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雇用のカリスマに聞く「ジョブ型雇用」の真実【海老原嗣生×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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新卒一括採用や、年功序列、終身雇用が特徴の日本型雇用。しかしそういった部分が近年揺らぎつつあります。「日本型雇用は時代遅れで、欧米型に変えるべきだ」という議論になることもありますが、本当に欧米型が理想であり、日本に合っているのでしょうか? 海老原さんに日本型雇用、欧米型雇用のメリットとデメリットを聞き、それを踏まえた上でどうするべきかを伺いました。

<ポイント>

・欧米と日本の違いを生み出す4つの基礎条件

・日本でポスト型にすると社会の分断が起こる

・「あれは嫌だ、これは嫌だと言っているうちに人生が終わってしまう」

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■日本に来た外資系企業は新卒一括採用を導入している

海老原:このね、無限定か限定かで、人材補充も大きく変わるんですよ。

たとえば、以下のような問題考えてみてください。トヨタとか日産でも年間1000人近い人が辞めていきます。まあ、その8割とかが定年でしょうが。以下リストを見てください。どれも、自動車製造・販売のプロばかりですよ。

さあ、これをどうやって補充しますか?

倉重:欧米だと中途採用ですか? 労働市場から採るといいますよね。

海老原:ただね、市場があって人が並んでるわけじゃないでしょ。自動車会社であれば、その辞めた人の補充は、電機会社にも総合商社にもいない。ひとえに同業ライバルから引っこ抜くしかありません。こっちが引っこ抜けば、今度はライバルに欠員が生じる。そうするライバルが引っこ抜き返してくる。そんな、奪い合いがひどいんです。アメリカの採用の6割は、こういう、いって来いの取り合いじゃないでしょうか。ほんま、中途採用って大変ですよ。なかなかいない、いても、採ったら取り返されるで。

倉重:なるほど。日本の場合、内部昇格で埋めるんですか?

海老原:半分当たり。でもね、人事の8割は昇格ではありません。ヨコ異動。同職の人をスライドさせて埋める。

倉重:でも、そうすると今度は、そのスライドさせた人の席が空きますよね。

海老原:そう。異動って単に空席が移るだけの話ですよね。たとえばね、岡崎工場で課長の空席が出て、そこに猪苗代工場から課長を移動させる。こんなヨコ異動を重ねてくると、所沢工場には、頃合いのよい係長がいた。と、ここで、彼を昇進させて穴埋めをする。

倉重:今度は、空席が一格下、つまりタテに移るわけですね。

海老原:そうそう。で、ヨコヨコたまにタテ、を繰り返してくると、最終的に空席は組織末端に寄せられます。組織末端のやわな仕事であれば、ある程度ポテンシャルが高く、しかも社風に合っていて言うことをちゃんと聞く若造一人とれば埋められる・・・。どう?わかりました?社長が辞めても部長が辞めても、エンジニアのスペシャリストが辞めても、ヨコヨコタテヨコで空席を末端によせ、たった一人新卒とるだけで埋まってしまう。

倉重:こりゃ、新卒採用慣行がなくならないわけですね。

海老原:でも、こんな魔法の人材補充ができるのは、企業が人事権持ってるからじゃないですか。ヨコヨコタテヨコと空席を玉突き末端によせるなんて。欧米ではこれができないから、若年ポストが生まれないのですよ。

倉重:無限定だからこそ、魔法の人材補充ができる。うーん、ますます、企業は人事権を手放せなくなりますねえ。

海老原:先ほども言いましたがGEやフォードは日本に来てもいまだにアメリカと同じ限定雇用ですが、そうではなくて、この「魔法の人材補充」に魅せられて無限定雇用にしてしまった企業なども多々ありますね。ネスレなどはその典型ですが、かつてのIBMなんかも無限定雇用にして新卒を採用する仕組みになっていました。

倉重:もう日本企業ですね。

海老原:結局新卒を採るのは一番簡単ですから、こういう仕組みになっていることに気づいてほしいのです。

倉重:ジョブ型にするというなら、新卒採用できないですよ、ライバルから抜くことになりますよ、と。

海老原:そう。本当になかなか中途採用ってできないんでうよ。しかも競合から抜いたら抜き返されます。

倉重:それでまた条件が上がったりするわけですね。

海老原:売れ線にいる人の給与は異常に上がっていきますが、普通の人たちは変わりません。二分化していくだけの話で、大して能力もないのに売れ線にいるときはガンガン給与が上がっていく仕組みになっているのです。人事管理の視点からこういう話をしますと欧米のことをほめられなくなります。

倉重:本当にそれは喜ばしいことなのか、ということですね。

海老原:限定、無限定の話がだいぶ見えてきましたか。この限定・無限定は、職務とかジョブというよりも、「ポスト」と言った方が分かりやすいでしょ?

欧米のいう職務とはすなわち「ポスト」です。そして、人事管理の基本は人ではなくて、ポストになっています。

日本人に「あなたの今のランクは?」と聞くと、「4等級です」と言います。それは人に等級がついているからですね。

でも向こうは「俺のランク??え?仕事(ポスト)のランクならあるけど」という答えになります。ポストベースとはこういうことなのです。ここがわからない人が多くて。

海老原:向こうは年に1、2回の経営会議で、末端までポストの数が全部決めてしまいます。日本の場合、ポストって管理職くらいだとまだ定数がぼんやりありますが、ヒラになるともう、どんぶり勘定でしょ?ところが欧米だと、課長や係長の下の、リーダーやサブリーダー、アソシエイトといった下位ポストまですべて定員管理なんです。ポストの数が合理的に先に決まり、人が余ったらクビ、足りない場合は、例えばリーダーやサブリーダーの席が空いた場合でも、50歳の人を強引に採用して埋めちゃったりする。こんな、ポストオリエテッドな人事管理をしているんです。

倉重:何でもいいから埋めろということですね。

海老原:エリートの卵とかは別にして、それ以外は、ポストを埋めるという行為なんですね。たとえば日本なら、係長で採用するなら「ゆくゆくは出世して課長になる」と考えますが、アメリカだと、そのポストが空いたから何歳でも採るだけ。

 ポスト型人事管理とはこういうことなんです。向こうでは中途で人が採れるというのは、一つは「抜き合い」覚悟であり、もう一つは「埋められれば誰でもいい」から。

倉重:契約時点でその仕事ができるかどうかだけの話ですね。

海老原:それだけの話です。その人を出世させる必要もないですし、50歳で年収400万、500万の仕事でも彼らは平気でしています。

倉重:10年間その仕事をしろということですね。

海老原:も年齢差別概念がない、ともいえるけれど、「人よりもポストしか見ていない」ともいえるでしょうね。

倉重:ジョブ型というのはそういうことなのですね。

海老原:そうなんです。この続きの話をしましょう。給与待遇もすべてポストで決まる、ということ。それを説明しますね。次の図を見てください。ドイツ語も英語もしている外国語専門学校があります。講師Aは英語しか話せません、講師Bは英語については同じくらいのレベルで話せますが、加えてドイツ語も話せます。どちらの給料が高いでしょうか?

倉重:ポジションによると思います。

海老原:いやあ、賢いなあ。日本人にこの質問をするとたいていの人がBさんが高いと答えます。Bさんの方が持っている能力が高いからですね。ところが、欧米の人はわからないと言います。二か国語話せようが話せまいが関係なく、給与はついた仕事で決まります。担当クラスがAさんと同じなら給料は一緒です。ポストが給与を決めるというのは、こういうことだと気づいてほしいのです。

倉重:ポストで給与が決まっている場合、いくら能力を上げても給与は上がらないのですね。

海老原:そうなのです。英会話中級クラスや上級クラスを担当するようにならない限り上がりません。もし中級のポストがいっぱいだったらどうしますか?

倉重:転職するしかないです。

海老原:そういうことなのです。つまりアメリカのように、ポスト型で定員管理だったら、転職するしかない人が出てきます。もしくは「上がいっぱいならもういいや」ということで上を目指さず楽に生きるワークライフバランス重視型の人も出てくるでしょう。

倉重:5時に仕事を終えて私生活を楽しむこともできますね。

海老原:なぜ日本で転職が盛んにならないのか、もしくは、ワークライフバランスの充実が増えないのかと言いますと、定員管理のポスト制ではないからです。とすると、転職者の増加やWLBの充実を考えるなら、人事管理の基本をポストにし、しかも、きっちり定員制を敷くようにしなきゃなりません。何度も言いますが、JDや役割をいくら決めても変わらんのです。

倉重:そうですね、「あいつは頑張っているから昇給させよう」ということはないのですから。

海老原:今、日本で流行のジョブグレードはポストにつけるのではなくて人につけているのです。人につけているのですから、定員などはありません。

倉重:そうですね、どんどん増えますね。

海老原:ポストにつけるのでしたらポストの数しかできません。しかもね、この方式だと、同じポストにも、等級の異なる人が混在するという大きな問題も残りつづけます。たとえばヒラというポストに、ジョブグレードの高い人と低い人が混在し、高い人は「それに見合った仕事をしろ」となる。これなどもポストではなく、人をベースにしている大きな問題です。

倉重:日本ではポストに定員がある会社はほとんどないですよね?

海老原:それでも、管理職には何とか定員的なものが定着しつつあります。でも、それだって「まずポスト数から決まる」という欧米型ではありません。そして、非管理職になれば、もう等級には何の定員縛りもなくなる。結局、新人事制度といっても、全部「日本型雇用」のラベルを変えただけの話です。

倉重:表紙だけ変えてみたということですね。

海老原:そういうことです。欧米は人ではなくポストにランクをつけます。ポストの数は厳格に決まっていて、動かせないのです。企業には人事権がありません。この条件がそろうと欧米的になります。日本型のジョブ型は、一切こういうことをしていません。

海老原:ジョブ型をしたいという人に、私はいつもこういう質問をします。「御社は人事権を捨てられますか?」「御社は末端ポストまで定員制にできますか?」つまり、これができない限り今していることは過去60年間の焼き直しでしかありません。

■日本の人事制度のメリットとデメリット

倉重:これを受けて、どうすれば良いのでしょうか。

海老原:では、ポスト型にしたらどうなるのか? まず、人材補充は玉突きで新卒という魔法が使えなくなります。結果、同業との間で取り合いという息苦しさが生まれる。

次に、毎年各企業で大量に組織末端求人が生まれなくなるので、大学生たちは就職に困ります。

さらにいうと、新卒入社しても、次の等級ポスト、それはサブリーダーとかになるのですか。そこが空いていなければ、初任給で通さなければなりません。そうすると大量に他社へ転職する人が出るでしょう。

そして、人を育てようと思ったとしても。たとえば経理なら、基本は債権管理から入って、慣れたら経理事務⇒支店会計→本決算→管理会計、と移して育てていくものです。これがうまくできない。だから育てることもままならなくなる。

こうした状態になってしまうのです。

欧米はそれを埋めるために、サブリーダーでも40歳の人を採用する、という文化風土がありますが、日本にはそれもありませんね。

倉重:・・・。上から下まで全部変えるのは無理ですね。最初の10年間は今のままでいいのではないかと最近思うようになりました。

海老原:倉重さんも司法修習生のころと比べて、とても伸びたと思いませんか。

倉重:修習生のときは、労働法の「ろ」の字も知りませんでしたから。

海老原:倉重さんはこれからも伸びそうな人ですが、35歳くらいから伸び悩んで一生そこに居続ける人も多いと思います。35歳を超えたら、あとは伸びる人だけ伸びればいいのです。それのあたりからジョブ型にするべきだと思っています。

人を育てるには、少しずつ難しい仕事を任せるしかありません。それは二重の意味でジョブ型では無理なのです。まず、同じポストにいるのに、やさしい仕事をさせることができない。ポストが仕事を決めるんです。

倉重:「同一労働同一賃金はジョブ型ではないか」と言う人も居ますが、発想が根本から違うんですね。

海老原:次に、一つのポストで習熟したら、成長導線にある少し難しいポストに移す。でも、人事権がないから、それもできません。

だとすると、日本型である程度育てて、途中からジョブ型に変えるしかないと思います。

倉重:お話を聞いていると日本型雇用はとてもいいのではないかと思います。

海老原:入口はそうですね。

倉重:何が問題だと思いますか?

海老原:後半です。35歳以降、伸びもしないのに給与だけ上がる。課長や部長に昇進した人は給与が上がってもいいのですが、ヒラ、係長レベルのままストップしても、50歳になると35歳のときと比べて年収は25%ぐらいアップします。おかしいと思いませんか?

倉重:ヒラのままでどうして上がるのですか?

海老原:定期昇給と職能等級が上がるせいです。ここは「惰性」に見えてしまうのです。

倉重:なぜか職務遂行力が上がったというフィクションになっているのですね。

海老原:そうなのです。もし上がっているのなら、出世もするでしょう。滞留しているのになぜ給与だけ35%も上がるのでしょうか。

倉重:正に、問題はそこですね。

海老原:人事管理の話をもう少ししたいのですが、実際50歳でヒラの人をもし普通に査定すると、年収が課長並みになってしまいます。定期昇給により基本給が高くなっており、しかも残業代が出るからそうなってしまうのです。それを防ぐために、いくら頑張っても彼らには悪い査定点しかつかず、生き地獄になります。

倉重:今の採用の仕組みや、最初の10年の育成に関してはそう大きく変える必要はないけれども、そこから後ということですね。

海老原:そういうことです。欧米型でシビアだと思うのは、同じポストなら基本は、同じ給与なのです。そこは同じヒラといポストであっても、職能等級があり、腕前が上がった人は、ポンと昇給する仕組みがあるのは良いことだと思います。その等級は定員縛りがなくて、能力審査により何人でも上がることができるのも良いでしょう。

倉重:そうですね。日本なら絶対に少しずつ上がりますよね。

海老原:欧米のポストもレンジ給なので、ちょっとは上がりますよ。ただ、そのレンジ上限にすぐ達し、大幅な昇給は望めません。それも欧米のシビアなところです。

倉重:仮にいい意味での日本的なジョブ型になっていくとするならば、今の若い人やこれから働く人はどういう意識を持っていればいいでしょうか。

海老原:世界全体で変わらないことがあるのです。鶴先生の「性格と職業」という本を読んだのですが、アメリカとイギリス、ベルギー、フィンランドの経団連のようなところが企業や軍隊の上席者にに若い人にはどうあってほしいか聞いている調査が出ています。1番が「素直であってほしい」、2番が「協調的で自分勝手ではない」、3番目が「算数と国語ができてほしい」ということです。

倉重:なんかすごく日本的ですね。

海老原:結局それなのではないでしょうか。よほど仕事ができるエリートは自由でいいですけど、普通の人はどうかというと、その3つが一番必要なのではないでしょうか。

倉重:やはり素直な心は忘れがちな人が多いですから。

海老原:「あれやりたい」「これやりたい」というときに自分のやりたいことばかりなのです。そういう人に対して、クランボルツが、「あれは嫌だ、これは嫌だと言っているうちに人生が終わってしまう」と言っています。

倉重:そういう人はチャンスを逃します。思ってみなかった世界というのはありますから。

海老原:つまり若い人には、「あれがやりたい、これがやりたい」よりも目の前にある仕事をとりあえず一生懸命頑張りましょうと言いたいのです。それは世界どこでも共通の論理です。

倉重:あれこれ頭で考えるよりも、まず一生懸命してから判断しろということですね。

海老原:そういうことです。クランボルツが面白い話をしています。「この女の子と付き合うか、付き合わないか迷っているときに、どういう人生設計をして、どういう家庭生活をして、どういうふうに彼女と付き合っていくか」と考えているうちにほかの男に取られてしまうということです。

倉重:それは理想のキャリアを考えるのと一緒ですね。

海老原:一緒です。「まずは付き合ってみようよ」と彼は言っているのです。

倉重:いろいろな人と付き合わないと、何がいいか悪いかわからないですから。

海老原:そういう感じです。

(つづく)

対談協力:海老原 嗣生(えびはら つぐお)

厚生労働省労働政策審議会人材開発分科会委員

経済産業研究所 コア研究員、大正大学特任教授、中央大学大学院客員教授

人材・経営誌HRmics編集長、株式会社ニッチモ代表取締役、リクルートキャリア フェロー(特別研究員)

1964年、東京生まれ。 大手メーカを経て、リクルートエイブリック(現リク

ルートエージェント)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。

その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長。2008年にHRコン

サルティング会社ニッチモを立ち上げる。

「エンゼルバンク」(モーニング連載、テレビ朝日系でドラマ化)の主人公

海老沢康生のモデルでもある。

著作は多数だが、近著は

お祈りメール来た、日本死ね(文春文庫)、経済ってこうなってるんだ教室(プレジデント)、夢のあきらめ方(星海社新書)、AIで仕事がなくなる論のウソ(イーストプレス)、人事の成り立ち(白桃書房)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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