「アクセス稼ぎで盗用」ファクトチェックの老舗が踏み込んだ闇
ファクトチェックの老舗が、「アクセス稼ぎ」のためにコンテンツ盗用に手を染めていた――。
そんなスクープがメディア界に衝撃を広げている。
火付け役となったのは、米バズフィードが8月13日に掲載した告発記事だ。
ネット上にある疑わしい情報について、真偽の確認を行うファクトチェック。
コンテンツ盗用を行っていたのは、そのファクトチェックの代表的サイトとして知られる「スノープス」の最高経営責任者(CEO)を務める創設者だった。
盗用は数年にわたって続いており、その理由はユーザーの「アクセス稼ぎ」だった、という。さらにこのCEOは、盗用に加えて、サイト上で偽名も使っていた。
創設から四半世紀以上も活動を続け、「ウェブの最も信頼できる情報源」とも言われたファクトチェックサイト。
その中心人物をめぐる盗用問題は、"情報の信頼"そのものにも深刻な影を落とす。
●54本で盗用が判明
ファクトチェックの代表的な老舗サイト「スノープス」は8月13日、編集長のドリーン・マルキオーニ氏と最高執行責任者(COO)のビニー・グリーン氏の連名で、そんな謝罪声明を掲載した。
声明は、同日付でフリージャーナリストのディーン・スターリング・ジョーンズ氏がバズフィードに掲載した告発記事をめぐる取材に対応したものだ。
問題の焦点は、「スノープス」の共同創業者であり、CEO、編集主幹のデイビッド・ミケルソン氏だ。
「スノープス」には、ファクトチェック記事のほかに、速報や話題などのニュース記事も掲載されている。
ジョーンズ氏の記事では、ミケルソン氏が2015年から2019年にかけて、これらのニュースで他のニュースサイトの記事の盗用を繰り返してきた、と指摘している。
具体的には、ボクサーのモハメド・アリ氏が2016年に死亡した際に、ミケルソン氏の署名で「スノープス」に掲載した記事は、米NBCニュースや米ABCニュースの記事からの盗用が確認されたという。
またこのほかに、ミケルソン氏は「スノープス」上で、「ジェフ・ザロナンディア」という偽名を使って、掲載していた署名記事もあった。
2016年にミュージシャンのデビッド・ボウイ氏が死亡した際には、「ザロナンディア」の署名で、ロサンゼルス・タイムズやエンターテインメントサイト「E!オンライン」の記事を盗用していた。
ジョーンズ氏の記事によれば、「ザロナンディア」名義の署名記事は確認できただけでも23本にのぼる。「スノープス」はジョーンズ氏の取材後、「ザロナンディア」名義の署名を、「スノープス・スタッフ」に書き換えているという。
「スノープス」には「ザロナンディア」のプロフィールページもあり、そこでは「2006年に貨幣学部門でピュリツァー賞受賞」とされていたが、ピュリツァー賞にそのような部門は存在しない。
現在、このページには、「ザロナンディア」とミケルソン氏が同一人物である、との説明が加えられている。
ニューヨーク・タイムズによれば、8月13日午後までの段階で、判明した盗用記事は60件に増えたという。
これらの記事はいずれも撤回され、盗用の事実と、盗用されたメディアの記事へのアドレスが表示されるようになっている。
ミケルソン氏は、バズフィードに対する声明でこう述べている。
●四半世紀以上の老舗サイト
「スノープス」はインターネット初期の電子掲示板「ユーズネット・ニューズグループ」の都市伝説のカテゴリを源流とし、サイト名は、この時にミケルソン氏が使っていたハンドルネーム「スノープス」に由来する。
1994年に「都市伝説参照ページ(Urban Legends Reference Pages)」の名称で、ミケルソン氏と前妻が共同で創設し、のちに「スノープス」となった。
四半世紀以上にわたって、ネット上の疑わしい情報の検証「ファクトチェック」に取り組む代表的なサイトとして、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどのメディアでも、しばしば取り上げられてきた。
また優れたウェブサイトに贈られる「ウェビー賞」を、2006年に2部門で受賞。
2016年米大統領選でのフェイクニュース氾濫への批判を受けて、フェイスブックが同年末に立ち上げたファクトチェック団体との提携にも参加した(ただ、この提携は2019年2月には解消している)。
そんな中で「スノープス」は、「誤情報時代の裁定者」「ウェブの最も信頼できる情報源」などと呼ばれるようになる。
●なぜ盗用を行ったのか
ではなぜ、ミケルソン氏は記事盗用を行ったのか。
ジョーンズ氏の記事によれば、ミケルソン氏はその動機について「トラフィックを稼ぐため」と説明しているという。
ファクトチェックに取り組む団体によって、運営の形態はまちまちだ。
2007年創設の「ポリティファクト」は、タンパベイ・タイムズのプロジェクトとしてスタートし、現在は同紙を運営する非営利のジャーナリズム研究機関「ポインター研究所」のプロジェクトとして行われている。
ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどは、ジャーナリズム活動の一環としてファクトチェックに取り組んでいる。
これに対して「スノープス」は、広告収入を主軸とした営利企業として活動を行ってきた。
「スノープス」は編集部門がミケルソン氏以下13人、運営部門が4人という構成だ。
メディアサイト「デジデイ」の2020年3月27日の記事では、「スノープス」は収益の55%をプログラマティック広告から得ており、だがその割合は年初の59%から低下しつつあった、としている。
また、ワシントン・ポストの同年4月15日の記事によれば、グーグルアナリティクスによる2月下旬から3月下旬の訪問者数は3,700万人で、その前の1カ月と比べて43%増となったが、広告収入は伸び悩んでいた、という。
「スノープス」のプログラマティック広告以外の収入源は、年間50ドルの有料メンバー制、寄付、商品販売などがある。
「スノープス」の開示情報によると、2020年はメンバー制などの読者からの収入が140万ドル、米中小企業庁の新型コロナ対策給与保護プログラム(PPP)融資が29万ドル、クラウドソーシングサイト「ゴーファンドミー」での訴訟支援募金が7万9,000ドル、商品販売が1万6,000ドル、1万ドル以上の寄付が1件、などとしている。ここには広告収入は含まれていないようだ。
「スノープス」はその所有権をめぐって、共同創設者であるミケルソン氏の前妻が株式を譲渡したウェブ支援会社との間で訴訟となっている。その訴訟費用の支援呼びかけを行っているのが、「ゴーファンドミー」でのクラウドファンディングだ。
また、2019年に解消したフェイスブックとのファクトチェックの提携による収入は、2017年が10万ドル、2018年が40万ドルとなっている。
収益の主軸がネット広告にある以上、訪問者数確保は必要、ということのようだ。
ミケルソン氏はジョーンズ氏の取材に対し、盗用の理由として「私はジャーナリズムのバックグラウンドを持っていなかった。ニュースのアグリゲーションに不慣れだった」と述べている。
米ワイアードの報道やミケルソン氏のリンクトインによれば、同氏はテキサス大学サンアントニオ校のコンピューターサイエンス学部を卒業しており、「スノープス」立ち上げ当初は、保険会社のプログラマーを本職としていたという。
また、「ザロナンディア」という偽名を使った理由については、誤情報の発信者らからの攻撃を避けるための「ジョーク」だった、という。
●元編集長の証言
ミケルソン氏は盗用について「不慣れ」を理由だとしているが、「スノープス」の関係者は明らかに意図的なものだった、と指摘している。
「スノープス」で2015年から2018年まで編集長を務め、突然、解任されたブルック・ビンコウスキー氏は、2020年1月、ミケルソン氏がスタッフに送ったという内部文書をツイッターで公開している。
その文書には、「トラフィックの底上げを続けるためには量が必要だ」とし、「ヤフーやUPI通信にネタニュースがあったらリライト」「山のような"今日のバイラルネタ"サイトのどれでもいいからネタをコピー」などの指示が書かれていた。
ビンコウスキー氏は、この問題を訴え続けてきたが、注目を集めることはなかった、という。
ジョーンズ氏の記事の中で、ビンコウスキー氏はこう述べている。
●メディア界からの批判
ファクトチェックサイトは、誤情報や偽情報対策への期待がある一方で、それらの発信サイトなどからの攻撃の対象にもなってきた。
※参照:「検証サイトこそ偽ニュース」反撃する偽ニュースサイト(12/24/2016 新聞紙学的)
それだけに、サイトの公正さや透明性は、他のメディアにも増して注目を集める。
元アーカンソー州知事で福音派牧師、共和党のマイク・ハッカビー氏は、ツイッターでそう述べている。
メディア界からも批判の声が上がっている。
メディアサイト「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」のジャーナリスト、マシュー・イングラム氏はそう批判する。
NBCニュースのシニアレポーター、ブランディ・ザドロズニー氏は、ツイッターでそう指摘する。
ファクトチェックの中心人物のひとりで、前職はバズフィード、現在は調査報道NPO「プロパブリカ」のレポーター、クレイグ・シルバーマン氏も、そんなツイートをしている。
●なおCEOとして
前述の編集長のマルキオーニ氏とCOOのグリーン氏の謝罪声明は、そう述べる。
また、「スノープス」の8人のライターが、これとは別に声明を出し、「私たちはこの低レベルなジャーナリズムの行いを強く批判します」と述べている。
「スノープス」の運営会社の50%の株を握るミケルソン氏は、編集システムへのアクセス権は停止されたが、なおCEOのポジションにはあるという。
だが、ファクトチェックという取り組みを土台から揺るがす問題だけに、これで幕引きとなることはなさそうだ。
(※2021年8月16日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)