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翻訳は難しい。。。デンベレ&グリーズマン選手の発言の日本語訳は、どう変だったか:サッカー界の差別問題

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
問題の渦中にいるデンベレ(右)24歳と、グリーズマン・30歳。写真は2019年(写真:ロイター/アフロ)

EURO2020は、イタリアが優勝しました!

まさかのベスト16で敗退したフランスですが、ウスマヌ・デンベレ代表選手の発言が問題になっています。

デンベレ選手とグリーズマン選手は、日本でホテルの同じ部屋にいます。グリーズマン選手はテレビ画面を使ってゲームをしているが、何か不具合があったようで、ホテル従業員の複数の日本人男性が、解決しようと何か色々やっているというシーンです。

参考記事(朝日新聞):仏サッカー代表選手が人種差別か 「醜い顔」発言で謝罪

ご存知のように、最初に発表された日本語の記事の数々では、翻訳がどうもおかしなことになっていたのです。

この記事では、翻訳がどのようにおかしくなったのか、一つひとつ細かく読み解いて行こうと思います。かなり詳細な話になります。

それと、ツイッター等で流通したビデオで発言していたのはデンベレ選手だけです。グリーズマン選手は一切発言していません。

発言しながら撮影しているであろうデンベレ選手のほうを時々振り返りながら、にっこり笑っていました。

どのような訳になっていたのか

問題は、ホテルの中で、彼らが「ウイニングイレブン(ウイレレ)」というサッカーゲームの欧州版をしようとして、起きました(敬称略)。

私は以下のように訳すのがよいかなと思っています(私見です)。

(1)「こんな汚ねえツラを集めて・・・サッカーゲームをするためだけに」

(2)(グリーズマンに)「お前、恥ずかしくないのか」

(3)「くそ、この言語め」

(4)「日本は進んでいるはずなのに、あなた達は何をやってんのか(意訳です)」

つまり全体としてはこんな感じかと。

「グリーズマンよお、お前がゲームをするためだけに、汚ねえ面を集めやがって・・・お前恥ずかしくないのかよ。くそ、この言葉め、何言っているか全然わかりゃしない」「おいおい、日本は先進国だろう? それなのにあなた達はなぜそんなに手間取っているんだい?」

ところがこれが、日本のニュースでは、以下のように訳されていました(います)。

(1)と(2)

「こんな醜い顔をして恥ずかしくないのか」

「こんな醜い顔を並べて、恥ずかしくないのか」

「醜い顔ばかりだ。PESをプレーするだけなのに。恥ずかしくないのか」

「この醜い顔たちは、PESをプレイするためだけに、恥ずかしくないのだろうか」

※PES(Pro Evolution Soccer)=サッカーゲームのことです。

(3)

「どんな後進国の言葉なんだ」

(4)

「技術的に進んでいないのか」

「お前の国は技術的に進んでいるのか、いないのか」

「お前の国は技術的に進んでいるんじゃないのか」

「君たちは技術的に進んでいるのか、いないのか。国としては発展しているはずだよな?」

以下に、翻訳でどのような問題があったのか、一つひとつ細かく振り返ってみたいと思います。重要なのは「侮辱」と「差別」は異なるということです。懲罰も異なります。その点を考えながら、見ていきたいと思います。

翻訳に困る最初のセリフ

(1)

【原文】Toutes ces sales gueules (少し間があく)pour jouer à PES

【英語訳(一般的なもの)】All those dirty faces(少し間があく) for playing PES.

【標準日本語の直訳】「これらの汚い顔(少し間があく)ゲームをするための・ゲームをするために」

何を言っているかは、わりと良く聞こえるのですが、訳しにくいです。わかりにくいので、後の(2)のセリフを聞いて、総合的に判断することになります。

(2)

<少し間があいたあとで>

【原文】..... pas honte ?

【英語訳(一般的なもの)】not ashamed?

【標準日本語の直訳】恥ずかしくないのか。

ここが一番わかりにくい所です。前と違って、大変聞き取りにくいという問題があります。

デンベレは、誰に向かって「恥ずかしくないのか」と言っているのでしょうか。文章の主語が聞き取りにくいのです。日本語は主語が省略できるため、「恥ずかしくないのか」という訳で、主語があいまいなままで、済ませることができてしまいます。

でも、ここでは、主語が誰か(誰に向かって言っているのか)によって、意味が大きく異なってきます。

「恥ずかしくないのか」の前に言っている内容は、主語・動詞(・その他)なのでしょうが、何度聞いても私はよくわかりませんでした。通訳なら、本人に確認を取るべきところでしょう。

ネットのSNSの情報を見ていると、主語は二つに意見が分かれていました(フランス語か英語の発信。ただし両言語とも国際語なので、発信者がネイティブとは限らないし、レベルも背景も不明)。

◎「主語は日本人スタッフたち=(複数で)彼ら」(ils ont pas honte? など)

◎「主語はグリーズマン=(単数で)お前、きみ、あんた・アナタ」t'as pas honte? tu n'a pas honte? の口語形)

もしここを「日本人スタッフたち=彼ら」と解釈するとーー。

「醜い顔をした日本人のやつらが、たかだかゲームをするために集まっている。彼ら日本人たちはそんな醜い顔で恥ずかしくないのか」

ーーという意味になりかねない。実際、日本語のニュースの第一報で、こう思った読者が大半だったのではないでしょうか。

ある著名な在仏日本人作家は、「彼ら=日本人スタッフたち」と受け取りました。でも意味はそうではない。「あーあ、たかだかゲームのために、そんなひでーツラすんなよ。そんな必死になることないだろ」というようなニュアンスだと解釈しました。

私はといえば、すごく迷いました。複数の情報では「恥ずかしくないのか」の前、(1)の文章の後に、「mon frère=私の兄弟(英語だとmy brother)」と言っているという。グリーズマンのほうがデンベレより6歳年上なので、日本語に訳すなら「兄貴」でしょうか。

もし「兄弟よ」と本当に言っているのなら、「恥ずかしくないのか」の主語は、グリーズマンです。「アニキよ、お前は恥ずかしくないのか」と。

ここで、グリーズマンがデンベレに向かってにっこり笑っているのも、気になりました。

色々と総合的に判断して、主語はグリーズマンのように私には思えました。

グリーズマンに言っているのなら、冒頭の「汚い顔」のニュアンスは、やや変わってくると思います。

グリーズマンに「あーあアニキよ、お前さあ、たかだかお前がゲームをするためだけに、こんなに大勢人々を集めちゃって」という内容だと解釈できます(「人々」を、下品な言い方で「汚ねえツラ」と言っている)。

あるいは、間投詞やつぶやきにも取れます。前述したように、(1)の文章の中は、少し間があいています。「あーあ、人々がこんなに集まっちゃってさ・・・(少し間あり)・・・ゲームをするだけなのに」のような。この解釈も可能だと思います。

どちらも可能で、これはおそらく、もう本人に聞かないとわからない(覚えてないでしょうけど)。

私は、どちらかというと前者かな・・・と感じました。だから訳出では「こんな汚ねえツラを集めて」としましたが、「汚ねえツラが集まっちゃって」のほうが良いか、本当に迷うところです。

さらに付け加えると、第一報では、ここはイギリスのタブロイド紙(ネット版)『デイリー・メール』の英語訳を見て(おそらく)全員が訳したために、より一層混乱を招いた部分と思われます。

つまり、日本では原文のフランス語を訳していない。フランス語から英語になった段階で、多少ズレが生じるんです(翻訳だから仕方ない)。そのズレた英語を日本語に訳して、さらにズレた。

「Aren't you ashamed?」と書いてあります。だから「あなた達日本人は、そんな醜い顔をして、恥ずかしくないのか」という誤訳が生まれたのでしょう。

英語では、Youは一人でも複数でも使います。つまり、ここの英語だと単数で「グリーズマン=お前は恥ずかしくないのか」なのか、複数で「日本人スタッフたち=あなた達は恥ずかしくないのか」なのか、わからないのです。これは英語が構造上でもつ欠点です。

でも、フランス語では、単数の主語「お前・アナタ、きみ(Tu)」が複数いるときは、主語の形が変わります。TuではなくてVousになります。動詞の活用も音も異なります。ここの場合では、主語が単数(グリーズマン)か複数(日本人たち)かは、主語や動詞が聞き取れればはっきりするのです。

既に説明したように、主語の聞き取りは「Ils(彼ら=日本人たち)説」と「Tu(お前=グリーズマン)説」に分かれました。それだけ聞き取りにくかったということです。「Vous(あなたたち)説」は、私は一つも見ませんでした。

ちなみに、「Ils」は「彼ら=日本人たち」ではなく「それら=(前出の)日本人たちの汚いツラ」という解釈もどこかで見ました。つまり「汚ねえツラたちは、恥ずかしくないのか」という訳になると。

でも「ツラ」のフランス語は、女性名詞です。もしこれが主語なら、IlsではなくてEllesになるはずです。ネット上で、Ellesと聞こえたと書いていた人は、私が見た範囲では、一人もいませんでした。

なぜこの場面を撮影したのか

ここでちょっと、デンベレはなぜこの場面を撮影したかを考えてみます。

特に文学や演劇、映像を訳す場合は、場面の雰囲気というのは大事で、翻訳に影響してきます。

あくまで推測ですが、たかだかゲームのために、3人もの大の大人が集まって一生懸命解決しようとしてくれている場面が、物珍しかった(面白かった?もしかして嬉しかった??)のではないかと思うんです。一般的に、欧米のホテルは、日本ほどはサービスが良くないですから。

そう考えたほうが、「兄貴よ、お前恥ずかしくないのか」というセリフがすんなり入ってくるように思います。

場面の感じ取りかたは、私と在仏日本人作家の方は、同じ路線だったんじゃないか。そのため、詳細には言語の取り方の違いはありますが、読者が受け取る印象では大体同じになったのではないかと思っています。

問題の「醜い顔」

さて、一番問題なのは「醜い顔」という部分です。この言葉に差別の意図があったのか、差別表現なのか否かで、デンベレは差別発言をしたか否かが決まると言えると思います。

それだけ、とてもとても下品な表現です。しかも、目の前にいる人たちの顔に対してこのような表現をするとは、侮辱の批判は免れる事ができないでしょう。たとえ「本人たちに面と向かって言っていない、兄貴分で親友のグリーズマン相手の会話だ」だとしてもーーと思います。

ただ、繰り返し言いますが、侮辱と差別は違います。懲罰の点でも異なります。

日本語には下品な言葉や侮蔑語が少ないと言われています。その点でも、翻訳の難しさがあります。

さて、「醜い顔」「汚い顔」「汚ねえツラ」、全部同じと言えば同じです。どの訳も可能です。どの訳だろうと、言われて気持ちよいものではありません。不快です。侮辱とも取れます。差別・・・かもしれません。どうでしょう。

ここはフランス語の「sales gueules(複数形)」の訳なのですが、これは「ごく普通の単語(sales)」+「口語で下品な単語(gueules)」のセットになっています。結果として、全体がとても下品な表現になっています。

「sale」とは、普通に「汚い」という意味です。英語のダーティ(dirty)に相当し、「机が汚れている」とか、「手が汚いから洗って」とか、老若男女全員使います。今回、この単語は、日本メディアで「醜い」と訳されています。

一方、「gueule」という単語は、本来は「(肉食動物)の口」という意味です。大きく口を開けることができる一部の動物(オオカミ、ワニ、爬虫類など)の、大きく開いた口のイメージです。「口」だけではなく、「顔」という意味にもなります。

gueuleを使った表現ですと、有名な口語表現(下品)では、「Ta gueule!」があります。直訳すると「お前の口!」ですが、「黙れ!」という意味です。もともとは「お前の口を閉めろ!(Ferme ta gueule!)」で、動詞のFerme(閉めろ)が省略された形です。ここで、前述の動物が大きく口を開けているところをイメージしてみてください。

(そういえば、日本語って「口」の下品語がないですね)。

クロコダイルのgueule(口)。大きく口を開けて威嚇するところ。「口」が転じて「顔」という意味になるのは、わかる感じです。
クロコダイルのgueule(口)。大きく口を開けて威嚇するところ。「口」が転じて「顔」という意味になるのは、わかる感じです。写真:PantherMedia/イメージマート

ライオンが大きく口を開けた様子。
ライオンが大きく口を開けた様子。写真:PantherMedia/イメージマート

gueuleは、動物に使った場合、あるいは慣用句で使った場合は普通の単語です。これを人間に使うと、大変下品になります。女性の使う言葉じゃないですね。

細かいことなのですが、なぜ「ugly faces(醜い顔)」という英訳になるのでしょうか。

おそらく、「顔」を一つの単語だけで侮蔑するような下品な言葉が、英語にないでのはないか。顔の俗語はmug、kisser、pan(米語)とか色々あるようだけど、なんか違う感じがする(私は詳しくないので、英語の下品なスラングに詳しい方がいたら教えてください)。

となると、ごく普通の単語「face=顔」の前につける形容詞で、gueuleという言葉や、この表現全体の、侮蔑的な下品さを出す必要がある。「汚い」「汚ねえ」だけでは足りない・・・だから英語では、より強い表現で「ugly=醜い」になった、という感じなのかなと。

日本語には「ツラ」という表現があるので(すごく下品というほどでもありませんが)、「醜いツラ」と訳せることにもなるでしょう。

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※追記

読者の方から、英語で「assface」という語があると教えてもらいました。ありがとうございました。北米の俗語で、この一語で「醜いヤツ」というような意味になる。assとは「お尻」の卑語です。直訳すると「ケツのツラ」なんですかね?(下品ですみません)。 

『デイリー・メール』はイギリスの新聞ですから、北米の俗語を使わなかったのか、それともこんな下品な卑語を掲載できなかったのか。おそらく後者だと思います。

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あと、単純に無料の機械翻訳を使ったので、そうなった可能性はあります。実際、あるネット上の無料翻訳機に原文フランス語の「sales gueules」を入れてみたら、英語では「ugly faces」、日本語だと「醜い顔」と出てきました。日本の媒体が、『デイリー・メール』の英語だけではなく、原文仏語を翻訳機にかけた可能性もあるかもですね。

ただ、大変下品な言葉を友人同士(特に若い男性同士)で日常的に使っている人たちの感覚を考慮にいれれば、在仏日本人作家のいうように「ひでえツラ」という訳出も、不可能ではないかもしれません。私たちにとっての「ひでえツラ」くらいの感覚で、彼らは使っているのではないか、という意味で。

結局はわからないのですけどね。

(規制の多い映画の字幕なら「ひでえツラ」となるのかしら?? 映画字幕翻訳家の方、いかがでしょうか)。 

翻訳は難しいですね。

迷走の訳「どんな後進国の言葉なんだ」

一連の日本語訳の中で、一番不可解なのが、これです。

(3)

【原文】putain, la langue

【英語訳(一般的なもの)】fuck, the language

私は「くそ、この言語め」と訳しました(汚くてすみません)。

どこをどうすれば「どんな後進国の言葉なんだ」の訳が出てくるのでしょう。

「putain」は、直訳すると「売春婦・売女」の口語体ですが、いやあ、本当によく使われていますね。「なんてこった!」という叫びや、マイナスの感情を叫ぶ際の、下品な言葉です。英語の「ファック」よりはマシのように思いますが。

普通はマイナスの状況で使いますが、嬉しい時や良いものに使う人も時々います(かなり下品ですけど)。日本でも、「ヤバい」は本来はマイナスの意味なのに、「やべー、これ、めちゃ良くね?」とか「やばうまい」の表現が生まれるのと、同じ理屈です(putainは、ヤバいよりもっと下品です)。

本人の叫び(間投詞)なら、ただ本人が下品なだけですみます。「なんてこった!」の下品版です。でも相手に向かって言うと違います(「てめえ」「この馬鹿野郎」みたいな感じ)。男性に向かって叫ぶなら侮辱語になることもある、女性に向かって叫ぶなら大変な侮辱語です。

ただ、特に男性の場合(なかでも特に若者は)、putainという言葉を、誰かに向かってではなく、「本人の叫び」として発したら、その人に品性がないという程ではありません。「使う、使わない」の二元論では推し量るのは難しいと思います。

どういう場面で、どういう風に、どの程度使っているかで、その人の品性、人柄、教育、どういう世界に生きているか、(嫌な言い方ですが)育ちを示すとは思います。

教会にまじめに通うような、育ちの良いブルジョワ階級の男性(特に若者)が思わず叫んで使うと「あららー、使っちゃって・・・いいのかな?」と思います。

一方で、よくputainと叫んでいるが、かなりの高学歴で、明るく、面倒見が良くて好かれている人もいます(相手を侮辱しない下品な言葉は、親しみやすさ、とっつきやすさを出すことがあります。言葉って不思議ですね)。

このように男性とか若者は、使う人が多いです。でも女性は要注意ですし、ビジネスの場では厳禁です。こういう口語は難しいので、私は用心して一度も使ったことがありません(女性ですしね)。

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※追記 質問が多かったので書き足します。

私の友人の男性たち(20代後半から60代まで)は、少なくとも女性が一緒にいる場面では、putainは一切使わない人が多いです。思わず叫んで使うと、女性のほうを向いて「あ、ごめん」とか言ったりします。

若者の場合は使用率が上がりますが、学生だと、よく使う人と、あまり使わない人に分かれてくる印象はあります。社会人なら、なおさらでしょう。

(繰り返しますが、ビジネスの場面で使ってはいけません)。

良い大人で(時々・思わず、ではなく)よく使う人は、お世辞にも上品とは言えず、下品ではあります。でもそれを「庶民的」と好意的に捉えるか、「悪ガキみたい」「下品で心底嫌になる」と感じるかは、相手にも当人にもよるでしょう。

ごく親しい仲間内や家族内では、また違ってくるでしょうし、お酒が入った無礼講のパーティーでも変わってきます。私は女性なので、男性だけの場面でどう話しているかは・・・どうなのでしょうね。

これで質問の答えになっているといいのですが。

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さて、話は戻って、デンベレの発言を私は「くそ、この言語め」と訳しました。「一言もわからねえぞ!」という意味でしょう。これは差別でしょうか。個人的には、差別と思えば差別という感じがしますが・・・。

で、なぜこの訳が「後進国の言語」になるのでしょうか。迷走甚だしいです。

これも『デイリー・メール』の訳が、日本で流通したからだと思います。

仏文の「putain, la langue」を、「What kind of backward language is that?」=「それは、どんな後方の(遅れた)言語なのか」と英語に訳したので、この英文の日本語訳として「後進国の言語」がでまわったと思われます。

『デイリー・メール』は、一体なんでまた、こんな奇妙な英訳にしたのか。putainが訳しにくいし、私が訳した「クソ」というような汚い言葉を媒体に使えなくて、頭をひねったのか。

でも、日本語訳の「後進国の言語」は、さらにもっとひどい。

この「backward」という言葉は「後ろの・後方の・遅れた(形容詞の場合)」という意味です。直訳すれば「後ろの言語」。もし私の理解が正しければ、「backward」は割と婉曲的な表現で、あからさまな「遅れている」とか「後進国の」という単語とは違うと思うのですが。『デイリー・メール』は、この単語を選んで使っているように感じます。

それなのに、日本語訳では、はっきりと「後進国の言語」・・・。これはほぼ間違いなく、ネットの無料機械翻訳が一役かっていると感じます。

フランス語原文の意味とはまったく異なるだけではない。英語の異質の、でも婉曲的な表現の翻訳も無視して、とんでもない日本語訳ができあがった、という印象です。

こういうことは大変よくあるんです。英語から日本語だけでもおかしな翻訳が生じることがありますが、今回のように、第二外国語→英語→日本語だと、いっそうひどいです。

最後の文

いよいよ最後の文章です。言っていることは、割とはっきり聞き取れます。

(4)

【原文】Vous êtes en avance ou vous êtes pas en avance dans votre pays?

【英語訳(一般的なもの)】You are ahead(advanced) or not ahead(advanced) in your country?

【日本語訳の直訳】あなたの国では、あなた方は進んでいるのか、進んでいないのか。

「あなた方の国」とは、もちろん日本のことです。

『デイリー・メール』は「Are you technologically advanced in your country or not?」=「あなた(達)の国では、あなた(達)は技術に進んでいるのか、いないのか」と訳しています。

ここに仏文原文にはない「technologically(技術的に)」という言葉が入っています。

『デイリー・メール』が入れました。解釈は正しいので、別に入れて悪いということはないです(何か他のものが遅れている(頭とか?)という別の解釈が生じるのを避けるために、言葉を足して精密に訳したのかもしれません)。

日本語の報道では、「技術的に」という言葉がどこも入っていることから、みんな『デイリー・メール』を訳して報道したのだと、はっきりとわかる部分でもあります。

『デイリー・メール』は、ここの文章に影響されて、前の発言「くそ、この言語め」を、「後方の言語」と、たいへん異質な解釈の翻訳をしたのでしょう。

ここは、要は「日本は先進国のはずなのに、なんで手間取っているわけ?」と言いたいのだと思います。

ここには、差別の意味が込められているのでしょうか。侮辱の可能性はありますが、差別とまでは言えないように思います。

あるいは、前述したように、単純にびっくりしているだけ、面白がっているだけ、むしろ喜んでいる可能性も捨てきれません。

私が話したフランス人たちは「日本は発展途上国ではないのに、変なことをいう」という受け止め方で、差別とも、なんとも言いませんでした。

言葉が下品すぎて、それだけで悪印象を与えてしまうのは否めません。それでも、スタッフたちを小バカにしている、侮辱している可能性はありますが、差別とまではいえないのではないか、という印象です。

おわりに

以上が、私が理解した翻訳と経緯でした。

まさに『Lost in translation』です。この映画『翻訳で失われてしまった』をご存知でしょうか。そういえば、このアメリカ&日本映画に出てくるのは、日本人、舞台は日本でした。この映画は、2004年のアカデミー賞脚本賞をとりましたけどね。世界の方々、よくわかっているじゃない・・・(苦笑)。

この映画は、日本という先進国が舞台だから、侮蔑にならないのだと思います。発展途上国が舞台だと「バカにしている、差別だ!」と言われかねないので。

デンベレの発言には、当然、不愉快に感じる人は大勢いるでしょう。私も不快に感じました。そして、差別と感じる人が現れるのも、わかります(正しい訳であろうと、間違った訳であろうと)。

それでも、最初から正しく訳されていれば、日本側の反応は違ったものになったかも・・・と思わずにはいられません。

問題の二人とは、よく話しあった上で、もし二人がちゃんと理解して反省するのなら、きちんと正式に日本人に謝罪する。それで終わりにする方法もあるかと思います。

さて、日本語ニュースを私が初めて目にしたとき、もう西欧は夜で、私も寝る前で、起きているのは私だけでした。「あまりにも翻訳がおかしすぎる」とすぐに感じ、すでに炎上し始めていたので、一刻も早く火消しをしないとまずいと思いました。

一夜開けて、10時間後以上経ったあとに信頼できるネイティブ(複数)に確認するのでは間に合いません。火事は初動が肝心です。短い間に、ネットで急ぎあちこちの情報収集を行い、「1分でも早く、おかしいと伝えなくては」という思いで、yahooのコメント欄で発信しました。

今から思うと、私の緊急発信の内容は十分ではなかったです。もっと良い訳があったと思うし、第一報は『デイリー・メール』のようなのに、混乱して勘違いして間違えました。すみませんでした。それでもおかしな訳による炎上の火消しには、多少は貢献できたのではと思います。

信頼できるフランスのメディアの報道が始まってから、やっと自分の解釈には確信がもてるようになりました。Mon frère(私の兄弟)は言っていたし、「恥ずかしくないのか」は、やはりグリーズマンに言っていたようです。

聞き取りも翻訳も、本当に難しいですね。

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※私の考えを書こうかと思いましたが、まだ、どうもまとまらないのです。テーマが大きすぎて、まとまるのかどうか、我ながら不明ですが、もしまとまることがあったら、発表させて頂きたいと思います。

あと、特に英語を御指南くださる方がいましたら、プロフィールにあるメールアドレスにご一報いただければ幸いです。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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