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第2次アベノマスク裁判。「調達業者との電子メールを随時廃棄していた」

赤澤竜也作家 編集者
2月28日、1次訴訟で請求が認められた上脇博之教授(中央)と弁護団 (筆者撮影)

アベノマスク1枚あたり、業者からいくらで買っていたのか? 神戸学院大学の上脇博之教授が厚労省、文科省に対して情報公開請求したところ不開示となったため提訴し、判決を経て公文書が開示された。上脇教授と弁護団は4月24日に行われた記者会見にて1枚あたり最高で150円(税抜き)、最低で62.8円(税抜き)と2.4倍の開きがあったことを明らかにした。

国が隠蔽していたのは布マスクの単価だけではない。審理の進むもうひとつの裁判でも、ずさんな調達管理とその実態を隠すべく電子メールを随時廃棄していたことが浮かび上がっている。

メールは「保存期間1年未満文書」だから廃棄した

新型コロナウイルスの感染が急拡大していた2020年3月9日、マスク等衛生用品の調達配布のため厚労省医政局経済課内に厚労省、経産省、総務省の合同マスクチームが立ち上がる。介護・障害者施設、保育所等のための布製マスク2000万枚、医療機関向けマスク1500万枚を確保・配布するためだった。その後、文科省からも職員派遣を受けることになり、3月28日には、小中学校向けとして1100万枚を配布すると発表する。

この間、厚労省は興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションなど6社と契約を締結。需給がひっ迫するマスクを大量かつ早期に確保するためなどとして、いずれも会計法の特例である緊急随意契約であった。

事態が大きく動いたのは4月1日のこと。安倍晋三首相は、首相官邸で開いた「第25回新型コロナウイルス感染症対策本部」会合の席上で、「全国で5000万余りの世帯すべてを対象に、日本郵政の全住所配布のシステムを活用し、一住所あたり2枚ずつ(布マスクを)配布することといたします」と突然、発表したのである。安倍首相に対し、経済産業省出身の佐伯耕三首相秘書官が「全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから」と進言したことにより官邸からのトップダウンで始まった施策だと複数のメディアは報じ、アベノマスク事業との異名がついた。

同年、4月28日と7月28日の2回にわたり、上脇教授は厚労省に対して「布マスク購入に関し販売業者との間でやりとりした文書(電子メールとその添付文書を含む) 」について開示請求を行った。

しかし、厚労省は見積書、契約書(変更契約書)および納品書以外については、「事務処理上作成または取得した事実はなく、実際に保有していないため」との理由で不開示とする処分をなした。

2021年2月22日、上脇教授はアベノマスクをめぐる訴訟の第2弾として不開示決定取消請求訴訟を提起。すると国は「作成または取得した事実はなく」というのは誤りで、調達業者との間の電子メールは存在したが、保存期間が「1年未満文書」と設定していたため、上脇教授が情報公開を求めた際には残っていなかったと不開示理由を変えてきた。

メールの廃棄はいつ、誰が、どこで指示をしていたのか?

同年10月14日、裁判所は被告・国に対し、「廃棄した電子メールは何通であるか」「廃棄した電子メールの廃棄時期はいつか」「電子メールの送信者が個人で判断したのか、上司の指示または決裁を受けたのか」「電子メールはどのような方法で廃棄したのか」について釈明を求めた。

しかし、国はそれらの問いかけに対し、9ヵ月後の2022年7月14日になって、ようやく「廃棄した電子メールの総数は不明」「電子メールを廃棄した時期は不明」「文書管理者および文書管理担当者が廃棄を指示したことはなく、文書管理者及び文書管理担当者は決裁していない」「廃棄はサーバー上から当該メールを削除すること」と回答してくる。

また同日に行われた弁論期日において、突如「行政ファイル棚に3種類の文書(誓約書等)と、厚労省2名のフォルダから100通以上もメールが発見された」と言い出したものの、その日約束した期限までに発見された経緯やその内容について明らかにすることはなかった。現時点においてメール自体を開示することはなく、法廷に証拠としても出されていない。

https://news.yahoo.co.jp/byline/akazawatatsuya/20220924-00316227

なぜメールは破棄されたのか。その理由について国は10月31日の回答書において、「布製マスク調達業者との間でやり取りした電子メールについては廃棄に関する記録がなく、個々の電子メールについて具体的な廃棄理由について回答することはできない」と言ってきた。

業者との電子メールは事務的な連絡に過ぎず、意思決定過程や事業の実績の合理的な後付けや検証に必要なものではないから軽微なものだから捨てちゃっても問題ないとも主張している。

果たして本当にそうなのか。

原告は2021年12月16日、文書送付嘱託という手続を申し立て、裁判所は採用を決定。興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションなどは拒否したものの、複数の業者から大阪地裁第7民事部にメールや契約書などが提出された。厚労省が捨ててしまっていても、相手方には残っていたのである。

それらを見てみると、巨額の国費を投じて行われたアベノマスクの調達は主にメールと電話で行われていたことがわかった。

https://news.yahoo.co.jp/byline/akazawatatsuya/20220715-00303993

メールで正式に発注されている場合も複数あり、その中身は交渉そのもの。捨ててはいけないものだったのである。具体的な金額も提示していたケースもあり、実際の交渉にあたるので、「保存期間1年未満の文書ではないのではないか」と原告は指摘しているのだが、その点について被告・国はまともに回答しようとしない。

「メールボックスがパンパンになるから、捨てざるを得なかった」

国は裁判の過程で「電子メールは意思決定に影響がないものとして、長期間の保存を要しないと判断したことから、保存期間1年未満と設定した」と繰り返し主張した。

そこで原告は本年2月2日付けの書面にて「いつ、誰が合同マスクチームの布マスク調達メールを保存期間1年未満と設定したのか、それをどのように職員に周知させたのか」を明らかにし、それらの資料を提出するよう求めた。

すると被告・国は「合同マスクチーム等の各職員が、そのつど、各省文書管理規則およびガイドラインに従い設定していたものである」と説明のニュアンスを変えてきた。

もう一度、メールの開示請求の流れを振り返ってみよう。

上脇教授は厚労省に対し2020年4月28日(受付は30日)に最初の開示請求をしている。しかし、対象に該当する契約(3月17日から31日)からまだ1ヵ月から1ヵ月半しか経っていないのに、裁判の過程で出て来たと国が主張するほんの一部のもの以外の「すべてのメールを破棄した」と言っている。しかも、それは組織的に行われたものではなく、「調達に関わった個々の職員すべてが自発的につどつどメールを削除した」とも述べているのである。

各契約では請求書が出された後30日以内に各省が代金を支払うことになっており、上脇教授の請求時点でまだ代金の支払いすら終わっていなかったものもあったと思料されるのだが、現在進行形の調達交渉そのもののメールすら、その時点で破棄していたと言っている。

上脇教授は厚労省に対し、2020年7月28日(受付は29日)に二度目の開示請求をしているが、こちらも電子メールは不存在だった。4月に一度、開示請求され、今後もそのような要望が多くの国民からなされるだろうと想像できようものなのだが、そうは考えなかったようだ。

せっせとメールを破棄し続けていた理由について、国は、

「各職員に割り当てられたメールボックスの保存領域の容量が圧迫されることで、電子メールの送信自体ができなくなるなど、職務遂行に重大な支障を来すおそれがあった」ので「職務執行上利用しなくなった時点で随時廃棄する必要性が高かった」

と説明する。(2023年3月31日付け被告第7準備書面)

組織的に捨てていたとしたら犯罪の可能性も浮上

国は裁判の過程で再三にわたって「激務が続いていた」「職員が繁忙を極めていた」と言い続けている。それはその通りなのだろう。なにしろ安倍晋三首相が官邸官僚の思いつきに乗っかり、現場とのすり合わせを一切行わないまま2020年4月1日に「1億枚確保するメドが立った」と言ってしまったものだから、現場は大混乱だったに違いない。実際、判決が確定したアベノマスク単価訴訟(第1次訴訟)の証人尋問にて合同マスクチームの責任者だった当時の厚労省医政局経済課課長は、「全世帯配布は直前になって知らされた」と証言している。

ただし、それほど多忙である最中に、各職員すべてが誰に命じられたわけでもないのに、小まめにメールをサーバーから削除し続けていたという言い訳は明らかにおかしい。

神戸学院大学の上脇博之教授は第2次アベノマスク訴訟のなかでのメールに関する国の弁明について、

「本当にメールはないのでしょうか。官僚には引き継ぎもありますし、自分のやった仕事をキッチリと残しておく習性があるものなんですよ。森友学園事件のときも、あとになって応接録が出て来ましたよね。アベノマスク事業に関するメールが本当になくなってしまっていれば、どのように調達したのか一切検証できなくなるわけです。そんなことをしでかすのか疑問ですので、どっかに置いてあるんじゃないかな」

「万が一、メールがすべて廃棄されているとしたら、個々の職員が1年未満文書と設定して自分の意思でつどつど削除していたなんてあり得ません。誰かがそうしろと指示していたわけで、犯罪の可能性すら浮上してきます」

と語る。

官邸主導によるずさんな政策強要の被害者であった側面があるのは理解できる。だからといって説明責任を免れるわけではない。

国は2022年11月17日の第9回弁論期日において、突如、「開示請求文書を組織としての意思表示、意思決定が記載」され、「契約締結から納品までの実質的な過程がわかる」文書だと限定的に解釈したから不開示にしたと言い出した。

裁判において定められた期限を守らず、延々と遅延行為を繰り返すだけでなく、その主張すらコロコロ変わっていっている。

543億4856万円の税金が費やされた政策である。余ったアベノマスクの保管費用については正確な金額すら明かされていない。事業の正当性について問いかけられているのだ。国は訴訟に対し、真摯に向き合うことが求められる。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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