中学受験のカリスマに聞く、「子供のキャリア形成と親の関わり方」【安浪京子×倉重公太朗】第2回
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近年、中学受験が過熱化しています。とくに首都圏では、中学受験をする割合が4人に1人であり、水泳やサッカー、ピアノやバレエと同等の”習い事”感覚で塾を始める人も多いそうです。しかし、中学受験は甘い世界ではないので、塾にお金を支払っただけではゴールまで連れて行ってくれません。大量の課題をこなしきれず、成績も上がらないわが子に対し、親が怒って関係が悪くなることもあるそうです。中途半端な取り組み方では、子どもも親も傷つく結果になることも。安浪京子先生に、どのような心構えで中学受験に望むべきか聞いてみました。
<ポイント>
・大手塾に行くと生活が一変する
・理想の教育は世界中を見ても難しい
・中学受験でダメになる子もいる
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■中堅校の受験は塾選びが難しい
倉重:コロナもあって、学校での教育の差は出てきていますか?
安浪:コロナというすごく大きな潮目が来たわけではないですか。それをもって変わろうとする学校と、全く変わろうとしない学校があります。
倉重:伝統校と言えば響きがいいけれども……
安浪:伝統校でもやはりフレキシブルな所はフレキシブルです。神奈川県の聖光学院のタイプスピードは素晴らしかったですね。。
倉重:そうなのですか。「オンラインにすればいい」という話ではなく、どう向き合うかという話ですね。そういう意味では、偏差値が高ければいいという話でもないのでしょうか。
安浪:偏差値は本当にあてにならないですからね…。
倉重:相対評価だと、毎回自分でも思っているのですが、やはり難しいですね。
安浪:学校の偏差値はかなり数字の幅を持たせて見て欲しいのですが…。とはいえ、学校と学校でいくつ位差が開いていると気になりますか。
倉重:10くらいでしょうか。
安浪:10も違うとさすがに違いますね。
倉重:それはそうですね。
安浪:やはり中学受験をする時に「何を目的とするか」という軸をまず持たないといけません。軸がないと、やはり最初は大手に流れますね。大手は宣伝にお金もかけていてうまいですから。でも、大手は基本的に最難関に合格するための塾なので、中堅校を狙っている子がついていくのは厳しいのです。
逆に「うちはそこまでガツガツしなくていいわ」という人は、近所にある某ゼミナールに行ったりするのですが、逆に内容がかなりユルくて、中学受験の土俵に上がっていないことにもなったりします。
倉重:私も小学生時代行きましたが、ゆるすぎますからね。
安浪:だから、すごくそこは難しいところです。
倉重:ちょうどいい所はないのですね。超難しいか、ゆるいかのどちらかだと。
安浪:大手に行く以上は生活が一変するという腹をくくって入らないとダメです。塾側はそんなことは一切言わないですから、3、4年生のうちに「大丈夫ですよ」と入れるわけです。
倉重:先ほど先生が、「自分の中で軸を持つ」というお話をされましたけれども、良い家庭はどういう軸を持って、3、4年生の時に始めるのですか。
安浪:そういうご家庭は合格が目的ではありません。「試験は通過点」という大前提が夫婦ともにしっかり染み込んでいます。片方ではダメです。先に少し話をすると、中学受験が絶対にうまくいかない家庭というのは夫婦仲が悪いんです。
倉重:親にとってもかなりストレスフルですから、一人で抱えるのは厳しいですし、会話がなかったらもう厳しいですよね。
安浪:軸を持っている家庭も、お金も投入するし、子どもも勉強もするし、入試日があるから通過点とは分かっていても結果にはこだわります。それは正しい姿です。ただ、不合格でも不必要に落ち込んだりはしません。点数や偏差値はもちろん見ますが、子どもが主体的に勉強できる姿勢を見て、「頭を使ったり、自分を律したりする機会が得られた」という見方をしています。
倉重:プロセスをすごく大事にするのですね。それは確かに思います。社会に出て、大学へ入って就職してからの人生のほうが長いわけです。そこから逆算して考えるとどうかという話にいきたいのですが、やはり私の目から見ても、終身雇用、年功序列のような時代は終わりを告げました。大企業に入ったからと言って、決して一生安泰ではありません。それは大学でも同じことが言えます。良い大学に入ったらからと言って、いい仕事に出会えるかどうかは分からないですよね。
それと中学受験を置き換えた場合、中学受験の場合はどこまで本人が選ぶべきでしょうか。自分の好きなものややりたいものを見つけたり、適職を見つけて社会で活躍したりすることから逆算した時に、中学受験の時代、小学生時代というのはどういうふうに過ごすべきなのかと考えています。
安浪:例えば「大学付属に入れたい」というご家庭は結構多いのですが、それは親が安心したいという保険と、あと子どもに6年間好きなことを伸び伸びやってほしいという両方があります。中学に入ったら好きなことを見つけて思いっ切りやってほしいと、親御さんはみんな言います。ですが、中学受験の時に「あれやれ」「これやれ」と言って散々本人の意思を去勢して自分で考える部分を育てないまま、中学に入ってから放り出しても、やりたいことが見つけられるわけがありません。それは中学、高校でどうこうではなく、家庭での関わり方が全てです。
勉強もそうです。よく中学受験までは親がガチガチに管理して、家庭教師を付けておいて、中学に入ったら「あなたは全部自分でやりなさい、もうママは手を引くわ」という家庭がすごく多いのですが、。そんな子が中学に入っていきなり一人で勉強できるわけがありません。
倉重:習慣がついていないですからね。
安浪:結局勉強しない子どもを見かねて、親がすぐに塾に入れます。子どもが主体的にものを考える機会を奪っておいて、「後は自分でやりなさい」と言うのは都合が良すぎると思います。
倉重:なるほど。確かにそうですね。受験を見ているとそう思います。
安浪:ただし、先ほどおっしゃったように、小学生は人生経験が少ないから、学校選びで「どの学校がいいと思う?」と聞いても選べるわけがありません。子どもは「制服がかわいい」とか「こちらのほうが自由そう」という視覚情報で判断します。でも、11年か12年しか生きていないから仕方ありません。そこは子どもに丸投げするのではなく、家族の中で大事にしたいことを話し合って絞っていくしかありません。
倉重:こういう校風なんだよとか。
安浪:よく「部活を頑張りたい」という結論になって、サッカー部に入っても数カ月でやめる子がたくさんいます。
倉重:確かにそうです。それはそれでいいのだと。
安浪:あと、逆算することが必ずしも良いとは限りません。例えば開業医が「自分の病院を継がせたいから医学部に行ってほしい」と子どもに話していて、本人も「医者になりたい」と言っているならそういう学校を選んだらいいと思います。でもキャリアは、積み重ねた上で視野を広げて選び取っていくものではないですか。大学の学部選びもそうですが、自分のやりたいことから逆算して学部を選ぶのは、高校生でもかなり難しいことです。逆にそれで視野が狭まることもあるわけです。何も考えずにぽんと入るよりは考えたほうがいいのですが、逆算することに縛られてしまうと、そこから外れた時に「おしまいだ」と思ってしまいます。特に中学受験でそれが顕著です。
倉重:確かに、レールから外れると絶望してしまいますよね。
安浪:はい。だから「積み上げていくものだ」と考えたほうがいいと思います。
倉重:全くそのとおりです。本当の考える力や学力のようなものをきちんと積み上げるのが、教育としてすごく大事なことだと思うのです。そういう観点で、今の受験制度は100パーセント良い制度とは言えないかもしれません。どのように変えたら、もっと日本はよくなるのでしょうか。
安浪:やはり教育格差をなくすことでしょう。中学受験は絶対にお金持ちが有利です。
倉重:これは本当にそうです。やっていて思います。金銭負担がハンパないです。
安浪:あと、地域格差も大きいです。私も家庭教師の派遣の会社をしていますが、リアルにそういう問い合わせがあります。例えば、東京の中央区に住んでいて女子学院を目指している子と、関東の奥まった地域で女子学院を目指している子が、どちらも同じSAPIXに行っているとします。2人とも同じように算数や理科に弱点があった時に、家庭教師の依頼が来ても、利便性の悪い奥まった地域まで行ってくれる講師はなかなかいません。私がよく紹介する個別指導塾も、それも都心にしかありません。そういうところで地域格差は大きいです。
倉重:結局どこの塾に行くか、どういう家庭教師を付けるかというと、お金の話になってしまいますよね。
安浪:中学受験はそうなります。ただし、それは下駄を履かせてもらっての受験なのですが。
倉重:全くですね。本来、同じことをすればもっと伸びる子もいるのにという話ですよね。中学受験で自信を失ってしまって潰れてしまうのは、社会としてもったいないと思います。
安浪:みんな「中学受験をすれば賢くなる」と勘違いしているのですが、逆にダメになってしまう子もいるわけです。勉強が嫌いになって、親子がぐちゃぐちゃになってしまう家庭もあります。「子どもの学力を付けたい」という想いはみんな共通だと思いますが、その手段が中学受験でないといけないのかは疑問です。
倉重:確かにそうです。私自身も中学受験をしたのですが、偏差値37で、全然ダメな男子校しか受かりませんでした。中学生の時はずっと成績が悪く、高校2年生ぐらいの時に覚醒して、ぐっと伸びていってところがあるのです。やはり覚醒する年は人それぞれですよね。
安浪:本当にそうです。下駄を履かせてもらった中学受験で難関校や最難関に受かる子は、そこが学力のピークということが結構あります。
倉重:入ってからも苦労しますね。
安浪:中学受験というところで切り取ったら有利ですが、長い人生で見た時にそれがどう出るかはわかりません。たとえ慶應や東大というブランドを手に入れても、積極的に利用しようと本人が思わないと、そこのコミュニティーに属しているだけでは何の意味もないわけです。
倉重:確かに、私も大学は慶應なのですが、経済学部卒で今は弁護士なので、そこで勉強したこと自体にはあまり意味がありません。中学の時は偏差値37でした。私の場合はレアケースだとよく奥さんにも言われます。でも、だからこそ、才能をつぶさないように社会はどうあるべきかと考えてしまうわけです。ドイツのように13歳などの時点で、「おまえはホワイトカラーコース」「おまえは現場コース」と決まってしまう国もあるわけです。そうなると遅熟の人は少しきついですよね。
安浪:シンガポールは10歳で決まりますものね。
倉重:理想の教育は世界中を見ても難しいと思います。
安浪:それこそ韓国だと「サムスンに入らないとダメ」ということになってしまいます。日本は起業もできるし、何だかんだで自由ではあると思います。
倉重:確かに選択肢はまだありますね。
安浪:選択肢はたくさんありますから。そういう意味では、どこの学校に行っても楽しく生きていける強さを家庭で育てることに尽きます。
倉重:中学なりの良さはありますからね。
安浪:どの仕事に就いたとしても、合う、合わないがありますが、自分の足で立っていくことが大切です。そうなるとどこの企業がいいのかは関係ないと思います。中学受験の功罪は、自分の足で立たなくていけない子どもを、中学受験期に親が折ってしまうところです。
倉重:塾にあおられ、周りとの競争を仕向けられ、ついそうなってしまうという方が多いと思います。結局「置かれた場で咲きなさい」ではないですが、その場でやっていくしかないということを、親も自覚して臨む必要があるなと、今話していて思いました。
安浪:相当強く持っておかないと、やはり塾は上ばかりを見せますから。
倉重:「こういう点がまだ足らないのではないですか」「こういう講座もありますよ」とがんがん煽ってくるわけですよね。
安浪:そうですね。あと、家庭で「ここの中学に行きたい」と強く思っていて合格ラインに乗っていたとしても、塾のテストで点が取れないと心が折れますよね。そもそも上位の子向きのテストなので、点が取れなくて毎月偏差値が38、38、35というのが続くと、塾から「おまえはバカだ」と言われているのに等しい気分になってきます。よほどメンタルが強くてもやはりショックは受けます。
倉重:そういう時、親はどういうふうに向き合ったらいいのでしょうか。
安浪:1人目を経験されている親御さんはもう解脱されて、2人目はちゃんと塾と距離感を持てる方も多いです。また、6年生の終わりぐらいの時期になってくると「模試ではなく過去問のほうが大事だな」というふうに発想の転換ができるのですが、6年の秋までがつらい。
倉重:まさに今、6年の秋ですね。
安浪:過去問が始まるまでがつらいですね。模試でずっと点数を突きつけられてしまいますから。
倉重:確かにそうです。一部の難関校を目指している人向けで、偏差値50くらいを狙っているのだったら別に要らないという問題は、宿題でもたくさんありますからね。「これはいくら何でも難し過ぎるだろう」と私が見ても感じます。それも最初は分からなかったので、「とりあえず宿題は全部やらなくていけないのではないか」と思っていました。
安浪:みんなそう思うみたいですね。あと、テキストをもらったら、載っているものを全部勉強しないといけないと思うとか。
倉重:「全部やって次の授業に臨むべきだろう」あるいは「復習で全部やっておけ」と思いますね。
安浪:塾の先生もそう言うほうが簡単ですから。
倉重:でも、より深く関わるととても無理だと思いました。
安浪:やはり佐藤ママのすごいところは、その面倒くさいことを全部突き詰めて子どもとやったことです。特に共働きの家庭では、そこまで子どもに向き合う時間も取れませんし、精神的な余裕もありません。
倉重:中学受験はコンサルが要りますよね。宿題の切り方、分野の絞り方、過去問のどこをチョイスするのかということは、各家庭がやるのは大変です。
安浪:親にはなかなかできないですね…。だから、中学受験には家庭教師であれ個別指導であれプロが存在するわけですが、指導以外にそれができる人が何割いるのかということになります。
倉重:本当にそう思います。教えるだけの人が多くて、あまりコンサルはしてくれません。
安浪:社会経験がないのでメタ化ができないのです。
倉重:俯瞰でものを見られないですね。あとは、ゴールから考えていないということです。
安浪:そうです。よく「塾の先生に優先順位を付けてもらってください」と言うのですが、相談した塾の先生が、全く話が通じない人だったりします。
倉重:塾の先生を見ていると、とても忙しそうですものね。一人ひとりの相談なんてとても乗っていられないのではないかと思います。
安浪:やはり中学受験は親が見ておくという手間は要りますね。でないと、塾に子どもがつぶされてしまう危険があります。
倉重:各親の向き合い方はそのときそのときで違うと思います。私も京子先生の本を読んで、メンタル的サポートをしてあげないといけないと思いつつも、子どもの模試の成績を見て「何をやっているのだ」と叱ってしまうことがあります。本当に悩みながらもがきながら一緒にやっていくという感じです。「それが本来あるべき姿だ」と先生の本に書いてあって、少し救われた気がしました。
安浪:親も初めてですから。
倉重:そうですね。どのような学校に行っても、親としては、そこでやっていけるように育てることが大事だということですね。
安浪:本当にそう思います。全部が第1志望と思っておくと、実際に入学してから救われます。子どもは単純なので、そうやって言っておけばそう思います。
倉重:確かにそうです。その後どうなるかは誰にも分からないですから。やはり塾の情報だけだと、難関校合格だけが素晴らしいことのように思ってしまいますよね。
安浪:例えば「第3志望しか受からなかった」という時に、親が「実はこの学校が一番いいと思っていた」と言うと、子どもは救われるんですよね。やはり第1、第2、第3と偏差値順になってきますから。でも第1志望に行っても、合わなくて数年でやめるということがいくらでもあります。中学受験そのものに、正解を求めようとしない姿勢が大切だと思います
(つづく)
対談協力:安浪 京子(やすなみ きょうこ)
株式会社アートオブエデュケーション代表取締役、算数教育家、中学受験専門カウンセラー。
神戸大学発達科学部にて教育について学ぶ。関西、関東の中学受験専門大手進学塾にて算数講師を担当、生徒アンケートでは100%の支持率を誇る。プロ家庭教師歴約20年。
中学受験算数プロ家庭教師として、算数指導だけでなく、中学受験、算数、メンタルサポートなどに関するセミナーの定期開催、特に家庭で算数力をつける独自のメソッドは多数の親子から指示を得ている。
中学受験や算数に関する著書、連載、コラムなど多数。「きょうこ先生」として、朝日小学生新聞、AERAwithKids、プレジデントファミリー、日経DUALなどで様々な悩みに答えている他、教育業界における女性起業家としてビジネス誌にも多数取り上げられている。