スタッフと基本的にはイコールフッティングで、外国人人材を活かすようにしているようである。

・インタビューした外国人人材の全ての方々は、東京や福岡に住んだことがあっても、「都会よりも、人吉がいい。人吉で仕事をしたい」と言われていた。また笑顔で「仕事が楽しい」などと言われていて、現在の仕事に満足感や充実感を感じていることも強く印象として残った。

 このことからも、一般的に言われる外国人人材が日本に来ても、東京などの都市部に集中し、地域にメリットはないという意見や認識は必ずしも正しくなく、誤解・杞憂であると感じた。この意味からも、地域が自分達の良さを再認識し、それを上手くアピールできれば、外国人人材を引き入れることは可能なのではないかと思った。

・外国人人材の採用の際には、日本語検定などの資格は必ずしも重要でないことがわかった。面接などを十二分に行い、実際のコミュニケーション能力や対人関係能力を見極めたり、人吉温泉地域に愛着を持てるかどうかなどを評価して、採用を決めていることがわかった。

・外国人人材の場合、仕事やビザそして生活などへの意識の違いがある場合もあり、雇用する側の期待とは異なる結果(例えば、結婚などで短期間で辞めてしまったり、実はビザ取得目的だったり)が生まれることもある。

・外国人人材だからこそ、言葉や文化なども含めて、特に自国からの外国人観光客にきめ細かく対応できることもある。

・現時点では、海外のインバウンドのプロモーションは、各旅館や人吉温泉観光協会などが中心に行っているが、今後は外国人人材自身に、自国へのプロモーションなどもやってもらうことを考えているという意見があった。つまり、よりマーケットイン的視点から、インバウンド観光を推進していくということだ。

人吉旅館の女将・堀尾里美さん
人吉旅館の女将・堀尾里美さん

〇その他

・旅館などは、雇用したい外国人人材に対して3年のビザ申請をしても、1年ビザしかもらえないことが多い。このため、手続きやその費用が大変で、外国人人材を雇用する側の負担になっている。

・今回インタビューをした旅館では、女将・若女将らと外国人人材の関係は良好であると感じたが、雇用する側の外国人人材へのきめ細かな対応やサポートも必要であろう。インタビューさせていただいた旅館の一つでは、外国人人材向けの観光日本語の簡単な資料なども作成し、外国人人材の日本語が十分でなくても仕事がしやすい仕組みなども工夫されていた。

 

 本現地調査では、このように、観光業における労働力不足の現実、外国人スタッフの活躍と価値・意識、インバウンド観光と外国人スタッフのマッチング性など、多くの発見があり、たくさんの成果があった。また当該研究プロジェクトは、元々日本のインバウンド観光をより発展させて、サステイナブルにしていくためには、外国人人材の活用が必要であるという仮説で推進しているのだが、人吉温泉での本現地調査は、正にその仮説を裏付けることになったと言える。

 これらの研究成果の詳細については今後発信していくと共に、これらの成果は今後の研究に大いに活かしていこうと考えている。

 本現地調査の実現には、今回ヒアリングさせていただいた方々のご協力はもとより、特に鍋屋本館の皆さん(とりわけ若旦那の富田康介氏)には大変お世話になりました。衷心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

(注1)城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科の国際移民が専門の遠藤十亜希教授、まちづくりや観光が専門の黒澤武邦准教授、観光が専門の岩本英和助教および公共政策が専門の筆者から構成されている。

(注2)本研究プロジェクトは、科学研究費(JSPS科研費JP18K11874)の助成などを活用して推進している。

(注3)今回の現地調査では、これ以外にも、現地の優良企業(HITOYOSHI株式会社での外国人の技能実習生の実態にも触れさせていただき、また一般社団法人人吉温泉観光協会の方から、人吉温泉に関する情報やデータもいただいた。それらの方々のご協力にも感謝いたします。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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