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地方議員と交渉する大学生と院生、福祉議会とは?大学キャンパスで育まれる北欧の福祉制度

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
ノルウェーには大学生から給料をもらって、政治家と交渉するのが仕事の学生がいる?(提供:イメージマート)

前回の記事で、ノルウェーの「大学生議会」と「大学生選挙」を紹介した。

取材中に何度も耳にした言葉が「福祉議会」だった。学生生活や福祉制度を取り締まるというのだが、大学生議会との違いがわからなかった。

そこで5月17日に開催されていた福祉議会のイベントを取材した。

撮影:あぶみあさき
撮影:あぶみあさき

オスロの学生施設シャトー・ヌフで開催されていたのは、2022~2023年度の福祉議会のコアメンバー候補者たちによるトークショーだった。

福祉議会の役割に混乱する私に説明をしてくれたのは、オスロと隣県アーケシュフース県の福祉議会・実行委員会のメンバーであるヴェームン・ヤーンシュレッテンさんだ。

ヤーンシュレッテンさん 撮影:あぶみあさき
ヤーンシュレッテンさん 撮影:あぶみあさき

「オスロと隣県アーケシュフース県の福祉議会というのは、オスロと近隣地域の学生のための議会です」

「大学生議会の担当領域は地元の課題です。大学生選挙で大学生議会の代表が選出されます。その複数の代表が集合した上の組織が福祉議会です」

「オスロには複数の高等教育機関がありますが、学生の関心事は共通しています。メンタルヘルス、健康、公共交通機関、学生寮など。これらの分野において、全学生を代表するのが福祉議会です」

「例えばオスロの大学生は、SiOという学生福祉機関を通して心理カウンセリングサービスを利用しますが、料金が高すぎないように働きかけたりします。公共交通機関の学生料金が高くなりすぎないように働きかけたり。このように学生を代表して福祉議会が取り組むテーマは、メンバーで話し合って決めます」

福祉議会の新メンバー候補者は、学生生活を向上させるために取り組みたい政策を話す 撮影:あぶみあさき
福祉議会の新メンバー候補者は、学生生活を向上させるために取り組みたい政策を話す 撮影:あぶみあさき

学生福祉機関SiOに関わる学生はオスロと隣県だけで7万2千人。福祉議会の代表は37人。福祉議会の歴史は長くはなく、オスロ大学の学生議会が2004年に福祉議会を立ち上げたのが始まりだ。

ヤーンシュレッテンさん「私が座る実行委員会には4人メンバーがいて、福祉議会で決定された取り組む課題の実行を担当します。自治体、学生福祉機関SiOにこうしてくれと働きかけるんです。こういう学生寮サービスが必要だと、圧力をかけるのが仕事です」

「福祉議会は学生たちの『声』です。ですので自治体やSiOなどの運営を直接決定することはできませんが、学生を代表して圧力をかけます」

「保健・健康分野だけではなく、学生生活に関わることであれば全て福祉議会の仕事です。学生の交通移動や暮らしなど。大学の講義内容について意見するわけではありません、それは大学生議会の仕事です」

「福祉議会の代表を選ぶ選挙は毎年開催され、今日のイベントは次の選挙の候補者をより知るためのものです。福祉議会は複数の学生関連団体に運営資金を割り当てるのも仕事です」

福祉議会には実行委員会など複数の委員会が役職があり、新年度のメンバーを現在の福祉議会が決定する。

地方議員をしながら福祉議会でも活動する大学院生

「学生に有意義な政策が実行されるように、オスロ市議会や国会議員と交渉するのが仕事」と話すエンゲルさん 撮影:あぶみあさき
「学生に有意義な政策が実行されるように、オスロ市議会や国会議員と交渉するのが仕事」と話すエンゲルさん 撮影:あぶみあさき

ドルテア・エンゲルさん(25)は大学院に通うが、地方議員であり、同時に福祉議会にも立候補している。福祉議会に座る1年間は休業し、フルタイムとして働く。

実はエンゲルさんはアウルスコ―グ・オラン市の市議会の議員(中央党)でもある。当選して政治家デビューした時は23歳だったそうだ。

学業と両立するために政治の仕事を減らすことが可能な制度があるため、それでも講義を欠席しないといけないこともあるが、両立は可能とのこと。

あぶみ「日本だったら大学院に通いながら地方議員は大変そう」

エンゲルさん「ノルウェーの民主主義のいいところですね。若い政治家がいることが重要視されているので、18歳以上であれば障害なく立候補できるべきです」

福祉議会の活動資金は大学生が支払っている

物価の高いノルウェーだが、生活には困らないほどの給与がメンバーには支払われる。

この給与はどこからきているかというど、実は学生たちが支払いセメスターフィーという学期ごとに支払う料金から割り当てられる(1年に2回、各約1万2千円)。

ノルウェーは教育費は無料だが、セメスターフィーだけは自己負担だ。

私もオスロ大学に通っていた時に支払っていた。印刷費などに使用されているのは知っていたが、福祉議会のメンバーの給与にもなっていたことに驚愕した。

もし知っていたら、大学生選挙も意識を変えて投票していたかもしれない(私は大学生選挙は役割がよく分からず一度も投票していなかった)。

ビジネススクールBIに通うスカッランさん(20)は「学生民主主義はマイホームだ」と話していた。私にとってはかなり強烈に記憶に残る表現だった 撮影:あぶみあさき
ビジネススクールBIに通うスカッランさん(20)は「学生民主主義はマイホームだ」と話していた。私にとってはかなり強烈に記憶に残る表現だった 撮影:あぶみあさき

福祉議会の重要な活動期間は、統一地方選挙

マリウス・トルショブさん(23)は福祉議会の副リーダーで、今回はリーダー候補として立候補した。この取材後、5月末に福祉議会の新年度のリーダーとして選出された。

「必死に活動していれば、成果は出る」と話すトルショブさん 撮影:あぶみあさき
「必死に活動していれば、成果は出る」と話すトルショブさん 撮影:あぶみあさき

トルショブさん「福祉議会は政治家と交渉するのも仕事です。来年は統一地方選挙があるのでとても重要。公共交通機関の料金、学生寮、メンタルヘルス対策増加などについて交渉します」

「国政選挙よりも統一地方選挙のほうが私たちにとっては大事な活動期間です。ノルウェー学生機関という別の組織があり、国政選挙で選ばれた政府や国会議員と交渉するのが彼らの役割。私たちの交渉相手は地方選挙・地方議員」

議員とも交渉する経験は就職活動にも有利

トルショブさん「ノルウェーではこのような政府的な活動経歴があると、大学卒業後の就職活動では非常にプラスに働きます」

「業種関係なく、雇用者は喜んで採用したがります。組織で働く力、他者と協働する能力、自分以外のことに自分の時間を優先して使う姿勢など、福祉議会での経験を雇用者は評価します」

政治家は私たちの話を聞くことが仕事

議会の新メンバー候補の考えを聞こうと集まった学生たち。編み物をしながら聞いている人もいた 撮影:あぶみあさき
議会の新メンバー候補の考えを聞こうと集まった学生たち。編み物をしながら聞いている人もいた 撮影:あぶみあさき

政治家は自分たちよりも年上で経験があるが、だからといって「丁寧に話さなければ」「政治交渉で緊張する」という意識はないそうだ。

トルショブさん「自分や他の人の学生生活の質を向上させるための活動なので、政治家を説得するぞ、という気持ちのほうが強いですね」

あぶみ「その自信はどこからくるのですか?日本だと大学生が政治家に圧力をかけて説得できるとあまり思っていない傾向があります」

トルショブさん「ノルウェーでは正反対です。例えばノルウェーの2大政党の労働党と保守党には青年部がありますが、青年部の影響力は協力です」

「福祉議会から話し合いを政治家に持ちかけることもありますが、オスロ市議会はそもそも福祉議会の話を聞くことも仕事。特に、市議会の産業・所有局長は福祉議会の活動をフォローすることが業務のひとつなので、会合をすることが多いです」

大学キャンパスで北欧の福祉制度はここでも育まれていたのか、と私は驚いた。自分がオスロ大学に通っていた頃は、学生だからという理由で様々な福祉サービスを利用したが、こういう人たちの活動のお陰だったのか、と今更感謝の気持ちを覚える。

政治に関わるチャンスは、こんなところにもあったのか。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在16年目。ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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