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アベノマスク、1枚単価に55円以上の開きがあった! 国と業者との契約書やメールで調達の実態が明らかに

赤澤竜也作家 編集者
アベノマスクにこだわり続けた安倍晋三元首相。2020年8月1日に突如着用をやめる(写真:つのだよしお/アフロ)

国が国会や野党ヒアリング、情報開示請求などに対してひた隠しに隠し、会計検査院検査でも開示されることのなかったアベノマスク1枚あたりの購入単価。

その一端が明らかになった。

厚生労働省や文部科学省が介護施設や妊婦向け、全世帯向けに布マスクを配布するため調達したのは全部で17社。そのうち6社のマスク1枚あたりの値段は79.5円から135円までの幅があり、55円もの価格差があったのだ。

業者と厚生労働省との交渉はほぼメールと電話のみで行われ、ほとんど業者の言い値のままで価格が決まっていた可能性も浮上。

さらに国側が業者に対し、1枚あたりの単価をマスコミに洩らさぬよう釘を刺しているメールも見つかった。

安倍晋三元首相とその側近以外、誰も使っているところを見たことのないまま世の中から消えていった布マスク。配布事業の主体である厚生労働省でなにが起こっていたのだろうか?(以下、肩書きは当時のものを使用)

全世帯配布発表翌日に「アベノマスク」がTwitterトレンド1位に

新型コロナウイルスの感染が急拡大していた2020年3月5日、政府は介護・障害者施設、保育所等のための布製マスク2000枚、医療機関向けマスク1500万枚を確保・配布すると発表。3月9日には、マスク等衛生用品の調達配布のため厚労省医政局経済課内に厚労省、経産省、総務省の合同マスクチームが立ち上がった。その後、文科省からも職員派遣を受けることになり、3月28日、安倍首相は小中学校向けとして4月中に布製マスク1100万枚を配布すると発表する。

この間、厚労省は興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションなど6社と契約を締結。受給がひっ迫するマスクを大量かつ早期に確保するためなどとして、いずれも会計法の特例である緊急随意契約であった。

事態が大きく動いたのは4月1日のこと。安倍首相は、首相官邸で開いた「第25回新型コロナウイルス感染症対策本部」会合の席上で、

「来月にかけて、さらに1億枚を確保するめどが立ったことから、来週決定する緊急経済対策に、この布マスクの買上げを盛り込むこととし、全国で5000万余りの世帯全てを対象に、日本郵政の全住所配布のシステムを活用し、一住所あたり2枚ずつ配布することといたします」

とぶち上げたのである。

1億2000枚と、これまでの配布とはケタ違いの数量の布マスクを、しかも全世帯に郵送するという壮大な計画だった。

その翌日には「#アベノマスク」というハッシュタグがTwitterのトレンドランキング1位となるなど、当初からこの施策の評判はよくなかったのだが、政府は止まらない。

ケチがついたのは早かった。4月14日には妊婦用に先行配布されたマスクの不良品のあることが発覚。4月20日には学校に配布されたマスクに虫が混入していたことが報告され、いったん配布が中断される。

さらに4月23日、興和、伊藤忠商事が全世帯向け、妊婦用の未配布分すべての回収するに至る。結局、厚労省が「おおむね全世帯向けのマスク配布を終えた」と発表したのは6月15日。すでに市場には不織布マスクがあふれかえっていた。

「布マスク発注に関する交渉メールは廃棄」と主張していた厚労省

そんななか、神戸学院大学の上脇博之教授は2020年4月28日以降、国のアベノマスク事業についての文書の開示を断続的に請求した。

しかし、国とマスク製造業者との契約に関する文書の公開を厚労省や文科省に請求した件において、両省は発注枚数や単価の部分を黒塗りして文書を開示。しかも一部の書類に関しては情報公開法の規定を大きく逸脱して、4ヵ月もの時間がかかっていた。

同じく厚労省や文科省に対し、契約や発注に関しての、業者とやり取りした文書(電子メールを含む)などについても開示請求したのだが、見積書や契約書、変更契約書、納品書が出されたのみ。そのほかの書類は「事務処理上作成または取得した事実はなく、実際に保有していない」との理由で不開示とする処分がなされた。

上脇教授は上記決定に対し、2020年9月28日、

1、「マスク調達の単価や数量などを明らかするよう求める訴訟」

を、また2021年2月22日には、

2、「マスク発注の契約締結経緯などの文書開示を求める訴訟」

をそれぞれ大阪地方裁判所に提起した。

後者の裁判のなかで国は「メールは存在したが、軽微な事務連絡文書であったため、保存期間1年未満文書としてすでに廃棄しており、何も残っていない」と主張。

メールは捨てちゃってて、すでにないと言っていたのだ。

弁護団は「電子メールを見ないことには裁判にて有効な反論ができない。相手方には保存されていると考えられるので、調達業者に送ってもらうよう頼んで欲しい」として、送付嘱託という手続きを大阪地裁に申し立てた。裁判所は採用を決定。興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションなどは拒否したものの、複数の業者から大阪地裁第7民事部にメールや契約書などが提出されたのである。

マスク価格は言い値で即決 1枚単価を隠すよう業者に指示も

送付嘱託に対し5社が単価を明らかにした。興和は企業秘密として提出を拒んだが、2020年4月3日契約の学校向けの単価は130円(税抜き)であることが別の文科省の開示書類によって判明している(弁護団提供)
送付嘱託に対し5社が単価を明らかにした。興和は企業秘密として提出を拒んだが、2020年4月3日契約の学校向けの単価は130円(税抜き)であることが別の文科省の開示書類によって判明している(弁護団提供)

まず契約書や変更契約書などを見てみよう。

資料1-9はユースビオという業者から提出された納品書。国の1枚あたりの購入単価が135円(税抜き)であることがわかる。

この会社だけはマスコミの取材に対して1枚あたりの価格を明らかにしている。会社のホームページがなく、信用調査会社の会社情報を検索しても該当する企業がなかったこと、所在地にあったのが平屋のプレハブで、社名を示すプレートすらなかったこと、設立後3年弱だったことから、「ダミー会社ではないか」「政権と癒着があるのではないか」などと報道されたが、今回提出された膨大なメールを読むと、真っ当な業者ではないかと感じられる部分もあった。

A社のものである真ん中の資料3-2を見ると、当初の契約金額は税抜き7千万円で枚数は100万枚。1枚あたりの単価は70円だった。同社と国とのメールを見ると、異物があるかどうかの検品費用が加わったことや配送費の試算やり直しを経て、資料3-4の契約に変更されたことがわかる。税抜き契約金額は7千9百50万円。1枚あたり79.5円(税抜き)が調達価格となる。

右側のB社のものである資料5-1、資料5-4は当初の契約、変更契約後も1枚あたりの単価は117.3円(税抜き)と変わっていない。

この3社を見比べるだけでも、購入業者によって1枚あたり55円以上の差額があったことが理解できる。

C社のやり取りのなかには「不良品への返品対応等を効率的に行うため」「社名は一切わからないように工夫」「赤色のカラーシールを貼付をお願い」とあり国が不良品対応に苦慮していた様子もうかがえる(弁護団提供)
C社のやり取りのなかには「不良品への返品対応等を効率的に行うため」「社名は一切わからないように工夫」「赤色のカラーシールを貼付をお願い」とあり国が不良品対応に苦慮していた様子もうかがえる(弁護団提供)

国が「捨てちゃった」と主張していた交渉メールを見ると、提出された見積もりに対して国が積算根拠を問いただしている様子はなく、値段交渉しているような文面も見当たらない。

これまで出て来た書類を見る限りにおいては、言い値で価格が決まっていったようにしか読めないのである。

また上記のメールはC社のものだが、簡単なメールのやり取りと電話を経て、メールにて「正式発注」されたことがわかる。

そのほかの社のものを見ても、実質的な交渉がメールで行われたことは間違いない。

本来、意思決定過程や事業の実績の合理的な後付けや検証に必要な文書は保存しておかなくてはならないことになっている。先にも述べたよう、国は「軽微な事務連絡文書」だから捨てちゃったと言っているのだが、メールで正式発注されていることからもわかる通り、その中身は「交渉そのもの」であり、やっぱり捨てちゃダメなものなのである。

「そもそも業者とのトラブルが発生して法的紛争になった場合、国は交渉の経緯を証拠として提出して正当性を立証しなくてはならないんですけれども、そうなったらどうするつもりなんでしょうね」

と訴訟を担当する北大阪総合法律事務所の谷真介弁護士は苦笑する。

B社はマスコミに対し「弊社が布マスクの発注(総額○○円)をいただいたことは事実ですが、発注数量その他の情報についてはコメントを差し控えさせていただきます」と回答すると厚労省に報告していた(弁護団提供)
B社はマスコミに対し「弊社が布マスクの発注(総額○○円)をいただいたことは事実ですが、発注数量その他の情報についてはコメントを差し控えさせていただきます」と回答すると厚労省に報告していた(弁護団提供)

また国の方から業者に対し、マスクの単価をマスコミへ明かさないよう、釘を刺すメールも見つかった。

これはB社から裁判所に提出されたものだ。この厚労省マスク等物資対策班からの指示に対し、B社は、

「弊社固有の情報として開示されているものは契約金額のみとのこと。承知いたしました。現時点でメディアからの問い合わせはございませんが、今後、問い合わせがあった際には、直ちに貴省に連絡させていただきます」

と返している。

契約当初からなんとしても1枚当たりの単価を隠す腹づもりだったのである。

マスクチーム責任者は全世帯配布を直前まで聞かされていなかった!

今回の訴訟において国の説明には頭をかしげざるを得ない点が多数でてきている。ただし、現場官庁の責任だけが問われるべきではない。

そもそも布マスクの全世帯配布は「全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから」と経済官庁出身の官邸官僚が安倍首相に進言したことで始まったとされている。(朝日新聞デジタル2020年4月2日)

複数の雑誌メディアはこの官邸官僚が経済産業省出身の佐伯耕三首相秘書官であると名指ししており、アベノマスクの全世帯配布が首相官邸からトップダウンで命じられた事業であるむね指摘している。(FACTA2020年5月20日、週刊東洋経済2020年5月30日、週刊新潮2020年9月3日など)

6月28日、上脇教授が提訴したふたつの裁判のうち、価格の開示をめぐる最初の訴訟において証人尋問が行われた。証言台に立ったのは当時の厚労省医政局経済課の課長。合同マスクチームの実務上の責任者であり最終決裁権者である。

この尋問のなかで極めて重要な証言が行われた。原告側の谷真介弁護士が2020年4月1日、突如として全世帯に布マスクを配布する事業が決まった際について尋ねたときのこと。

「令和2年の4月1日になって妊婦向け、それから全世帯向け、1世帯2枚。これが政府の方から発表されましたね?」

「はい」

「全世帯向けが1億枚以上、それから介護施設向けも1億枚以上だったと思うんですけれども、予算規模が厚労省のみで969億円、これはだいたいこんなもんだったとご記憶ありますね」

「はい」

「それをすべて経済課で担当することになります。合同マスクチームに(他省庁から)職員の派遣はありますけども。そういう理解でいいですか?」

「はい」

「これはとんでもないことになったなと思われましたか?」

「はい」

「この全世帯向けマスクが一番注目を浴びたんですけれども、いつの時点で知ったんですか。政府の発表があってから知ったんですか?」

「直前です」

厚労省マスクチームのトップは発表直前までなにも知らされていなかった。

アベノマスクの全世帯向け配布事業は現場とすりあわせることなく、首相官邸からの一方的な命で行われていたことがあらためて裏付けられたのだ。

上脇教授による当初の文書開示請求は4ヵ月の遅れがあった。証言台に立ったマスクチームの責任者は裁判所に提出した陳述書のなかで、遅れた理由について、同時期に9回開催された野党ヒアリングや国会答弁への対応、質問主意書の中身の調整などに忙殺されたためと記している。

当時、アベノマスク配布事業の是非やその中身について、野党が厳しく政府を追及している時期だった。

D社に向けた「1枚単価隠蔽指示メール」でも「共同会派議員主催の厚生労働部会にて」と記載されているなど、国会の紛糾を怖れていたことがうかがえる。

証言台に立ったマスクチームの責任者は、「不眠不休だった」とも語っていた。

本当にそうだったのだろう。

国民を感染から守るべく死に物狂いで日夜の激務に耐えていた官僚たちは、本来やらなくてはならない仕事でなく、トップダウンで命じられた布マスク全世帯配布という愚策の尻拭いのために多くの労力を割くことを余儀なくされていたのである。

そもそもこの施策を決めた時点でWHO(世界保健機関)は「新型コロナ感染拡大期における布マスクの使用はいかなる状況においても勧めない」と断言していた。

現場の意見を聞くことなく全世帯2枚配布を決めた首相官邸の政策決定プロセスはいかなるものだったのか。そして、その責任者は誰なのか。

キッチリと検証されねばならない。

在庫の布マスク7100万枚はネットで申し込んだ希望者に配られた。その費用だけで5億円かかったと言われている。(筆者撮影)
在庫の布マスク7100万枚はネットで申し込んだ希望者に配られた。その費用だけで5億円かかったと言われている。(筆者撮影)

国は追い詰められ、「実はメールがあったみたい」と言い出した

7月14日、大阪地方裁判所にて、上脇教授が起こしたふたつ目の裁判である「マスク発注の契約締結経緯などの文書開示を求める訴訟」の弁論が行われ、国側の代理人は「さまざまな調査活動の結果、厚労省の職員個人が所有するメールや文書も一部見つかりました」と言い出した。

ただし、原告側がかねてから被告国に対して明らかにするよう求めていた、「電子メール等の廃棄時期」の特定や、「いつ、いかなる方法で職員に対してメールの廃棄を確認したのか」という点については「調査中」だという。

弁護団の問いかけから9ヵ月が経っても「調査中」を繰り返す国側の代理人に対し、理知的で温厚そうな裁判長ですらあきれ顔で、「本気でやっていただきたいです」「心証に与える影響もありえると認識してほしい」と告げる始末だった。

なくてはならない書類がないと言い張っていたものの、業者から裁判所に提出されてしまったため、「ちょい出し」することを決意したということなのだろうか。

なんとしても結論を先送りするという意思だけはひしひしと伝わってきた。

今回の訴訟を提起した神戸学院大学の上脇博之教授は次のように語る。

「民主主義国家であれば国民に知る権利があり、国の事業に関しては国民に対する説明責任が発生します。行政文書を開示するというのは知る権利を保障し、説明責任を果たすという意味あいを持つんですね。

国が持っているものは本来は主権者国民のもの。プライバシーの問題もあり、すべてをさらけ出すわけにはいかない場合もあるでしょうけれども、行政文書は公開が原則なんです。

ところが実質的には政権の意向で出す出さないが決められてしまっている。勝手に書類が捨てられてしまっている。制度そのものがご都合主義になってしまっているんです。

アベノマスク問題は、日本の統治の在り方そのものが機能障害を起こしていることの象徴だと考えています」

今般、マスク事業の主体である厚生労働省に対し、

1,厚労省は文書送付嘱託で裁判所に提出されたメールや契約書が実際に業者とのやりとりのものであったと認めるのか。

2,真正なものと認めるのであれば、1枚当たりの単価にかなりの開きがあることについて、どう説明されるのか。

の2点を尋ねたところ、医薬産業振興・医療情報企画課の担当者より、

「いずれも、現在対応している訴訟における話であり、国として具体的にコメントできませんが、今後とも適切に対応してまいります」

という回答をもらった。

国側は裁判所に対し、新たに見つかった文書そのものと、それについて説明した書面を7月中に、中心的な争点である電子メールの廃棄時期についての回答を8月31日までに提出すると約束した。次回期日は9月13日午後4時から。今度こそ「調査中」ではなく、しっかりとした「調査結果」を示してくれるものと期待している。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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