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進撃する「イラク・レバントのイスラム国」イラク治安部隊はバグダッドを防衛できない?

木村正人在英国際ジャーナリスト

イラクとシリアにまたがるイスラム国家建設を目指すイスラム教スンニ派の過激派「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」がイラクの首都バグダッドに迫っている。北部モスルから潰走したイラク治安部隊は態勢を立て直して、バグダッドを防衛できるのか。

ユーチューブに投稿された動画でISILが新たに手に入れた戦利品を確認できる。映像はモスル市内で撮影されたもので、英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センターの協力研究員シラツ・マハー氏がツイッターにアップしている。

次の動画はISILの捕虜になったイラク治安部隊の兵士(少し刺激が強いかもしれません)。

マハー氏のツィートによると、モスルでISILが接収したM998四輪駆動軽汎用車ハンビーがシリアに投入されている。

米国の外交政策シンクタンク「The Institute for the Study of War (ISW)」によると、ISILはこれまでに2度、活動報告書を出している。今年3月に発行した報告書はアラビア語で書かれ、400ページのボリュームだ。

統計に基づき、ISILの戦闘行動が詳細に報告されている。もちろん、戦果が過大に示されている恐れはあるが、ISILが確かな戦略を持ち、スンニ派世界から戦闘資金を集めるための説明資料として報告書を利用していることをうかがわせる。インベスター・リレーションズ(IR)を思い起こさせる。

シンクタンク、The Institute for the Study of WarがISILについてかなり詳細に分析しているので紹介しよう。

戦況は?

ISILは今月6~9日、イラク第2の都市モスル侵攻作戦を展開。報道によると、刑務所から囚人3千人を逃し、モスル国際空港や収容施設など軍事的要衝を占拠した。イラク治安部隊は主だった抵抗もせず、解体した。

イラク国防省は10日、イラク治安部隊をバグダッド北方タジの軍事基地まで後退させ、態勢を立て直している。この結果、マリキ政権はイラク北部をISILに譲り渡すことになった。

ISILの目標は?

ISILはイラクとシリアにイスラム国家を建設することを目指している。昨年から、イラク北部で、イラク治安部隊に属する兵士の自宅を破壊したり、個人を狙い撃ちした暗殺作戦、治安部隊への致死攻撃を増やしたりすることで治安部隊を試していた。モスル侵攻作戦の成功はISILの準備が十分だったことを物語る。

マリキ首相はイラク治安部隊をタジ基地まで後退させたが、あまりにも南で、バグダッドに近すぎる。しかも、ISILはこの防衛戦の背後にも浸透している。ISILは北方からだけでなく、南や西からもバグダッドに攻め入る可能性がある。ISILは首都バグダッドをうまく囲い込んでいる。

なぜ、今、モスルに侵攻したのか?

準備が整ったからだ。プロの軍事組織は条件が整ったときに攻撃を開始する。

イラクと地域に与える影響は?

イラクが領土全体を保全できるかどうか疑わしくなった。ISILはイラク北部でクルドとアラブ世界に恒久的なクサビを打ち込もうとするかもしれない。ISILが支配する地域は中東の心臓部に位置する。

モスルなどイラク国内でも支配地域は、シリア内戦に参戦するISIL戦士の「後背地」となり、訓練できる。モスルをこれから建設するイスラム国家の首都にする可能性が高い。ISILはシリア北部から自治区、さらにそうした地域からバグダッドまでを行き来できる回廊を支配している。

イラク治安部隊が失った地域をすべて取り戻すことは不可能だ。現在コントロールする地域を維持することさえできないかもしれない。

マリキ政権にとって最も良いシナリオでも膠着状態に持ち込むのが精一杯だ。

最も考えられるケースは、シリアと同じような内戦状況が生まれることだ。外国から支援を受けたスンニ派のISILとイラクのシーア派武装集団、イラク治安部隊が闘うことになる。

シリアとイラクの内戦は拡大を続け、中東を一段と不安定化させるとともに、スンニ派のアラブ諸国とシーア派のイランの介入を加速させるだろう。

最悪のシナリオでは全面的な地域戦争になる恐れがある。

The Institute for the Study of Warのスライド

イランの力が増すことを恐れるスンニ派世界からISILに潤沢な戦闘資金が流れ込んでいるとみられている。周辺のアラブ諸国や欧米諸国のイスラム系移民社会から大量の戦士が流れ込んでいる。

イラクではかつてフセイン大統領を支持、マリキ政権に不満をため込んできたバース党の残党グループがISILの進撃を支援する。

オバマ大統領が「米国は世界の警察官ではない」と宣言した米国の抑止力は雲散霧消した。米国の軍事力という重石がなくなり、シリアだけでなくイラクも混沌に陥り、ウクライナ、東シナ海・南シナ海の緊張も高まっている。

中東がさらに不安定化すれば、中東の石油にエネルギーを依存する日本も大きな影響を受ける。まして、福井県・大飯原発の再稼働差し止め判決で原発再稼働の目処はまったく立っていない。

オバマ大統領は動かない。

米紙ニューヨーク・タイムズは、マリキ首相が密かに無人航空機(ドローン)による攻撃能力をイラクに提供するか、さもなければISILの支配地域を空爆するよう先月中旬、米国に要請したが、オバマ政権はこれを拒否したと伝えている。

オバマ外交は中東に2つの内戦を生み落とした。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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