Yahoo!ニュース

周永康判決、なぜこのタイミング?――背景にアメリカ

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

6月11日、胡錦濤時代のチャイナ・ナインの一人だった周永康の無期懲役判決が公開された。薄熙来の場合と違い、なぜ裁判は非公開だったのか。そしてなぜこのタイミングなのか。後者の背景にはアメリカへの応酬があった。

◆なぜこのタイミングなのか?

アジアインフラ投資銀行AIIBなどで、G7の中のイギリスやフランスなど西側諸国の大半を惹きつけてアメリカの顔を潰した中国の習近平政権は、ウクライナ問題でアメリカに孤立へと追い込まれたロシアを引き寄せ、中ロ蜜月を演じている。

国際社会におけるプレゼンスを低めつつあるアメリカは、南シナ海問題で中国を責め上げ、何とか存在感を見せつけようとしている。

民主党のオバマ大統領は2009年に大統領に当選するなり、何もしていないのにノーベル平和賞をもらってしまった。だから新たな戦争をするわけにはいかない。しかし共和党はそのオバマの姿勢を弱腰外交として批判し、2014年の中間選挙では上院下院とも共和党が圧勝した。このままでは民主党が潰れていく。2016年に行われるアメリカ大統領選挙で民主党に勝利させなければならないオバマ大統領は、南シナ以下やウクライナ問題で「大きな」発言をして、せめて民主党大統領としての存在感を強めたい。

そのため、6月7日から9日までドイツ南部のエルマウで開かれたG7(先進7カ国)首脳会議では、中国を念頭に置きながらも名指しはせずに、「威嚇、強制または武力行使、大規模な埋め立てを含む現状変更を試みるいかなる一方的行動に強く反対する」ということで意見の一致を見た。ただし「大規模な埋め立てを含む」という表現を入れたのだから、これを見て「南シナ海での岩礁埋め立てを進めている中国」のことだと分からない者は1人もいないだろう。

中国の国営テレビCCTVは、ニュース番組の終わりの方でG7首脳会談に軽く触れたが、主たる討議内容は気候変動で、G7首脳会談を開催することに反対するNPO団体などに焦点を当てて報道しただけだった。

その「仕返し」をしてやらなければならない。

同じくG7首脳会談でウクライナ危機に関してやり玉となったロシアへの接近を「目に見える形」で表したのが、チャイナ・セブンの一人で党内序列ナンバー3の張徳江氏によるプ陳大統領との会談である(チャイナ・セブンとは中共中央政治局常務委員7名のことで、胡錦濤時代は9名だったので、筆者はそれをチャイナ・ナインと名付けた)。

6月11日のCCTVニュースでは、習近平の次のニュースに、この張徳江氏とプーチン大統領との会談を持ってきた。CCTVでは必ずチャイナ・セブン(胡錦濤時代はチャイナ・ナイン)の党内序列の順番に沿ってニュースを流すことになっている。それなのに、周永康の無期懲役判決を公開するこの日、張徳江氏に関するニュースを、党内序列ナンバー2の李克強首相の前に持ってきたのである。前代未聞のことだ。

それくらい中国は、中露蜜月を大きく報道して、G7の中国非難決議への報復をしたかったのである。

アメリカがそういうことをするのなら、こちらはその分だけ中露の距離を縮めてやるというメッセージだ。

その一方で、6月3日付け本コラムJPモルガンと中国高官の癒着――アメリカが情報を小出しにするわけは?で書いたように、AIIBで劣勢に立たされているアメリカは、何とか習近平政権の顔を潰してやりたいと思ったのだろうか、腐敗問題で陣頭指揮をしている中共中央紀律検査委員会書記の王岐山(チャイナ・セブンの党内序列ナンバー6)がJPモルガンと不正な関係にあることを示唆する報道を流した。アメリカは三権が分立し、報道も政府の自由になるわけではないが、それでも証券取引委員会が暴露したというのは大きい。

それに対して習近平総書記としては、「いや、中国は聖域であるチャイナ・ナインまで無期懲役に追いやるほど、腐敗に関して厳格に対処し、法によって国を治めている」ということをアピールしようとして、ウォールストリート・ジャーナルの記事に対抗しようとしたのである。

いずれもシグナルはアメリカに向けて発せられている。

攻めも守りも、相手はアメリカだ。

ただ、周永康の罪状には国家機密漏えい罪があるので、それも含みを持っているが、ここでは議論が広がるので、その問題は別の機会にすることとしたい。

◆なぜ周永康の裁判を非公開に?

薄熙来の場合は裁判過程を公開し、中国はいかに法を重んじ透明であるかをアピールしようとした。

ところが相手は、あのエンターテイナーの薄熙来。

頑として譲らず、首(こうべ)を垂れることもなく、堂々と、豪胆な笑いさえ浮かべながらカメラの前で胸を張った。

自らを第二の毛沢東と位置付けて人民の人気をかっさらった薄熙来は、こうしてカメラの前に立つことによってさらに英雄視され人気が上がったという側面は否めない。

毛沢東回帰をもくろんでいた習近平としては、やや誤算であったとも言えよう。

周永康の場合は、そのような国民的人気を気にする必要はないものの、薄熙来の前例があるため、控えたということが、一つには言える。

しかしもっと大きな理由は、チャイナ・ナインともあろう人物を犯罪人として裁いたのでは、党の権威に傷がつくのを懸念したことである。

習近平政権発足以来、腐敗撲滅運動に邁進するのは良いが、こんなにまで次から次への腐敗幹部が出てくるのでは、もう現在のチャイナ・セブンでさえ信用できず、共産党の党規約に載っている人の名前(たとえば江沢民)も怪しいとなれば、人民は共産党の何を信じればいいのかという気持にさえなる。それが人民の気持ちの、偽らざる現状だ。

だから、これまで腐敗問題などでは逮捕しないとして聖域に置いてきたチャイナ・ナインの裁判中の苦しむ顔を、公衆の面前にさらして生き恥をかかせるのは、まるで党が生き恥をかいているようで、よろしくないという判断があったからだ。

この日のCCTVは、周永康の判決を伝えると同時に、「いかなる人も法の前では平等だ」という言葉を声高に叫んでいた。

勢いを増す中国のように見えるが、内在している矛盾は大きい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事