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JPモルガンと中国高官の癒着報道――アメリカが情報を小出しにするわけは?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

米証券取引委員会がJPモルガン・チェースに、チャイナ・セブンの一人、王岐山との通信記録を提出するよう求めた。米国の対中強硬が腐敗問題にも及んでいるのか、それとも中国式腐敗が米国にも侵入しているのか?

◆高虎城・商務大臣の息子とJPモルガン・チェースの場合

米紙「ウォールストリート・ジャーナル」は5月28日、米証券取引委員会が今年4月末に、JPモルガン・チェースに中国政府高官35人との関係を示す資料の提出を求めたという。その名簿の筆頭には王岐山の名前がある。王岐山はチャイナ・セブンの一人で中央紀律検査委員会の書記だ。習近平総書記の右腕として腐敗撲滅運動の陣頭指揮をしている。

米証券取引委員会が提出を要求した名簿の中の残り34名の多くは、中国政府高官の子女「官二代」の名前が目立つ。

米国司法も資料提出を中国側に求めており、本格的な捜査に踏み切る模様だ。

筆者のところに直接送られた雑多な情報の中に、名前を特定し、その背後事情を詳細に解説したものがあるので、いったい何が起きているのかをご理解いただくために、ご紹介したい。

たとえば現在の中国政府商務部(商務省)の部長(大臣)である高虎城の息子の高ギョク(ギョクは金偏に玉)の場合、2006年にアメリカの大手金融機関JPモルガンの入社試験を受けた。成績はあまりにひどく、不合格になるはずだったのに、最終的には合格したというのである。

これに関してモルガン社内部のメールのやりとりを見た者が以下のような事実を、2013年8月に、すでに明らかにしている。

――ひどく成績が悪かった高ギョクは、合否決定の前に、さらにまずいことをしでかしていた。彼はうっかり「性的な意味を帯びるメール」を銀行の人事課職員に送ってしまったのである。そのため、モルガン社内では「この男は実に未熟で、責任感もなく信用できない」という酷評を受ける結果を招いた。不合格は明らかなはずだった。

それにもかかわらず、最終的に合格になった背景には、その父親で中国政府商務部の高虎城大臣とアメリカの元商務長官ウィリアム・デイリー氏との関係があるという。

デイリー氏はオバマ大統領が2011年1月7日に首席補佐官に任命した人物。

おまけに彼は、なんと、JPモルガン・チェースの最高顧問でもあった。

オバマ大統領はデイリー氏を首席補佐官に任命した際の記者会見において、「デイリー氏は雇用創出と景気拡大の術を知っている」と述べており、これは2012年に行われる大統領再選の占拠活動に向けて、雇用の回復をアメリカ国民にアピールしたものと受け止められる。

デイリー氏がまだJPモルガン・チェースの最高顧問だったころ(2004年~2010年)、当時中国で商務部副大臣(2003年~2010年)をしていた高虎城と会う機会に恵まれている。

ちょうど2006年に息子の高ギョクが試験を受け、一連の不祥事を起こしていた時期、高虎城はデイリー氏と北京で会っている。

そして絶対に不合格であったはずの高ギョクの合格が、2007年に発表されたのである。

合否発表時期からかなり時間が経っていたこともまた、たとえ最高顧問の指示であったとしても、内部でもめた形跡をうかがわせる。

◆中国式腐敗がアメリカの政財界にも浸透か?

以上が、これまでの多くのメール情報を総合的に見た上で言える、より確かな事実の内容だ。

今般の35名の名簿の中には、ほかにも中国公安部の郭声コン(王偏に昆)副大臣、中国人民銀行の潘功勝・副総裁、国有糧食貿易公司中糧グループの寧高寧・董事長、国有航運巨頭中遠グループの孫家康・副総経理などがある。またすでに逮捕された周永康の腹心・蒋潔敏がいた国務院国有資産監督管理委員会の名前や、その管轄下にある国有企業の名前なども載っている。

こうして見てくると、中国の伝統的な腐敗の構造が、米中経済の深化に伴い、アメリカの政財界をも染めていることが分かる。

米司法は、米国企業が外国の官僚と結託して収賄行為をすることを禁じた「米国反海外腐敗法(Foreign Corrupt Practices Act)」に抵触するとして、その方向での調査を始めているようだ。

つまり、中国の高官の腐敗を取り締るだけでなく、それと関係したアメリカ側の政財界の腐敗をも摘発することになる。

したがって、今般の35名に関する資料の提出命令は、「米国の対中強硬路線強化」と見るのは早計で、あくまでも「中国式腐敗が米国にも浸透した」と見るべきなのかという観点が出てくる。

◆王岐山の訪中も中止か?――アメリカの情報戦?

しかし、一方では、今年4月ごろから言われていた王岐山の訪米が、ここに来て突然、取り消されたらしいという情報が伝わってきた。

もし本当に王岐山が訪米を中止したのだとすれば、その原因は、どこにあると考えるのが適切か?

やはり、ウォールストリート・ジャーナルの報道によるところが大きいと言えるだろう。前述したように、その報道によれば、4月末からすでにJPモルガン・チェースの捜査を始めていた。それが中国に伝わるのに、そう時間はかからなかっただろう。中国で最後に王岐山が「中共中央反腐敗協調小組」の組長として訪米するという情報が流れたのは5月9日だ。それ以降、王岐山訪米に関する新しい情報は、大陸のネット空間から消えている。

ということは、JPモルガン・チェースからの通報により、アメリカのどこかのメディアが、いずれこの35名の名簿に関して報道するであろうことを王岐山らは知ったということになる。そこでチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員7名)に相談して、訪米を中止したのではないかと推測される。

アメリカのメディアが扱っている中国高官とJPモルガン・チェースとの腐敗関係は、主として2006年から2013年までの間に起きた事件が対象となっている。

2007年から王岐山は国務院副総理として金融問題を担当していた。

王岐山はもともと金融畑の人間で、1989年から1997年まで中国人民銀行や中国建設銀行の副総裁あるいは総裁を務めてきた。アメリカの金融界とのつながりが多く、特に国務院副総裁(金融担当)になってからは、一段とそのつながりを深めている。

35人の名簿の筆頭に王岐山の名前があったのは、少しも不思議なことではない。

中国の腐敗官僚のほとんどはアメリカに逃げ、またアメリカでマネーロンダリングをしている。ロサンゼルスには二号さん(妾さん)村もあるほどだ。アメリカは中国のダークな世界の、どんな情報でも握っている。

王岐山訪米の目的はそういった逃亡腐敗分子たちを一人でも多く中国に渡してもらうことだった。だというのに、逆に、腐敗疑惑調査対象者名簿の筆頭に王岐山の名前が出されたのではたまらない。

おそらく、昨年末に捕まった令計画の弟、令完成などのように、習近平政権の激しい反腐敗運動に対して不満を抱いてアメリカへ逃亡した者が、米証券取引委員会などに密告したものと推測される。それこそJPモルガン・チェースの社員を「金」で買い、証拠を握ったのだろう。それらしい噂は、もうずいぶん前から囁かれていたので、社員の誰かを買収できれば、証拠などすぐに手に入るにちがいない。

大金で買収して、大金を懐に入れた者をあばく。

昔ながらの中国の社会が、そこにある。

アメリカの司法は中国のように中国共産党の指導の下にあるのではなく、司法は独立しているので、よほど固い証拠を握っているにちがいない。

となれば、王岐山がおめおめと訪米などするはずもないだろう。

今後、南シナ海における米中のつばぜり合いが強まり、アメリカの方策が尽きると、「戦争を回避し」「怖いもの知らずの中国を追い込むために」、アメリカは中国高官にとって不利な情報を小出しにしては、習近平政権を揺さぶるにちがいない。

たとえ自国の政財界の一部を犠牲にしたとしても、対中強硬策に「情報戦」を使う。

「情報戦」と言っても、サイバー空間の話ではない。

中国のネックになっている「腐敗情報」を、逆手(さかて)にとって中国を追い込む算段だろうと、筆者は見る。

だとすれば、アメリカも、なかなかにやる。

ただし、中国式腐敗が他国に浸透する現象は、単にアメリカだけのことではない。

チャイナ・マネーが人心を買っている世界のすべての国・地域で、中国式の腐敗が浸透し、中国の経済力が高まるにしたがって、やがて世界のあちこちで新たな形の腐敗現象が生まれてくる危険性を孕んでいる。なお、ウィリアム・デイリー氏は、2012年に大統領補佐官を罷免されている。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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