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日中韓関係と日本の課題

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

日中韓首脳会談、日中首脳会談、日韓首脳会談、そして中台トップ会談と、ここのところ日本周辺をめぐる動きが目まぐるしい。このような中で、日本は何をすべきで、どういう位置づけにあるか、考察してみたい。

◆中国にとっての日中韓――「脣亡歯寒」(唇なくば、歯寒し)

3年半ぶりに日中韓首脳会談が開催されたこと自体は有意義であったと思う。開かれないよりは開かれた方がいい。

この会談は「首脳会談」という名称はあるものの、習近平国家主席が出席する性格のものでなく、リーマンショックのあった2008年から温家宝首相が中国を代表する形で「日中韓サミット」の形で始まったもので、李克強首相(国務院総理)が出席するのは慣例上正常である。習近平国家主席が出席しなかったことが「格を落している」というわけではない。

その意味、日中首脳会談は、安倍総理と習近平国家主席が二度も単独で会っているので、そうきわだって「さあ、3年ぶりだ!」と大騒ぎすることではない。

問題は韓国だ。

韓国の朴槿惠(パク・クネ)大統領が慰安婦問題に関する国民世論に抑えられて、安倍総理との会談を開催する勇気を持ちえなかった。

その一方で、何としても韓国を自分の側に抱き込みたい中国は、韓国に猛接近。米韓と日韓の関係を、できるだけ疎遠にして、中国側の防衛壁として韓国を位置づけたいと、中国は思うようになっていた。

北朝鮮を訪問せずに、そして北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)が訪中することもなく、習近平国家主席はパク・クネ大統領の訪中を何度も受け入れ、かつ習近平国家主席自身が韓国を訪問したことは、まだ記憶に新しい。

北朝鮮と中国の関係は、中韓国交正常化をした1992年から「寒い」関係にはなっていた。北朝鮮にとって最大の敵国である韓国と中国が仲良くするわけだから、北朝鮮にしてみれば「最大の裏切り」だ。だから、当時の金日成(キム・イルソン)は「中国がそういうことをするのなら、我々は中華民国と国交を結んでやる!」と激怒した。

当時まだ生存していたトウ小平は「やるならやってみろ!」と激しく言い返した。

北朝鮮は、軍事力から言って、勝てるはずがない。中国が対立していた旧ソ連は、この時すでに崩壊していたし、中国はアメリカともずいぶん前から国交を正常化している。北朝鮮は軍事的に勝ち目はないだろう。結局、中国による北朝鮮へのさらなる経済支援を引き出して、「冷え切った夫婦」のような関係を続けている。

北朝鮮は、毛沢東時代から、実は中国を怒らせていた。

金日成と旧ソ連のスターリンによる陰謀で、朝鮮戦争に駆り出された中国は、やむなく中国人民志願軍を北朝鮮に派兵し、多くの犠牲を払った。毛沢東の息子も、朝鮮戦争で戦死している。

にもかかわらず、1953年に朝鮮戦争が休戦すると、金日成は自分の業績を讃えて北朝鮮内における権威を高めるべく、中国人民志願軍の貢献を薄めようと(ほぼ否定しようと)したのだ。

毛沢東は激怒したが、このとき「脣亡歯寒」(唇がなければ、歯が寒い)という4文字熟語を用いて、耐えた。

「脣亡歯寒」という言葉は、「互いに助け合うべき関係にある者同士は、一体であってこそ力を発揮することができるのであって、一方がいなくなってしまうと、もう片方も危くなること」を示す言葉だ。「唇が歯を保護してくれている。剥き出しになると、歯がやられる」という、春秋時代からの教訓である。

そのための「血の同盟国」ではあっても、中国寄りで改革開放を北朝鮮で進めようとした張成沢(チャン・ソンテク)が惨殺(公開処刑)されたあとは、中朝関係はいっそう険悪だ。

しかし、この「唇」(北朝鮮)を捨ててしまうと、「歯」(中国)が寒い(危ない)。

そこで中国は「歯」を守る「唇」として、北朝鮮を一応そのままにしておき、積極的に「韓国」を「活用」する道を選んだのである。

歴史問題に関しては、すでに11月2日付の本コラム<日中韓首脳会談――中国こそ「歴史直視」を>で十分に述べたので、ここでは省略する。

◆韓国にとっての日中韓と日韓――北の脅威と米中の狭間で

このような中国による「抱き込み戦略」は、アメリカにとって面白いはずもないだろう。アメリカと韓国の間には、れっきとした「米韓相互防衛条約」という軍事同盟がある。この米韓軍事同盟により、韓国は北の脅威から守られていたはずだ。それは朝鮮戦争(1950年~53年)において、アメリカが韓国側に付いて北の南下を食い止めてくれたので、53年7月に休戦となった直後に、「どうか、今後も韓国を北の脅威から守って下さい」という趣旨で、同年10月に調印されたものである。

ところが韓国は、朝鮮戦争においては北朝鮮の側に立って韓国を攻撃していた(敵国だった)中国と、旧ソ連崩壊に伴って国交を正常化し、2008年以降、急速な経済発展を見せる中国と、蜜月関係に入り始めた。日中韓首脳会談(指導者サミット)の枠組みができたのは、このタイミングで、特に2010年に中国のGDPが日本を追い抜くに至ってからは、蜜月度は強まっていった。

パク・クネさんは、胡錦濤時代から胡錦濤国家主席と会談しており、しかもそのときは中国語で会話し、くだけた雰囲気の中で食事を共にしたりしている。

そのパク・クネさんが大統領になってからは、中韓蜜月度は、双方から急激に濃厚となってきた。中国は西側陣営から韓国を切り離し、歴史問題で国際世論を形成する絶好のパートナーとして韓国を積極的に「活用(利用?)」し始めた。

オバマ大統領に、これ以上中国接近を続けるのなら、果たして米韓軍事同盟はどうなるのかといった趣旨の、韓国の覚悟のほどをパク・クネ大統領に問い詰めているとのこと。米中の間に挟まれたパク・クネ大統領は、「それも困るし」ということで、いやいやながら、日韓首脳会談を、日中韓首脳会談という場を口実として開催したのだろう。それは少しでも親日的色彩を見せると、韓国国民から売国奴と罵られる危険性を回避した、せっぱ詰まって選択であったと判断される。

何しろパク・クネ大統領の父親・朴正煕(パク・チョンヒ)(元大統領)は、かつて日本の元陸軍士官学校を優秀な成績で卒業した親日派。それゆえに暗殺されている。母親も暗殺された。だからパク・クネ大統領としては、親日色を強めれば、自分も暗殺されるであろうことを知っているので、米中の狭間で揺れ、特に安倍首相との会談を避けてきたものと判断される。

それでも、ようやく行なった日韓首脳会談は、あまりに中国と日本への対応を鮮明に分け過ぎた、非礼とも言えるものとなっている。

このようにギクシャクとした日韓関係は、やはり、いわゆる「慰安婦問題」で溝を残したままだ。

ちなみに、筆者が2000年に日中韓の若者の意識調査を行なおうとしたとき、韓国側から「ぜひとも慰安婦問題に関する若者の認識」という項目を入れてくれという強い要望があった。その要望を中国側に伝えたところ、中国側の教育機関の教員は、「えっ? 慰安婦問題って何のこと?」と尋ね、「教員さえ知らない項目を、若者の意識調査に入れてもらっては困る」と筆者に抗議したものだ。それくらい、2000年の段階においても、中国ではまだ「慰安婦問題」というのは、大きな歴史問題として認識されていなかった。

それを今では、中韓両国が連携して、ユネスコの世界記憶遺産に登録しようとしている。

◆日本の課題と今後

さて、最も難しい日本の課題と今後に関して言及しなければならない。

以下、箇条書きにしてみよう。

1. どんなに日中韓関係の改善を試みたところで、中韓、特に中国が歴史問題を引き下げることは絶対にない。日本は、そのことだけは覚悟しておかなければならない。

2. 一方で、掌(てのひら)を返したように、韓国から帰国した李克強首相は、4日、中国を訪問している経団連の榊原会長ら、日中経済協会のメンバーと会談した。日本の経済界の訪中は毎年行われているものの、中国の首相との直接の会談は6年ぶりのことだ。これは明らかに日中韓首脳会談という枠組みの再開と関係している。

3. もっとも一方では、中国は経済の低迷に悩んでいるのも事実で、金融においても人民元の国際化など海外拡張ばかりを重視し、国内の貧富の格差や高齢化問題などを疎かにしている傾向にあり、その解決は焦眉の急だ。10月下旬に北京で開催された五中全会(第18回中国共産党大会 第五期中央委員会全体会議)において、来年3月から始まる第13次五カ年計画が決議された。それは中国の「二つの百年」のうちの一つである、2020年までの「中国の夢」「中華民族の復興」をめざしたものである。

4. この中で中国はAIIBや一帯一路以外に、中国発のイノベーションと人材開発を強く打ち出している。中国の大学を世界一流の大学に持っていく「教育強国」戦略も、五カ年計画の中の一つだ。しかし、手っ取り早い方法として、イノベーションと人材開発に、ぜひとも日本の力がほしい。日本独自の技術水準はやはり高い。在米中国人留学生の博士たちが持ち帰ったコピペ技術とは、堅実性も発想も異なる。企業スパイとか特許侵害といった糾弾を受ける危険性もない。だから李克強首相は日本の経済界代表に「ビジネスのパートナーとして、日本の経済界に期待する」と述べ、中国への投資拡大を呼びかけた。榊原会長は、日本から中国への投資が減少していることについて、「近年の政治・外交関係が影響している」と指摘し、両国関係のさらなる改善に期待を寄せたようだ。

5. 日中間では「戦略的互恵関係」が確認されているが、この「戦略的」は、「とりあえず、歴史問題や領土問題は脇に置いておいて、経済文化交流を友好的に進めましょう」というものだが、中国は「脇に置いた」歴史問題を日本に直接突きつけるのではなく、(それもするが、)先ずは国際社会の共有認識とすることによって、国際世論における思想的な対日包囲網を形成することに方針を転換した。習近平国家主席の夫人・彭麗媛氏は、ユネスコの「少女・女性教育促進特使」称号をボコバ事務局長から授与されている。ボコバ事務局長は習近平夫妻と「大の仲良し」なのだ。彭麗媛夫人を特使に推薦したのも、このボコバ事務局長だ。思想的戦闘準備はすでに整っている。

6. 中国のこの戦略性に対して、日本にはほぼ「戦略がない」と言わざるを得ない状況が続いている。92年の中国の領海法に対して、日本はその違法性を指摘すべきなのに、遺憾の意を表すだけで、それを是正する手段を講じて来なかった。そのことは11月4日付の本コラム「ASEAN国防拡大会議、米中の思惑――国連海洋法条約に加盟していないアメリカの欠陥」で論じた。日本は中国にもアメリカにも、堂々と上を向いて「ものを言う」姿勢を貫かなければならないだろう。また日本は、「気がつくと、中国にやられていた」という情況を生まないために、思想的な論理武装を強化しなければならない。

不戦の誓いを大前提として、日中戦争における中国共産党が果たした役回りを直視し、共産党政権がいかにして誕生したのかという真相を、日本の問題として冷静に客観的に位置づけて、反省すべきは反省した上で、堂々と独立した一国家としての尊厳を守っていかなければならないのではないだろうか。それと同時並行した互恵関係でなければ、「中国による良いとこ取り」に終わってしまう。

以上、日本政府に注意を喚起したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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