Yahoo!ニュース

シリア:今期のオリーブの収量見通し

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2024年7月25日、シリアの報道機関は農業省の技術委員会の評価として、今期のオリーブの収量の見通しを報じた。それによると、今期はおよそ74万トンの収穫が見込まれ、うち約14万8000トンが食用、約59万トンが圧搾用に充てられ、オリーブオイルの生産高は約9万5000トンとなるそうだ。シリアの農業生産高の見通しや実績で分かりづらかったのは、政府の制圧地とそうでないところの数値がそれぞれどうなっているのかという点だったが、今般の記事では政府の制圧地でのオリーブの収量見通しは約43万トン、オリーブオイルの生産高の見通し約5万5000トンだそうだ。この数値を参考にすると、昨期の壊滅的ともいえる不作の数値は政府の制圧地の収量だったようで、昨期の収量の約38万トンに対し今期は約11%の増加、オリーブオイル生産については約6000トンの増加となる見込みだ。となると、2019年~2022年のオリーブの収量についての数値も、政府の制圧地とそれ以外の勢力の占領地・占拠地を合わせた数値だったようだということがわかる。

 オリーブ、オリーブオイルは、シリアにとって人民の日常的な食品であるとともに、数少ない輸出品でもある。それが、過去数年は干ばつや山火事(注:イスラーム過激派や反体制派民兵らの放火も含む)、各国からの経済制裁による資材の不足などが原因で収穫高が不安定な状態が続いているというのが、ここまで収穫高・生産高をぼんやり観察してきた結果得られる印象だ。2023年にアラブ連盟に復帰したものの、軍事や経済の現場でシリアの状況が著しく改善する見通しは立っていないため、今後も難民・避難民の帰還を含めシリア人民の生活水準やそれを支える主要農産品の生産高が回復し、安定する可能性は高くない。社会資本や行政サービスの提供の面では、制裁や経済難が原因で政府の機能・役割が「緩やかに崩壊する」状況を、小規模施設や慈善団体・NGOが代替する傾向がみられる。しかし、農業生産ではこのような崩壊状況を補ったり、回復させたりする主体は見つかりそうもない。それどころか、生産の現場で当局の統制が緩めば、生産者は生産物を公的機関を含む市場向けに出荷する量を減らし、親族の分も含めた自家消費や非正規取引に回す誘因が高まる。そうなると、これまで政府の補助により安価に供給されてきた基礎的な食料品の供給量や価格が悪影響を受け、補助金付き食品への依存度が高い低所得層の暮らしはさらに苦しくなるだろう。

 筆者が収穫高をぼんやり観察してきた産品の中にはピスタチオがあるが、こちらは基礎的食品とはみなされないので、収穫量が不安定になり連年不作が続いたこともあり、既にぜいたく品の一つとなったようだ。シリア紛争が政府の優位で落ち着いた原因の一つに、シリア政府が外国からの借入金も含む資源を小麦などの主要食品の安定供給に費やしたのに対し、「自由シリア軍」に代表される反体制派民兵は備蓄穀物などを国外に売り払って自らの活動資金に充て、制圧下の住民向けの食糧供給努力を怠ったことがある。また、「イスラーム国」も制圧下の住民への食糧供給能力が低下するにつれて、住民からの支持を喪失していったと考えられている。食料供給や行政サービスの提供のような統治の実態とそれがシリア紛争の諸当事者の消長に与えた影響についての詳細は、拙著『シリア紛争と民兵』で分析したが、人民の食糧事情は今後の社会の安定や統治者の正統性に強く影響することだ。となると、シリア政府の打倒を目指す側からすれば人民の生活水準を低下させ続けることこそが、軍事的な政府打倒が見込めない現時点で取りうる有力な政策となる。ただし、こうした政策の最初の犠牲者となるのは一般のシリア人であり、「悪の独裁政権」からシリア人民を救うためということになっている経済制裁や封鎖政策により、政権打倒によって救出するはずのシリア人民だけが苦しむという結果になることはこれまでも指摘してきたとおりである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事