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王室の規範を覆す?王女と霊媒師の結婚が引き起こす混乱

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
王女の称号はく奪もこれから議論されるだろう(写真:ロイター/アフロ)

霊媒師と王女の結婚式が週末に執り行われ、ついに王女の待遇とノルウェー王室の在り方に関して、本格的な議論がノルウェーで始まった。

アメリカ出身の霊媒師デュレク・ヴェレットと結婚した王位継承順位第4位のマッタ・ルイーセ王女。「死人や天使と交信できる」という似た者同士のスピリチュアル・カップルだ。

今、ノルウェー市民が気にしているのは、二人の恋愛事情ではない。

スピリチュアル事業と注目のために

問題は、二人がスピリチュアル・ビジネスのために、「プリンセス」という称号を商用利用し、王室との約束を破り、王女が自由奔放に行動していることだ。ノルウェー社会で批判されても、カップルは被害者意識が強いので、「黒人差別」だと反撃して、意見はすれ違う。

そして、ついに「欧州のロイヤルファミリーの一員になった」デュレク・ヴェレットは、本格的に行動を起こし始めるだろう。

「彼はロイヤルファミリーではない」王室の小さな抵抗

結婚式から3日経って、ノルウェー王室は対策に乗り出した。「ロイヤルファミリーとは、だれか」を公式HPで明確にしたのだ。

公式HPからは、かつて存在した「ロイヤルファミリー」のカテゴリーが消去された。消去されたメンバーには、マッタ・ルイーセ王女と元夫との間に産まれた3人の娘たち、そして元交際相手3人の女性に対する暴力・恐喝で逮捕されたばかりのマリウス・ボルグ・ホイビーが含まれる。

  • 「王室」とは「国王ご夫妻、皇太子ご夫妻、イングリッド・アレクサンドラ王女」とはっきりと明記された
  • 「ロイヤルファミリー」の代わりに登場した新カテゴリー「その他王族」にはマッタ・ルイーセ王女の名前
  • 王室の支持率が急落している原因である、デュレク・ヴェレットとマリウス・ボルグ・ホイビーの名前はない

「デュレク・ヴェレットはロイヤルファミリーの一員となる」は、これまでノルウェー王室が使用してきた表現だったが、「公式にはそうではない」という新たな立場を示したことになる。

「白人ばかりの欧州の王室一族に、黒人の私が入る」

なぜ王室はこのようなことをするのか?

デュレク・ヴェレットの話に戻ろう。筆者はたまに彼らのインスタグラム中継を見ているのだが、このような内容の発言が何度も出て、耳を疑ったことがある。

白人ばかりの欧州のロイヤルファミリーの顔ぶれに、黒人の私が入る。ノルウェー国民は、マッタが普通のプリンセスではないと知らない。彼女は、黒人の私がどれだけ差別されても、側にいてくれる。今までのおとぎ話では、「白人の王子様が黒人の女性に」手を差し伸べることはあったが、「白人のお姫様が黒人の男性を迎え入れる」というパターンはありえなかった。

ここのポイントは、デュレク・ヴェレットは、とにかく自分がノルウェーで批判されるのは「黒人差別だから」であり、「黒人の私が、白人ばかりの欧州のロイヤルファミリーの一員になる」ということに強いこだわりを抱いていることだ。

「ノルウェーの」どころではなく、主語はもっと大きくて、「欧州のロイヤルファミリー」だ。

スピリチュアル事業を加速させるために

そして、とうとう結婚したのだから、デュレク・ヴェレットとマッタが立場を利用してビジネス展開を本格化させるだろうことは、想像に難しくない。

ノルウェーではマッタが「天使の人」で「普通のお姫様じゃない」というのは常識なのだが、それよりも彼女が「個人事業主」「ビジネスウーマン」だということがポイントだ。彼女も稼ぐことに必死なのだ。

現に、「プリンセスの称号を商用利用しない」と、ノルウェー王室と二人は約束していたにも関わらず、その約束の破り具合は、ここ数か月で凄まじい勢いだったと思う

他国の大手メディアと独占契約

なにより、英国の雑誌『HELLO!』とネットフリックス社と独占契約をして、ノルウェーやほかのメディアを結婚式場から追い出したのが何よりもまずかった。

ネットフリックスでは今後カップルのドキュメンタリーが放送予定なので、日本でもいずれ視聴できるだろう。

「プリンセスの称号を商用利用しない」という約束は、ビジネス相手にはちゃんと伝わっていないようだ。雑誌『HELLO!』もネットフリックスも、ノルウェー王室とプリンセスの名前を宣伝タイトルに使用しており、一部は批判を受けたのか、すぐさま削除される事態も起きている。

「その称号を使わないと、王室とノルウェー市民に君たちは約束をしたのではなかったのか。記憶喪失ですか」と、筆者からは突っ込みしか出てこない。

ネットフリックス劇場にノルウェー報道陣を利用

しかも、プリンセスは結婚式会場の外にでて、メディアを「追い払う」パフォーマンスをした。

このような行為もすべて、撮影していたネットフリックスのための「舞台演出」であると、「ネットフリックス劇場に、ノルウェーの報道陣を道具として利用した」と、現地のメディア関係者をさらに怒らせた。そりゃ、ジャーナリズムを真面目にやろうとしている編集長、記者、カメラマンたちは怒るだろう。

ちなみに、ノルウェーは「報道の自由同ランキング」で1位常連の国だ。だからこそ、市民を代表して取材に行った報道関係者が、お姫様にこのように扱われたとなると、結婚後に火ぶたが落とされるのは当然である。

いずれネットフリックスも放送されるだろうし、とにかく今後はさらなるカオスとスキャンダルが待っていることしか想像がつかない。だからこそ、「誰がロイヤルファミリーか」と、ノルウェー王室が公式HPをまず変えた。

王室の公式HPで「誰が王室ファミリーか」を宣言して意味はあるのか?

でも、公式HPを変えたことに大きな影響はあるのか?あまりないだろう。

いずれにせよ、国王は愛娘に甘いし、マッタは王位継承順位第4位の位置にあり、プリンセスの称号は維持したままだからだ。

ほかの人の目には、「デュレク・ヴェレットはノルウェーのロイヤルファミリーの一員になった」としか映らない。

二人が目指すは「ハリー王子とメーガン」に匹敵する世界的注目だ(インスタグラム中継でも二人の名前は出る)。

今後はカップルとノルウェーメディアの対立は深まり、プリンセス称号のはく奪の議論は再燃し、カップルの怪しいスピリチュアル・ビジネスに厳しい目が向けられるだろう。

ロイヤルファミリーの一員となった男性が、陰謀論の拡散者となると問題だ。同時に、現代の医療制度などで心身の問題が救われない一部の人が、ふたりのビジネスに「代替療法」として「救い」を求めることも想像される。

ノルウェーという舞台とプリンセスという称号を利用して、デュレク・ヴェレットとマッタ・ルイーセのスピリチュアル事業は、これから間違いなく本格化する。

正直、真面目にジャーナリズムをしたいはずのノルウェーの報道陣の皆さんに、筆者は同情している。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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