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女子トイレを廃止? 性犯罪者が狙うのは、こんなトイレ ――犯罪を誘発するデザイン・抑止するデザイン

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:写真AC)

性犯罪の実態は?

性犯罪について最も信頼できる統計は、被害届を基礎にした「犯罪白書」ではない。アンケートを基礎にした法務省の「犯罪被害実態(暗数)調査」だ。

2019年の調査によると、5年以内に性犯罪に巻き込まれた人は全体の1%。実数にすれば(生産年齢人口で計算すると)、70万人が性被害に遭っていたことになる。

注目すべきは、被害申告率、つまり被害届を出した割合だ。性的事件の場合、その数字は14%。つまり、警察が把握した事件の7倍の性被害が発生していたわけだ。

ただし、トイレに限定した公式統計はないので、トイレで起きた犯罪の実態は分からない。しかし、構造分析はできる。「犯罪機会論」が分析ツールになるからだ。

筆者は100カ国でトイレの構造分析を行ってきたが、その結論は「構造上、世界で最も犯罪が起きる確率が高いのは日本のトイレ」ということだ。その違いは、犯罪機会論採用の有無から生まれる。

犯罪機会論は「なぜここで?」というアプローチを取る。マスコミのように、「なぜあの人が?」というアプローチではない。「人」に注目するのが犯罪原因論で、「場所(景色)」に注目するのが犯罪機会論だ。

犯罪機会論の研究成果として、事件が起きやすい場所は「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。

トイレについても、犯罪者はそのデザインを見て、犯罪が成功するかどうかを判断しているのだ。

性犯罪は「このトイレ」で起きた

事件発生現場となったトイレにも、犯罪機会論の基準が当てはまる。例えば、次の写真は、熊本女児殺害事件(2011年)の殺害現場となったスーパーのトイレだ。

熊本女児殺害事件の殺害現場   筆者撮影
熊本女児殺害事件の殺害現場 筆者撮影

犯人は「だれでもトイレ」に女児と一緒に入り、性犯罪を行っていた。ところが、トイレの外から女児を捜す声が聞こえ、ドアがノックされる。パニックに陥った犯人は、右手で女児の口をふさぎ、左手で首を圧迫した。女児を窒息死させてしまったのだ。

男女共用の「だれでもトイレ」は、もともと「入りやすい場所」である。また、性犯罪に遭いやすい女性のトイレが手前にあり、その意味でも、ここは「入りやすい場所」だった。

さらに、トイレの入り口は、壁が邪魔をして、買い物客や従業員の視線が届きにくい。つまり「見えにくい場所」でもあった。

大井町駅前トイレ強制わいせつ事件(2021年)も「入りやすく見えにくい場所」で起きた。

犯人は被害女性と面識はなかったが、声をかけ公衆トイレに押し込み、20分間、体を触ったという。犯人は「いちゃいちゃしたかった」と供述している。

大井町駅前トイレ強制わいせつ事件の現場 (C) Google
大井町駅前トイレ強制わいせつ事件の現場 (C) Google

女性を連れ込んだトイレは、やはり「だれでもトイレ」だ。つまり「入りやすい場所」だった。

さらに、入り口が道路側ではなく、線路側にあるので「見えにくい場所」でもあった。

犯罪を抑止する「トイレのデザイン」

デザインが犯罪を誘発しないよう、海外のトイレは、犯罪機会論に基づき、4つのゾーンに分かれることが多い。

男女別の身体障害者用トイレが設置されたり、男女それぞれのトイレの中に障害者用個室が設けられたりしている。

利用者層別にゾーニングされ、紛れ込みにくいトイレは安全だ。キーワードで言えば、「入りにくい場所」である。

また、被害に遭いやすい女性のトイレは、奥まったところに配置されることが多い。女性の後ろからついてきた男性が、ずっとついて行くことができないようにするためだ。つまり「入りにくい場所」にしている。

韓国・天安駅のトイレ(写真)は、こうした防犯基準に合致している。

左手前から男子用、女子用、右手前から男子身体障害者用、女子身体障害者用と4つのゾーンがあり、女子トイレは奥にある。

出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

海外では、男子トイレの入り口と女子トイレの入り口が、かなり離れていることも多い。そうしたデザインなら、男性の犯罪者が女性を追尾しにくく、一緒に個室に入り込む手口を防げる。男性が女子トイレに近づくだけで目立ち、前を行く女性も、周囲の人も、おかしいと気づくからだ。

例えば、海外の以下のトイレ(写真)は、この防犯基準に合致している。

男子用と女子用が離れているトイレ(ミャンマー) 筆者撮影
男子用と女子用が離れているトイレ(ミャンマー) 筆者撮影

男子用と女子用が離れているトイレ(チェコ) 筆者撮影
男子用と女子用が離れているトイレ(チェコ) 筆者撮影

男女の入り口が建物の表と裏にあるトイレ(ニュージーランド) 筆者撮影 
男女の入り口が建物の表と裏にあるトイレ(ニュージーランド) 筆者撮影 

対照的に、日本のトイレは、男子トイレの入り口と女子トイレの入り口が近いので、怪しまれずに追尾できるし、簡単に個室に連れ込める。

もっとも、日本にも、女子トイレを奥に置いている施設がある。例えば、次の写真がその例だ。

このトイレには、丁寧なことに、「こちらは女性専用トイレです。男性の方の立ち入りは、お断りいたします」という掲示まである。安全に配慮したトイレだ。

奥側に設置された女子トイレ(日本) 筆者撮影
奥側に設置された女子トイレ(日本) 筆者撮影

女子トイレ入り口の掲示(日本) 筆者撮影
女子トイレ入り口の掲示(日本) 筆者撮影

女性専用トイレが廃止される?

このように、犯罪機会論からは、トイレ利用者の安全のためには、ゾーニングが不可欠と言える。

ところが、これに対し、ゾーニングしないトイレ、つまり、男女別のないトイレ(オールジェンダートイレ)が望ましいとする意見がある。いわゆる「女性専用トイレ廃止問題」だ。

その理由として、男女別にしても、男性が男性を襲う性犯罪を防げないというものがある。しかし、この意見は、原則に例外で反論しているので、議論のルールに違反している。例えば、以下のような反論を見れば、これが反則であることが分かる。

「たばこは健康を害する」に対し、「ヘビースモーカーでも長生きしている」という反論。

「飛行機は安全な乗り物だ」に対し、「墜落した飛行機がある」という反論。

男性が男性を襲う性犯罪が例外なのは、データが示す事実だ。例えば、強制わいせつのデータ(2022年警察庁統計)によると、犯罪者の99%が男性で、被害者の96%が女性だ。

このことは、生物学からも肯定される。というのは、犯罪へと向かわせる生物学的要因がY染色体(男性にする遺伝子)だからだ。それがもたらすテストステロン(男性ホルモン)は、他者への攻撃性を高めることが確認されている。

また、トイレ利用者の安全のためには、緊急通報装置を完備すればいいという意見がある。しかし、この意見では、襲われたらどうするかという「クライシス・マネジメント」と、襲われないためにどうするかという「リスク・マネジメント」が、ごちゃ混ぜになっている。

リスクは「危険」であり、犯罪が起きる前だが、クライシスは「危機」であり、犯罪はすでに起きている。

例えば、学校で火災が発生したとき、火が燃え広がるのを防ぐために散水スプリンクラーを設置しておくのがリスク・マネジメントで、みんなでバケツの水をかけるのがクライシス・マネジメントだ。

子どもの交通安全なら、「車が来ていないか、左右を確認してから渡る」がリスク・マネジメントで、「車にぶつかったら、柔道の受け身をとる」がクライシス・マネジメントである。

トイレの設計でも、リスクとクライシスは、しっかり区別しておく必要がある。なぜなら、襲われたトラウマはとても深刻で、一生消えないことも多いからだ。

さらに、日本は海外に比べて犯罪率が低いので、犯罪機会論を採用する必要はないとする意見もある。しかし、この意見は、供給サイドの「犯罪機会論」に、需要サイドの「犯罪原因論」から反論しているので、やはり議論はかみ合わない。

犯罪の機会があっても、その機会を需要しなければ、犯罪が起きないのは当然だ。

つまり、今後も道徳心が高く、犯罪の機会をつかもうとしなければ、犯罪機会論は不要である。しかし、道徳が通用しない人が増えていくなら、犯罪機会論は必要だ。

そもそも、日本が海外に比べて犯罪率が低いのは、被害届が出されにくいことも一因だ。前述したように、実際の性犯罪は、警察が把握した事件(認知件数)の7倍も起きている。さらに、職場でのセクハラは隠蔽されれば、警察は把握できない。

つまり、低犯罪率を理由に犯罪機会論は不要だと主張する立場は、日本が本当に低犯罪率だという証拠(繰り返すが、警察統計は根拠にならない)と、低犯罪率が今後も維持できるという根拠を示さなければならないのだ。それができなければ、備えるに越したことはない。「憂いなければ備えなし。備えあれば憂いなし」である。

結論として、まず犯罪機会論に基づき、「多様性」を確保するゾーニングされたトイレを作り、その上で付加的にプラスワンとしてオールジェンダートイレを設置するのが望ましい。この順番なら、オールジェンダートイレは多様性を高めることになる(下図参照)。

日本の典型的なトイレ(上)とオールジェンダートイレを含む多様性のあるトイレ(下) 筆者作成 
日本の典型的なトイレ(上)とオールジェンダートイレを含む多様性のあるトイレ(下) 筆者作成 

他人の「ものさし」を認めるのが多様性

求められるのは、パフォーマンスとしての「多様性」ではなく、「違い」を保障する「多様性」だ。

多くの人は勘違いしているが、「違い」を認めることは平等で、「違い」を認めないことが差別である。

ただし、「違い」によって上下に分ければ「差別」になるが、「違い」によって左右に分けている限り、「区別」にすぎず、「平等」だ。

要するに、他人の「ものさし」を認めることが平等で、自分の「ものさし」しか認めないこと、自分の「ものさし」を他人に押しつけることが差別なのである。

性犯罪の防止にとって最も大切なこと――それは、「みんな一緒」という精神論にだまされず、犯罪機会論という原理原則に基づき、科学的・論理的に考えることである。

犯罪機会論の詳しい内容については、次の動画(静岡県・防犯まちづくり講座)をご覧いただきたい。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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