ブロックチェーンがあればJASRACは不要になるか
ビットコインの基盤テクノロジーであるブロックチェーン技術の暗号通貨以外への応用として知的財産権(特に著作権)の保護という話題が聞かれ始めています(参考記事)。
ブロックチェーンの技術的詳細についての説明はここでは省略しますが、分散型元帳(distributed ledger)という別名で呼ばれることからわかるように、要は全履歴を維持するP2P型の分散データベースです。「ブロックチェーン」というもやっとした名称が付いているので、何かものすごいもののような印象を持ちがちですが、実態としてはDBMSと同じデータのリポジトリの一種です。従来型DBMSの更新にタイムスタンプを付け、履歴のジャーナルを取って、レプリカを分散すれば同じような機能になります。改竄に対する強度、ソフトウェアのライセンス料金、スケーラビリティ、効率性等の点では相違がありますが、基本的な機能は一緒です。
ここで、ブロックチェーン技術で著作権管理できるのならば、JASRACのような音楽著作権管理団体は不要になるのではないかという発想が生まれます。ちょっと検証してみましょう。
まず、JASRACをはじめとする音楽著作権管理団体がどのようなことをやっているかを考えてみましょう。だいたい以下のようなことではないかと思います(音楽文化振興のような周辺事業は除きます)。
1. 権利委託者(作詞家・作曲家・音楽出版社)の作品を登録して作品データベースを管理する。
2. 作品の利用者(レコード会社、放送局、ライブハウス等)から利用データを収集して、それに応じた使用料を徴収する。
3. 徴収した使用料を権利委託者に分配する。
4. 所定の使用料なしで音楽を利用している人に対して著作権を行使する。
ブロックチェーンで代替できるとするならば、上記の1になるでしょう。JASRACの作品データベース(J-WID)は現在は何らかのRDBMSで実装されていると思われますが、それをブロックチェーンの分散元帳で代替するというこことになります。RDBMSのライセンス料は節約できるかもしれませんが、でどうなるのというレベルの話しです。そして、2、3、4は、そもそもブロックチェーンというテクノロジーの範疇外です。
著作権使用料の徴収や分配をビットコイン(または、その他の仮想通貨)で行なうことはあり得る(これ自体はは特にネットでの音楽利用の少額課金にはたいへん魅力的です)でしょうが、それは、金銭のやり取りを仮想通貨で行なっていますというだけの話で、著作権管理をブロックチェーンでやるという話とはまた別です。
そもそも、ビットコインの世界ではブロックチェーン内のデジタル情報が現実世界を制約します。ある人が10BTC持っているという情報がブロックチェーン内に記録されていれば、その人は実際に10BTCを使えます(それで直接買い物をしたり、ドルや円に換金できます)。1BTC使ったとすると残りの9BTCを同じように使えます。ブロックチェーン内に残高がない人はどんなにがんばってもビットコインは使えません。
これに対して、AさんがBという曲を作曲したという情報がブロックチェーン内に記録されているからと言って、他人がAさんの許可なしにBという曲を営利目的で演奏したり、コピーしたりすることを防げるわけではありません。ブロックチェーン内のデジタル情報に基づいて権利行使することは誰かが(ほとんどの場合、多くの人手を介して)行なうしかありません。もちろん、作詞家・作曲家自身が自分で弁護士等を雇ってやるのは自由ですが、それが現実的ではないのでJASRACのような団体があるわけです。この点は、ブロックチェーンがあろうがなかろうが関係ありません。
ということで、ブロックチェーンによる仮想通貨の実装の話とブロックチェーンによる知的財産権の管理の話はこの点で根本的に異なるという点に注意が必要です。
このトピック、結構大きな話なので何本か続編を書く予定です。