阪神タイガースが独立球団とタッグを組んで野球振興。石川&富山(日本海リーグ)2連戦での経済効果
■日本海での2連戦は大盛況
3球団の絆がより深まった、そんな2連戦だった。
阪神タイガースのファームは8月27日、28日に独立リーグの日本海リーグに所属する石川ミリオンスターズ、富山GRNサンダーバーズのそれぞれのホーム球場に赴き、交流試合を行った。
3球団が手を取り合ってさまざまなイベントを成功させた大盛況の2日間は、この地でのタイガースの人気をさらに高め、独立2球団にも経済的な恩恵をもたらした。この強力タッグは今後、野球界の未来を明るく照らすだろう。
■試合経過
《vs石川ミリオンスターズ》
石川戦は、この日23歳の誕生日を迎えたルーキーの津田淳哉が先発し、6回を無失点と好投した。打っても、同じくルーキー・百﨑蒼生の3安打、中川勇斗の2安打など計10安打で3得点。
序盤に盗塁を3つ刺すなど、石川自慢の足を封じた中川のセカンドスローも大きかった。
岩田将貴、ベタンセスが0封でリレーし、最後は富山出身の松原快が無失点で締めて3―0で勝利した。
阪神:011 001 000=3 H10 E0
石川:000 000 000=0 H6 E0
阪神:〇津田(6)、岩田(1)、ベタンセス(1)、S松原(1)―中川、藤田
石川:●黒野(4)、森(1)、北浦(1)、村井(1)、村上(1)、楽(1)―岡村、森本
《vs富山GRNサンダーバーズ》
富山戦はエラーも絡んで、先発の鈴木勇斗が3失点(自責は0)。続く椎葉剛、森木大智ともに暴投もあって、それぞれ失点した。打線はこの日も百﨑が気を吐きマルチ安打したが、つながりを欠いて3点に抑えられ、5―3で敗れた。
ただ、八回2死で松原がコールされたときは、この日一番の歓声と拍手が響いた。連投となった松原は古巣の後輩・墳下大輔と対峙し、空振り三振に斬ってしっかりと“恩返し”をした。
阪神:002 001 000=3 H5 E1
富山:003 101 00×=0 H5 E1
阪神:●鈴木(3)、椎葉(2)、森木(2)、川原(0.2)、松原(0.1)―藤田、中川
富山:林(2)、〇杉山(1)、渡邊(1)、横井(1)、誉田(1)、道﨑(1)、瀧川(1)、S日渡(1)―岩室、加賀美、東田
■阪神タイガースが取り組む野球振興と野球人口の拡大
タイガースにとって、この両球団との交流試合は10年以上の歴史がある。ただ、これまではウエスタン・リーグの公式戦がない日程を埋める「練習試合」だった。しかし今年はまったくその意味合いが違った。独立球団にメリットが生まれるよう、タイガース側がさまざまなイベントを考案したのだ。
そこにはトップリーグに所属するタイガースの理念がある。NPB球団のない空白地域における野球振興や、野球人口の減少を食い止めたいという熱い思いがあるのだと、球団本部・営業統括部(キャンプ、ファーム運営、育成担当)の馬場哲也氏は語る。
「野球人口の拡大は切実な問題。3層目の独立球団(1層目=NPB1軍、2層目=NPBファームリーグ)と連携して野球界を盛り上げていこうと、野球振興とともに取り組んでいます」。
嶌村聡本部長も常々、独立球団との結びつきを強固にしていきたいと口にしている。タイガースに籍を置く岡﨑太一氏を監督として石川に派遣しているのも、その施策の一環である。
■ミリオンスターズのグッズ購入で抽選
具体的なイベント内容はこうだ。石川では開場前にグッズ販売を開始した。タイガースグッズはなくミリオンスターズのグッズを5,000円以上買うと抽選が1回できるのだが、その“景品”が近本光司選手や大山悠輔選手ら1軍選手のサインボール、もしくは試合後のハイタッチ、ミート&グリートなどで、すべてタイガースの協力によるものだ。
タイガースファンはミリスタグッズを手に入れ、ミリスタファンもタイガースの選手とふれあえる。これが大盛況で長蛇の列ができ、中には20,000円もの買い物をしている人もいた。
■「タイガース版キャッチボールクラシック」で選手が本気に!
石川、富山ともに試合開始前に行われたのは「キャッチボールクラシック」だ。今年のオールスターゲームの要綱の中に見つけた馬場氏は「これだ!」とひらめき、取り入れることにしたという。
NPBでは9人1組になり、7mの距離で5人と4人に分かれ、ボールを受けて投げたら交代というのを繰り返し、2分間でのキャッチボールの回数を競う。使用するのは柔らかいボールだ。
「“タイガースバージョン”を考案したんです。子ども7人に対してタイガースの選手1人と独立球団の選手1人という、7人対2人で交代しながらやるんです」。
子どもたちは本当に楽しそうだったが、それ以上に選手たちがムキになって必死にやっている姿が印象的だった。選手と一丸となって取り組んだことは、子どもたちにとってもいい思い出になったことだろう。
石川で優勝したのは藤田健斗選手のチームだったが、「初めてだけど、楽しくできた。僕も負けず嫌いなんで、必死で頑張りました(笑)。子どもたちが目をキラキラさせているのを見て、初心を忘れたらあかんなと思いました」と、藤田選手も子どもたちとのふれあいで刺激を受けたようだ。
■大好評だった「ミート&グリート」
試合後には両チームの集合写真撮影をし、終了してタイガース一同が退出するときには、抽選で選ばれたファンたちがグラウンドの中でハイタッチをして送り出すという企画もあった。
全員とのハイタッチは感動も大きいようで、ファンの興奮が伝わってきた。
その後は「ミート&グリート」だ。これを立案、運営したのは同じく球団本部・企画統括部(キャンプ・ファーム運営担当)の松本悦子氏だ。
「わたしはK-POPが好きで、そこから発想を得て…(笑)。写真撮影でも流れ作業のようなことはやりたくないなと思ったんですよ。できるだけ選手と会話したりして、満足度を高めるというか、思い出に残るものにしたいなということで、『写真撮影会』ではなく『ミート&グリート』にしました」。
濃密な時間だった。選手を前にして、ファンのテンションが上がっているのがわかる。選手もファンとのふれあいに照れくさそうだったが、応援してもらっていることが直に感じられ、誇らしげでもあった。
松本氏も球団の理念に添って、「なかなか選手を間近に見る機会がない。見られたとしても遠くから…なので、ふれあえる機会をと思いました」と、NPBのない地域での野球振興を考えたという。
中でも「保護者の方が大事かなと。お子さんも保護者の方の協力なくしては野球ができない。なので、保護者の方にも一緒に好きになってもらい、ファンを増やしていこうと考えました」と、ファンクラブにも入っていない遠方の人々も興味を持ってもらい、そこから拡大していこうという計画だ。
「馬場さんはキャッチボールクラシックで子どもたちに、わたしは保護者の方やこれからお母さんになる世代の方たちに目を向けて企画をしました」。
2人で手分けし、全方位のファン獲得に向けてアイディアを練ったのだ。
■人気者・キー太が登場
さらに今回の大きな目玉は、タイガースのマスコットであるキー太の登場だ。これも馬場氏が「夏休みだし、そりゃ子どもたちが喜ぶだろう」と企画したのだが、子どもはもちろんだが大人も大喜びだった。
開門とともにお出迎えをしていたキー太にファンは殺到し、撮影をしたりサインをもらったりと大にぎわいだった。メンバー紹介時にも花を添え、五回裏の抽選会にも石川のマスコット・タン坊が運転するミリスタ号に乗って登場し、またもやスタンドをわかせた。
キー太の愛らしい風貌と動きは全ファンを魅了し、交流試合を盛り上げるのに一役も二役も買っていた。
■プロモーション効果で売り上げアップ
実は昨年の日本海遠征から、この企画はスタートしていた。といっても昨年はここまでの規模ではなく、「大抽選会」と称してタイガースの選手や監督のサインが入ったレプリカのユニフォームや帽子、色紙をプレゼントしたり、練習見学会の開催をしたりなどだった。
次にタイガースが取り組んだのは昨年12月だ。徳島インディゴソックス(四国アイランドリーグplus)が新たに作ったという室内練習場での野球教室に、直前のドラフト会議で徳島から2位指名した椎葉剛投手、高知県出身の榮枝裕貴選手、そして井上広大選手や前川右京選手らが参加し、徳島が運営する野球アカデミーの生徒募集に尽力した。
そして今年6月にも徳島で交流試合を行い、そのときに野球教室とともにキャッチボールクラシックを実施し、グッズ売り上げの協力も行った。その流れがあっての、今回の日本海2連戦だった。
馬場氏は「独立球団との連携をしていく中でも、東では石川、富山、西では徳島とキャンプでお世話になっている高知、まずはこの4県で野球振興を頑張ろうということで、各独立球団の理解も得ながらやっています」と語り、イベントをやるごとに規模はどんどん拡大し、「(企画)をプラスオン、プラスオンしています」と胸を張る。
そのプロモーション効果は絶大で、今回の集客数も石川で3,507人、富山で1,069人と通常の何倍、何十倍にも上り、この日の売り上げに大きく貢献した。
■石川、富山の社長のコメント
両球団の社長は次のようにコメントした。
【石川の球団社長・端保聡氏】
「タイガース戦というのは、ウチにとっても年間の中で一大イベントなんです。タイガースさんも集客面でもすごく協力してくださっている。入場料収入、グッズの売り上げ、そして今年は冠スポンサーも付いてくれました。おかげさまで、今日のすべてを合わせたトータルの売り上げは500万円ほどになりました。
YAMAZAKIグループ(石川県白山市)さんが冠スポンサーに付いてくれたのも、これまでのタイガース戦での実績があったからこそ。実は、お願いしたときは疑心暗鬼な感じだったけど、これだけのお客さんが入ってくれて、YouTubeも見ていただいたので、喜んで帰られました。来年も…なんて話まで出ましたね(笑)。そもそもは野球とは関係ない会社なんですけど、関心をもっていただけて嬉しかったですね。
石川での野球人口を拡大するためにも、これをきっかけにしないといけないし、選手にとっても大きな刺激になったと思います」。
【富山の球団社長・永森茂氏】
「昨年から2球団でやってきて、観客数を見ても少し飽きがきているのかなというところがあるんですよ。そういうファンの人たちに満足してもらえるという意味で、このタイガース戦というのは我々もすごく意識しています。やはりファンの方も一番集まりますし、今日もスタンドがすごくいい雰囲気でした。こういう機会を続けていくことで少しずつ野球の楽しさを感じてもらえたら、また増えていくのかなと思っています。
イベントの内容もタイガースさんが積極的に『こんなことやりましょう、あんなことやりましょう』といろいろ考えてくださって、すごくありがたかったですね。子どもさんたちも喜んでいました。
うちのスタッフたちにしても、興行の仕方の勉強にもなりましたし、喜んでもらえる術というかね、そういうことの経験値にもなりました。選手たちだけじゃなく、我々スタッフも学ぶところが多いです。今後につながりますし、またこれからも意見交換をしながら、続けていきたいですね。
試合では、椎葉投手が投げてきて去年の松山(グランドチャンピオンシップ)を思い出したり、最後に(松原)快が投げたりで、感慨深いところもありました。快が出てきたときのあの拍手はすごかったですね」。
■選手に説明し、理解を得る
この成功裏には企画力はもちろんのこと、選手はじめチームの協力も大きかった。松本さんは「新しいことをするにしても、選手に負担のないことからやっていこうというところから始めました」と話す。
「わたしたちも了解を得るために、選手にもチームにもしっかり説明をしています。『どうしてこういうことをするのか』というところから、まず野球人口がどんどん減っている現状を知ってもらって、一緒に野球界を盛り上げていきましょう、と」。
選手たちもただやらされているのではなく、意図をきちんと理解して参加している。だから、真剣に取り組む。キャッチボールクラシックで心の底から楽しんでいた姿はきっと、子どもたちにも響いたことだろう。
■和田豊監督と岡﨑太一監督
戦いを終えたタイガースの和田豊監督も「非常にいいことだと思うし、みなさんが相当今日を楽しみにしてくれていたっていう話なんで、そこで我々もいいプレーが見せられてよかった。選手たちとふれあう機会があったっていうのはファンのみなさんにも喜んでもらえたと思うし、我々にとってもすごくいい日だったなと思います」と振り返った。
そして、石川に派遣されている岡﨑監督も感じるところはいろいろあったようだ。
「NPBのチームとやるというのは、選手も特別な意識になるというのはあります。気持ちの部分でのコントロールなどがどうもうまくいかないというか、普段どおりのプレーができないっていうのはありましたね、正直。
(盗塁死も)相手のクイックとかのデータがあまりない状況で走ったっていうことには意味があるんですけど、普段の思いきりがなかったのかもしれないですね。守備でも普段はないイージーなミスがいっぱい出たり…結果はヒットになっていますけど。
怒るとかではなく、『せっかくこんないい機会なんやから、もっと楽しめよ』みたいなことを言うんですけど、五回、六回、七回くらいになってちょっと慣れだして…。入りからそれでいかないと。
プロの2軍レベルとはいえ、球の強さであったり技術であったり、今の自分がどれぐらい対応できたかわかったと思う」。
選手にとって大いに収穫があったとうなずく。
また、石川に派遣されている身として、タイガースの協力体制に深く感謝をする。
「もともとは(嶌村)本部長が力を入れてということなんですが、馬場さんはじめ、本当に協力的で…。僕もこっちに来て端保社長から話を聞いたりして、独立リーグがどういう運営をしているかというのが身近にわかる。今回3,500人くらい入ったのもタイガース、ミリオンさん双方のみなさんのおかげ。タイガースもいろいろイベントをしてくれたり、グッズ(景品)もたくさん出してくれたり、そういうのは本当に大きかったですね」。
自身も両球団の橋渡し役を十二分に果たしている。
■松原快の凱旋登板
故郷に錦に飾った松原投手は「サンダーバーズの応援団の方も名前をコールしてくれたので、本当に温かいチームだなと思いますし、凱旋登板できてよかった」と笑顔で振り返る。
「(墳下選手には)絶対に打たせたくないですし、打たれたら恥ずかしかったので死ぬ気で抑えにいきました。結果、三振だったのでよかった」。
今でも吉岡雄二監督はじめ、チームのみなさんが松原投手の登板結果をチェックして、連絡をくれる。この日も練習前にあいさつに行くと、吉岡監督が技術的なことなど親身に話してくれたと嬉しそうに明かした。
あとを追う後輩たちには「諦めなければNPBに行ける」との言葉を贈り、自身は「これを機につかんで、いい遠征だったと思えるようにしたい」と公式戦に向けて士気を高めていた。
スタンドでは母・雅美さんが「プロ野球選手の我が子」の登板を初めてご覧になり、「かっこよかった」と喜んでおられた。(母・松原雅美さんの息子への思い⇒「怖くて見られなかった息子の試合を今年は見る 阪神育成・松原快の母、生観戦で支配下登録への後押しを決意」)
一方、昨年チームメイトだった墳下選手は実戦練習でも松原投手とは対戦がなく、「絶対に打ってやる!」と初対決に意気込んだが、空振り三振に斬られて「めちゃくちゃすごかったです。球も速くて…。でも、あれを打たなあかん」と悔しがっていた。
「快さんは背負っているものが、もう1コ上乗せされているっていうか…。あと、支配下に上がりたいっていう気持ちも相まってか、すごく大きく見えました」。
そして、自分も必ず同じ舞台に上がってやると、あらためて思いを強くしていた。
■なつかしい再会
今回の遠征ではなつかしい再会もあちらこちらで見られた。
豊田寛選手は東海大相模高校時代の同級生、石川の神宮朋哉選手に会ったのが高校卒業以来だと笑顔を見せた。
「仲いいサッカー部のやつから『神宮いるからよろしく』って連絡もらっていました。感慨深いというか、久々に会えてよかったです」。
神宮選手は「遠征メンバーを見たとき、寛に会えるって嬉しかったけど、ファームにいるのは淋しいなって思った」と振り返る。
「寛にはずっとかなわなかった。高校からプロに行くと思っていたくらい、本当にすごい選手だったから。昔はホームランバッターで、ちょっとタイプは変わったけど、やっぱいい選手ですね。また1軍に上がってバリバリ活躍してほしい」。
かつての盟友にエールを送っていた。
小学6年時にタイガースジュニアのメンバーだった富山の東田汰一選手は、タイガースのスタッフとして来ていた当時のジュニアのマネージャー(阪本三千男氏、村山伸一氏)と再会して笑顔を弾けさせた。
上気した顔で「めちゃくちゃ嬉しかったです」と話す東田選手に、阪本氏は「今年一番感動した。教え子が今でも野球を続けてくれているなんて、感無量です」と、村山氏は「元気に野球をやっている姿を見せてもらって、嬉しかったです」と、それぞれ感激していた。
■今後も「プラスオン!」
昨年の大抽選会に「キャッチボールクラシック」「ハイタッチ」「ミート&グリート」、そしてキー太がプラスオンされ、なんとも盛りだくさんだった日本海2連戦。今後も独立球団の運営を助けながら、タイガースは野球振興、野球人口拡大に力を入れていく。
馬場氏と松本氏の合言葉は「プラスオン」。今後さらに「プラスオン」されたイベントを楽しみにしたい。
(表記のない写真の撮影は筆者)